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 講義終わりに校内の図書館に寄って前回借りた分の返却をして新たに数冊借りて、そのままバスでバイト先へと向かう。

 急遽ヘルプで勤務時間が延びたが、その分給料に反映されると思える程度なので然したる問題ではない。

 疲れたので電車で帰ろうと思ったがふとなにか口に入れたくなり、コンビニに寄ることを思い立ったので歩いて帰ることにした。

 駅方面には向かわないのでバイト先から少し離れたコンビニに寄ってなにを買おうかを迷っていると、突然背後から肩を叩かれる。

 

「月待くん」

「び、っくりした。こんばんは院瀬見くん」

「バイト終わり?」

「そう。小腹が減って」

 

 そこにいたのは院瀬見くんだった。驚いて自分の胸元を掴んでいるオレを見て彼はケラケラと笑ったがバイト上がりだと知ると穏やかな表情を浮かべ「お疲れ様」と言ってくれた。

 軽い挨拶を交わすと院瀬見くんは買い物の邪魔をしちゃ悪いからと言って去って行く。

 ホットスナックと安くなっていたおにぎりを買って店を出たらそこに院瀬見くんの姿があった。

 

「帰ったのかと思った」

「だとしたらバイバイくらい言うよ。急ぎじゃないなら少し話さない?」

「ここで?」

「大声出したりゴミを散らかしたりしなければ構わないと思うけど。気になるなら公園でも行く?」

「うーん、なら遅い時間だから少しだけ」

 

 待っている理由もないだろうからてっきり帰ったと思っていたが、違ったらしい。

 別れの言葉はなかったと言われればそうなんだけど、と思案していると話そうと言われ一瞬躊躇った。

 時間帯と、場所で。だが夜の公園はあまり近付きたくないし、かといって家の方まで歩くの付き合わせるのも悪いので店の迷惑にならぬように少しとだけ返したら彼は嬉しそうに「うん」と呟いて、店舗の端へ向かう。

 

「アイス食べていい?」

「いいよ。じゃあオレも食べちゃおう」

 

 車にも自転車にも邪魔にならない位置に移動してから溶けちゃうからと言ってアイスを食べ始めたので、オレもホットスナックが冷めぬ内に食べることにする。

 話すといっても、遅くまでご苦労様から始まっていつもこんなに遅いの? とか、コンビニのホットスナックって美味しいよねとかそんな他愛ない内容ばかりだった。

 

「院瀬見くんはどうしてこんな時間に?」

「恥ずかしい話なんだけど、家で嫌なことあって。散歩してた」

「随分歩いてきたんじゃない?」

「痛手にはなるけど最悪タクシーかなとか、ネカフェかなとか考えてるとこ。終電まではまだもう少しあるからね」

 

 オレはバイト帰りで、家の方向もこっちなんだけど院瀬見くんは違うはずだ。

 不思議に思ってどうしたのかと聞いたものの、立ち入ったことだったようで申し訳なくなってくる。

 ただ帰るには面倒な場所まで来てしまったんじゃないかと心配したら、考えているのでそれには及ばないよと首を振られた。

 

「月待くんって地元もこの辺の人?」

「違うよ。大学通うのにこっちに来た。院瀬見くんは?」

「おれはずーっとここ。あ、もしかして一人暮らしだ?」

「そう、だね」

 

 食べ終えたゴミをビニール袋に戻し、代わりにおにぎりを出して食べ始めると家のことを聞かれつい返事に詰まってしまった。

 言い出せぬ言葉を聞き出そうとしてのことだったらどうしようかと思っていたが院瀬見くんはそれを察したように「ああ」と呟き肩を揺らす。

 

「ごめんごめんお邪魔させてとかじゃなくて、興味本位」

「こっちこそごめん。家に人を上げるの抵抗があってつい身構えてしまった」

「理由は違うだろうけどおれも家に人上げるの嫌だからその気持ちはわかるよ。ただおれは実家だから一人暮らしは羨ましい」

 

 言われたわけでもないのに断るのもと考えていたので、自分の家でくらい自分でなんとかするよと彼が笑ってくれたことに安堵する。

 話の流れがよくなかったなと零す声に首を振ると何故か院瀬見くんも安堵したように表情を和らげた。

 

「地元だって言ったっていくらでも一人暮らしは出来るんだろうけど、おれの家ってすごく古くてさそういうのかなり難しくて。兄貴とソリが合わないのに家を出れなくて、時々それがしんどくなるから家出するの」

「オレもいい理由で実家出たわけじゃないから、近い気持ちはわかるよ」

 

 何故だろう。ぽつりぽつりと零れ落ちる声から、オレだから話してくれているんだろうというのがわかる。

 少し前に彼が言った「彼の知り合い」には決してそこまでのことは伝えない。伝えるに値しないからだと思うのだが、かといってオレもそこまでの仲ではない。

 恐らく話してくれたのはなにか近いものを感じたからだろう。

 決して同じではないから同じカテゴリーに入れて判断はできないが、先程の院瀬見くんの言葉を借りて返せば彼は照れくさそうに「話しちゃった」と微笑んだ。

 

「でもそうだな。おれがまた家出することがあったら、月待くんに『うちにおいでよ』とか『一緒にオールしよう』とかそれに近いこと言ってもらえるようになりたくなったな」

「自分が落ち込んだ時とか、逆に楽しいことをしたい時に夜中でも気兼ねなく呼び出してもいい関係ってことなら、確かにそれは悪くないかも」

「社交辞令でなく?」

 

 これまで友人らしい友人がいない自分には院瀬見くんの距離の詰め方が急なのか、大凡の人にとっては当然に近いのか判断が付かない。

 オレからすれば急ではあるのだけど、それに対する答えとしては不愉快でないから受け入れられる。

 そんな彼に対して好感を持てるからお近付きになりたい。になるんだろう。

 実際に同じようにされて全員に対して好意的には受け取れないだろうから。

 彼の手腕なのか、もっと単純にオレが彼のことが好きなタイプなのかは今のところは答えがない。

 

「未来を約束できるわけじゃないけど、前向きに検討するのは嫌じゃないよ」

「ははっ、じゃあぜひそうして欲しいな。おればかり声をかけるのは少し寂しいからね」

 

 些か不安そうな表情で問う院瀬見くんに嬉しい気持ちは本当だからと告げれば遠慮や躊躇をしていたのを見抜かれたように「友達なのだから」と言われてしまい今のオレでは「次からは見かけたら声をかけるよ」と返すのが精一杯だった。

 その後まだ電車もあるようだから帰ると言った彼を駅まで送り、オレたちは反対方向へ向かう列車に乗る為ホームで別れを告げた。

 

 

 *****

 

 

「それで名前で呼び合おうってことになったんだ。改めてってなると少し恥ずかしいけど、嬉しいのは本当だから」

 

 数日後、時間を見て社へと遊びに行って友達ができたんだと報告をすれば朧は興味がなさそうに「ふうん」と聞いてくれていたが、その隣で遊羅くんが不服そうに煙管を吹かす。

 

「オレたちのことは最初から名前で呼んだだろ。友達感覚だってか?」

「違うってわかってるのに意地悪言わないでよ。尊敬してるよ、遊羅くんもダンくんも。朧は好きだからだけど」

 

 なにが気に入らないのかと思ったけど、またよくわからないいちゃもんを付けられただけだった。

 名前を聞いた時下の名前しか名乗らなかったのは遊羅くんたちだし、地位のある人しか苗字がなかったという時代にいた可能性も捨てきれないからその手の文句は飲み込んでおく。

 でも違うと思っていることはちゃんと違うと告げたら、遊羅くんは不満に眉を顰めた。

 

「尊敬ぃ? せめて畏れるか崇めろよなぁ」

「尊敬はしてるけど、もっと近い感覚なんだよな。よくしてくれる親戚のお兄さんみたいな」

「親戚って……」

「実の兄って言った方が烏滸がましくない? オレ兄弟いないからその感覚はわからないし、それに二人は兄だけどもっと尊敬の念が強いというか」

 

 人の子なんだからもっと強い感情があるだろうとため息を吐き捨てられたけど、難しい話だ。

 そりゃあ遊羅くんとダンくんがすごい妖であるのはわかるし怒った顔を見ると怖いとも思うが、確実に畏怖とは異なる。

 関係を近く表現しても文句を言われそうだというのと、自分でも近過ぎると思ったから絶妙な例えだと告げたら「話にならん」って言われちゃった。

 

「で、しゆはそのこと伝えに来たの?」

「遊羅くんとのこと?」

「違う。友達とのこと」

「そうだよ。嬉しかったことだから聞いて欲しくて」

 

 煙管の先を灰皿に軽く叩き付けて灰を落として不貞寝した遊羅くんを見て朧がオレに問うので、頷いて返せばその顔に「何故」という文字が浮かぶ。

 

「自分が好きだって伝えるのも大事だけど、自分のことを伝えるのも大事だって教わったから」

「その助言信用できんのか?」

「うーん、でも人付き合いとして尤もだなと思ったから」

 

 朧は言葉にはしなかったけど疑念に思ってるのは伝わってきたからアドバイスに倣っていると返したら、あられとお茶を持ってきてくれたダンくんがいいのかそれでと零すので常軌を逸脱はしていないだろうと告げれば彼も「まあそうか」と頷いた。

 

「朧が嫌ならやめるけど、面倒がっても嫌がりはしないかなって」

「オレはそうする理由がわからないだけで、しゆが好き勝手話すのはいつものことだからな」

「ね」

「ね、じゃねーわ」

 

 喜んで聞いてくれることはなくても拒絶はしないと踏んでると言って、一応朧に視線を向けて確認すればいつものように「毎度のこと」と肩を竦められ嬉しくなる。

 それを機嫌を崩してる遊羅くんに窘められたけど、オレは聞く耳を持たない。

 

「しゆは助言だからって聞くけど、そいつを信用するに値してるとは言わないよな」

「んー、それは言われた言葉を聞くかどうかは自分で決めていいと思っているというか。納得できないアドバイスならどれだけ信用してる人に言われても聞かないよ」

「それはそうだ」

 

 ぽつりと零す朧の言葉に聞いてる間の反応は薄いけどちゃんと届いていて、その間なにかしらオレについて考えてくれているんだとわかるこの瞬間がどうしようもなく嬉しい。

 彼がそうすることに大仰な意味はないんだろうが顔が緩みそうになるのを堪えつつ、自分で納得したことしか聞かないよと返したら思うところがあるのかダンくんが一番早く反応し、傍で朧も頷いていた。

 なにも反応がないから恐らく、二人とも遊羅くんのことを差しているのだろうな。朧はもしかしたらダンくんも入っているのかもしれないが。

 

「それに相手の言葉や相手自身を捨てるのは信用に値しなくなってからでもいいよ」

 

 それらは別のベクトルで考えるものだから、順番は然して気にならないと言えば何故か三人が同じような表情を浮かべて黙った。

 なにか気に障るようなことを言っただろうかと不安になり言葉を探っていたらスパンッ! と勢いよく客間に通じる襖が開く。

 

「お前なかなか性格が悪いな。実にらしい本性を垣間見れて気分がいい」

 

 そんな風に現れる人をオレは愛司さんしか知らなかったが、想像した通りそこにいたのは愛司さんだった。

 侮辱されたはずなのにどうしてだろう、褒められるより気分がいいので笑って「こんにちは」と挨拶したら「やあ」とだけ返されて終わる。

 

「また白檀に逢いに来たんかよぉ」

「残念ながら仕事だ」

 

 突如現れた愛司さんに目的はまたダンくんかと問う遊羅くんに、彼は座ったままのダンくんにひらりと手を振ってから至極真摯な声で告げた。

 それに今まで寝転んでいた遊羅くんが面倒そうに上体を起こす。

 

「お前がワザワザ出向いてくるなんてよっぽどだな」

「流れてくる黒雲のせいかどこからともなくよくないモノが湧いてきたからここへ通す」

「そうかよ」

 

 前回愛司さんと逢った時彼は自分のことを遊羅くんの上司だと言った。今まさに目の前でそのやりとりが行われているのだろうが、何故だろう妙な違和感がある。

 渋々でも遊羅くんが素直に聞き入れているせいだろうか? なんて思案していると愛司さんは視線をダンくんへと向けた。

 

「雑魚相手だが白檀だけは匿ってやってもいい」

「はっ、雑魚相手だろうが遊羅と共に戦わぬならオレの存在意義などない」

 

 偉い妖なんだから当然なのだがなんというか頭が高いとか、上から目線っていうのを体現してるな。

 手を差し伸べることもない横暴で高慢な誘いだが、ダンくんは屈することなく鼻で笑うと鬱陶しそうに空を払った。

 一片の迷いもなく自分の存在意義が遊羅くんの隣にあると言い切ったの本当にカッコイイな。

 まあ愛司さんが簡単に引き下がるはずもなく、彼は上機嫌に笑うとダンくんの右目を覗き込むようにゆるりと首を傾ける。

 

「私を愛してるって言えばそれだけで十二分な存在理由になるのに。強情なとこも傲慢なところも、遊羅の隣でやってのける強さも、好きで好きでたまらないよ」

 

 恥ずかし気もなくプロポーズと遜色のない言葉をダンくんに投げかけては愛司さんは「これでも多忙の身だから今日は去るよ」と言ってあっという間にいなくなってしまった。

 その背に遊羅くんは「二度と来るな」と唾を吐いていたけど無理だってのはオレでもわかる。

 恋愛ドラマのワンシーンのようなやりとりに関係ないのにオレの方がドキドキしてしまい、言われた本人はどう受け取っているんだろうかとダンくんを見たらものすごく嫌そうな表情を浮かべて盛大なため息まで吐き捨てている。

 

「オレ、今日も塩撒いて来ようか?」

 

 すっかり不機嫌な遊羅くんにそれくらいなら出来るよと社の外を指差したらビックリするくらい大きな舌打ちをされた。

 

「話聞いてなかったのか、危ねえんだから帰れるワケねーだろっ! たわけが」

 

 一瞬そこまでされなきゃいけないこと言ったかと思ったが、馬鹿がと罵られて身を案じられていることに気付いた。

 まあ直後に「死にたいなら止めないけどな」と吐き捨てられただただ面倒事起こすなってことだなと思い直す。

 

「オレ、泊まってっていいの?」

「遊羅の言う通り死にたいなら帰ったっていいけどな、そうじゃなきゃ帰らない方がいい」

 

 準備をするからと遊羅くんは一足先に客間を出て行ってしまったので、ダンくんに本当にいてもいいのかと聞いたが同じ言葉を返されるだけだった。

 恐らく泊まってっていいとか彼らが許すことではないのだろう。二人とも出てはいけないとも言わないので、状況的に許すもなにもと言うべきか。

 

「泊まってくことにするよ」

 

 なら死にたくはないから答えは一つだ。ここにいると告げるとダンくんは「そうか」とだけ言う。

 いつも遅くても夕食前には帰るようにしていたからここで夜も過ごすというのは不思議な気分になる。

 

「朧、オレたちが戻るまでしゆのこと頼むな。平気だとは思うが寝る前には湯浴みしとけ、沸かしてないからそれも頼む」

「わかった」

「急いで蕎麦だけ茹でてく、メシはそれ食え」

「ありがとう」

 

 ダンくんは慌ただしく朧とオレに伝えると台所へと行ってしまい、朧も湯浴みの準備だけしてくると言ってこの場からいなくなってしまった。

 広い客間に一人残され、手持ち無沙汰を感じていたがじわりじわりとまた意図しない泊まりになったことの緊張感が湧き上がってくる。

 しかも社の外は危険な状態だという。慣れぬ場による不安もあり円卓に突っ伏していると戻ってきてそれを見た朧が「なにしてんの?」と呟いた。

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