占いの示す方向
男は、朝食を済ますとミーリンを伴って宿を出た。
族長が言っていた占い師に会いに行くのだ。
とはいえ男が占い師の所在を知っているはずもない。 だからミーリンに聞く。
「占い師って知ってる?」
「ああ、有名ですよね」
「ほう、で、案内してくれない?」
「もちろん、いいですよ~」
尻尾を振りながら嬉しそうに答えるミーリンは、やはりお出かけが好きなのだろう。
男は、魔法というオカルトがまかり通るこの世界で、自分へ族長を引き合わせた可能性を、たとえ低くとも関わっておきたいと考えたのだ。
それでも、族長の言葉が気になっていた事も含め、今は情報を得るヒントになれば程度の目的である。 焦っているわけでも無いが、何者かが動いているのがわかった以上、その方面では自分も早めに動く必要を感じたのだ。
ミーリンに連れられて来たのは、大きめの家に運動会とかで使うテントをくっ付けた様な建造物。
ただ、覆うのは白地に所有団体の名前等なにかしらの文字が書かれたものではなく、ワインレッドの絨毯の様な布に何かを表すかの様な幾何学模様の刺繍が施され、ラメの様にちりばめられた輝きはきっと小さな宝石なのだろう、確かに占いの館的かもしれない。
人気という割には店外には誰の姿も無い、テント部分が待合用だろうか、それとも実は流行って無いのか。
「営業時間外かな? はりきって早く来すぎたか」
ミーリンに聞いてみる。
「開いてると思いますよ」
そう言って指さす先には、字らしきものが書いた札がかけてある。 確かに習った字であるが単語としては不明だ。ミーリンが声に出して読んでくれれば一発で把握できただろうが……。
男は、ミーリンを外に待たせてテント部分の入口らしき部分をまくって中に入る。
すぐに少し豪華めのテーブルと椅子があり、向かい側にローブを着た女性が着席している。
テント部分だけを使用している様で、奥に見える扉が家屋への入り口だろう。そして待機場所も無く、待っている客もいない。
椅子を勧める手が静かに出され、従いながらもまず目が行くのは、やはり胸だろう。本人も当然意識しているように、顔もほとんど見えない露出の少ないローブであるのに、胸元だけは谷間がよく見えるほどに開けている。
男は、椅子に掛けると、すぐにテーブルに指輪を置く。
占い師は、指輪を付けてからゆっくりと口を開いた。
「来られると思っておりました」
「そうかい……もしかして、要件もわかるのか?」
適当に言ってるとしても、既に来ている人間には否定も難しいし、理由を聞いても同じだ。
「どうでしょう……」
普通なら分かるはずも無いが、魔法世界であることを意識している男には、どうしようもない。
「じゃぁ、早速だけど、闘技会の優勝者名、もしくは、決勝戦参加者とか準決勝でもいい、この際、優勝者の性別でもOKだ。
とにかく、占えそうなのを教えて欲しい」
占い師は男の眼を見てから翻訳指輪を外した。 そして、静かな口調でゆっくりと告げた。
「アルグダミアスの話をお聞きください」
「へ?」
「あ、アル……誰? 優勝者の名前? というかそれだけ? それ以前に……指輪……は?」
「アルグダミアスの話をお聞きください……
……です。 名前については心当たりがありますが、わたくしから語ることはできません。 他は、あなたの母国の言葉だと思います。 わたしには意味もわかりかねます」
占いの内容を復唱すると、指輪を付けて言葉を加えた。
その時、族長が勝手に入って来た。
「じゃまするぞ」
「あら?」
男は、声の方に振り返ると、既に声で分かっていた相手を確認して不思議そうに応じる。
族長は男に指輪を渡すと、偉そうに仁王立ちしてから言う。
「わしがここのルールを説明してやろう」
「ルールって、なにが?」
「その者は、言うべき言葉がある場合にその状況が見えるのだ。
少し先の時間の出来事が見えると言った感じだの。
だから、その見た光景のまま言葉にしただけなのだ」
「占う相手じゃ無く、自分自身の未来を見て居るのか? それで、俺が来ると……」
「そんな感じじゃ。
つまり、言うべき言葉以外は何もわからん、結果が良い事か悪い事かも含めて。
ただ、ほとんどの者は何も見えず、何も語られない。 それが逆に何事も起こらない証と取る者もいる」
「あんたは、何を占ってもらったんだ?」
「妹を見つけたい。 で、ナララ洞窟に行きなさい……だけじゃ」
あの洞窟のことだろう。
「まじか……、
あ、もしかして、最初に会った時、
お供達が出てこなかったのは、何か試してたのか」
「そんなところじゃ」
「そうか。 あの洞窟が関係してるのなら俺はどうすればいい? 役に立てるなら、この際乗りかかった船だ」
男は、ここへ来た目的を忘れてはいないだろうが、重きが変わり、既に自分の事などどうでも良いと言った感じだ。
「乗りかかってるだけなら、まだ降りれるじゃろう?」
「ああ、言葉をそのまま解釈すると、そういう返しになるか……
俺の世界では、どっちかと言うと、良い意味で手伝うということ。
そして、俺がこの世界に来た意味に繋がる可能性もあるかもしれないしな」
「やはり、そっちが本音じゃろう。 だが、好きに乗っていけ、ほんとは言葉の意味もなんとなくは伝わっていたからの」
「また、占ってみますか?」
占い師は、返事も判っているかの様に族長に促す。
「あ、そういえば、わしもそのつもりで来たのだったぞ」
「では、代わっていただけますか」
「おお」
男はいそいそと席を立つ、が、族長と入れ替わるように外には出ずに残った。 船に乗った証だろう。
「聞きたい事は同じじゃが、何かあるかの?」
占い師は、静かに瞑想してから口を開いた。何かあるということだ。
「その者を闘技会に出る様に導いてください」
占い師は指輪を付けたまま内容を告げた。
「え、俺? ああ、出るよ。 それだけ?」
「ふむ」
「それだけですが、以前に見させていただいた件からの続きだと思いますので、経験上、何かしらの重要事項があるかと思います」
「それは、起これば判る事なのかね」
「どうでしょう、さらに何かしらの繋がりかもしれません。 ただ、あくまでも占いですからね」
「取って付けた様に占いですって言われても、話を聞くと占いの範疇じゃ無い気がするぞ」
自分に対するものでは無いはずの男がちゃちゃを入れる。
「わたしの言葉をどう受け止められるか、それは、あなた方次第ですから」
占い師は、職業スマイルで言う。
「なんだっていい、その占いに乗ってやるさ。 いや、出ない選択肢は最初から無い」
「わしの為にすまぬのぉ」
「そうなるな」
「フィニを嫁にやるからいいじゃろ」
「そういう話は、冗談にしない」
「では、本気で」
「だから、冗談っぽく言うな……ああ、そうじゃない」
「確認じゃが、わしへの占いで間違いないのじゃな?」
「はい」
「ふむ」
少しだけ納得できていないような族長を横目に男が質問を加える。
「あと、占いじゃなくて、知ってれば教えて欲しい。 情報屋みたいなのは、この街に居たりする?」
「ごめんなさい。 わたしは世間にうといもので、この街のパン屋も一件だけしか知りません」
本当に申し訳無さそうな表情は職業的で無いと思える。
「貴様の希望に添えるかはわからんが、猫人達の多く住んでる一画があるので、そこなら近い者が居るかもしれんぞ」
族長が代わりに答えた。
「そうか、最初からあんたに聞くべきだったか」
「お役に立てず申し訳ありません」
「いやいや、指針ができたことが今の俺には何より嬉しい。 あなたに会えてよかった」
「では、ご武運をお祈りしてしております」
「ありがとう。 次に会うことになるかわからないが、その時を楽しみにしてるよ」
「……はい」
占い師は、少し思案してから返事を返した。
男と族長は改めて礼を言うと外へ出た。
それを見送る占い師は、微笑を浮かべ、懐かしむ様につぶやいた。
「おかえりなさい……妖精王様」
そして、ほほを一筋の涙がつたう。
外に出るとフィニがミーリンと一緒に居た。
「マスター」
フィニがおもむろに聞く。
「な……んだい?」
男は、何かしらの思惑を感じたのか、少しどもりながら応じた。
「やはりお胸の大きい方がお好みなのでしょうか?」
「は?」
「占い師の方のお胸ばかり見られていたので……第一王妃様に近いくらいでしたし」
「いや、あれは、視線を合わせると、心を読まれそうだからわざと外してたんだよ。
でも、大きい方が嫌いで無いのは否定しないがな」
「そうですか」
そう言って姿を消した。
「ふつう、占いの内容に関する質問しない?」
ミーリンに聞く。
「いかがでした?」
「大吉だったよ」
「?」
「秘密だ」
「ぐっ。 やはりお胸を見ていただけですね」
「ぬ~、もうそれでいいや。 でも、フィニが居たのはなんでだろ?」
「それは、占い結果が在るかどうかは気になるじゃろ」
族長が、もう理解できるはずと言う。
「それほど? ん?じゃ、占いの事聞いてよ」
男は、十分な理解ができて無いようだ。
「先ほどの説明では足らなかった様じゃの、それほどに在る事が重いということじゃ。
何かを成す可能性のある者なら見方が変わるじゃろ?」
「俺が?」
「まぁ、やじうま根性と言われればそれまでじゃが。 では、わしは帰るが、フィニをあまりいじめるなよ」
「よくわからんし、いじめてないと思うが……」
「族長様、お疲れさまでした」
ミーリンはお辞儀しながら族長に挨拶をする。
「ではの」
「ああ、またな。
それにしても、あの衣装に意味はあったのだろうか」
占い師が胸の開いた衣装を着ていた意味の話だが、その占い方法ゆえに確かに関連性が見いだせない。
「主様の様な方へのサービスでは?」
「それか……って言うかミーリンは厳しいな」
「そうでしょうか」
二人はそんな談笑をしながらその場を後にした。
男は、次に猫人の住むという一画に向かう。族長に情報屋が居るかもしれないと教えられた場所だ。
ミーリンが街の地理を把握できていることもあり、さほど時間を要せず到着した。
辺りをしばらくうろつくと、大きめの食堂らしい店を見つけ、その前に立つ。 すると、すぐに扉が開き男……の猫人が出て来た。
でかい、とにかくでかい服を着た猫は仁王立った。
そして、ドラ猫の様な声で言った。
「貴様は、うわさの兄ちゃんだな。 確かにへんな髪形だ。
昨日、うちのやつが世話になったそうだな」
にゃーでは無く言葉ではあるが、男にはどちらにしろ解らない。
「なんて言った? やべぇ雰囲気?」
ミーリンに聞く。
「いえ、そうでも無いかなぁ。 昨日、誰か助けました? その方の関係者みたいですよ。 それから変な髪形だって」
「それはどっちとも取れるぞ、と言うか敵側かも。 だが、想定して無かった知りたい事が聞けるかも知れないな。 ん?俺、実は変な髪形なのか」
「中へ入れ」
男の戸惑いを覚ったか、大猫男は店の入口を指さして言った。
「中へ入る様にって」
ミーリンがすかさずに翻訳フォローする。
「おーけー、行こう。 大丈夫だ、俺を信じろ、絶対に守ってやる」
「もちろん信じています。 姫様の信じられた方ですから」
二人が中へ入ると、すぐにテーブルを囲む椅子を勧められた。言葉が通じないことも直ぐに気付いたのだろう、テーブルに指輪が置かれた。大猫の指にはそれなりの大きさの指輪がはめられている。男の所有の物では役に立たなかったろう。
大男猫は、男が指輪をはめたのを待ってから言葉を発した。
「俺は、ダンガ。この辺りの猫人をまとめている者だ。 まずは、礼を言わせてもらう。
妹の命を救ってもらったと聞いた。
そして、詫びだが、エルフのとこの客人とは知らなかったんだ。 申し訳ない」
「そうか、そもそも俺への個人的恨みとかでは無いだろうから、その言葉で十分だ」
「落とし前でも付ける気で来たのでは無いのか?」
「ああ、違う違う。 ここに来たのは偶然だよ。 別な目的で来た」
「偶然?」
「情報が欲しいのだけど、詳しい奴を知ってたら紹介して欲しいんだ。
ついでに、せっかくだから俺を襲わせた依頼主を聞きたいとこだが、きっと企業秘密だよね。
だから、今回の闘技会の関係者かどうかだけ教えてくれないか?」
「そのくらいならいいだろう。
関係者だ」
「ありがとう。 なら、理由になるからすっきりだ」
「度胸あるな、お前」
「そういう仕事してたんでな」
「なるほどな。 で、紹介して欲しい奴とは?」
「召喚とかできるやつを、知ってるか?」
「召喚? 魔物を呼び出すとかか? できる奴に心当たりは無いが、エルフの族長ならできたりしないのかにゃ」
「いや、できないと聞いた。 他には?」
「あとは……
妖精王が居れば可能性が一番高いが、もう居なくなってずいぶん経つだろう」
「妖精王なんてのも居たのか、すごそうだな。 他には居無いかな?
そいつら以外で、可能性が無いに等しくても構わない」
「悪いな。 そんな特殊な能力があれば、噂ぐらいありそうだが、全く聞いた事が無い。 いや、何もわからんがすごい能力がありそうと言えば魔法剣士とバンパイア王だが、どっちも存在してるかさえ疑わしい」
「そうか、ありがとう」
男は、追加の情報も無いと判断したのか、席を立つ。 ミーリンが、少しだけ居心地悪いかなとの判断だ。
「待て、妹に少し調べさせるよ。 西国なら、魔法関連で近い情報があるかもしれん」
「おお、頼めるならお願いする。 費用も払うよ、何もわからなくてもね。
まぁ、次に会うまで俺が生きていたらだが」
「確かにな。 もう一つ教えよう。 お前を襲ったのは妹の他二人と、矢を放った者もいたのだろ?」
「ああ」
「少なくとも、うちの妹は単独。 あとは別口だ。知らないやつらだったらしいから、たぶん、この国以外の猫族だろう」
「やはり、そういうことか。あれは口封じじゃなくて、もろともだったのね。 ありがとう」
「数日のうちにいったん報告させるよ」
「お願いします」