第四章|ノートの余白には何を書く
教室の掲示板の隅に、A4の紙が貼られていた。
奨学金適格審査:対象者面談を行います。
指定日:7月14日(金)放課後、第二会議室。
翔太の名前が、10番目に記されていた。
ふと、周囲の空気が変わった気がした。
クラスメイトのひとりが、貼り紙をちらと見てから言った。
「…あ、やべ。また“審査落ち”出るぞ。去年、2人辞めたらしいし」
翔太の背中に冷たい汗が伝った。
手帳のスケジュール欄には、すでに小さく**「審査」と書き込まれていたが、それが現実の刃物になった瞬間**だった
その晩、団地のテーブルで、真理が味噌汁をよそっていた。
翔太は箸を止めて呟いた。
「…ママ、もし俺が奨学金、ダメになったら」
「うん」
「やめてもいい?」
真理の手が止まった。湯気の向こう、彼女の目がふるえていた。
「そう言うと思った。でも、やめないで」
「でも、毎月、八万でしょ?授業料と交通費と。バイトもできないし」
「……奨学金が切れても、学校はやめさせない。絶対に」
「何でそこまでして」
「……あんたが、学んでるとこ見るとね、救われるの」
「救われる?」
「人って、“学び”だけは盗まれないのよ。誰にも。あんたが知ってること、考えたこと、感じたこと、それは、全部あんたの血になる。…私はそれを一度も、持てなかったから」
翔太は黙った。
味噌汁は、少し冷めていた
第二会議室。白い蛍光灯、金属の折りたたみ椅子。
翔太の正面には、二人の教師と、一人の事務職員が座っていた。
「まず、学業成績ですが、主要5科目の平均点が83点。ギリギリです。
生活態度面では、提出物の遅れが3件、忘れ物が2件、校則違反はありません。
総合評価として、“指導対象の継続”という扱いになります」
「継続…ってことは、打ち切りじゃないんですか?」
「今回は“条件付き継続”です。ただし、次の定期試験で平均85点を切った場合、打ち切りの可能性が極めて高くなります」
翔太は息をのんだ。
「失礼ですが、西村くん。…君、なんのためにこの学校に来たの?」
面談官の質問は、無機質だった。
翔太はゆっくりと答えた。
「学びたかったからです。俺は、もっと知りたい。貧しさってなんなのか、制度ってどうできてるのか、世界がどう動いてるのか。…でも、時々、わからなくなるんです。それを知ったからって、誰か救えるのかって」
面談官は、無言で書類にペンを走らせていた
図書館。放課後。
翔太はノートを開いていた。社会科の授業内容。
“戦後日本の経済復興”という項目に、先生が書いた語句があった。
「所得倍増計画」
「高度経済成長」
「学歴社会」
ノートの下、余白に小さく書き足した。
“だれの所得が増えた?”
“だれが登った? 階段は誰が設計した?”
そのとき、翔太は気づいた。
知識とは「答え」ではなく、「問い」そのものだと。
それを持ち続けることこそが、自分にできる最大の反抗であり、希望なのだと。
彼は余白の最下行に、こう記した。
“俺は、問いの続きに生きる