第6話 トライアングルコミュニケーション
「それで田中がさ――」
「えー、おもしろーい」
翌日の昼休みの校舎裏の外階段。保志名さんのお願い通り、あたしは森くんと保志名さんの三人でお昼ご飯を食べていた。
保志名さんの狙いはあたしのいる場で森くんと話すことにより、直接比較でどちらの方がより彼にとって相性のいい女子であるか示すことにある。さすが好きピの前では猫を被れる女、保志名さん。クレバーな戦術だ。
最初、保志名さんとここにいるあたしを見て森くんは驚いた顔を見せたが、すぐに持ち前の爽やかさで「保志名さんも? いつの間に仲良くなったの?」と順応し、いつもの饒舌を振るって保志名さんと会話を回し始めた。
これで森くんの意識が保志名さんに向いてくれれば、なるほど森くんには新しいカノジョができ、保志名さんは想いを成就し、あたしは元のひとりメシを楽しめると、みんな幸せ三方得の円満解決である。
となれば、あたしの使命は森くんの意識を保志名さんに向けるため、自らの存在を消すことである。二人の会話に一歩引いて空気のように控え、お昼ご飯のタルタルチキンサンドを堪能することとしよう。ああ、森くんの正面圧力から解放された心には、サンドからはみ出て指に付いたタルタルソースを舐めた味ですら美味しい。
「高橋さん、かわいい」
「へ?」
保志名さんとの会話を切って、こちらを指差して発せられた森くんのこの言葉が、あたしの指舐めを見た感想と気づくのにしばしの時間を要した。保志名さんが笑顔でこちらを睨んでいる。めっちゃ器用。好きピの心証を損ねずにこちらの牽制も同時にするとは、さすがは顔面だけでなく恋愛偏差値も高そうな保志名さん――などとどうでもいい感想に現実逃避するほどあたしは動揺した。
「あ、や、お恥ずかしいところを……」
「高橋さんって上品に食べるから、そういうところ見るとグッと来るね」
来んなよ! 帰れよ! そう叫び出したい気持ちをグッとこらえ、しまったここが奴のストライクゾーンかと、一瞬の気の緩みに自分が知らず棒球を投げていたことに気付かされた。
そうか、あたし上品と思われていたのか。なるべく会話しないで済むように小口でちょこちょこ食べたり、いくらコイツが相手とはいえ人前でゲップはしたくないからコーラをチビチビ飲んだりしたが、それを上品と解されるとは。さらにそれがギャップ萌えとなりソース指舐め程度でホームラン性の当たりに変わるとは一生ものの不覚である。
「い、いや、そんなことないよ。ひとりだともっと雑に食べるし」
「そうなの? そういう高橋さんももっと見たいな」
森くんは保志名さんの地雷原を颯爽と踏み潰しながら、爽やかな笑顔であたしに微笑みかける。いっそこれに胸キュンできればあたしも幸せに――うん……やっぱないな。この無神経には顔以外の評価要素がないとの結論を得たところで、この顔だけ無神経の隣で笑顔の般若としてドス黒いオーラを発している保志名さんのいる現実へと意識を戻す。助けて。
「そ、それよりさ、文化祭の準備、順調なのかな? あたし制作の方は全然見てないから」
強引に話題転換を仕掛ける。二人とも実行委員だからお互いの顔ぐらいは見合わせて、とりあえず保志名さんの暗黒オーラは引っ込むだろうという目論見だ。果たして二人は顔を見合わし、準備進捗の話を始めた。
「まあ、順調だよな」
「そうね。今のペースなら、前日にはレイアウト配置と教室の飾り付けぐらいで済むかしら」
「お、そんな早い? スケ管理、完璧じゃん」
「任せといてよ。動画編集も八割進捗って話だし、後は完成シーン撮影して付け足すくらいかな?」
「え、そうなの? 後でどんな動画になってるか見に行こ」
ああ、あたしが空き缶洗ったりラベルの色別整理したりしている間にそんな進捗してたんだ。てか、森くんあんまり進捗把握してないし、逆に保志名さんギャルな見た目で想像以上にしごでき女子? なにそのギャップ萌え。尽くすタイプなんかな……カノジョにするならあたしより保志名さんの方が絶対良いと思うぞ、森くん。
「高橋さんも一緒に見に行こうぜ」
なんて考えていたら急に森くんがこちらに矛先を向けた。どんな機会も逃さずアプローチに繋げるたくましさよ。しかしさすがにこの流れは読めたので、あたしは落ち着いてこの矛先に盾を用意する。
「えっと、保志名さんはもう見ましたか?」
このあたしの振りに保志名さんは一瞬だけ目を見開くと、すぐにその意図を理解して首を横に振った。
「まだ。じゃあ、後で三人で見に行きましょう」
森くんの振りを保志名さんに振り直すことで、森くんのアプローチをガードしつつ、保志名さんに敵意がないことを示す。この現状最適解のトライアングルコミュニケーションをさっきの振りだけで理解した保志名さんはやっぱりしごでき女子だ。頼もしい。敵に回さなければ凄い頼もしい。
意外な援軍となった保志名さんの存在に少しだけ光明を覚えたあたしは、ひと齧りしたタルタルサンドのソースの味に、ご飯を味わう余裕を久しぶりに感じた。