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幻想を殺してくる天使

「バリ!! バリ!! べき!! ボキ!!」


 このゴミ屋敷もかなり片付き、広がったスペースでミカエルが食事をしている。

 そう。信じられないかもしれないが先ほどから聞こえるこの音は咀嚼音だ。

 

 キャベツと生肉を包丁で刺し、食らっている。

 そしてたまに包丁ごと食べる。あの歯形はそういうこと、らしい。

 ……いやどういうことだよ。


「人間の食べ物、案外おいしいのね。パックごと行ってたけど、こっちの方が断然うまいわ」


 それは人間の食べ物じゃないってツッコミはさておき――これで“マシ”ってどういうことだよ、ほんと。

 肉をパックごとかぶりつこうとしたところを止め、剥き方を教えてあげた。


 控えめに言って頭がおかしい。

 控えめに言わなければ正気という概念を持ち合わせていない。

 人間の狂気なんてこいつに比べりゃマナー講座。常識の土俵に立ってすらいない。


「こええよ……マジで」


 俺は彼女に聞こえない声で、泣きそうになりながら呟く。


 まともじゃない――どんなゲームのバグより、この存在はバグってる。

 これが天使? 俺の幻想返して。

 どこぞのとあるラノベの主人公は、右手で幻想をぶち壊すが、こいつは全身で俺の幻想をぶち壊してくる。 


「やっと……終わった。終わったぞボケカスクソ天使」


 貴重な春休みの三日間を、ゴミと天使で消し飛ばし、ようやく掃除を終えた。

 立派な労働だろ……金よこせよマジで。


 そんな苛立ちと疲れから、思わず心の声が漏れた。いや、漏れたというより、飛び出た。


「ボケカスダメ天使? 何それ」


 野菜と生肉を食べ終え、包丁オンリーで食べ始めた天使は口に物を含みながらしゃべり始める。

 食べ物が口にある状態でしゃべるなとは教わったが、食べ物じゃないものが口の中に入っている状態でしゃべるのはマナー違反なのだろうか。

 答えは明白。条理違反。世界のルール違反。自明の理の破壊者。

 よって死刑。というか包丁食ったら死ねよ……常識的に。


 そんな彼女はボケカスダメ天使という響きに聞き覚えがなかったようで、俺にその意味を聞いてきた。


「お前みたいな奴のために作られた言葉だ」


「へえ。人間界にもそんな高貴な言葉があるのね。うん、ボケカスダメ天使、語感がいいものね」  


 嘘はついてねエ。

 何故だか彼女のナルシストぶりにより、ボケカスダメ天使が誉め言葉になったような気もするが、通ったならいいか。

 嬉しそうに復唱すると、その侮辱の言葉を褒めだす。


 喜んでくれて何よりだ。

 

「あ~あ……柄まで食べちゃった」


 包丁を食べ終わり、寂しそうに手元を見るミカエル。

 余裕でホラーだろ……これ。


「あら、自分の部屋に帰るの?」


「ああ……それとも俺にまだなんか頼む気かよ」


 そんな彼女から離れようと立ち上がった瞬間、ミカエルが俺を引き留める。

 まだ何かあるのか。

 内容によっては一目散に逃げるか、ぶち殺す。そんな勇気はないけど。


「ん? 別にいいけど……天使からの祝福とかいらないの?」


「は?」


「いやだから褒美よ。天使の仕事は人間を導くこと。だから掃除をしてくれたお礼に、あなた人生に道標を与えてあげるわ」


 お礼って概念、合ったんだ。

 常識的な一面を何とか一つ、掘り出した。

 まるでゴミだめの中から宝石を一つ掘り当てたような満足感。こいつの家でそんなことは起こらなかったけど。


 ただ、その内容というのが――。


「つまり、お悩み相談ってことでいいの?」


「私様が今からすることの呼び名は自由よ? 好きにしなさい」


 なんでだろうか。

 絶対にこんな奴にすることじゃないのに。

 疲れてたのだろうか。

 俺はミカエルに、今の悩みを吐いた。まあ、本当の悩みはこいつ自身なんだけど。


  ***


「俺はな。親とうまくいかなくて家出したんだ。そうして一人暮らしを始めたくせに、親にお金の援助をしてもらってる」


 高校生活を続けながら自力で一人暮らしを維持するのは難易度が高すぎた。 

そんな自嘲気味に話を続ける俺の話を、ミカエルは足を組みながら聞いていた。


「自分が情けなくてしょうがないよ。結局俺になにも言ってこないのは親の優しさ。仲が悪いとか言ってるくせに、俺が一番親の優しさに甘えてる。そんな自分が本当に……」


「ふーん。自分のことを否定してるんだ。ずいぶん人間らしい下等な見識ね」


 粗方俺の悩みを聞き終えたミカエルは彼女らしい感想を述べる。

 下等……何だか言われ慣れない罵倒だが。


「分かったわ。そんな迷えるあなたに、導きを授けてあげる」


 そうして少し考えたあとに、ミカエルは明るい声で答えをくれることを宣言。


「真に価値があるかどうか決めれるのは自分だけ。そんな都合のいい世界で自分をダメなんて思うことが、どれほど無駄で愚かなことか」


 確かに。言われてみればのそれっぽいことを言い始める。

 そうしてミカエルは俺の方に視線を固定し、話始めた。


「私様もこんな汚らわしい世界に舞い降りて、唯一価値があるものを見つけたの」


「それって……」


 俺は少しばかり期待しながら、ミカエルの方を見る。

 そんな俺にウインクをしながら、自分の豊満な胸に手を当てると――。


「私様だ」


 ……なんだこいつ。

 期待した俺がバカだった。いや本当に。

 悩みをこんな奴に話したところから。最初から最後まで、バカだった。


見つけていただき、読んでいただきありがとうございます。

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