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第7話 ジャンクフードアート

 文化祭前日。


「完成!」


 教室に並べられた五枚のジャンクフードポップアートと、それを飾り立てるように配置された動物や建物のジャンクフードオブジェを前にして、森くんがそう宣言した。

 集まったクラスメイト達はみんなの努力の集大成であるジャンクフードアートの完成を拍手で称え、各々に肩を叩き合ったり写真を撮り合ったりしてその喜びを分かち合い、その様子が動画班に完成シーンとして撮影されている。

 やっと完成した。思った以上に壮観な出来だ。制作には直接関わっていないあたしでも、この完成品の立派さには達成感もひとしおである。

 まあ、その達成感も準備作業にかこつけてアプローチを加速させてくる森くんをどう回避するかに費やした労力から来るものが大半なのだが……。

 なんやかんやで保志名さんを含めた三人の昼食会になってから、森くんのゴリ押しディスコミュニケーションを保志名さんが巻き取ってくれるため、あたしの心理的負担はだいぶ軽減された。準備作業中もなるべく保志名さんの近くにいるようにし、森くんと二人きりにならないように立ち振る舞った。さすがの保志名さんもあたしが森くんに気のないことは理解してくれたようで、当たりもやわらぎ逆に少し仲良くなったくらいだ。あたし頑張った。だいぶ頑張った。なんでこんなこと頑張ってんのか未だによくわからんけど、平穏な生活のためにあたし本当に頑張った。


「じゃあ、集合写真撮るよー」


 さりとて文化祭はまだ終わっていない。完成記念の集合写真を撮影する呼びかけに、みんなが作品の前に並び出す。気を引き締めろ――ほら来た、森くんがしれっとあたしの隣に並ぼうと近づいてくる。すかさず保志名さんへ目配せだ。すると保志名さんが自然な動きであたしと森くんの間に割り込んでくれる。


「森くん。並んで撮ろう? 同じ実行委員同士だし」

「あ、おう、でも――高橋さん」


 しかし、森くんが追い縋るようにこちらに手を伸ばしてきた。そんなにあたしと横に並んで写りたいかと怖気(おぞけ)が走り、身体が反射的にその手を避けようと動いて――事件が起きた。


「あ」


 森くんを避けて動いた先にオブジェがあった。踏みつけてバランスを崩す。咄嗟に出した手の先にあったのはポップアートの石膏ボード。「ヤバい」と頭で分かりながら伸びた手はなすすべなくボードを突き倒し、あたしの身体と一緒になって床に倒れていく。そして倒れた先にオブジェがあり、その先にまた一枚の石膏ボードが、オブジェが――。


「えっ?」

「うそっ!?」


 悲鳴と大きな音が続く。慌てて顔を上げたあたしが見たのは、二つ三つに折れた石膏ボード、ばらばらになった空き缶オブジェ――半分の作品が残骸と化したジャンクフードアートの惨憺たる光景だった。

 引いた血の気に現実感のない景色が無情に広がる。

 そして沈黙。

 みんなこの現実を受け止められないのか、時間が止まったように人の動く音はひとつも聴こえなかった。

 恐怖。

 あたしがやった。あたしがやった光景だ。あたしが壊した光景だ。終わった。終わりだ。全員から責められる。あたしの罪だ。怖い。怖い。怖すぎて起き上がることもできない。振り返ってみんなの顔を見るのが怖い。終わりだ。あたしは終わりだ――、


「みんな!」


 沈黙を破って森くんの声が上がった。


「完成だ!」


 その言葉の意味が分からず、あたしも他のみんなも森くんに目線を動かす。


「動画回ってた?」


 困惑の空気の中で森くんは動画班にそう確認する。撮影担当のクラスメイトが頷くと、森くんはあたしが倒れ込んでいる方に手を向けて、みんなの視線を残骸となったジャンクフードアートに集める。


「僕たちが作ったのはジャンクフードアートだ! だからジャンクになってもアートだって言えるだろう?」


 そう主張する森くんにあたしの頭は「?」で埋まる。


「この壊れ方、狙ってやってもならない自然ないい感じの壊れ方だろ? 完成から壊れるシーンまで動画でつなげて展示して、この状態を完成形のアートとして公開したらどうだ?」


 詭弁だ。どう考えても詭弁だ。そんな雑な理屈であたしのやらかしが誤魔化されるなんてことある訳ない。こんなことでなくなる罪であるはずがない。謝っても許されない罪であるはずだ。


「どう思う?」


 けれど森くんのこの問いに、反論を述べる人はいなかった。


「……元に直す時間もないし、そう言われれば、このぶっ壊れた感じをアートって言い張るのもありな気がしてきた」


 最初にそう賛意を示したのは、このジャンクフードアートをデザインした美術部の川本くんだった。一番制作に深く関わってきた彼の賛同で他のみんなも次々に賛成を口にし始める。


「そうだな。他に手段もないし……」

「確かにわざとらしさのない壊れ方ってのがアートっぽいかも」

「元はゴミだしな……」

「むしろこっちの方がいいんじゃね?」


 賛成の輪が広がっていく中、あたしだけが取り残されたように壊れたアートの中でずっと倒れ込んだままだった。


「高橋さん」


 そこに森くんの手が差し伸べられる。


「みんな許してくれたみたいだよ」


 そう爽やかに微笑みかける森くん。呆然とその顔を見上げるあたし。

 あたしは救われた。

 救われてしまった。

 森くんに救われてしまったのだ。

 謝る機会すら与えられずに許されてしまったのだ。

 この事実に心の底から湧いてくる絶望が、屈辱が、敗北感が、あたしにその手を掴むことを抗わせていた。


「高橋さん、立てる?」


 そこに横から保志名さんが現れる。屈んだ保志名さんはあたしの手を引いて立ち上がらせてくれると、怪我の確認をして「ヒザすりむいてるね。保健室連れて行くから、森くんはこっちの話まとめといて」と森くんに告げて、教室の外へと連れ出してくれた。


「大丈夫?」


 廊下でいつになく気遣わし気な顔の保志名さんに心配される。

 大丈夫じゃない。

 悔しさであたしは泣いた。

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