第九章|問いの声は、壁を揺らすす
啓翔学園・高等部、総合探究の時間。
各生徒が「社会における問題提起」をテーマにプレゼンを行う日。
発表順はクラスの中でも“場の空気を読む”ことで決められていた。
翔太は、最後に手を挙げた。
プレゼンのタイトルは、ただ一行。
「なぜ、努力する人ほど静かに消えていくのか?」
一瞬、教室がざわついた
翔太はホワイトボードに、棒グラフと文字を描き始めた。
「これは、去年この学校で“自主退学”した生徒たちの分布です。
学校広報では『自己選択』『進路多様化』と書かれていました。
でも僕は、実際にそのうちの一人の家に行きました。母親は、病院の夜勤で倒れてました。
彼は、努力してた。成績も悪くなかった。**でも、“静かに消えていった”**んです」
生徒たちの視線が揺れた。
「僕たちは、努力って言葉を便利に使いすぎてる。
“報われる努力”だけが評価され、“報われない努力”は“自己責任”にされる。
…その基準を誰が決めてるのか、誰も問い直さない」
教師が止めかけた。が、翔太は続けた。
「僕は…問いを捨てたくない。
誰が階段を作ったのか、なぜ誰かだけが滑りやすい段に立たされているのか。
黙って見ているだけの“大人の背中”を、なぞるように学ぶのは、嫌なんです」
沈黙。
時計の針の音だけが、響いていた
翌日から、翔太は急に話しかけられなくなった。
「なんか、政治家にでもなりたいの?」
「“いい子”ぶってるだけでしょ」
「プレゼンの意味、わかんなかった」
廊下での視線は冷たかった。
教師たちも、「ああいう発言も一つの意見として…」と曖昧に取り繕っただけだった。
翔太は、昼休みを図書館で過ごすようになった
その日の放課後、図書館の資料室で誰かに声をかけられた。
「ねぇ、あのプレゼン。…ありがとう」
振り返ると、**南 沙耶**がいた。
美術部で目立たない存在だったが、翔太とは一年生のときから同じクラスだった。
「うちもさ…兄貴、大学辞めたの。“自己責任”って言われて、奨学金の支払い滞って。
だから、あの言葉、響いたよ。誰かが言ってくれなきゃって、思ってた」
翔太は言葉に詰まった。
沙耶は小さく笑って、メモを渡した。
“問いは、壁を叩く音。叩き続けると、誰かの心にひびが入る。”
それは、彼女が描いた詩だった
翔太は、ノートの余白に新しい一文を記した。
“問いは一人のものじゃない。
声にすれば、誰かの中に届く。”
そして、かつて啓介がくれようとした傘を思い出した。
あのときは断った。でも今ならわかる。
それは援助ではなく、“同じ雨の中にいるという合図”だったのだと