第八章|名もなき会議室にてて
再就職先は、千代田区にある中規模のIT系企業「株式会社フューチャレクト」。
新規プロジェクト部門にて、啓介は契約社員・業務委託コンサルとして配属された。
名札には、こう書かれていた。
北沢 啓介
プロジェクト評価アドバイザー(週4勤務)
かつて自分が面接で“形式上”紹介していたような立場だ。
彼の机は、旧式のデスクトップとファイルボックスだけ。
「階段を降りる」という表現が、比喩ではなく現実だった
その日、社内の情報管理部から一本の調査依頼が届いた。
社内インフラのサーバー移行に際し、過去の設計フローに関する内部検証。
会議室に呼ばれたのは数人のスタッフ。その中に、ひとりの男がいた。
志村 哲也。
リンクステラ時代、啓介が“間接部門人員最適化”の対象として削減勧告した相手。
白髪が混じり始めた髪。Yシャツの襟は少し擦り切れていた。
一瞬、二人の目が合った。
「……北沢さん、ですよね」
「……ああ」
沈黙が、空気を裂いた
会議後、志村が啓介のデスクを訪れた。
「覚えてますよ。三年前。リンクステラで人事部の宮下さんから言われました。
“あなたのポジションは、稼働率が低く、戦略的貢献が見込めない”と。
そのときの資料、あんたが作ったって聞いた」
啓介はうつむいた。
「俺は、数字だけ見てた。顔も生活も、全部見えなかった」
「俺も、しがみついてただけです。家のローンと、息子の大学の学費と…でも、構造の中じゃ、個人の事情なんて関係ないって、わかってた。
でもね、あのとき思ったんです――“見えなかった”って言える側は、まだマシだなって」
「……」
「見えた側は、どうしても“忘れられない”から
数日後、プロジェクトのリーダーが急病で休職した。
社内は混乱し、引き継ぎのための補佐が急遽必要となった。
啓介は人事部に申し出た。
「志村さんと一緒にやりたい」
驚きが走った。
だが、志村は一言だけこう返した。
「……“顔を見て働く”って、あんたが前に言ったよな。なら、やってみようか」
その日から、啓介と志村は同じ会議室の机を囲んで仕事を始めた。
かつての上下関係はない。
エクセルのマクロに、二人の手が同時に伸びたとき、
その距離が少しだけ縮まったような気がした