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 蜃と逢い、その瘴気を祓ってもらうのに社へと泊まった翌日の朝。

 目覚めた時に朧が隣にいてくれることは初めてのことでもないのに、緊張したがそれと同時にとても気持ちがスッキリとしていた。

 今までのオレは自身の置き場がずっと曖昧だったから、自分のいるべき場所がハッキリと決まったという安堵からだと思う。

 まあその決意したというのを社の主である遊羅くんと、彼の相棒であり朧の兄代わりであるダンくんに伝えなければならないのだが。

 

「その百面相でなにを考えてるのか手に取るようにわかるな……」

「オレも、朧といると毎秒オレの知らない自分と出逢えるから新鮮だよ。おはよう朧」

 

 挨拶もせぬまま自分の顔を見ては表情を変えるオレを見て朧が呆れたと声を零した。

 自分って感情がこんなに忙しなかったんだなって思うことが改めて新鮮だと告げて、オレは上体を起こして伸びをする。

 

「別に急かさないよ」

「うん。でも、気持ちが変わるわけじゃないから。言うよ」

「そう」

 

 安堵しているのも確かだが、今この瞬間は緊張や不安の方が大きくその原因を見抜いている朧に報告は急かさないと言われたけど結論が変わらないなら先延ばしにしたって仕方がない。

 早い内に言った方が遊羅くんたちも準備や対策が出来るだろうと思うし。

 

「ただ、まあ。不安だから傍にはいて」

「そりゃオレの家だから居はするよ」

 

 朧は遊羅くんにとって特別に大切な存在だ。これまでのこともあるし、これからのこともあるから快く迎え入れてもらえるとは思わない。絶対にダメだと言われるのも想像つかないけど、いい顔はされないはず。

 状況もそうだが、遊羅くんの性格的に。

 だから傍にいてって言ったのだけどイマイチ伝わり切らなかったようだ。傍にはいてくれるらしいので結果的には構わないが。

 

 挨拶になるのだからとこの場で出来る限り身なりを整えてから居間へと向かうとそこで遊羅くんは煙管を吹かしていて、ダンくんはオレたちが起きてきたことに気付くと白湯を出してくれた。

 

「遊羅くん、ダンくん。話があります」

「立ったままオレに物言うってか? 座れぇ」

 

 このままいたら食事を出されそうだったので、食べなくてはならない理由は昨晩聞いたけれど先に話しておきたいと思い真剣に告げたら、遊羅くんはオレに低く冷たい口調で座るように指で指し示す。

 オレが床に正座すると朧もその隣に同じように正座をし、その様子を見てダンくんも座り直したが遊羅くんは胡坐を掻いたままだ。

 

「昨日、朧と話し合って決めました。オレ、朧の傍で一生を過ごしたいから人の子をやめて朧の元に婿入りします。オレも社に入れてください」

 

 真摯に告げて床に手を付き、深く頭を下げる。

 暫く無言で、このまま頭を下げているべきなのかと考えていたら遊羅くんが煙を吐く音が聞こえて、それからすぐ「顔を上げろ」と言われたので上体を起こす。

 

「そうだって言うなら、今すぐでもいいよなぁ? 人の子やめて社に入りてえほど朧に執心してるってんなら、もう未練もないってことだろ?」

「そ、れは……。朧とは、オレが大学を卒業するまで待ってもらう約束をしてて」

「社の主はオレだが? 今日、今、ここで、この瞬間から人の子やめるって言えねえなら認めんよオレは」

 

 なら今からでも構わないんだよな、と冷たく繰り返す遊羅くんに問われているのは覚悟だ。

 朧との約束があるからと言ったところで、主は遊羅くんなのだと言われてしまえばそれも無意味だ。

 オレを真っ直ぐに見やる視線から圧を感じる、背筋に冷たい汗が伝い、呼吸がうまくできない。

 

「今、ここで人の子をやめるって誓える」

 

 ちらりと隣に座る朧を一瞥してからオレはゆっくりと深呼吸をして、今すぐでも構わないと告げる。

 それに遊羅くんは表情を変えず静かに「そうかぁ」と零し、手を伸ばしてくるのでオレはその手を掴んだ。

 

「でも、今じゃない!」

「なら認めねえ。口約束しか出来ねえ状態じゃ、人の子のお前を信じられねえって言ってんだよ」

「心変わりを疑われてるっていうなら、心外だって言ってるんだ!」

「信じられるかぁ! 不変なんかねえんだぞ! ここまで朧夜の気持ちを動かしておいて、傷付ける可能性がある以上オレはそれを看過は出来ねえの!」

 

 だがオレなんかの力より遊羅くんの力の方が圧倒的だ。容易く手を払われて、その上反抗したら胸倉を掴まれた。

 自分の宝物を傷付ける可能性があるならとぶつけられる言葉が、あまりに真っ直ぐで心臓が熱を持つ。

 何故か、オレの方がどうしようもなく泣きそうになって。じわじわと滲む涙がオレの視界を揺らした。

 

「ごめん遊羅くん。覚悟の話だって言えたらいいのに。オレの見栄だ。でも嫌なんだ、親の力が及ぶままオレはこの社に入りたくない。遺恨ごと、すべて捨ててそれから解放されて。初めてオレという一人の存在になれてから、オレは本当の意味で朧を好きだって言えるから」

 

 親の力で生きている現状を、オレ自身が許せない。それは幼さであると考えているから。

 今ここで中途半端に親との縁をすべて断ち切ろうとしたって、オレの中に彼らに生かされたままという考えが残ってしまう。

 それらを手放せてやっとオレは本当にすべてを捨てられることになると告げれば、遊羅くんは胸倉を握る手に力を込めなにかを言いたそうに口を数度開閉させたが、本当に言いたいことを飲み込み「砂利が」とだけ吐き捨てオレを突き飛ばすようにして手を離した。

 

「遊羅くん。遊羅くん、それでも。朧を傷付ける可能性があるって、今決める以外本当に認めないって社の主である遊羅くんが言うなら。それが、朧と逢えないことになるなら。オレは朧を取るよ」

 

 見栄は張った、反抗もして我を通そうとした。でも朧とのことを天秤にかけたらそれに勝るものはないのだと言えば遊羅くんは青筋を立て、手に持っていた煙管を指の力だけで折る。

 

「遊羅」

 

 再び今にも飛び掛かってきそうな怒気を放つ遊羅くんを止めたのはダンくんで、彼に名を呼ばれ顔を向き合わせるなり首を振られると遊羅くんは深く深く息を吐き、どかりと床に座り直した。

 

「しゆ」

「はい」

「オレはな、本当に。本当に朧夜が大事なんだよ。オレは朧夜の傷付いた顔は二度と見たくねえの。朧夜が傷付かない代わりにオレが倍傷付けってんなら喜んで傷付くくらい、命を差し出すことすら厭わねえほど大切なんだよ」

「知ってる。ずっと、知ってる。オレが考えるよりずっと深くて大きい気持ちなんだって」

「裏切らせたくねえのぉ、お前にぃ」

 

 無償の愛の大きさも、深さも。与えられたことはあっても与えたことのないオレには想像も及ばないがそれを改めて目の当たりにしてどう返すことが正解なんだろうと考える。

 見栄なんて張るべきでなかったのかもしれないが、わかったと言って頷いていても納得しなかったのはさっきの反応を見れば明らかだったからな。

 

「朧のことは当然だけど。オレは遊羅くんのことも、ダンくんのことも好きだから。二人のことも含めて、裏切るつもりも傷付けるつもりもない」

「はあぁ?」

 

 なら結局、今思っていることを告げるしかないと素直な気持ちを述べたら矛先が自分に向く理由がわからないと苛立ちの混じった疑問の声を投げられた。

 それに怯まず、真っ直ぐに遊羅くんを見れば次第に彼の表情も落ち着きを取り戻していく。

 

「遊羅くんが本当に今しか認めないと言うならそれに従う。でもオレは、朧にも遊羅くんたちにも誠実でありたいから。本当の意味で【(しゆう)】って一人の存在になってから社に入りたい」

 

 今一度、同じことをくり返すことになるだけだがそう告げて頭を下げる。

 そんなオレに遊羅くんは「何一つ変わってねえ」と吐き捨てた、当然だ。

 

「遊羅。オレ、待ってみるよ」

「傷付くかもしれねえんだぞ。オレだってな、別にしゆを疑ってるわけじゃねえの」

「わかってる。でもオレは、しゆがオレ以外に向ける負の感情全部が嫌だから。数年待つだけでそれを切るとしゆが言うなら、待つ」

 

 だとしてこれ以上なにを言えばいいのかと頭を下げたまま考えを巡らせていたら、ずっと黙っていた朧が口を開いた。

 オレの主張も変わらないが、遊羅くんの主張も変わらない。たった一つ、朧が傷付くのが嫌だとくり返す遊羅くんに朧がハッキリと告げた言葉に、初めて遊羅くんが言い淀む。

 

「くそっ、でも……」

「遊羅、諦めろ。オレたちからすればたった数年だ。待ってみて本当にしゆが社に入らなかった時、しゆをどうするかはその時考えたらいい。それで朧が傷付いたのなら、またオレたちで慰めたらいい。何十年、何百年かかろうと。オレとお前はずっと朧の傍にいるだろ」

 

 朧の言うことならと葛藤しては悪態を吐く遊羅くんに、ダンくんが冷静に声をかける。

 ここまできたら未来のことを考えていたって答えは出ないと零すダンくんに、遊羅くんは「お前は……」と言いかけたがすぐに飲み込み酷く不貞腐れた声でオレに「顔を上げろ」と言った。

 

「しゆ、お前朧を傷付けたら生涯を地獄で過ごすと思えよ」

「わかった。でも朧といられないこと以上の地獄なんてない」

「オレはお前のそういうところが好かねえんだよ最初から。腹立つなぁ」

 

 本当にわかってんのかよと吐き捨て、ハッキリと認めるとは言わない遊羅くんの優しさにただ笑って返したが安堵の気持ちが伝わらなかったようで「絶対に地獄へ落とす」って睨まれてしまった。

 

「朧、ダンくんもありがとう」

「オレは思ったことしか言ってない。裏切った時の相応の罰は遊羅がくれるだろうって思ってるのも本当だし」

「大事な弟が好きな人といたいってんなら、後押しくらいはするってだけだ。どうも親父ぶってんのは婿殿が好かんみたいだからな。いつの世も婿殿は肩身が狭いな」

 

 二人の後押しのお陰だとお礼を言えば、自分の心に従っただけだと返されたけどそうだって言ってくれたことが嬉しいのに。

 冗談めかすダンくんに遊羅くんがなにか文句を言っていたが、オレに聞き取れるような言語ではない。

 

「社へ入れるかどうかの話は一旦保留だ。本当に入る気になったその時にもう一度言え」

「わかった。改める」

「本当にその日がきたら改めて、気が触れてるって笑ってやるよぉ」

 

 遊羅くんはあーあーもうと諦めたように悪態を吐いて、立ち上がるとオレの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でくり回して新しい煙管を取ってくると言って居間から出て行ってしまった。

 

「しゆは遊羅のああいうとこ、あんま気にしないだろうが」

「うん?」

「人の子が妖になるってのは簡単なわりに、ある日を境に自分を取り巻く環境が一瞬にして変わることになる。小さな違和感が心を蝕んでいって、苦しむガキをあいつは目の当たりにしてるから。遊羅は言わないけど、お前は簡単に人の子やめるって言うからこそ、しゆことも心配してんだよ」

 

 遊羅くんの足音が遠ざかっていったのを聞いてダンくんがぽつりぽつりと話し始める。

 ああいうところ、と言われて一瞬どの辺だろうと思ったが話を聞いている内に粗雑で乱暴な物言いや振る舞いのことだと理解した。

 そしてダンくんが零すその「苦しむガキ」のことがダンくん自身のことだとも。

 つまり、怒鳴って乱暴するくらいオレのことも心配だから許してやってくれってことなんだろうけど。考えようによっては遊羅くんとダンくんの仲睦まじさを自慢されたようにも聞こえるな。

 朧は二人はそういう関係じゃないって言うしそれを疑うつもりはないんだけど、相当ラブラブであることには変わりがないと思う。熟年夫婦感すごいよな。

 羨ましさを覚えてじぃ、とダンくんの顔を見てたら「オレの顔じゃなくて大好きな朧の顔でも見てろ」と吐き捨てられてしまった。

 

「それが避けられないのなら、尚のことオレは朧といる。その苦しみは朧の為のものだから」

 

 遊羅くんの心配も、それを伝えてくれるダンくんの優しさも理解しているつもりだ。

 なので二人の伝えたい通りに「ちゃんと朧に向けるよ」と笑って返したらダンくんは目を丸くし、オレと朧の表情を見比べてはぷっと吹き出して、ケラケラと声を上げて笑った。

 そして、突如として立ち上がると遊羅くんと同じように両手でオレの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

 

「はははっ! オレの知らなかった顔を朧にさせやがって。生意気だお前」

「なんっ、なぁっ!」

 

 遊羅くんもそうだけど突然なんなんだ、と思いつつされるがままでいるとダンくんは一頻り笑って文句を言ってオレの頭を撫でてから「朝餉を用意してやる」と言って居間からいなくなった。

 ぼさぼさの髪を撫でつけながらなんだったんだろうと朧に視線を向ければ、その顔にあからさまに【面白くない】って描いてある。

 

「なんか不満?」

「遊羅にもダンくんにも、オレが二人のことをすごく好きなんだってことがイマイチ伝わりきってないのを知って不満」

「ははっ。朧は二人のこと、大好きなのにね」

 

 どうやらダンくんに自分の知らない顔、と言われたことが不満だったようだ。

 これは憶測だが、朧からすれば二人のお陰で見せる表情がもっとたくさんあったのにってことなんだろうな。

 妬いていたんだと笑えば朧は恥じらいもなく頷いたけど、表情を変えぬままじぃとオレのことを睨み付けてくるのでなにかと首を傾げて返す。

 

「本当に、苦しくなったらオレのところに来るよな?」

 

 隠さないよなと問う眼差しに、見抜かれているなぁと思う。

 確かに数刻前だったら朧に心配をかけまいとして隠すって考えたかもしれないが、今は違う。

 頭を左右に振って否定し、オレは隣に座る朧を抱き寄せた。

 

「必ず。だってオレの気持ちの向かう先は朧、キミだけだ」

 

 約束すると囁けば朧はオレを見上げて満足そうに鼻を鳴らした。

 その自慢げな表情があまりに可愛らしくて「好きだなぁ」って呟いたら今までと変わらぬ冷静な、けれど好意を隠さぬ声で「知ってる」と返されたので。

 歓喜の感情を飲み込み切れなくて、辺りの気配を窺ってからオレは朧の唇へと口付けた。

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