第9話 青春の味がした
「あんな女々しい男とは思わなかったわ」
窓際のカウンター席に保志名さんと並んで座ったあたしは、ポテトをつまみながら話す彼女から森くんの愚痴を聞かされていた。
「大体さ、あいつ実行委員に自分で立候補しといて、仕事はほとんどあたしがやってんのよ。あいつアイデアは出すけどやり方は考えられないから、後は周りが良い感じにって流れの繰り返しでさ」
「は、はい」
自分が散々粉かけていた男を罵倒する保志名さんに困惑するが、特に森くんを擁護する義理もないので、あたしはハンバーガーを齧りながら相槌を打つ。
「そんで一番の目的は好きな娘と仲良くなりたかったから? クズじゃん!」
「ええと、ご愁傷様です……」
そうだ。クズだ。そのクズのせいで保志名さんに「調子のんなよ」とか言われていたあたしも相当ご愁傷様だったが、この際そこは水に流そう。一応、保志名さんも失恋した訳だし。あと面倒くさいし。
「……ところで、森くんのどこが良かったんですか?」
しかし、保志名さんがそんなクズの森くんのどこに惹かれたのか興味が湧いた。あたしの平穏学園ライフを脅かしたもうひとつの元凶の真相を知りたくなったのだ。
「顔が良い」
保志名さんはあっけらかんと言った。なるほど。
「あと明るくて人が良い? 自分から人助けできて正義感もあったしさ」
あたしから言わせればそれは善意の押し売りというヤツだったが、確かにその善意が相手の需要に合致すれば人助けになるだろう。独善でも行動しない人間に人助けはできないのだから、見方を変えればそれも森くんの長所と呼べるだろう。
「あとは――顔が良い」
二度言った。ネタ切れらしい。そこで保志名さんはカウンターに突っ伏して、同じ言葉を悔しそうな声で繰り返した。
「ほんとさぁ~、顔が良かったんだよ~」
「まあ、それはそう」
あたしの記憶の森くんはずっと颯爽と中身の軽さが薫り立つ爽やか笑顔のイケメンだった。その軽薄さでとっとと記憶から薄れて消えろ。
「ところでさ、今日の高橋さんめっちゃカッコよかった」
「え?」
記憶から森くんをデリートしている途中で、突っ伏したままの保志名さんがこちらを見て言った。
「あいつ『結果オーライで賞』とか、やめとけって言ってんのに強引に賞作ってさ。それを高橋さんが正面からぶっ潰したの、ほんとカッコよかった」
そう言いながら起き上がった保志名さんは、あたしの肩をグッと自分に抱き寄せると、そのつよつよアイメイクの顔をあどけなく綻ばせながら言った。
「あたしが惚れたわ」
そのあたしを認める言葉に、胸がなんだか熱くなった。
「休み明けも安心して学校来な。あいつがまだ絡んで来るようなら全力で守るからさ」
そう頼もしくサムズアップしてくれる保志名さん。あたしの胸にときめきが広がる。
「あの、姐さんとお呼びしてよろしいでしょうか?」
「はぁ? あんた何月生まれ?」
「五月です」
「あたし十月だよ? あんたの方が年上じゃん!」
ときめきのまま口から出た突拍子もない発言に、保志名さんの返しもちょっとズレていたのがどうにもおかしくて、あたしが笑うと保志名さんも笑い、しばらく二人で肩を寄せながら笑い合った。
「あー、おかしい」
「うん」
笑い合いながら、二人でポテトとハンバーガーを食べる。
がぶりと齧ったハンバーガーのパサパサのパンにソースがじっとりと染み込んだ肉の味はいつもよりも美味しくて、なんだか青春の味がした。