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第1章 適者生存

谷中は、ゆったりとした午後の時間に包まれていた。空は灰色に重く垂れ込め、太陽は雲の向こうに隠れていた。現代社会の喧騒がそこから遠ざかったかのように、地区全体が静かな雰囲気に包まれていた。温かい風が細い通りを吹き抜け、お香と新しい畳の香りを運んでいた。


東京のほとんどの地域が木造の家屋からスチールのタワーやネオンに移り変わった一方で、谷中はその姿を変えずに残っていた。狭い路地は依然として瓦屋根の伝統的な家々に囲まれ、何十年もの日光と嵐で木材が濃い色に変わっていた。猫が石の壁の上でのんびりと日向ぼっこをし、稀に通りかかる人にも気づかない様子だった。年配の夫婦が横町を歩きながら、開いた店先の店主とあいさつを交わしていた。


この静かな光景の中を、二人の人物が並んで歩いていた。その足音が石畳に響き渡る。一人は、背が高く痩せ型の井頭浩司議員。中年を過ぎたことを示す髪の灰色の筋も見られたが、優しげな表情が特徴的だった。高級な仕立ての服には、控えめな金糸で徳川政府の紋章が刺繍されていた。


もう一人は、野呂田憲警部だ。背は少し低めで体格がよく、短髪の軍服のような髪型をしていた。黒のスマートな警察官制服を締め上げ、腰の部分にわずかな膨らみがあるのが、隠し持つ拳銃の存在を示唆していた。井頭が懐かしむように周囲を眺めるのに対し、野呂田は建物から建物へと目を走らせ、脅威や潜在的な問題を探していた。


二人は谷中の静寂に包まれながら、気軽な会話を交わし始めた。


「来週で15歳になるんですよ」と井頭は言葉を続けた。「もう大学のことを話し始めるなんて、子供がどんどん夢を変えていくのは本当に驚きます」


野呂田は同意するように頷いた。「あなたは娘さんの成長を見られるのが幸せですね。私も家族に会いたいと思っているのですが、都市の秩序維持、査察、上層部からの新しい指令など、なかなか都合が合わないんです」


井頭は同情的な笑みを浮かべた。「私たちはそれぞれの仕事に尽力しているのですね。個人の生活を犠牲にしなければならないのは残念なことです」


二人は控えめな声で会話を続けた。井頭は小さな骨董品店を賞賛し、この古い建物がいかに単純な時代を思い起こさせるかを述べた。一方の野呂田は、この優雅な魅力を十分に味わえないようで、あらゆる細い路地に疑惑の眼差しを向けていた。


徐々に、二人の軽やかな話は途切れていった。共通の目的感が個人的なエピソードを覆い隠すように、微妙な緊張感が足取りに忍び寄った。木の軒先が狭い道に変わり、優雅なカエデの木々が両側に立ち並んでいた。その葉が優しい風に揺れている中、低い石の壁に横たわる猫が、ゆっくりと二人を見送った。


最後の角を曲がると、そこにあったのは、古い家紋が刻まれた素朴な木製の門、それが柳生道場の表示だった。


「ここですね」と井頭は静かに言った、門の前に立ち止まりながら。


野呂田は一度頷き、表情が固くなった。「ここで長居はできません。さっさと済ませましょう」


門を抜けると、中庭は整備が行き届いた様子で、白い砂利が流れるような模様に整えられ、小さな石畳が丁寧に配置されていた。隅には古い松の木が立ち、その枝が優雅に曲がっており、一本のカエデの木が緑の葉を広げていた。どこからか、小さな噴水か竹の水琴窟からの水音が聞こえてきた。


主屋の入り口には、「靴を脱いでお入りください」と丁寧に書かれた木製の看板があった。


野呂田は小さな溜息をついたが、井頭はわずかに承認する笑みを浮かべた。二人は靴を脱ぎ、縁側に並べてから、よく手入れされた障子戸を開けた。


中に入ると、外よりもさらに静寂が支配していた。紙の提灯からの微かな明かりが、書道の掛け軸や木製の台に置かれた稽古用の刀を照らし出していた。畳は新しく入れ替えられ、端々が完璧に揃っていた。まばらな香りの中にサンダルウッドのお香の香りが漂っていた。


奥の方で、一人の人物が正座していた。背中を向けて座っているが、その存在感が空間を支配していた。肩の角度から、リラックスした構えながらも内に秘めた力強さが感じられた。シンプルな着物が細身の筋肉質な体型を包み、肌の濃い色合いが提灯の光に優しく照らされていた。長いドレッドロックが緩く束ねられ、首の線に触れていた。


二人の役人は目線を交わし、静かに奥へと進んだ。畳の上を歩く音が、この静寂の中で大きく響いた。井頭が控えめに喉を鳴らした。


若者は最初は振り向かなかったが、わずかに頷いて、静かな招待の仕草を見せた。


「私は井頭浩司です」と背の高い役人が優しく言った。「徳川政府の地域担当議員です。そして、これは野呂田憲警部です」


野呂田は頷きながら、言葉を短く発した。「お時間をいただき、ありがとうございます」


二人は敬意を持って若者の前に座った。野呂田でさえ、いつもの焦燥感を抑えて慎重に振る舞っている。この若者の雰囲気、その静かな沈黙が、礼儀正しさを要求しているようだった。


「お元気そうですね」と井頭が穏やかな声で続けた。「この道場には歴史があると聞きます。地元の人々からも高い評価を得ているようですね」


しばらくの沈黙が流れ、遠くの庭からの水音が響いた。若者の姿勢は完璧で、背筋を伸ばし、両手を軽く膝に置いていた。顔は向けられていないが、体の線から、日々の稽古が感じられた。


やがて、彼は静かながらも明瞭な声で言った。「井頭議員、野呂田警部、お越しいただき感謝します。どのようなご用件でしょうか」


二人の役人は短い視線を交わした。野呂田が切り出した。「私たちがここにきたのは、あなたの将来、そしてこの道場の将来について、懸念があるからです」


井頭が手を上げて、優しく言葉を継いだ。「突然ですが、徳川政府には厳しい規則があります。私たちは、あなたのような若く有望な方が、より普通の生活を送れるようにと願っています」


若者の頭がわずかに傾いたのは、真剣に話を聞いているしるしだった。


野呂田が少し不安そうに言った。「率直に言えば、新しい規制で、古式の武術を行う道場は事実上違法化されています。この場所は─」言葉を濁し、慎重に表現を選んだ。「もはや時代遅れなのです」


若者から小さな吐息が漏れた。まるで嘆息のような音だった。


「私たちはあなたに機会を差し上げたいのです」と井頭が優しく続けた。「過去の陰から抜け出し、自由に学校に通い、現代社会の一員となれるよう。私たちは財政的な安定も保証します。徳川政権は協力する者を尊重しています」


若者がついに振り向いた。その動きは武術家のようなスムーズさだった。二人は、彼の目が閉じられていたことに気づいた。今、その瞳が開かれ、強烈な金褐色の視線が二人を捉えた。高い頬骨、しっかりした顎、そして提灯の光に映し出される落ち着いた表情─その特徴的な容貌に二人は魅了された。


野呂田は一瞬、その直接的な視線に取られたように息を飲んだ。


「ご配慮に感謝します」と若者は丁寧な口調で言った。「しかし、この道場が私の故郷です。ここには義務と責任があります」


井頭は少し残念そうな表情で、ゆっくりと頷いた。「理解しています。しかし、時間が限られていることも認識しておく必要があります。私たちほど寛容ではない徳川の役人たちが、この配慮を示してくれるとは限りません。この道を進み続けると、深刻な結果を招くかもしれません」


若者は完全に体を向け、両手を膝に置いて深く頭を下げた。「お二人の訪問と配慮に心より感謝いたします。しかし、私はこの道を選びます」


しばし沈黙が流れた。そして我慢できなくなった野呂田が、わずかに苛立った溜息をついた。「私たちに、あなたの心を変える言葉はないのですか?」


「いいえ」と若者は柔らかな声で、揺るぎない返事をした。


井頭は視線を落とし、失望が浮かんだ表情になったが、これ以上若者を説得しようとはしなかった。「分かりました。もう邪魔はしません」


二人は立ち上がり、最後の礼をした。若者も同じ敬意を込めて返礼した。役人たちは静かに去っていった。道場の静寂が再び訪れ、若者一人が残された。


彼は振り返り、ゆっくりと目を閉じ、先ほどの瞑想の状態に戻った。二人の足音が遠ざかり、周囲の喧騒に溶け込んでいった。


時間が静寂の中で途切れたように感じられた。遠くからカラスの鳴き声が響き、道場の外の世界の存在を告げるのみだった。若者は深呼吸をし、この静寂に自身を浸した。


そして、彼は感じ取った─空気の微妙な変化。まるで嵐の前の静けさのように。感覚が研ぎ澄まされ、玄関先からかすかな音を捉えた。丁寧な足音ではなく、重く荒々しいものだった。そして、鋼鉄の擦れる音。


すぐさま障子戸が再び開き、井頭やノブオとは違う荒々しさだった。四人の男が入ってきた。黒ずんだ服装で、ブーツの音が木の床を打ち鳴らす。汗と安物のウイスキーの臭いが漂っていた。


傷跡の付いた強面の男が嘲笑するように言った。「あんたの申し出を受けるべきだったな、坊や」


若者は最初、無言のままでいた。しかし、近くにあった木刀に手を伸ばした。丁寧な口調で言った。「面倒は起こしたくありません。出ていってください」


傷跡の男は唾を吐いて、ベルトから粗末な棍棒を引き抜いた。「面倒を起こすのが仕事なんだ」


男たちが前に進み出る。その動きは若者の先ほどの落ち着きとは程遠かった。最初の男が棍棒を振り下ろした。若者はスムーズに身を躱し、わずかに抜けた棍棒を木刀で力強く叩きつけた。男は悲鳴を上げた。


隙を与えず、

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