やばすぎる隣人
高校生で一人暮らしなんて立派だって、褒めてくれる大人は多いだろう。
実際、俺もよく「自立していてえらい」なんて言われる。
ただ、俺の現状は立派とは程遠い情けないものだった。
親と喧嘩別れして家出した癖に親の供養から外れることができず。
バイトを数か月でやめては親から仕送りを貰い、その度に思う。「あー俺ダセえな」って。
俺の名前は相羽深月。
大人になろうとしてなり切れなかった高校生である。
そんな俺が住んでいる地域にある日、発光現象が起こった。
二日間に渡る停電はもはや“電気代の節約になった”と喜べた。
これで今月は親からの仕送りに手を付けなくて済むと、そう思い俺はその発光現象をこう名付けた。
“天使の祝福”と。
そしてその翌日。
少女が俺の隣に引っ越してきた。
天使のような見た目をした少女だった。
光輝く金色のストレートヘアーが滝のようにさらさらと流れており、透けるような真っ白い肌は豆腐のように滑らかだ。
整った鼻筋に長い睫毛に覆われた大きな瞳といい、異質な美貌を持った美少女だ。
無論交流はないのだが、隣人シチュなんてものに思いを馳せたり。
そして俺は、根拠もなくこの二つの出来事を天使と結び付けた。
それが比喩でも例えでもなく、ただの事実であるということを、この時に知る由などない。
***
「……うるさいなあ」
これで何度目だろうか。
四月に入り、春休みも折り返し。
隣に天使という比喩が似合う少女が引っ越してきて一週間が過ぎた。
それからというもの、どうにも落ち着かない。
別にそれは美少女が隣に住んでいるからという実に思春期真っ盛りの男的理由ではなく、どちらかというと真っ当極まりない、というか隣から真っ当ではない音が聞こえてくるのが理由だ。
この一週間、何度となりから爆発音が聞こえてきただろうか。
最初はビビっていた俺だが、こうしてお茶をすすりながらその音について思いを馳せている当たり、かなりの数と思われる。なれるほど日常的にはなっている、ということなのだろう。
火事や騒ぎにはなっていないためほっといていたのだが、この音を聞くたびに思うのは、“交流を持てるチャンスなのでは”ということである。
ここで脱線してしまうが、俺は天使という概念が好きだ。
清楚で優しく、人間を導いてくれる神様の使い。こんな設定、好きになれないはずがない。故に安直に天使という例えを使ってしまうのだが、そんな俺でも隣人に使う天使という言葉の重みは違った。
一目見たときから、本当に天使なのではないのかと思ったから。
「もう一回なったら……行ってみるか」
「ズド―――ン!! ドンガラガッシャん!! ガサガサ!!」
「いギャアアあああ!?」
「……行けってことか?」
俺の声が聞こえていたのか、今までの数倍大きくバリエーション豊かな騒音が鼓膜を揺らす。
何があったらあんな音が出るんだ……マジで。しかも悲鳴が入ってた気もするし。
よし!! 行ってみよう。
俺はそう思いたち、隣のインターフォンを鳴らした。
***
――ピンポーン。
出てくるだろうか。
ソワソワしながら待っていた時、ドアの向こうから騒がしいことに気が付く。
ガサガサと、ビニール袋を世話しなくいじる音。
いや……これはビニール袋のなかを、泳いでる?
「はは……そんなわけ」
その音に対して、自分の馬鹿げた考察を嘲笑すると、ガチャリと鍵が開く。そしてドアが開いた瞬間――。
「な……んだこれ!? ってうぎゃああああ!!」
ドアが開くと、最初に目に映ったのはゴミが散乱しすぎて積層し、腰らへんの高さまで山積みになっているという意味不明な光景だった。
俺はその光景の理解に努めたときにはもう遅かった。
ドアによって塞き止められていたゴミたちが所狭しと外へなだれ込み、ゴミの津波が俺を飲み込んだ。
俺はそれにアパートの隅の方、角部屋である俺の家の前に流される。
何が起こったのか、意味が分からなすぎる出来事に圧倒されながら、それでも家のドアの前に流されたことだけが救いか。
訳も分からず、家に逃げ帰ろうとしたその時――。
「うう。なんで地上ってこんな汚らわしいの?」
そんな意味の分からないセリフと少女の泣きが声聞こえてきた。
何だか危機感を感じて、ドアを開け、帰る動作を急ぐ。が、もう遅い。
「もしかしてこんな可哀そうな私様を見てもなお、家に逃げ帰る気じゃないでしょうね」
少女は俺のそんな動作を見て切れ気味に言い放つと、開いたドアを足でバたんと閉め、俺の手を掴んだ。
あわよくば交流を持てるのでは、とアクションしてみたらなんと!! 色んな手順飛ばして手繋いじゃった、なんて喜べるほど能天気な人間になれたらよかったな。
俺の手を握り散乱したゴミの中を引きずる少女に俺は恐怖していた。
……やっぱりガチでやばい奴だ。こんなのが引っ越してきたなんて終わった。
角部屋、隣人なしの最強物件だと思っていたのに。
隣人なしの解釈を広げると、やばい奴が引っ越して来る確率を常に孕んでいるということ。
そうして俺は晴れて、やばい奴の解釈を広げても想像できないような、異次元のやばい奴を引き当ててしまったようだ。
そうやって俺は平穏な日常の終わりを悟りながら、そのやばすぎる少女のされるがままに。
抵抗する気力は先ほどのゴミ袋の津波の影響で残されていない。
ズルズルと散乱したゴミを押しのけながら引きずられ、誘拐のような形で俺は彼女の家のなかに入れられた。
そうして少女は、女の子の力とは思えないほど軽々と俺のことを持ち上げると、ゴミ袋をどかし、空いたスペースに俺を座らせた。
「見ての通り、地上は汚らわしい。だからあなたには私様の信者として、これの浄化を命じるわ」
ああ終わった。完全に。
意地もプライドも捨て、お父さんとお母さんのいる実家に帰ろう。
何だか良くわからないことを言い始めたけど、そのよくわからなさが彼女のやばさの証明だ。
見てくれに騙され期待し、玄関を鳴らしてしまったことを後悔したが、どのみちこんな奴が隣に越してきた時点で俺のこのアパート暮らしは詰んでるんだ。
自分の愚かしさではなく、恨むんならその不運を恨もう。
少女が放った一言で、俺の心は完全に折れた。
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