第一話 消えた写真と私のヒミツ (1/4)
あの日は、二時間目の途中で教頭先生が教室に来たんだよね。
三時間目は国語のはずだったんだけど、先生はノートに都道府県の名前を漢字で全部書くように言って、黒板にも大きくそう書いて出かけてしまった。どうしても書けない人は社会の資料を見てもいいって言われてたけど、私が全部書くよりも、先生が戻ってくる方が早かった。
「今朝、市役所に市内の小学校に爆弾を仕掛けたという予告状が届きました。いたずらだとは思いますが、念の為今日は短縮五校時で一斉下校になります」
担任の沢田先生の言葉に、みんながざわっとする。
学校に爆弾だなんて、本当なんだろうか。
先生は「下校中、何か不審なものを見かけたら、触らずにすぐ先生や保護者の方に知らせてください」とか「下校時間は、警察や地域の方が見守りにあたってくださいます」と話を続けているが、みんなの小さなざわざわは続いていた。
「本物の爆弾?」「どうせハッタリだよ」「えー怖いね」「市内全部の学校に仕掛けたってこと?」「それはないでしょ」
そんな中で「どうしよう……」という小さな声が聞こえた気がして、私は斜め前の席を見た。
谷口さんは、口元を手で覆ってじっと前の席の背もたれの辺りを見つめていた。赤い服には肩口にお花の刺繍が入っている。
わぁ、可愛いな。私はお裁縫が好きで手芸部に入っているんだけど、特に刺繍が大好きなんだよね。
「お家の方には一斉メールで連絡をしますが……」
先生が、下校時間が急に早まったせいで家に入れない子がいないかと確認している。そっか。鍵持ってない子もいるもんね。
私は一年生の頃から鍵っ子だったので、こういう時には困らないんだよね。
今日は部活の日だったけど、それもなくなっちゃったし、咲歩と一緒にのんびり帰ろうっと。
放課後、教室を出た私が隣の咲歩の教室をのぞくと、三組はまだ帰りの会をしていた。
あれ? なんか雰囲気が……。
「それじゃ、内野さんは写真が見つかったら先生に教えてね。先生も職員室をもう一度探してみるから」
内野というのは咲歩の苗字だ。
咲歩に何かあったのかな?
「いいえ先生。私は朝確かに先生から写真を受け取りました。ですから、職員室に写真がある可能性は極めて低いと思われます」
咲歩はいつものように落ち着いた声で、自分の席から先生を見上げて言った。多分。……いや、咲歩の顔は前髪と分厚いメガネに隠されてて、鼻から下しか見えないんだよね。だから『多分』見上げたんだろうなと思う。
「千山が盗ったんじゃねーの?」
「ありえるー」
「千山くん内野さんとよく話してるよね」
「すぐそう言うこと言う……」
「はぁ!? 何で俺がそんなことしなきゃなんねーんだよっ!」
男子の何人かに名前を出されて、ガタンっと立ち上がって千山くんが叫んだ。うーん。声が大きい。廊下にいる私でも、耳がキーンとなった。
五年三組の前を通り過ぎようとしていた子だけじゃなく、同じ廊下の端にいる子までが、足を止めてキョロキョロしている。
「千山、うるせー!」
「千山さん、もう少し声をおさえてね?」
先生も耳を押さえて苦笑いを浮かべている。
それにしても、写真って、今日配られたやつだろうか。
水泳授業のスナップ写真……? 咲歩のそれが無くなったってこと?
で、千山くんが疑われてるってこと?
「だって千山、内野と仲良いだろ?」
「ぁあ!? 別に仲良くな――……、……っ、まあ、普通に話すけどさ……、そんなら取らなくたって、見せてもらえばいいだけじゃねーの?」
あれ、咲歩と仲良いのは否定しないんだ? えっ、それってもしかすると、千山くんって咲歩の事好きだったりする……?
「うわっ、お前内野さんの水着見たいのかよ!?」
「そうは言ってねーだろ!?」
千山くんの大きな声に、クラスの子たち耳を押さえる。
「ほらほら、もう太田さんも千山さんもそのくらいにして。今日は一斉下校だからもう帰りますよーっ。太田さん、証拠もないのに人を疑うのは良くないよ、千山さんも、あんまり大きな声出さないようにね」
「……はーい」
「はい」
注意された二人が、ぷいとそっぽを向く。
私は千山くんと『ぱち』と目があった。
千山くんは一瞬ムッとした顔をして、視線を先生の方へ向け直した。