天使は救済者であり破壊者
「ふわぁ。なんだか……後半はめちゃくちゃ早く過ぎたなあ」
俺はあくび混じりに今は亡き春休みを慈しむ。
誰かさんのせいで、半分は無駄になったし。
そうやってボーっとしながら歩き、道路を渡る。
その時の俺は、注意散漫だったようだ。
頭がおかしすぎる天使を相手にしていたせいで、疲労がたまっていたのかもしれない。
春休みなのに休まるどころか疲れは溜まっていくばかりで、心身ともにガタが来ていた俺は迫りくる巨大な影に気付くことが出来なかった。
「って! ッつ!?」
真横からクラクションが聞こえ、振り向くと大型トラックが――。
ダメだ。避けられない。俺は不可避のそれを見るなり、この世に在ることを諦めた。
終わった。
その確信と、迫りくる死。俺は眼球が潰れるほどに強く瞑り、体を固め、衝撃に備えた。それが無駄だと知っていても、本能がそれをさせた。
だが、いくら待っても衝撃は来なかった。
血も痛みもない。代わりにあるのは――ふわふわと、宙を舞うような浮遊感。
……ああ、そうか。そういうことか。
俺は死を自覚する間もなく、お迎えが来たようだ。
「二択クーイズ!! ……これは魂のお迎え? それとも登校?」
そうやって全てを悟っていた気になっている俺の耳に、ここ数日で聞きなじみになったバカ声が耳に入って来る。
聞くだけでうんざりしていたその声が、今日はすごく安心感があった。
「……す、すっげえ!!」
俺の肩をぐいっと掴んでいるのは、黄金の翼を広げた……あのバカ天使だった。
そうして恐る恐る瞼を開くと、見慣れた街のはるか上空。
住んでいる街を一望できるほどに高い場所を移動していたのだ。
それをしているのは俺の肩を掴んで飛んでいる天使、ミカエルだ。彼女はその尊大な翼を羽ばたかせ、大空を自由自在に移動している。
「ミカエル……今日は本当に救われた。ありがとう」
「礼には及ばないわ。信者を救うことは当たり前でしょ?」
彼女らしい戯れ言はさておき、さすがに感謝せざるを得ない。
命を救われ、こんな爽快な体験までさせてくれたのだ。
しかも学校まで送ってくれるらしく、まさに至れり尽くせり。
春休みを無駄にした甲斐が、今になって出てきた。
「それにしても、タイミング完璧すぎるな」
「大丈夫。天使は何があっても、見守ってるものだから」
「……」
上にいるミカエルに先ほど俺の命を救ってくれたことについて声を掛けると、ミカエルはまさしく天使な解答を。
何なんだこいつは。
時々天使ぶってくる。いつもはこの世の狂気の集合場所みたいな奴なのに。
(てかあれ? ミカエルって、俺学校の場所知ってるの?)
迷いなく俺の学校に直行する彼女に少しばかりの違和感が。
俺は彼女に、学校の位置を教えた覚えなどない。そんな疑問が頭によぎったところで、俺たちは学校に到着した。
「ついたわ。あら、なかなかきれいな校舎じゃない」
「ああ、送ってくれてありがとう……っておい。お前その格好」
そうして、校舎の屋上に着陸。
ビル群を超えて、空を切る風を頬に感じながら、爽快な空の旅を終えた俺。まるで夢を見てるようだったがミカエルの方を見るなり、夢であってほしいという願いになった。
薄茶色のブレザーに、少し主張の激しいリボン。少し丈の短いスカートと、彼女の服装は見覚えのある、というか見慣れたものを着ていた。
「お、お前、それどこで?」
現実を受け止め切れない俺はコスプレの線を信じることにする。
認めない。彼女が俺の高校の制服を着ていようと、この高校に通うと考えているなんてことは、あり得ない。
そう思いながら恐る恐る聞くと――。
「ん? ああ言ってなかったわね。今日から私様はこの高校に通うわ」
「は!?」
……終わった。
俺は今日二回目の絶望を味わう。
こいつが高校生活? 集団行動?
そんなの鳩に相対性理論を解かせるようなもの。
無理の最上級。不可能の限界突破だ。
「どうしたの? そんな顔して」
「するだろ!! お前が学校なんて無理だ!! やめとけ!」
「大丈夫大丈夫。私様を誰だと思ってるの? 下等な人間の価値観にあわせるなんて、造作もないんだから!」
ああ。それを聞いて俺はダメだと確信した。
これほど主張と真逆なことが伝わる台詞なんてあるだろうか。
造作しかない。合わせる気なんてないくせに。
「まずその私様っていうのやめろ。あと人間を下等生物扱いするな」
「ええ~? 分かったわよしょうがないわね」
とりあえず応急処置。
というかさっきの一言で出てきたツッコミどころを二つ直す。
一言しゃべるだけで二つもツッコミどころ生まれてる時点で無理だろ。
できれば喋らないで欲しい。いや、しゃべらなくてもこいつは異常だ。だから学校に来ないでくれ。
「ああ。あと学校ではなにも食うな。分かったな?」
「はあ~―? 学校は机とか椅子とか、腹を満たせるものが一杯あるって聞いて楽しみにしてたのに……」
「だからだよ! 普通の人間は机とか椅子とか食えないの! 俺が人間の食い物教えるからそれまでは待て!」
「はあ……人間の価値観に合わせるのも大変ね」
ミカエルはあきれたと言わんばかりにため息をつく。
おい、さっきの自信どこ行った?
もう大変さに気づいたんだったら帰ってくれ。本当に、心から。
「分かってると思うけど、私様は天使だってこと隠すから、そこんとこよろしくね。ばれないようにがんばるのよ」
「お前が頑張ってくれよ……」
というわけで、俺の学校生活にこの災害が加わることになった。
命を助けられたところから一転。どうやら俺の人生、破壊ルートに突入らしい。
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