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 幼い頃は両親が正しく、彼らに背くことは間違いであると思っていた。

 彼らが望む以外の実績も、性格も、行動も不要だ。

 敷かれたレールの上を歩く、彼らの言葉に「はい」という返事以外をしてはいけない。

 それが普通だと思っていた。

 子どもは親の所有物であって然るべきだと。

 

 だが、それに違和感を覚えたのは小学校も高学年になった頃だったと思う。

 

「月待って自分でなにも決められないのか?」

 

 同級生にそう言われたのがきっかけだった気がする。

 それ以前にも選択を求められると濁すことは多かったので似たようなことを言われていたが、そういうものだと思っていたからこそ疑問などなかった。

 ただそれが積み重なっていく内に、他の子どもたちは自分で選んでいるということに気付き自分の置かれた状況に違和感を覚え始める。

 胸の中に落ちるモヤモヤとした気持ちを言語化出来ればよかったのだが、生憎与えられた以外の感情がないオレではそれは酷く難しかった。

 違うことを恥ずかしいと思ったことはない。ただ、何故違うのだろうと思った。

 そんなことを、初めて零せたのが祖父だった。

 

 あの頃に、あの時に祖父と出逢うことが出来たのは奇跡であり、オレの人生を大きく変えたと思う。

 

 当然ながら両親と祖父は仲が悪かった。本人たち曰く、縁を切っているとのことだった。

 ちなみにだが、母親も自分の両親とは折り合いが悪くオレは本当に幼い頃、一度だけ誰かの葬式で彼女の実家に行ったことがあるだけだ。

 だからオレは初めて逢う日まで父の親である祖父の存在を知らずにいた。

 両親としては祖父に頼るのもという感じだったのだろうが、頼れるのも彼しかいないという感じであった。

 どうしても両親揃ってオレの夏休みの間、家を空けることになってその期間預けられることになった。

 

 初めて逢う祖父、そして現状を知らぬ彼から自分の答えを求められることにストレスを感じるオレを見て祖父はその異変にいち早く気付いた。

 たった十一歳とはいえ、今まで積み上げてきた価値観がガラガラと崩れ落ちる感覚というのはなんというか筆舌に尽くし難い。

 だがそれ以外なにも持たなかったオレだったから、それを受け入れられたのだと思う。

 

 抑制されていたからものが祖父の前でなくなったとは言え、そもそもないものはなかったので爆発するものはなにもなく。

 ただひとつずつ、自分の好きなもの嫌いなものを自分で発見していくのはとてもドキドキした。

 

 山の中を駆けることも、プールで泳ぐことも、自転車に乗って道を走ることも、外に出られない雨の日は家でジグソーパズルをすることも。全部祖父から教わった。

 意見が違った人との喧嘩の仕方も教えてくれたが、これまでのことを考えればオレには向いていなくてそればかりは祖父を困らせた。

 暴力が解決することは多くはないが、ゼロではないから身を守る方法くらいは知っていたらいいと言われ親には内緒で中学からキックボクシングに通った。

 会費は相談したら祖父が払ってくれた。当時は返すと言ったのだが「これまで渡せなかったお年玉の分だ」と言われてしまい、その場では祖父の気持ちを尊重することにした。

 

 その後、両親に頼めないことがあるとオレは祖父を頼った。

 小学生が一人で通うには結構な距離があったと思うが、中学になる頃には慣れた。

 申し訳ないとは思っていたけれど祖父の元でしかオレはオレらしく在れなかったのを、知っていてくれたのだろう。

 祖父はいつだって、嬉しそうに笑ってオレを受け入れてくれた。

 

 だがオレも月待充だという一人の人間であり、自分だけの感情があり、オレの人生はオレのものであることを教えてくれた祖父はオレが十三の時、まだ雪の気配もない冬の始まりに亡くなった。

 

 オレがそれを知った頃には祖父は骨となり、墓の下に埋められていた。

 

 家に逢いに行ってもあの笑顔はない。

 掘り起こした骨壺も、飾られた写真も、彼が日々を過ごした家の中もどこもかしこも冷たくて。

 冬という季節がそうさせたのもあるだろうが、ただ、ただ、どうしようもなく。

 

 独りぼっちの家の中で、自分の心が冷えて凍っていく感覚に支配された。

 

 寂しくて、その寂しさを埋める方法を知らなくて。

 なにも感じないことが楽だと知っていたのが仇となり、オレは自分の心を箱にしまいこんで、深く深くに沈めた。

 灯織くんはきっと「それだけ悲しかったなら、そうしてしまうこともある」と言うだろう。

 

 祖父を亡くし、感情を沈めたことで両親に抗おうという気もさらさら起こらなくなった。

 ただ従うつもりもなかったが【抗わないでいる】ということがとてもよく効いていた。

 

 そして進路の話が出始めた頃、オレは蜃と出逢った。

 十四になる年の、中学での林間学校で行った先の海だ。

 浜辺に腰を下ろし、足先だけを海水に浸けて波が押し寄せては引いていくのを眺めていたら声をかけられた。

 燦燦と太陽の光が降り注ぐような夏の日だというのに、そいつは長そでの学生服を着込み、更にはその上からマントを羽織り、深々と帽子まで被っていた。

 

「どちら様ですか?」

「愛した者と悲しい別れをしたのだな」

 

 怪しいとは思ったが当時のオレに危機感などはなく、ぼんやりと暑そうだなと思いながら返事をしたのだが恐らくそれがよくなかった。

 蜃は長い前髪の向こう側からオレの目を見つめ、穏やかな声でそう言った。

 見透かすような瞳に何故か首を振ることも黙ることも出来ず、オレの頭は勝手に頷き口からも「うん」と零れ落ちた。

 

「それは、それは、とても寂しいだろう」

 

 オレの傍で膝を突くと蜃は伸ばした手でオレの頬を撫でる。

 肌に触れた手は水のようにひやりと冷たかったが、水の中に入ったような心地よさがあり固く閉ざしていたはずの心が揺らめいたのがわかった。

 

「さみ、さみしい……!」

「ああ、そうだろうとも」

 

 慰める手に、涙が溢れた。

 ずっと流すことのできなかった涙を蜃は優しく、優しく拭う。

 

「誰も、いないことが。誰にも愛されないことが、誰も愛せないことが。こんなに、寂しいなんて知りたくなかった。こんなに苦しくて辛いなら、知らずにいたかった!」

 

 わあぁああと声を上げて泣いても、周りにいた誰一人こちらを気に留めることがなかったのは蜃と触れていたからだろうと今ならわかる。

 だがその時のオレは彼がオレの気持ちを聞いてくれたことに安堵していたのと、悲しみと寂しさと怒りとでぐちゃぐちゃになった感情のせいでそこまで気が回らなかった。

 ただ気持ちを喚き散らしていただけのオレの言葉を、蜃は「うん、うん」と聞き入れる。

 そしてふと言葉が切れた途端、オレの頬を掴んで視線を合わせた。もう少し近付いたら帽子のツバがぶつかり、唇だって触れてしまいそうな距離に呼吸が出来なくなる。

 

「その深い寂しさを、埋めて欲しいか?」

 

 ざばんっ、と足元で大きな波が立つ音に掻き消されそうなほどの声で問われたがこれだけの至近距離で聞き逃してしまうことはなく。

 寧ろ人の声が彼だけであったせいもあり、オレの耳には波の音よりもよく聞こえた。

 真っ直ぐに覗き込む瞳から逃げられない。見透かされている、と思ってオレはなんとか頷いて返す。

 

「誰でもいい、なんでもいい。だって、じゃないと、オレはまたオレでなくなる。人でなくなる」

 

 心が欠けたら、失くしたらそれは人形と変わらない。

 両親の言葉に従って、自分の好きなものも嫌いなものも決められないただの人形に成り下がる。

 それは嫌だとまたぐずぐずと泣きじゃくれば蜃はにこり、と瞳を細めた。

 

「ボクが愛してやる。ボクが、お前の望む姿でお前を愛してやる。寂しさを埋めてやる、忘れさせてやる」

「あ、なたが?」

「その愛した人の姿で愛してやろうか」

 

 簡単なことだ、と言いたげに告げられて理解が追い付かない。

 咄嗟に口を衝いた何故、という疑問も【祖父の姿で】と言われた瞬間に吹っ飛んだ。

 誰でもいいとは言ったが祖父の代わりはないと慌てて首を振ると、驚いたように蜃は目を丸くし頭を傾けた。

 

「なるほど、それは嫌なのか」

「それは、イヤだ」

「そうか。ならばどうしようか。ボクはどんな姿でもお前を愛せる。ただしその代わり、お前もボクがお前にしてやるようにボクを愛して」

 

 愛してやるから愛してくれ、と言われ何故かそれは尤もな対価だと思った。

 貴方も寂しいのかと聞こうとした言葉が声にならなかったのは、望む姿が浮かばなかったからだろう。

 黙り込んで答えを出せずにいる唇に、蜃の指が触れた瞬間幻滅されるかと身を構えたが、彼は穏やかに笑って待っていた。

 

「決められないんだね」

 

 その問いに静かに頷くと、彼は「わかった」と言って両腕をオレの首に回し自分の方へと抱き寄せる。

 

「名前を」

「充」

「そう、充。ボクは待つよ。お前が答えを見つけるまでいつまでだって待つ。だから約束を交わして。ボクを愛すって。ボクの元へ、来るって」

 

 肌が触れた瞬間、全身を冷たさが包み込んだがそれも一瞬のことでプールの中に深く潜って身を委ねた時のような感覚に変わる。

 感情が穏やかになっていく中で名前を聞かれて答えると、蜃は目尻を吊り上げるようにして微笑んだ。

 逃げられないと思ったがその時は恐怖などなく、寧ろこの寂しさがなくなるのならなんだっていいと。オレは彼の言葉に頷いた。

 

「嗚呼、待っているからな。いつまでだって、ボクは。充。お前を待つ。答えを見つけるまで、お前の寂しさはボクがもらっておいてやる」

 

 いつの間にかいた光も届かぬ深海で「約束の証だ」と蜃はそう囁いてオレの体を強く、強く抱き締めた。

 

 次に気付いた時にはオレは陸にいて、当時の担任の先生に「溺れていたんだ」と告げられて初めて溺れていたんだということを知った。

 翌日、林間学校を終えて家に帰った夜から数日続く高熱を出してそれが下がる頃には蜃とのことはすっかり記憶から消え、その代わりに得体の知れないものが視えるようになった。

 

 そしてそれらの出来事をきっかけにして、祖父の家に行くと祖父がオレを出迎えるようになった。

 

 亡くなる以前のように、庭や縁側を手入れし掃除する姿にオレも驚いたがそんなオレを見て祖父も驚いていた。

 幽霊かと思ったが実態もあり、話をする限り確かに祖父だった。

 オレが逢いに行くと変わらず大事にしてくれて、話を聞いてくれて、相談にも乗ってくれた。

 時折酷く、酷く寂しそうな表情を浮かべるのが気にはなっていたが終ぞそれを聞くことは出来なかった。

 聞いてしまったら、消えてしまうと思った。これが夢だと知ることになると思った。

 

 なんにせよ主のいない家に幾度も通う息子のことを、あの両親が許すわけはなく。

 まあそもそもオレを物言わぬ人形でなくした祖父のことは彼らにとって邪魔だったわけで、その上死んで清々してたところにオレが祖父が生きているようにしてあの家に通っていれば気が狂ったと思ってもおかしくはない。

 両親がなんと言おうと、彼らの目に祖父が映らなかろうと。

 祖父が亡くなったという事実が変わらなかろうと。

 あの時のオレの傍には確かに祖父がいた。

 だからこそ両親の「祖父はもう死んだのだ」という言葉を受け入れられなかったし、「最初からいなかったのだと思え」と吐き捨てられた瞬間にはもう彼らには自分の言葉など欠片も届かないのだと確信した。

 感情を捨てろと言われるたびに、以前の心無い人形であることに戻るように強要されるたびに苛立ちと失望が募る。

 

 ――繋いでいたい縁は自分で選ぶ、もう他の誰にも切らせやしない。

 

 強く、強く心にそう思ったのを覚えている。同時に血が繋がっていても父とも母ともその縁を繋いでいる必要もないのだと断ち切ったのも。

 

 それでも彼らに頼らずして生きていくには幼く無力である自覚はあったので、露骨に抗わぬようになった。

 高校の進路だって両親の希望したところへ行ったし、大学も彼らが反対しないランクを探した。

 離れて暮らすようになることに反対はされたが、所謂形だけだった。

 でも彼らにとってのそれは従っている内は許してやっているという感覚なのだろう。だからオレが一瞬でも道を違えれば重箱の隅を突くようにしてあれやこれやとほじくり返してはオレを連れ戻そうとする。

 けれどそんなのいつまで続くものでもない。

 オレが大人になってしまえばそんなものに縛られてやる必要などないのだから。

 血以外彼らがオレと繋がっているものがないというのはオレにとっての唯一の安心材料だった。

 

 実家から離れるに当たって気がかりだったのは祖父だった。

 今までよりずっと遠くなるので、大学への進学が決まった時に報告に行ったのだがそこに祖父の姿はなかった。

 この頃には夢が覚める気配をしっかりと感じていた。抗うつもりもなくなっていた。

 薄々、祖父の正体に気付いてからだろう。

 

 彼か彼女かはわからないが、祖父の正体は祖父を愛した妖だった。

 

 祖父が妖が視えるという話は聞かなかったが、土着信仰や自然や生き物へ対しての信仰が深い人だったから今はその辺りだったんじゃないかなと思っている。

 オレとは直接的な接触も縁もなかったはずだが、祖父が大事にしていた者と知っていてとても大切にしてくれた。

 姿を見せることがなくなったのは、オレがそこに帰ることはないと理解したからなんだろう。

 世間一般でいうところの親元を離れて独立するのってこんな感じなのかな、と思ったらどうしようもなく悲しくて苦しかった。

 

 誰もオレのことを知らぬ地に行って一人になりたかったはずなのに、一人はどうしようもなく苦しくて寂しかった。

 妖が視えることだって恐ろしく感じていたが、なにかと繋がっているという事実はオレを安堵させた。

 そして朧と出逢い、遊羅くんに助けてもらえることになって。

 けれど妖が視えなくなるということはその時のオレにとっては繋がりが断たれてしまうということとイコールだった。

 望んだことだったはずなのに孤独に支配されるのが怖くてたまらなくて、オレのことを見捨てなかった朧の優しさに付け込んだ。

 いつかでまかせもうまくいかなくなって、遊羅くんを失望させてまた呪われたんだとしてそれでも構わなかった。

 それが死だったとして、抱えている孤独以上に苦しいことなんてないと思っていたから。

 でも朧に逢いに行く内に、傍にいて言葉を交わし、時間を過ごす内に本当に朧との縁が切れてしまうのが恐ろしくなった。

 心が朧にしか惹かれなかったのも、離れるのが恐ろしく寂しさを見て見ぬフリをしたのも、オレが本当に朧が好きだからだとようやっと気付いた。

 

 *

 

「本当に勝手なことを言うけど。オレの中にある不変を変えるのが朧であって欲しいって、深い雪の中凍えていくのなら朧の隣にいるのは自分がいいと思ったし、オレの隣にいるのは朧であって欲しい」

 

 寧緒さんとの一件が落ち着いたその日の夜、オレはまた社にお世話になることになり。

 今までオレがどんなことを考えて生きてきたのかをオレの口から話すから聞いて欲しいと朧に言ったら朧がうんと頷いてくれたので、長くなるけどと一応前置きをしてから伝えた。

 蜃が見せたことも本当で、けれど今オレの内にある朧が好きだという気持ちも本当だと改めて告げたら朧は小さく「ふうん」と零す。

 

「しゆが、誰とも縁を切れると思っているのに、死より孤独を恐れているんだってよくわかった。そしてそれは今もだって」

「う、うん」

 

 相反する感情だっていうのはオレ自身がよくわかっている。

 寂しいから誰でもいいと思っていた心が誰かになり得ないならと切り捨てていたのもあるが、オレは縁というものは一方的に簡単に切れるからこそ紡いだ先で切られることが恐ろしいのだと思う。

 自分の中にその選択肢があるから怖い、と思ってしまうやつだ。

 長かった話にも冷静な朧になにを言われるのだろうという緊張に固まったまま頷けば、朧は少しだけ考えるように黙ってから再びゆっくりと口を開いた。

 

「だからこそその時に隣にいる者にオレを望んでくれるのはとても特別なことなんだって、本当に特別に想ってくれていることなんだってわかる」

 

 誰でもいいではなく、誰かと他者に望むことがオレにとって特別であり、その対象が自分だというのがよく理解できたと呟く朧に、オレは赤べこのように幾度も頭を振る。

 奇妙な動きに朧は眉根を寄せたが、オレは腕を伸ばしてしっかりと朧の手を握り締め両目を見つめる。

 

「好きだよ朧。この心は朧にしか惹かれない。誰かではなく、朧じゃなきゃ嫌だ。ずっとキミを愛したい」

「それは、オレを不幸にするつもりだってこと?」

 

 想いを告げるのに震えた声にも、朧は躊躇わずに冷静な眼差しと口振りで返す。

 その言葉に以前、妖と人の子が共になるには自分だけではなく相手も不幸になるという覚悟が必要になると言われたことがあったのを思い出す。

 否、忘れていたわけではないしそれに対して夢物語ばかり語らないから信じられるとも言われたが、今のオレはそれを繕うことはできない。

 

「不幸にしたいなんて思うわけないけど、オレは朧といられない方が不幸だ。だから朧に同じように思ってもらえるように、今度こそ本心から好きだって伝え続けるよ」

 

 不幸になる覚悟というのはそういうことでもあるんじゃないかと。

 オレにとっては朧のいない生涯を生きる不幸に比べたら幸福になり得るからと答えつつ、伝えてから一方的だよなあと一人で唸っていたら朧が「ふはは」と笑った。

 笑うところあったかと首を傾げると朧はオレを見る瞳をゆっくりと細める。

 

「オレに一方的に縁を切られてその身が澱に堕ちることより、オレといられない方が嫌なんだな?」

「え? うん」

「オレと共に生きたいってことだよな? 孤独ではなくなるから、別れよりも死が恐ろしいってことだよな?」

「そうだね。朧といられないことが一番怖いよ」

 

 何故朧が嬉しそうな表情を浮かべているのかもわからないし、その表情から零れ落ちてるとは思えない落ち着いた声と言葉に疑問符を浮かべつつ合っているので頷くとまた朧は「あはは」と声を上げて笑う。

 ふわりと小さな花が咲いたような笑みに、心臓がドクドクとうるさく鳴り響いて耳が痛い。

 

「その言葉を嬉しいと思うのは、他の誰にもくれてやるなと思うのは、オレがしゆを好きだからだろうな」

 

 他の音なんてなにも聞こえないくらい心臓がうるさいのに、朧の声はそれをすり抜ける。

 ハッキリとオレの耳に届いたはずなのに、それはわかるのになにを言われたのかを理解できない。

 間抜けな顔をしている自覚はあるのだがどうにもできずにいるオレを見て朧は口元をにんまりと歪めた。

 

「不幸になんて、捕まえさせるもんか」

 

 その言葉にようやっと、好きだと言われたことを理解する。

 混乱と歓喜に全身が一気に熱を持ち、涙腺が崩壊して涙が溢れて止まらない。

 涙を止めたいのにいつの間にやら手を繋ぎ返されていて、拭うこともできない。

 

「好きだよ、朧。好きだ。何度だって、何度だって言う」

 

 ひぐひぐと情けなく泣きじゃくりながら涙と共に想いを告げれば朧は「情けないなぁ」とケラケラと笑いつつも、尾でオレの涙を拭い「オレもしゆが好きだよ」と小さな声で囁いては顔を近付けてくるなり唇を重ねた。

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