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 陽を隠すほどの雑木林の中にある、長く長く続く古い石段を駆け上る。

 上り切った先には同じように古い石鳥居があり、その境目を飛び越えると外から見えていたものとは異なる景色へと変貌した。

 先程までの鬱蒼としていた様子はまるでなく、ぽかぽかと穏やかに陽の光が差し込んでいる。

 広い庭の先には古民家と呼ぶに相応しい平屋が建っていて、オレはその縁側で寝ている紫髪の男へと向かって再び駆け出した。

 

「お、ぼろぉぉぁああぁぁぁ!」

 

 あと一歩、大きく踏み超えれば男の元に飛び込める、と思ったその瞬間。

 地を踏み締めたオレは足元から崩れ落ちる。

 

「ははっ、懲りないなあ」

 

 瞬く間に視界が土の壁で覆われて、なにが起こったのか理解ができなかったが頭上から聞こえるオレを笑う声に顔を上げてようやっとわかった。

 オレ、落とし穴に落ちたんだ。

 

「朧! カエルが潰れたみたいな声が聞こえたけどなんかあったか!?」

「しゆがオレの作った落とし穴に落ちただけぇ!」

「ならいい! 穴はそのままにしとくなよ!」

「はぁい!」

 

 オレが声をかけるよりも先に、遠くからよく通る声が聞こえてくる。

 地上にいるだろう声の主たちも離れた場所にいるのだろう、声を上げ合っているのでオレを揶揄するのは丸聞こえだ。

 

「ってわけで埋めるけど、しゆそこ住む? 結構いい住居だと思うよ」

「朧がオレの為に掘ってくれたところに住むのは悪くないけど、生き埋めになる趣味はないな!」

「あ、っそ。なら出ておいで。自分で」

 

 話を終えると男は再度穴の中を覗き込み、逆行でもよく見えるほどの隈を携えた目をオレへと戻す。

 いつまでそこにいるのか、と問う声に首を振って手を借りようとしたけどオレが助けを求めるより先に冷たく突き放されてしまった。

 まあ登り切れない深さではないので、仕方なく一人で穴から脱出すると顔を出した辺りで首根っこを掴まれ引きずり出された。

 

「朧が落としたのに……」

「オレは己の習性に則って穴を掘って隠しただけだよ。そこにしゆが一人で落ちたんだろ」

 

 落とされたってのに酷い乱暴な仕打ちだと文句を垂れたが、理不尽ながらも反論しきれない言葉を返されオレは口を噤んだ。

 尽きたいため息を飲み込みつつ、首を振って被った砂を落としていると伸びてきた手がくしゃくしゃとオレの頭を撫でる。

 

「お、」

「穴埋めんの手伝って」

 

 突然触れた優しい手に胸が高鳴り、名前を呼ぼうとした声を遮られる。

 その瞬間、頭を撫でられたのではなく作業を共にするのにオレが砂を被ってたら意味がないから先手を打って払われただけとわかり一気に落胆が広がった。

 

「朧が掘ったんだろぉ」

「掘るのは習性、いわゆる本能。でも埋めるのはオレが苦手なんだよなぁ」

「しっ、仕方ないな」

 

 足で砂をかけるだけのやる気のない背中に不満を漏らしたら、物凄い遠回しに苦手だから手伝ってと強請られオレはすぐに傍に置いてあったシャベルを拾って周りの土を掘っては崩しながらかける。

 

「お前、単純だなあ」

 

 その、馬鹿だなあと笑う声はオレをからかっているのに悪意が一切ないことがわかるのってこれは本当に好意なんじゃないのかなぁ。

 なんてことを考えていると背後から「泥だらけでなにやってんだ」と呆れた声が飛んできた。

 

 

 ここは妖の住む社。

 オレ、月待充つきまち しゆうはなんの特別な力も持たぬただの人間だが、ここに住む【朧夜】という妖に心惹かれている。

 

 

 *****

 

 

 オレがこの場所に来て朧夜と出逢ったのはほんの数ヵ月前。

 

 その日は大学のフィールドワークでこの森に来ていた。

 その道中のどこでかはわからないが、共に行動していたチームメイトがなにかよくないモノに触れたらしく背に【普通の人には視えないモノ】をくっつけてきた。

 オレはいつの頃からかそういうものが視えてしまうタチなのだが、大概は視えないフリをしていればやり過ごせる。

 触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもので、遠くから見てなんとなくよくないモノでもこちらから積極的に関わろうとしなければ死ぬほどのことは起こらなかった。

 今から思えばそれは偶々だったのだが、チームメイトにくっついていたそいつは目敏くオレが視えることに気付いては取り憑く先をこちらへと変えた。

 

 泥のようななにかをでろりと纏わせながら異臭を放つそれは、そういう存在の知識に疎いオレでもヤバいものだと一目で思わせた。

 

 昔からじいちゃんに悪いものに触れたり気分が悪くなったら「よきもの、よき場所に触れるといい」と言われていたのでオレは急いでフィールドワークを終え、追い払える場所を探した。

 

 数ヵ月前、志望した大学に通うために越してきて馴染みがゼロではない土地だが、土地勘があるかと聞かれるとそれはまた別だ。

 大きな神社や寺は調べていたが、今いる場所からすぐ近くにはない。

 

 雑木林の中のじめっとした空気を吸ってか、視えるオレの傍に数時間でもいたせいか追ってくるスピードが上がってる。

 森を抜ければ少し違うかとも思ったが、こんなのに目を付けられたなんて知られたくなくてあの場で一緒にフィールドワークに出ていたメンバーと別れてしまったのが仇となった。

 迷った。

 

 道なき道を掻き分けながらがむしゃらに走っている内に、古びた石段を見つける。

 顔を上げれば長い長い階段の先に、石鳥居が立っていた。

 鳥居の先に神社があるとは限らない。祠すらないこともままある。だが知らぬ地を引き返したとて同じことだと、既に息も上がり切っていたがオレは石段を駆け上がった。

 

 鳥居というゴールが目前に迫った時にはもうオレの足は付け根から冷え棒のようだった。

 ここになにもなければ引き返す気力もないオレは終わるのだ、と祈る気持ちで上り切った先に見えた光景にオレはその終わりを覚悟する。

 いつかじいちゃんに好きな人を見せてやるって約束したことを、亡き後でも叶えられなかったとを後悔しつつ本当に最後の足掻きのつもりでオレは石鳥居の下から滑り込んでその境界を飛び越えた。

 

「うわ、なに」

 

 死を覚悟した瞬間聞こえた声に、伏せていた瞼を持ち上げるとそこに着物を着た男がいて地面に転がっているオレを見て引いていた。

 否、警戒していたと言った方が正しいか。

 暗闇でもわかるくらいの濃い隈を携えた紫の瞳がぎょろりと動いてオレを見ていたが、すぐに鳥居を潜ってきたあの生き物を見て瞳と同じ紫の髪を逆立てた。

 

「お前かあんな(よど)を連れてきたの!?」

「違っ! いや、違うこともないけど説明が難しい……」

「くそっ! っていうかなんで人の子が鳥居跨げてんだよ!」

 

 威嚇したんだってわかるくらいの仕草に、まるで動物みたいだと思ったけど当然現状はそれどころではない。

 紫の男はなんか早口で文句を言ってたけど、そんなの今なにが起こってるかも含めてオレだって知りたい。

 

「とりあえず退いてろ!」

 

 彼はなにかに悩んだ末に舌を打つと、先程は見えなかったはずの社の方へと動けずにいるオレの腹を蹴飛ばした。

 そしてその辺に転がっている枝を拾うと数度空を切るように振った。

 一瞬にして槍となったそれを男はあの生き物目掛けて放るが、泥のようなものに覆われているせいか奥までは届かなかったようだ。

 空しくどろどろと肌を滑り、軽い音を立てて地面へと落ちる。

 

「もうっ!」

 

 男は地団太を踏むと、尾てい骨の辺りをとんとんと叩いた。

 そこに狸のような尻尾が生えたかと思うとすぐに鎖の付いた大鎌へと変化し、今度はそれを放り投げる。

 大きな弧を描きながら鎌が深くあいつに刺さったのを確認すると、芯を捉えようと鎖を引いた。

 思惑通りに突き刺さったせいか、ようやっとその事態に気付いたあいつが鞭のような腕を大きく振るったのが見えた。

 

「危ないっ!」

 

 漫画のページを捲るように次々と起こる事態を飲み込めないが、彼に危機が迫っていることだけはわかってオレは叫んだ。

 なにかを乱暴に叩く音と、泥が地面に飛び散って落ちた音が耳に届きオレは思わず下唇を噛んだ。

 

「気が散るから黙ってろ!」

 

 だが彼は地面にへばりついた腕のようなそれを蹴飛ばして切断すると、オレの方を振り返らぬまま怒号だけ響かせた。

 体が動かず、足手まといなのは確かなのでオレは言い返せず口を噤む。

 彼はそのまま鎖を振るい、遠心力を使って石鳥居の柱へと叩き付けた。その瞬間、地鳴りを響かせながら社の周りが激しく揺れる。

 

「お前もキーキーうるせえなぁ……。もう通れねえんだってことを自覚しろよ」

 

 オレには地鳴りにしか思えないが、どうやら彼には甲高い音に聞こえているようで低い声で文句を垂れた。

 そして傍に落ちていた大きめの石を拾うと太い鎖へと変え、それであいつを石鳥居の柱に拘束する。

 その間にも地鳴りと地響きは止まず、こういうのが地震の原因だったりするんだろうかなんて現実逃避をしていると背後の社から戸が開く音がして素早くなにかが飛び出してきた。

 

「なんでオレが買い出し行って、澱退治までしなきゃなんねえんだよ。こんなうるせえってのにあのクズはなんでぐーすか寝てられんだよ! 朧退け!」

 

 全体的に青いそれは地鳴りの中でも聞こえるくらいのよく通る声で愚痴と思われることを一息で述べては、薙刀のような武器をあいつに深く突き刺す。

 先程より深く芯を捉えたからなのか、あいつはぶくぶくと音を立てたかと思うとそのままどろどろと溶け落ち最終的には跡形もなく消えてしまった。

 

「エサ? 贄? なに言ってんだこいつ」

「ん」

 

 後から飛び出してきた、青年と思われる彼はなにもいなくなった地面にチョークのようなものでなにかを描きながらぶつぶつと言って首を傾ける。

 それを聞いて変化する不思議な紫の男がオレを指差し、その先を追い駆けてようやっと青年はオレがいることに気付いたのか至極驚いていた。

 

「うわ! 人間!」

「そんな……うわ犬……みたいに言わないでも……」

 

 大きな声でそう叫んだ彼の声に思わずツッコミを入れてしまったが、彼はそれを無視し険しい表情を浮かべるなりススス、と近付いてきて訝し気にオレをじろじろと眺める。

 

「お前、どうやってここに入った」

「どう……いや、普通に階段上って鳥居潜ってですけど」

「祓い屋って感じでもねえしな」

「それはナイデショ。どう見たって役立たずだったし」

 

 なにが起こっているのかもイマイチ理解できずにいるが、なにを聞かれているのかも言われているのかもよくわからない。

 悪口を言われてるんだろうってのは流石にわかるけど。

 首を傾げて疑問符を浮かべたいのはオレの方なんだけど、と思っていると青い青年の方が突然オレの服をたくし上げた。

 

「なんっ……!?」

「なるほど呪い持ちか」

「呪いっ!?」

「朧、とりあえず清めてやれ。澱がこびり付いててもよくない」

「なんでオレが」

 

 全身をじろじろと眺められていることに呆気に取られている内に話は進んでいて、オレは紫髪の男と再び二人きりになっていた。

 どうしよう、と思っていると男はちらりとオレを見下ろしてからいなくなってしまう。

 この後どうやってここから帰るべきかと考えていると、ドンッと重い物が傍に置かれた音と振動。

 なにかと顔を上げるより先に、上から大量の水が降り注いだ。

 

「げほっ、」

「口閉じてろ」

「鼻っ、にっ!」

「塞いでろ」

 

 突然のことで対処が追い付かず、溺れるオレにお構いなしに男は水をかけ続ける。

 乱暴な手動シャワーが終わった頃には、あいつに付けられていた泥は落ちていたし指先までキンキンに冷えていた。

 

「服ッ、せめてタオルくらっ」

 

 ガタガタと全身と歯を震わせながら、せめて水を浴びせるならと呟くとその二つの代わりに額になにか紙を張られ、その後ようやっとタオルを貸してもらえた。

 縁側に座るくらいだったら大丈夫だから、と言われオレは自由が利くようになった体を動かして差された場所へと腰を下ろす。

 誰かに連絡を取るべきだろうかとオレと一緒に蹴り飛ばされたであろう鞄を手繰り寄せ、携帯を取ったが県外になっていた。

 

「そうだ、あの」

「なに?」

「あ、ありがとう。なんかあの、あいつから助けてくれて」


 折りたたみ式のそれをパタン、と閉じてから助けてもらったのにお礼も言ってないことをはたと思い出し今更だが礼を言えば水浴びをしていた彼はこちらを振り返り、訝し気に眉根を寄せた後ふんと鼻を鳴らしてすぐに顔を逸らしてしまう。

 

「最終的にやっつけたの、もう一人だっただろ」

「もちろん彼にも礼を言うよ。でも最初にオレを助けてくれたのはキミだろ?」

 

 確かにとどめを刺したのは彼のようにも見えたけど、でもそれまでオレを守って戦ってくれていたのは目の前のキミだろうと問えば男は面倒そうに舌を打った。

 

「お前を助けたわけじゃない」

 

 そして、オレを役立たずだと言ったのと同じ口振りでそう言い放つと水浴びをした後の犬のように全身を震わせて水滴を飛ばした。

 

「でも助かったよ、朧が社を守ってくれて」

「褒めなくていいから黙って夕飯に蕎麦出してよ」

「わかってる出すよ」

 

 飛んでくる水飛沫をタオルで拭っていると、先程オレを助けてくれたもう一人が戻ってきては普通に会話に入ってくる。

 さっきここから離れる時、誰かを呼びに行ったようにも聞こえたんだけど違ったんだろうか。

 っていうか忙しなく動き回ってたし青い髪で隠れてたから気付かなかったけど、包帯で左目覆ってたんだなこの人。

 

「あの、目……さっきので? だったらごめんなさい」

「いや、これは違うからお礼ならさっき助けたことだけでいい」

「あ、ありがとうございました!」

「いいえ」

 

 それが今巻いてきたものかわからなくて謝ったが違う、と即答された。

 礼を言われることに当然って態度してるのすごいなと思ったけど、事実なので腹も立たない。むしろ当然のことなのでしっかりと頭を下げると彼は口元に酷く歪な笑みを浮かべた。

 

「それであの、差し障りなければなにが起こったのかを教えてもらえたらすごい助かるんですが……」

「構わねえけど、先にいくつか聞いていいか? お前、ああいうの視えるのか? いつから」

「ああいうのってオレを追っかけてきたあの泥みたいなやつとかってことですか?」

「それも含め、あー……【人じゃない】もの」

 

 状況を知りたいんだと素直に問えば、彼は縁側の雨戸に寄りかかり立ったままこちらが先だと言っていくつかオレに質問を投げた。

 彼の言葉がどこまでを指すのかがわからなかったので認識が合っているのか問い返せば、遠回しに【全部】と言われオレは素直に「幽霊は見えません」と答える。

 すると彼は「ふうん」と呟きつつ両の腕を組み、首を傾けた。

 

「視えてるものが【幽霊じゃない】ってわかるのか」

「いや、ハッキリ区別があるわけじゃないし説明も難しいんだけど、なんかこう……【人間じゃないな】ってのは」

 

 そこの区別が付いているのか、と続けて聞かれてどうやって伝えるべきか迷ったが体感でなんとなく違うものだって認識してると告げれば「なるほど」と頷いていた。

 

「で、いつから視える?」

 

 そして答えがないことに焦れたように問われ、オレは急いで記憶を辿る。

 

「五年くらい前、中学の林間学校行った後から……」

「リンカンガッコウってなんだ。どこか行ったのか」

「え? えっと、海に。で、あの溺れてから……」

 

 林間学校が伝わらなかったことに些かの疑問が湧きつつ、先に向こうからの質問に答えると彼は表情を険しくさせていく。

 

「それ以来海に行ったりは?」

「溺れたトラウマで、海に行こうとするとなんか具合悪くなって……それからほとんど近寄ってすらないです」

 

 情けないとは思いつつ、自ら望んでも近寄らないと首を振ったら彼は愉快そうに「ははっ」と笑みを零した。

 そしてさっきと同じように歪な笑みを浮かべると、体を少し傾けて自分を見上げるオレの顔を覗き込む。

 

「よかったな、近寄ってたらここでオレたちに助けてもらう前に死んでたぜ」

「え゛っ」

 

 意地悪をしてやろうってのがありありとわかる口振りと態度に、脅しなんだろうとはわかりつつ恐怖に全身がぞわりと震えた。

 

「なにが起こってるのか知りたいって言ってたな。お前を追ってたのは【(よど)】っていうバケモノで、助けを求めて転がり込んだここはその澱の通り道を防ぐための妖が住む社だ」

「え?」

 

 ぎゅ、と自分の体を抱いているオレに構わずに彼は酷くさらっと欲しかった答えをくれたが、それは言われて「はいそうですか」って納得できるものではなく。

 絶句したまま二人を交互に見たが紫の男はこちらを一瞥もしないし、説明をくれる男は肩を竦めるだけだ。

 

「お、オレ……死ん……」

「死んでねえ」

「じゃあなんで急にこんなこと起こってるんですか!?」

 

 オレを追っていたあれがバケモノで、ここが妖の住む社ってのはわかった。

 だったら二人が不思議な力を使っていたのも、非現実なことが起こってるのも彼が林間学校を知らなかったのも納得がいく。

 だが何故急にこんなことになってるのかなんて死んだ以外に理由があるのかと頭を掻き毟れば、けらけらと笑う声が頭上から落ちてきた。

 

「海で溺れてから人じゃないものが視えるようになったって言ってたな。それはお前を溺れさせた妖がお前に【自分のエサ】である印をつけたからだ」

「んん?」

「話を聞く限り視えてても襲われたことはないんだろ?」

「ない、です」

「つまり強いもんが印をつけてるメシを、掻っ攫ってやろうって弱者はいねえってことだな。ただ今日のは、そんなのも理解できないほどのバケモノだったってことだよ」

 

 端的な説明ばかりだが、なんとなく点と点が見えてきて繋がっていく。

 彼が口にした【澱】というのはオレにごはんの印をつけたのとは別の意味で力を持つのかもしれない。

 否、あの感じだと……理解すらできていなかったのかもしれない。なんとなくだが、そういう知能があるようには見えなかった。

 

「あのオレ、一生この呪い背負ってくんでしょうか……」

 

 ずっと原因がわからなくて不安だったが、事実を知れたところで不安は増すばかりだ。

 海に近寄らなければ食われないのだとしても、この先一生この不安を背負っていくのはしんどいとぼやき、肩を落とすしかできない。

 どうするべきだろうかと途端に暗くなっていく視界にそのまま瞼を伏せ、両手で口元を覆う。

 飲み込み切れぬため息をそこへと吐いたのを掻き消すように、背後の襖が勢い良く開いた。

 

「出来ないこともないけど、強い呪いを解くのにはそれなりの代償ってもんがいるよなぁ」

 

 その音に驚いて振り向くとそこには随分と背の高い、緑の髪をした着物の男が立っていた。

 生気のない目にじろり、と見下ろされてさながらオレは蛇に睨まれた蛙だ。

 低い声こそがその【代償】の大きさを物語っているようで、オレの背を酷く酷く冷たい冷や汗が一滴、伝っていった。

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