表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第2話『感情が消えていくなんて聞いてません!』


ユナは、紅い紋章が刻まれた胸元をそっと撫でた。

契約を結んでから、まだ一晩しか経っていない。なのに、何かが――確実に変わっていた。


「……寒いのに、怖くない」


目の前には、異形の影が蠢く森。

木々の間から、牙を剥いた獣のような何かがこちらを見ている。

それなのに、心は静かだった。鼓動は落ち着き、恐怖が湧いてこない。


「これが……感情の代償?」


ヴァルドの城は、黒曜石のような素材でできていた。

壁には無数の肖像画が飾られているが、どれも顔が塗り潰されていた。

ユナはその異様な空間に身を置きながら、王の姿を探していた。


「王は、地下の“紅の間”にいる。契約者は、定期的に感情の検査を受けるのだ」


案内役のメイドは、顔に仮面をつけていた。

その仮面の下から、時折黒い液体が滴っていたが、ユナはそれを“気持ち悪い”と感じなかった。

――恐怖が、もうないから。


地下へ続く階段は、まるで墓場のようだった。

壁には契約者の名前が刻まれており、その多くが“抹消”と赤く塗り潰されていた。


「……何人、消えたの?」


「数え切れません。感情を失いすぎると、存在が薄れていくのです。

 最後には、自分が誰だったかも思い出せなくなる」


ユナは足を止めた。

その言葉が、どこか他人事に思えたのは――すでに“恐怖”が消えていたからだ。


紅の間に入ると、ヴァルドが待っていた。

彼はユナを見つめ、静かに言った。


「契約は進行している。お前は“恐怖”を失った。次は“怒り”だ」


「怒り……?」


「怒りがなければ、反抗もできない。支配は容易になる。

 だが、感情を失うほどに、お前はこの世界に溶けていく」


ユナは彼の言葉に、何かを感じようとした。

怒り、反発、疑問――けれど、何も湧いてこなかった。


「……私、怒ってない。怖くもない。なのに、泣きたい気がする」


その瞬間、紅の間の壁がざわめいた。

肖像画の中から、顔のない契約者たちが這い出してくる。

彼らはユナに手を伸ばし、何かを囁いていた。


「返して……感情を……名前を……存在を……」


ユナはその声に、初めて震えた。

それは、恐怖ではなく――“哀れみ”だった。


「ヴァルド……私、まだ戻れる?」


彼は静かに首を振った。


「契約は進行している。だが、まだ“愛”は残っている。

 それが、お前をこの世界に繋ぎ止めている」


ユナは紅の間を見渡した。

壁に刻まれた名前の中に、ひとつだけ――自分の名前が浮かび上がっていた。


《ユナ・ミカサ 進行度:20%》


その文字が、まるで血で書かれたように滲んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ