3
今日も今日とて愛しの朧へと逢いに社へと足を運ぶ。
いつもと変わらず石段を駆け上がって鳥居を潜った瞬間、バチンッと大きな音が響いた。
それと同時に右掌にビリビリとした痛みが走る。なんていうか、静電気のすっごいでっかいのって感覚。
「しゆお前今度はなに連れてきやがったぁ!?」
「濡れ衣ッ!」
音と痛み、どっちに反応すればいいのかわからず自分の手を見つめていると社からダンくんの怒号が飛んできた。
それに思い当たることがなにもないので、オレじゃないと声を上げて即答する。
「なにが起こったのか説明してみぃ?」
それからなんの音沙汰もなかったのだが、少しして社の縁側からのっそりと遊羅くんが姿を現しオレを手招いた。
なにが起こったかと聞かれても、大きな音がしてでかい静電気が走ったとしか説明しようがない。
一応右手も見せるけど、そこにはなんの形跡もない。
まあ石鳥居から静電気が走るなんてワケもないので、なにかが起こったのはオレにも明白だけど。なにかを連れてくるようなことはしてなかったはずだ。
っていうかあれ以来追われることもなくなったし、そもそもあの出来事自体がイレギュラーだったんだよな。
気怠そうに縁側に腰を下ろし、オレの手を取ってじっと掌を見てる遊羅くんを見ながらそんなことを考えていると彼の首にある傷跡が目に入る。
首を取ったと表現するのに相応しい、横に一直線に縫われた痕が痛々しくて視線を逸らすと遊羅くんの指がこちょこちょ、とオレの掌を擽った。
「え、なに」
「あえ、こしょばくない?」
「オレそういうの鈍くて……つまんなくてごめん」
呼ばれたんだと思って首を傾げたら、傾げ返されてしまい困らせるような反応で申し訳ないと告げれば遊羅くんは興味なさそうに「ふうん」と呟く。
「触られてるのはわかるんだよな?」
「それはわかるよ。わかるからそういう風に触るのはやめてほしい……」
「なんで? こしょばくねえんだろ?」
鈍いと言ったせいか感触はあるのかと聞かれ、そういうのは普通にわかるよと答える合間に遊羅くんが掌に指の腹をすり、すり……と擦り付けてきて居た堪れなくなる。
やめてくれと尻すぼみに訴えるが、遊羅くんはその生気がまるでない目でオレを見つめたまま手の動きを止めることはない。
的確に厭らしい手付きで、わかってても男だからつい反応しちゃうんだよなあと顔を逸らしたところで後方の襖がスパーンッ! と勢い良く開いた。
「遊羅てめえいつまでも遊んでんじゃねえ! お茶も用意できねえだろうが!」
「誤解なのぉ! あの日からオレは白檀しか抱かないって決めてるから浮気とかじゃないのよぉ!」
「気色悪い。お前に抱かれたこととかないからしゆに変な嘘信じ込ませようとすんな」
「あーねえ、白檀あれ貸して。間借りのやつ」
「間借り言うな。ほらよ」
そこから現れたのはダンくんで、いつまでも戻ってこない遊羅くんに痺れを切らしたようだ。
彼にみっともなく縋り付く遊羅くんに一瞬二人の関係はそうだったのかと過ぎったが、一片の容赦もなくバッサリとぶった切ったダンくんに茶番だとすぐに理解した。
こういうの、いつものことなのか次にはあっけらかんと話を戻していてもダンくんもまるで動じない。
懐から一枚の札を出すと、ぺちん、と遊羅くんの額に押し付けた。「悪霊退散」と小さく呟きながら。
「お茶淹れてる」
「あ、オレ今日お土産ある!」
「穢れてっからちゃんと一緒に玄関から入ってこい」
「はい」
用件は終わったと見たダンくんがこの場から去ろうとするので、左手を持ち上げてビニール袋を見せると強く「あとで」と言われてしまった。
穢れ云々がなくても行儀悪かったか、なんて考えてると遊羅くんが自分に押し付けられた札を剥がしオレの右掌に貼り付ける。
そこからじゅうじゅうとなにかが焼ける音がするけれど、不思議と痛みはない。
「軽く蓋してるってだけだから、あんま動かすなよ」
「わかった。ありがとう」
「なんで? オレが白檀と朧を守るのは当然のことだろ」
しっかりくっついてるように見えるがそうじゃないから気を付けろと言われ、面倒をかけたことに礼を言うと当然のことだとあっけらかんと返されオレは「そっか」としか言えなかった。
その言葉が彼が社の主だからって義務で口にしたんじゃないというのが低く真っ直ぐな声で理解できたから。
詳しい理由はわからないけど、遊羅くんにとってダンくんと朧は大事な存在なんだろう。
聞いて話してもらえるとも思わなかったし、遊羅くんも話すつもりもないんだろう。
玄関から入っておいでと指差されたのに従って、オレは玄関から社へと上がった。すぐに戸の向こうから「茶の間だよ」って声がしたのでオレは居間へと向かう。
「やっと入って来られたの?」
「うん。お邪魔します」
そこには朧がいて、円卓に伏せたままオレを出迎えてくれた。
この社の敷地内では事情なんて全部筒抜けなんだろうなと思っているので、オレを見てニヤニヤ笑ってる朧になんでなんて追及もしない。
その後お茶を持ってきては悪意なく「やっと入って来たのか」と言ったダンくんにお土産のすあまを渡し今日のおやつはそれになった。
「本当に持ってきた」
「珍しく手土産なんて思ったら朧目当てか」
「まあそもそもオレは朧に逢いに来てるんだけど」
「確かにそうだ。じゃあありがたくおこぼれに預かろ」
好物を出されてご機嫌の朧を見て遊羅くんがぶつくさ呟いてたけど、理由としては真っ当ではないかと肩を竦めたら納得された。
遊羅くんは円卓の中心に置かれたパックから、一つすあまを手に取ると一口で食べてしまう。
「一人二つの計算で買ってきたから、朧オレの分一つ食べていいよ」
「ふうん? じゃあもらってあげよう」
「うん、どうぞ」
まあ大の大人なら一口でもおかしくないサイズだけど、その隣で朧が大事そうに食べてるからもう一つどうぞと差し出せばすぐに上機嫌になっていて可愛い。
本当は二つやってもいいんだけど、オレもすあまって初めてだから一個は食べたかったんだよな。
「惚れてるからってのはわかるけど家主の前でそういうのはどうなの?」
「こっそりやってても気分悪いでしょ?」
「そうだね」
「しゆ、遊羅のこういうのは言いたいだけだからほっといていい」
「そうなんだけどねえ、しゆはオレに対しての誠意が足りない。オレのおかげでここに通えてるってのに」
「双方合意の上での契約なんだから誠意もなにもねえだろ。おら、すあまは一個やるからこの件に関してはお前もう黙ってろ」
自分の分を取り、半分ほどかじって初のすあまを噛み締める。なんていうか、甘い餅だ。嫌いじゃないけどこの大きさでもオレは一つでいいな。
なんて考えながらすあまを味わっているとまだ遊羅くんがぶーたれてたけど、ダンくんにもう一つ余分にもらって本当に黙った。
遊羅くんの文句に関しては冗談かどうかってのは明け透けなのでオレはあんまり気にしてないんだけど、もしかしてダンくんは気遣ってくれてるんだろうか。
「ごめんダンくん、なんかその」
「え? なにが」
「気遣ってくれてるのかと……」
「いや別に。お前が朧を優遇するのなんて当然だし、契約の下で遊羅がでかい顔をするのは違うと思っただけで。そもそも気を遣えるかって顔でも態度でもないだろオレは」
「え、態度も顔もなんか関係ある?」
申し訳なくて謝ったらなにを謝ることがあるんだと平然と言い返されて、大半は納得できたけど最後のだけはわからなくてつい聞き返したらダンくんは黙ってしまった。
助けを求めるようにちらり、と彼が遊羅くんを一瞥すると視線を返したりはしないけど次に口を開いたのは遊羅くんだった。
「ないね。今のはそれっぽくオレに好きじゃないもの押し付けただけ。しゆお前、あんま白檀に夢抱くのやめなぁ?」
「え゛っ!? ダンくんはすあま嫌いだった!? それはそれでごめん!」
「嫌いだとは言ってない。確かに好んでは食べないけど。遊羅ぁ!」
「なによぉ、助け舟だったじゃん」
「えー? いつも和菓子出してくれるから気にしてなかった。ごめんねダンくん」
「しゆお前本当、白檀に夢見んのやめろ。オレばっかなんか態度違う」
ダンくんが出してくれるおやつはいつも和菓子だったので、そういうもんだと思ってたけど確かにその中でも得手不得手はあるよなぁ。
リサーチ不足だったと項垂れるオレと、助けたのに怒るダンくんに挟まれ遊羅くんは不誠実に文句を吐き捨てた。
拗ねて床に不貞寝してしまった遊羅くんの肩を叩いて乱暴に慰めながら、ダンくんは小さなため息をひとつ零す。
「今の子がどういうもんを好き好んで食ってるかなんてわかんねえってだけだよ」
「やっぱりいつも考えて出してくれてたんだ」
「労力って程でもねえからお前が気を回すな。お前は今社に客としてきてる。なら持て成すのがしきたりってだけで……この話も面倒くさいからとにかく、気にしなくていい」
「でも納得がいかないから、オレに持って来れるものならダンくんの好きなもの持ってくるよ。それで相子にして」
そういうのを望んでいたんじゃないと頑ななダンくんに、自分が納得できないからオレの勝手で終わらせて欲しいとせがんだらようやっとダンくんは頷いた。
「ダンくんはなにが好き?」
「きゃ……」
「きゃ?」
「キャラメル……と、チョコレイト……」
洋菓子だ!
高級なものだったらどうしようかと一瞬不安も過ぎったけど、これは別の意味で驚いた。
なるほど、そっちの甘いものが好きなのか。
「それってなに? 食べ物?」
「まあ……菓子だよ。外国の」
「ふうん? ダンくんが好きなもの興味あるな。しゆ、オレの分もよろしくね」
「喜んでご用意させていただきます!」
聞き馴染みのない単語に朧がなにかとダンくんに問い、食べ物でその上甘味だとわかると躊躇なく強請ってくるのでオレは頷く他ない。
ダンくんが言い淀むくらい当時は珍しいものだったのかもしれないが、今は別段珍しいもんでも高級なもんでもないからオレにだってちょっといいものを用意できる。
喜んでもらえる、とほっと胸を撫で下ろしていると遊羅くんが片腕を振り上げた。
「オレが好きなのは煙草、酒、女ァ! 抱けるなら別に男でも構わん生身がダメなら春画!」
「ごめんだけどオレ未成年だから一個も買えない」
「なに言ってんだお前」
「小僧なので、買っちゃいけないの。そういう決まり」
「元服くらい済んでてもおかしくないだろ」
「今は二十歳になるまで子どもって扱いなんだよ。オレは今十九だから世間一般では子どもになる」
遊羅くんが口にする単語全部に驚くけど、元服ってのが出てきたか……。
まあ彼が言うのは別に不思議にも思わないが、なんだろうなこのオレが十九って知って流れる微妙な空気は。
「まあしゆの難しい現代事情はいいや」
「買ってもらえないからって飽きないでよ」
「先に手のこと説明せにゃ次がないかもしれないってのに」
「そっちの方が重要か。別にオレは痛くないんだけど、社によくないものだったの?」
どうするべきなのか図りあぐねていると、その空気を最初になかったことにしたのは遊羅くんだった。
手のこと、と言われてオレがそれよりもと口にすることはないってのこの人にバレてきてるな。
なんにせよ気になってはいたので、これがなにかわかっているのかと問うオレを遊羅くんは上体を起こしながらわからいでか、という顔をして鼻で笑う。
「社に、といえばそう。なあしゆ」
「ん?」
「お前どこで【祓い屋】と逢った? 理由によっちゃオレは契約を破棄してもいいんだが?」
だが冗談めかしていた遊羅くんの態度は、その【祓い屋】というオレが初めて聞いた単語によって一変する。
それは遊羅くんだけではなく、朧やダンくんにも影響し二人の空気もピリ、と張り詰めたものになった。
オレが朧に惚れたと言った時と同じ表情で、眼差し。
とても重要なことだと伝わってくる、言葉や態度を誤れば本当にオレに次などない。
けれど伝えられることも、ひとつしかない。
「オレは【祓い屋】なんて知らない。大学で出逢う人の中にいたのかもしれないけど、オレは意図して逢っていない」
「そういう場所に近付いたりは」
「遊羅くんと契約してもらってるのに必要ないでしょ」
「オレたちを祓えば煩わしい契約すらなかったことにできるだろ」
「朧に逢いたくて交わしたものなのに自ら破棄するなんてオレになんの利もない。それにわかってたとして祓い屋を連れてきて遊羅くんを祓えるの?」
珍しく手土産なんて持ってきたのも仇になったな。油断を誘うアイテムだと捉えられても可笑しくない。
ここまで黙ってたのは遊羅くんとしてもオレがその祓い屋を招くつもりとわかればここで喰らうつもりだったからだろう。
どちらかといえば招かれたのはオレの方だったわけだ。
それがわかったところでオレは祓い屋と知って出逢った人なんていないので、危害を加えるつもりなどないとくり返すしかない。
朧だけが残ればいいのだから契約を煩わしいと考える感情が湧くと遊羅くんが考えるのも一理ある。
でもそれをオレの知らぬ存在が打ち消すことが出来る程度の存在とは思っていないと敢えて疑問形で問うたが遊羅くんは表情を崩さない。
「しゆ、手」
「うん」
答えもないまま手を出せと言われ、抗う理由もないので素直に差し出すと一緒に手元を覗き込んできたダンくんがちらりと遊羅くんを一瞥した。
「痛むか?」
「今? 全然。っていうか、最初の一瞬だけだよ痛かったの」
「遊羅」
「えー? んー? でもこれじゃあオレが絆されちゃったみたいじゃなぁい?」
「どっちにしろお前の負けだ」
痛みなんてずっとないのになんでそんなこと聞くのかと首を傾げると、ダンくんが低い声で遊羅くんを制す。
空気が穏やかになったのもわかったけど、それが何故なのかもオレにはわからないままで疑問符を浮かべて遊羅くんを見れば彼は不服そうな表情を浮かべつつ、諦めたように肩を竦めた。
「しゆ、お前が嘘吐いてないのはわかったよ」
「今のどれで?」
「お前の手が痛んでないって言ったのが。お前に貼ったその札は客じゃないモノは苦痛を与えて社から追い返そうとするから、祓い屋の方に意識がいけば痛んでたはず」
機嫌を崩してしまった遊羅くんの代わりにダンくんがオレの身を潔白されたワケを教えてくれた。
オレは嘘を吐いたつもりなんてなかったけど、ちょっとでも不安に揺らげば危なかったらしい。
どちらにせよ、そうなったらなったで遊羅くんからすればダンくんや朧に近付く危険分子を排除できるんだからそれはそれでよかったんだろうな。
オレとしてはそうならなくてよかった、だけど。
「その為に貼ったの?」
「それとその術は追跡用だから阻止する意味も込めて。まあ、それ自体は入り口で吹っ飛んでるけど」
「なあんだ」
「なにがなあんだ? お前危機感あんのか?」
加えて静電気が走ったのはそのせい、とも教えられてほっと肩を撫で下ろすと暫く黙ってた遊羅くんがちょっとした気の緩みで契約を破棄されるってわかってんのかよと言いたげに表情を歪め、呆れたと盛大なため息を吐き捨てる。
「だってやっぱりそんな程度なら、遊羅くんを祓えるわけないんだ」
だがオレが案じたのはそんなことではない。
祓い屋なんて存在は知らなかったけど、遊羅くんに言われてそう危険があるんだってのは理解した。それって一歩間違えればオレが朧を危険な目に遭わせることになってたはずで。
でも簡単にはそうはならないくらい、遊羅くんの力は強いんだって本人から確証が得られたんだ。
強いって信じてた人の力が強くて、嬉しくて安堵しないわけはないと笑って答えたら遊羅くんは真意を窺うようにオレを睨んだけど、首を傾げて返せばもういいと手を振った。
「ふはっは、オレを絆そうとしてどうするんだよ。そういうのは朧にくれてやんなさい」
「それもそうだ」
「それもそうだじゃない。遊羅も、面倒になるとオレに押し付けるのやめろ」
「いいじゃなぁい。どっちにしたってしゆはお前を好いてるんだから」
「そうだよ朧」
「そうだよじゃない」
媚びを売る相手が違うでしょう、と正論を言われ納得するしかなかったから頷いたら朧はなんでだよと吐き捨てて頭を掻き毟ってたけどそういうとこも可愛い。
へら、って笑ったら見てんなよとどこから出したのか指で弾いたおはじきで攻撃された。
「しゆ、おいで。術をかけ直してやる」
「え、お前がそこまでやる必要ある?」
朧からの攻撃が額に直撃して、その痛みに悶えていると遊羅くんが立ち上がり来い、とオレを指で雑に招く。
抗う理由もないので素直に彼の後を追おうとしたのを、ダンくんが訝し気に見上げ苦言を呈した。
それは人の子のオレにってのもあるだろうし、祓い屋相手にってのも含まれているような気がする。それに確かにと心の中で頷いていると、遊羅くんの首ががくんっと落ちるように傾き、その瞳はダンくんを捉えた。
「人の子風情が、このオレに喧嘩を売るってだけで不相応で勘違い極まりないってのに。お前に危害を加えようとしてんだぞ?」
遊羅くんはその足元にゆらゆらと黒い影を纏わせ揺らしながら低い声でダンくんに問う。
彼の纏う雰囲気は恐怖であり、傍で立っているだけのオレの背にも冷や汗が伝っていく。
座っているダンくんはさぞや、と思って横目で様子を窺ったがその右目にはただ呆れだけが浮かんでいて、彼は「わかったよ好きにしろ」とだけ放った。
許しを得て苛立ちを沈めた遊羅くんは得体の知れぬ黒い影をすっと鎮め、普段と変わらぬ口振りでオレに「行くよ」と言った。
*
縁側でぼんやりと座っている朧の隣へと腰を下ろすと、朧はオレに目をくれることなく気怠そうに一つ欠伸をした。
「終わったんだ?」
「うん。痛くも熱くもないけど焼ける音がしてて不思議な感じだ」
人間のオレには読めぬ文字が刻まれ、じゅくじゅくと焼ける音を立てる掌を暫し眺めてからこぶしを握り、視線を朧へと向ける。
「不安にさせた?」
「なんのこと?」
オレとしては結構、意を決して向けた質問だったんだけど朧にそれが伝わることはない。
なんの? と問い返されたが、それは素知らぬフリや答えたくないからはぐらかそうとしたものではなく、どれを差しているのかと聞いているのが不思議と察しが付いた。
まああまりに平然と聞き返されたので一瞬言葉に迷った。
「祓い屋が来るんじゃないか、とか」
「いや、まあ……オレは人の子も祓い屋も嫌いだからな。来るなとは思ってるけどしゆも言ってた通り、遊羅に敵はないってわかってるから」
無難な方へと逃げた情けない自分を恨みがましく思いつつ、それに律儀に返してくれる朧に胸の奥がギュッと締め付けられる。
人が嫌いだと言いながらオレを拒まないのは、遊羅くんがここへ来るのを許しているというのもあるし今のところ害もないから拒まないでおくかって程度なんだろう。
それを寂しい、と思わないのはオレ自身が寂しいと感じれるほど行動に移していないからだ。
「もしオレが嘘を吐いてたんだとしたら、朧はどう思う?」
害がないというだけの人の子が好意は嘘だったと言って、ここ数ヵ月の出来事をなかったことにしようとしてたらと本当に聞きたかったことを問えば、朧は重たそうにその頭を傾げた。
「しゆが嘘を吐いてたって『なんだ』って思うだけだ」
朧はハッキリと言葉にしてくれたけどそれは「別に」と答えるのとなんら大差のないものだ。
オレからすれば数ヵ月の出来事だが、長生きする朧たちからすればたった数日の出来事と変わらないのかもしれない。
その辺の感覚からくるものなのかどうかはわからないが、朧にとっては野良猫にそっぽ向かれたくらいのものなんだと、わざわざ明日にも引きずらない程度のものだというのは理解した。
「人のお前が考える、それらしいことなんて妖のオレには言えないからな」
「構わないよ。朧はそのままでいい。だって嘘じゃないってわかるからね」
「妖だって嘘を吐かないわけじゃないからな。嘘を吐くに値しないってだけだ」
「だからそれでいい。オレがいなくなっても朧にとってそんなものならいい。朧が傷付くことにならないなら、それで」
朧が人嫌いなのにはそう考えるに至る事情があるのだろう。人のオレには想像もつかないような。
だから朧にオレの考えに寄り添ってもらおうなんて考えていないし、今はまだ朧の過去を暴こうとも思わない。
今のオレが知りたいことを朧はハッキリ言葉にしてくれるからこそ安心できるからいいんだと笑って告げれば、何故か朧は怪訝そうに眉根を寄せ僅かに身を引いた。
「それって、いいことなのか?」
拒絶というよりは、理解できないから真意をオレの全身から嗅ぎ取ろうとしているらしい。
じろじろと眺めながら、それはオレの感情として合っているのかと問う朧に人と関わるのって別に初めてでもなんでもないんだろうなと思う。
まあその点に関してはダンくんがいるからそれはそうなのかもしれないが。
理解できないんだって全身で訴える朧に、頷いて返す。
「今回に限ってはって話だよ。今はまだ『なんだ』で消えてしまう程度の存在だとわかったから同じことが起こった時朧に『しゆはそんなこと思わない』って言ってもらえるまでになろうって改めて思った」
好意を向ける者としては独りよがりで寄り添って欲しいと望んでしまう方が強いとも思われても仕方ないとオレだって思う。
でも現状の関係を理解しないでいようと考えるほど夢を見ているわけじゃないと告げれば朧は小さな声で「オレに?」と呟いて首を傾げた。
「契約のこと、怖くないって言ったら嘘になる。だって澱に追いかけられた恐怖は拭えない。でもそれを怖がって、遊羅くんやダンくんにばかりいい顔してたって意味ない。オレが好きなのは朧なんだから、朧にその気持ちが伝わらないと」
周りから囲ってというのも一つの恋愛必勝法なのだろう。
けれど一番大事なものの心がオレに振り向いていなくては意味がない。そして今、それには程遠いのだと朧自身が教えてくれた。
恐れる対象も、手を伸ばす対象も僅かに逸れていた。ならば今、ここから正していかなければならない。
真っ直ぐに、彼だけに。
いつか、あの日。
オレを助けてくれたその背中が、こちらに振り返るまでオレは決してこの好意を朧から逸らさない。