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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リミッター表出

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、こうするとマンガが読めるわけか。

 電子書籍のたぐい、こうしてみると確かに便利だよね。ふとした拍子にアクセスして、ほんの数ページ、十数ページ読み進めたら、ぱっと閉じる。こいつを一台のスマホで何冊分もできる。

 まさに濫読。おおいにつまみ食いをしながら、様々な本へ目を通すことが可能だ。

 これまでは何冊も本を持ち歩かねばできなかったことが、一台のみの持ち歩きでできるというのは、ひとつの時代の流れかもしれない。


 大は小を兼ねる、とはことわざにある通り。

 大きいものは小さいものの代わりとなれる。あるいは、余分にとっておけば、ちょっとしたことにも対応がきく、などの意味合いだ。

 しかし、いまは少が多を兼ねることも少なくない。

 こうしてひとつ持っているだけで、無数の選択肢を手中へおさめることができる。

 次々に取り入れる情報は、しばしば脳を喜ばせるだろうけど、脳を働かせていることには違いない。

 何度も瞬時に画面が切り替えられ、スクロールされて、それへ必死に追いすがろうとして脳はあらゆる部分を酷使させていき……ついには機能不全を起こして、様々な症状を起こしてしまうわけだ。


 危険と直面するのを、あらかじめ避けるためにも、脳は普段から頑張ってしまう。

 それを休ませる代表的なほうほうのひとつに、眠ることが挙げられるのだけど、あまりの酷使は、眠りにも影響を与えかねないものらしい。

 私が数年前までいた、実家での話なんだけど、聞いてみないか?



 ほぼ昼夜逆転生活を送っている私にとって、実家の朝は早いもの。

 私がパソコンと向き合い続けて、ようやく布団へ入りながら、うつらうつらし始めると、親たちの起き出す音がする。

 もう一時間もすれば、朝ご飯を食べ始めるだろう。

 私は、「寝ていてもいいよ」といわれてはいるものの、その間、私の分は皿ごと網をかけられて、台所を広く陣どることになる。

 片づけの苦労が、ぼちぼち身に沁み始めた私としては、心苦しさを覚えるもの。

 ゆえにちょいと仮眠をとったら、朝ご飯を食べてしまい、またひと眠りして、これから控える用事などがあれば、それにそなえる……というスタイルをとっていた。


 ところが、髪を整えて顔を洗って、いざ父母のいる台所へ入っていくと、二人して私を見て目を丸くしたんだ。


「お前、おでこのあたりどうした? なんかアザっぽくなっているが、ぶつけたのか?」


 言葉を聞いて、私もまた首をかしげる。

 洗面所で顔を洗ったのは、ほんのちょっと前のこと。そのとき、額はほかのところの肌の色と変わらない様子だったはずだ。

 いざ、台所に置いてある手鏡のひとつに、顔を映して確かめようとしたのだけど。


「あ、引っ込んだ」


 これもまた、父母が二人して声をそろえる。

 実際、鏡で見る私の顔は、洗面所で見たときと同じような血色をたたえていたんだ。



 それからも、何度か他の人に指摘されたよ。額にアザができているんじゃないかって。

 けれども、それを私自身が確かめることができない。いざ鏡をのぞこうとすると、他の人いわく、色が戻ってしまうようなんだよ。律義にね。

 まさか父母にくわえて、これだけの大人数が私をたばかろうとしている、とはにわかに考えづらい。おそらく、本当のことなのだろう。


 よくよく話を聞いてみると、目にするアザの色は、そのときどきによって違うのだという。

 両親が見た時には、紫色。外に出て最初の知人が指摘してくれた時は、緑色。次の知人が指摘してくれたときには、周囲の白めの肌を圧するような黄色……と安定しない。

 相変わらず確認ができない私は、その言を聞いて、信じるよりなかった。けれども、これらすべてが事実とするなら、これは単なるアザとは思い難い。


 おそらく、生き物のたぐい。

 私の額の裏側へ潜り込み、しばしば浅いところへ表出してくるもの。

 私にだけ姿を見せてこないのは、鏡を見る動作を敏感に悟るのか、あるいは別の理由があるのか……。

 いずれにせよ、自分以外の意思あるものが、身体の中へ潜んでいるかも……と考えるのは気味悪いことだ。

 しかし仕事に穴をあけて、周囲の負担を増やしてしまうのも、また気が進まない。


 ――どうにか、秘密裏にこいつらを始末する手はないものか。


 考える私は、生き物といったら熱に弱いんじゃないか、と仮説を立てる。

 元来、人間の身体も発熱をもって病原体の動きを鈍らせると聞いた。それに近いことをしたなら、こいつの動きを止められるんじゃないかと。

 私はことあるごとに、お湯を沸かしては手製のおしぼりを用意し、ひもでくくって額にくっつけるようにしていた。

 美容院などで提供されるものに近づけようとするも、いかんせん道具も知識もない素人ゆえ、どれだけ効果が期待できるか。


 ――いや、信じずに勝利などありえない。


 自分に言い聞かせながら、私は家でもパソコンをいじっていた。

 仕事においても娯楽においても、パソコンの世話にならない日はない。

 頭のガンガンするときもあったが、それでも画面を見る誘惑に抗えないことがしばしばだったよ。


 やがて、その日がやってきた。

 珍しくとれた、三連休の中日。これほど幸せを感じるときはない。

 前の日はゆうゆうと羽を伸ばし、次の日もゆったりできることが決まっている。ここで羽目を外さずして、どこで外すというのだ。


 私は朝ご飯を食べ終えると、自室で布団に寝転びながら、動画サイトの動画を見ていた。

 これまで溜まりに溜まっていた、ひいきの配信者たちの動画を切り崩すためだ。

 ジャンルは私の好み内で多岐に渡るし、すべてをノーカットで見るのなら、たとえ24時間ぶっ続けでも足りないだろう。

 これぞ、至福。

 飲み物や、軽くつまめるお菓子も脇に置き、眠気に耐えられなかったとて、遠慮なくオチること可能なこの環境。

 そして例のおしぼりも……と、万端をととのえてのぞんだ一時間後。

 それは起こった。


 視聴より1時間あまり。

 またも私は頭痛を感じ始める。頭蓋のうちから、じんじんと響くような鈍い痛みだ。

 すでに何度も経験済み。換気などをしたうえで、ちょこっと休めば、いくらか良くなる。

 部屋の窓を大きめに開け、網戸の面積を拡大。

 涼しげな風の入り込むのに任せ、動画を止めると、いったんごろりとあおむけになった。

 ほんのちょっぴり、まぶたも重い。

 朝寝にはちょうどいいかと、いったん目を閉じかけたところで。


 どくん、と頭の内側が大きくうずく。

 とたん、あてていたおしぼりを上回る熱が、額へ瞬時に集まった。

 信じられなかったよ。

 まるで、おしぼりがそこにないかのように、赤黒い液体がぴゅっと、数センチほど目線の先に噴き出し、すぐに引っ込んだのだから。

 私の頬にも、ぴちゃぴちゃといくらかしずくがくっつく音。

 さすがにのんきしていられず、みんなの話を聞いてからは、すぐにそばへ置くようになっていた手鏡を握ったよ。


 まず飛び込んできたのは、穴の開いたおしぼりだ。

 まっさらなタオルを用いて、こしらえたおしぼりの中心。ちょうど皆にアザがあると指摘されたあたりに、親指がねじこめそうな大きさで、生地が破けていた。

 そこからのぞく額にも、痛みはないが傷口が開いている。おそらくはここから、あの赤黒い血は飛んだのだろうが、頬にくっつくそれらは、噴き出たものとは似つかない。

 紫、緑、濃い黄色……。

 先に親や知人から指摘された、アザの色そのものの、カラフルな血痕たちが頬をペイントしていたのさ。

 頭の痛みはおさまっているが、顔を動かそうとすると、かたむいた拍子にまた、額から垂れるものがある。

 それらはおしぼりの残りに吸い込まれるたび、また様々な色をかもしていったんだよ。


 私の見たこれは、ひょっとすると生き物ではなかったのかもしれない。

 どこまでも情報を処理しようと、頑張り続けた頭の出した、排水のたぐい。

 本来なら機能の低下という形で溜め込まれていただろうそれを、ご丁寧にも外へ吐き捨てたのかもしれない。自らの危機管理能力の一環としてね。

 もし、繰り返せばよりひどいことが起こるかもしれない。

 このことがあってから、私はいかに便利なアクセス方法が増えようとも、休むことを意識しているよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] サイレントキラーやら沈黙の臓器と呼ばれるものもあるので、こんなふうに表出してくれたのは不幸中の幸いだったのかも。 自覚症状がないと意識するのもなかなか大変かなと思います。 とても面白かったで…
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