第1話「転生①」
〈はじめに〉
本作は異世界転生ファンタジーをテーマとした長編小説シリーズとなっております。1話あたり2000字程度、毎月1~2話ずつの公開を予定しています。
「好きです。付き合ってください」
俺は鈴木奨太郎。たった今、これ以上無いほど在り来たりな文句で告白した男、十七歳、交際経験無し。お相手は同級生の星彩花。少なくとも俺にとっては学校一の美少女だ。
友達作りに失敗し、教室の隅の席で小説を読む日々だった。否、読んでなどいなかったのだ。自分だけの世界に閉じこもり、ただ時が過ぎるのを待っていた。
「それ、読んだことある」
そんな俺の心の扉を叩いてくれた人。誰よりも輝く星のような人。気付けばもう三年生の冬だった。西日が射す放課後の校舎裏、今の想いを真っ直ぐ伝えた。
「えっと……ごめんね、急だったから……」
――そこまで聞いて何となく察した。そうか。そうだよな。星さんはただ、独りの俺を可哀そうだと思って声をかけてくれただけかもしれないのに。勝手に好きになって、付き合えだなんて。
続きを聞くのが怖くて、思わずその場を駆け出した。また、また逃げている。いつもそうなんだ。呼び止める星さんの声を背に、校門を出て家路につく。彼女と話した思い出が頭の中を走馬灯のように過ぎていく。一切の景色や音が遮断され、足を動かして前に進むだけの作業を繰り返すような感覚。
「――くん、鈴木くん!」
聞き覚えのある声ではっと我に返る。
「星さん……?」
「鈴木くん、待ってよ!あのね、さっきの……」
星さんの言葉が甲高いクラクションの音で遮られる。信号は赤、横断歩道の上だった。目前に迫る黒いトラックの車体、大きく目を見開く星さんの姿。全ての動きがスローモーションで再生され、気付けば地面に叩きつけられていた。
額から生温かい液体――おそらく血――が流れてくるのを感じる。星さんはどうなった?見渡そうにも頭はピクリとも動かない。辛うじて感覚が残る手を引き摺るようにして辺りを探ると、柔らかい何かに触れた。細いものが何本も――指だ。星さんの手。もっとうまくやれば、この手をいつまでも握っていられる未来もあったのだろうか。消えゆく意識の中で指を重ねる。視界がみるみるうちに狭まり、深い深い闇に落ちてゆく。
「ん……」
再び目が開く。さては天国とかいう所に着いたのだろうか?心なしか体が軽くなった気がする。ぼやけた視界もだんだんと晴れてきた。そうだ、俺は死んだんだ。きっと周りにはどこまでも続く階段とか、ラッパを吹く天使とかが……
しかしそんな妄想を膨らませる俺の目に飛び込んできたのは、俺を軽々と持ち上げて狂喜乱舞する、見知らぬ男の姿だった。
「アンナ!やった、やったぞ!」
「おめでとうございます、リーベル様。男の子です」
「ふふ……ビル、私にも顔をよく見せて」
「おお、ほら見ろ!目なんて特にお前そっくりじゃないか?」
俺の体は布で包まれ、随分と小さくなっているようだった。アンナと呼ばれたその女性の腕の中で、俺は自分の身に何が起こったのか気付いた。気付いたとて俄かに信じられるようなことではないが、そうとしか考えられなかった。
俺は転生したのだ。
程なくして夜になった。俺はゆりかごの中に寝かされていたが、眠れるわけがない。転生したという事実を一旦受け入れたとして、早急に両親やこの国について知らなければ。両親は見た目からして明らかに日本人ではないが、言葉は理解できる。正確に言えば、音では何を言っているか分からないのに意味は頭に入ってくるのだ。これは俺が転生者であるが故なのだろうか?
何はともあれ、まずはこの家について調べたいところだ。早速ゆりかごから出ようと身を乗り出した次の瞬間だった。
「――っ!?」
俺はバランスを崩し、鈍い音とともに硬い床に叩きつけられた。そうだ、頭では色々と考えても体は生まれたばかりの赤子。まだ歩くことすらできないのに……
「何だ、何の音だ!」
「ああっ見て、フォルが!フォル!」
目を覚ました両親が慌てて駆け寄ってきた。どうやら俺は頭を打ったようだ。ゆりかごが低くて大事には至っていないが、後頭部がジンジンと激しく痛む。
「1人で籠から出たのか……危なかった」
「待ってね、すぐ治してあげるからね」
治すって、別に血とかは出てないんだが……そう思った時だった。アンナが俺の頭に手をかざしたかと思うと、目を閉じてこう囁いた。
「癒せ」
突然、アンナの手がぼんやりと赤く光り、俺の頭を包み込む。打った箇所が熱を帯び、触れてもいない手で撫でられたような感覚を覚える。その輝きがだんだんと弱まった時、痛みはすっかり消えていた。
俺はこの力が何か知っている。前世で観ていた映画やアニメでキャラクターたちが使うような、人智を超えた超常の力。誰もが憧れ、しかし誰も持つはずのない力。ここには確かに実在する。ここは俺がいたのとは別の――魔法が息づく異世界なんだ。
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