8話
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<教室>
「こんにちは押沢さん」
「……下屋敷さん?」
放課後の教室。誰もいない教室で一人佇んでいる押沢さんに話しかける。
「誰かを待っているのですか?」
「うん。千尋を待ってて」
「そうなのですね。では千尋くんを待っている間、少し私とお話をしませんか?」
「えっ? 別にいいけど……」
私からの提案を不思議がっている。当然だろう、普段の学校生活でも押沢さんに話しかけることなどなかったのだから。
「押沢さん。単刀直入に言いますが貴方は岩成くんと浮気してましたよね」
「…………えっ?」
「時期的には千尋くんと付き合ってから4か月ほど経ってからです。……違いますか?」
「ははっ……。ちょっと下屋敷さんが何を言ってるのかわからないかも」
一目で不機嫌になっているのがわかる。私に対して押沢さんは敵意むき出しの視線を送ってきている。
「そうですか。しかしながら千尋くんはもう気付いてますよ。押沢さんの浮気のこと」
「……う、うそ」
「嘘ではありません。あなたと岩成くんがデートをしているところを目撃しています」
「あ、あれはデートじゃないし、浮気なんてしてないっ! ただ……たまたま一緒に帰ってただけで」
「まあ。一緒に帰っただけの人とこんなことするんですか?」
カバンから写真を取り出し机に広げる。
お父様の部下に頼んで撮ってもらったものだ。仲睦まじく買い物をしている写真、食事をしている写真、映えるスポットでキスをしている写真……どれもとても良く撮れている。
「こ、これ…………どうやって」
「二人とも楽しそうですね。こちらの写真は……キスしてますね」
俯いて体を震わせている押沢さん。
「千尋くんと付き合ってるのに裏切るなんて……。千尋くんは酷く傷ついていました。それなのにあなたは自分の欲だけを満たすために隠れて浮気をしていた。……最低です」
「…………そうだよね。私って本当に最低なことをしてた」
押沢さんは顔を上げると真っすぐな目で私を見つめる。
「でも今は千尋のことを心の底から愛してる! 千尋しか目に入らない! こんなクズな私が襲われているところを千尋は必死に助けてくれた……」
……押沢恵美、なんて救いようのない人なのだろう。
「……千尋に謝る。何十回、何百回、何千回……許してもらうまで謝り続ける」
「……そうですか」
謝ったところでもう遅いというのに…………。
「でもそれは不可能なことです」
「……は?」
「千尋くんは今私と付き合っていますから。押沢さんが何度謝っても千尋くんは戻ってきませんよ」
「なにそれ……。冗談のつもりなら全然面白くないからやめて。ウザいから」
「冗談ではありません。あなたが浮気をしている間に私は傷心中の千尋くんに寄り添ってきました」
ゆっくりと押沢さんに近づき、耳元で囁く。
「知ってますか? 千尋くんって首を甘嚙みしてあげるととても可愛らしい声を出すんですよ」
「………………」
「昨日までの三日間、私と千尋くんはずっとずっと愛し合ってました。千尋くんが可愛すぎて、自分でも驚くくらい興奮してしまって」
「………………………………」
黙り込む押沢さん。…………仕上げといきましょうか。
「押沢さん、千尋くんから離れてくれてありがとうございました。感謝しかありません」
「……ざけるな」
「はい?」
「ふざけるなっ!!」
怒鳴りと同時に押沢さんに押し倒されると首を絞められる。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなっ!! マジなんなのお前!! 私の、私の千尋を汚しやがって!! 死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「……かはっ……ぅ」
明らかな殺意を持って押沢さんは私の首を絞めている。人間は怒りが頂点を超えるとこんな力が出てくるものなのか。必死に抵抗をするが微動だにしない。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!」
「やめろっ!!」
「…………ち、千尋?」
私がお願いをした時間通りに千尋くんが教室に駆けつけてくれた。
「何してんだよ恵美っ!!」
千尋くんがここに現れたことに動揺している押沢さん。首を絞めていた力が弱くなっていく。千尋くんはこちらに走ってくると押沢さんから私を引き離してくれた。
「ごほっ……げほげほっ!? はあ……はあ……ち、ちひ、ろくん」
「大丈夫、銀華さん?」
私を抱き寄せてくれる千尋くん。
「ち、千尋、違うの……聞いて? そ、そいつがね」
「うるさい。…………こんなことするなんて思わなかった」
「ま、待って!? 違うの、これには訳があるの……その女は悪魔みたいな最低なやつで」
「…………もう口もききたくない。さようなら押沢さん」
「えっ……いや、そ、そんな他人みたいに呼ばないで。いやだ、いやお願い千尋、話を聞いてっ!」
必死に語りかけてくる押沢さんを無視し続ける千尋くん。私は千尋くんに支えられながら教室を後にした。
「嫌われた……千尋に…………ははっ………………………………………………………………………………もういいや、どうでも」
────
「…………仕返しの最後は千尋くんと私が付き合っていることを押沢さんに伝えることでした。ですが伝えたと同時に押沢さんが襲ってきて……私の考えが甘かったです。すいません」
押沢さんを必要以上に煽ったことについては千尋くんには伏せておく。
「謝らないで。銀華さんが無事ならそれでいいから」
千尋くんが私の手をぎゅっと握ってくれる。小さくてとても暖かい手だ。
「でももうこんな危ないことは止めてね。銀華さんは僕の大切な人だから」
「…………はい」
ああ……私は今、とても幸せだ。
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<下屋敷銀華の部屋>
「ふふっ……」
洋服を選んでいるだけなのについ笑みが零れてしまう。自分が思っている以上に明日が楽しみなのだろう。
「ご機嫌ですね、銀華様」
使用人の水蓮が扉の前に立っていた。
「……覗き見なんて悪趣味ね。お父様に言いつけてもいいかしら?」
「申し訳ありません」
「冗談よ。今はとても機嫌がいいから許してあげる」
「……春日井様のことですか?」
「そうよ。やっと千尋くんの彼女になることができた。…………長かったわ」
押沢さんが岩成さんと浮気するように仕向けたり、裏で動いていることを千尋くんに気付かれないようにしたり…………本当に長かった。
「水蓮、本当にありがとう。私のお願いに付き合わせてしまって」
「いえ。銀華様のためならば」
「明日、千尋くんとデートをする約束をしたの。一緒に洋服を選んでくれる?」
「かしこまりました」
終わり
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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何本か短編書いてます。