古き佳き……
その後が無いのがうちの爺様の話なのですが、
そういう話の後には『つるかめつるかめどっとはらい』って良く言ってましたねー。これはそんなお話です。
一番町や、麻布十番あたりはよく土牢等のある屋敷があったそうで。
一番ぞっとしたのは髪の毛がへばりついた引っ掻き傷だらけの小屋解体した時だって言ってました
他にも解体したらどこからも入れない部屋を見たことあるぞーとか、生爪詰まった土壁見たことあるぞ、とか、いろんな話を聞いたことありますよ。
開かずの間!興奮するワードですね
さて。うちは祖父が建築業なのですが、若い頃ちょっと恐ろしい体験してるので、それを今日は話しちゃおうかなと思います。
うちの爺様がまだ、若い頃なので昭和の最初の頃だと思ってください。
長かった大戦も終わり。それでも結構焼け野原ばかりではなかった東京。
皇居近くの一番町という場所ですが、番町皿屋敷のお話の起源だとも言われてるお屋敷街。所謂上級武士のお屋敷があった場所で。
爺様はとある大店の大工仕事を請け負ったそうです。
本屋敷と離れを解体し、新しく屋敷を建てたいと。
大きなお屋敷はお庭も池も大層立派で、こんなに立派なのを壊すのは心苦しいなぁと思ったと言ってました。特に立派だったのが枝垂れ桜の大木。
遠慮なく切ってくれ
と旦那に言われ、爺様は大木にすまねぇなぁ、すまねぇなぁって言いながら根伐りをしたそうで。
当時のことですので重機などもなく、ほぼ手作業。
切り落とした枝振りが大層綺麗で、爺様は旦那に断りを入れて家に飾ろうと一枝持ち帰ったそうです。
注ぎ枝をしてみようと思ってたんだそうです。
その夜仄かに蕾が綻んだ枝を飾り、晩酌してうたた寝をしていた爺様。
夜中にふと目が醒めると、床の間の障子の向こうにひっそりと男の子が座ってたのに気がついて、まだ幼い息子か?と声を掛けたんだそう。
夜中に目が醒めて厠に行けなくなったか、地図でも描いてしまったか、と声を掛けたそうで。
すると
『桜の裏の木戸』
と薄ら寒い声でそれが言うんだそうで。
爺様は、それは絶対に生きた声じゃなかったと、苦笑いしてました。
男の子は『桜の裏の木戸』と幾度か繰り返し、すぅ、と消えていき、消えた瞬間に爺様はゾッとした怖気とどっと汗が吹き出したそうです。
それでも、気風がちゃっきちゃきの江戸っ子なので、掻い巻き被って寝ちまったと笑ってました。
翌日またお屋敷仕事で、桜の根伐りをしていたら、根元に埋まった小さな扉のついた祠が地中から出てきたそうです。
そこは職人なので、出てきたものは裁量に任される時代。
面倒くせぇなぁ壊しちまえ、と仲間は言ったようですが、爺様、前の晩の男の子の話し声が耳に甦って、「こンまま放っちゃっちまうのは道理に合わねぇなぁと思ってよぉ、旦那サン呼んどくれって言ったんだ」とニヤッとしてたのをよく覚えてます。
そこで丁稚坊主を摑まえて、旦那さんを呼んでもらい、小さな祠の木戸を開けたら、小さな御札と小さな小さな骨壷が出てきたそうで。
骨壷の中はからからに干からびた胎児っぽいなにかだったんだ、と爺様はいってました。何かの呪言なのか、それとももっと何か隠された事があるのかはわかりませんが。
そんな昔のおはなしです。
つるかめつるかめ どっとはらい