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ドラキュラの陰謀  作者: 安田座
7/58

エルフの忍び


 男は、城からの帰り、馬車で送るとの申し出を断り徒歩で移動していた。

 道中、小川にかかる橋で立ち止まり、穏やかに流れる水流に目を落とす。 黄昏の空を移した色は、いつまでも見ていられそうだ。

「まずいな、後手に回ってしまった。

 あの女、どっち側か……、

 ただ、俺にとっての敵では無さそうだ。

 単純に、事情も知らずに勝てる見込も無く、ただ傷付くだけだからやめなさい、だもんな。

 だが、俺自身の目的は、傷付いてでも何かを掴むだ。 引けないさ……」

 その時、街灯の明かりが灯り始めた。 必要なほど暗くなる事は無いこの世界の夜だが、雰囲気作りにはとてもいい。

 視線を街灯に向けてからまた水流に戻す。

「王の死からの遺言によるトップ選抜イベントの開催……候補六人、そして出来レース。 こてこてすぎる想像は的を外してるだろう。

 その外にあるヒントが欲しいが、七姫さんだけでは足らんなぁ。

 とりあえず、それぞれの戦士からたどるか……いや、そんな悠長に進めてたら間に合わんよな……

 ……試してみるか……」

 何かを決めたのか、辺りを見回してから男は歩き出した。


 男は、宿に戻るとミーリンを部屋に呼んだ。

「いかがいたしました?」

 真面目な台詞に合わないそのパジャマと言うには丈が少し短めの衣装を、男はちょっと見なかった事にした。

 そして本題に入る。

「ええと、これから言う事をこの紙に書いてくれる」

 五センチ四方くらいの紙を渡しながら頼む。

「はい。 あまり字は奇麗でないですけど……」

「そんなに恐縮しなくていいよ。 そして頼りにしてるから」

「頑張ります」

「じゃ、行くよ。 ”エルフの忍びさん、ちょっと話がしたい” とだけ書いてほしい」

「できました。 でも、普通に呼んでも出てきてくれないですかね?」

 ミーリンは、書き終わった紙を男に返す。

「言葉が通じればね。 あ、ありがとう」

 男は、受け取りながら答える。

「そうでした。 わたしが、呼びます?」

「これでだめならお願いするよ」

 そう言いながら、受け取った紙を机の上に置く。

「はい」

 役に立てたことが嬉しいのか、ミーリンの満面の笑みの返事はとても可愛かった。



 その夜、遅く、男が寝ていると額の上に何かが落ちてきた。

 跳ねたところで掴む、見慣れた指輪だった。 すぐに指にはめる。

「ジョニー様、何用でしょうか?」

 まさに可愛らしいという表現が当てはまる声が冷たい感じのしゃべり方で男の偽名を呼ぶ。 置きメモの宛先の者なのだろう。

「ちょっと教えて欲しい。 知らなければ調べて欲しい」

 当然、名前にこだわる必要は無い。

「誰の為でございましょう?」

 族長以外の誰という意味なのだろう。

「誰の……か、えっと、姫さん……と言うのは表向きで、たぶんこの国」

「表を言う必要ありましたか?」

「そこかよ。 いがいと面白いやつだな。 声は、可愛いと言うか子供っぽいが、まぁ、あの族長もそんな感じか」

「この国の為ということであれば、話を伺いましょう」

「君は知ってるのかもしれないけど、闘技会って何か他に目論見があるんじゃない?」

「そうですね。 これまでとは明らかに違う雰囲気だそうですので、様々な思惑がからんでいるのでしょうね」

「でだ。 ちょっとやばそうな話が動いているらしいのだけど、それを調べて潰したい」

「あなたがどうしてそれをするのですか?」

「そういう性分なんだよ」

「そうですか。 それを手伝えと」

「ああ。 手伝ってくれたら、報酬も出すし、君の頼みも何か聞こう」

「…………わかりました」

 しばらくの沈黙の後に答えが返った。

「よっしゃ。

 まずは、最優先で本戦参加者の情報、後は、他国の何かしら権力を持ってそうな関係者、王妃にちょっかい出してたり姫たちに求婚してたりする者、利権がらみも何かあれば……、

 そのあたりで、一日で解りそうな事を、調べてくれると嬉しい」

「その間、あなたはここに居ていただけますか?」

「ああ、明日は、一日勉強してるよ」

「……絶対に居てくださいね」

 そう言い残すと、気配が消えた。 早速、動いたのだろうか。

「真面目な娘だなぁ」

 男は、あっさりと引き受けてくれた事を嬉しく思いながら、もう聞こえないくらい離れたであろう者の感想を呟いた。


 翌日の夜、

 まくらの下にメモを忍ばせようとする者がいた。 男は、その者が手を引くタイミングで、手首をつかむ。

「あっ」

 手をつかまれて思わず発したであろう声は昨日の夜の美声だ。

 そのまま、男は起き上がりざまに声の主の足を軽く払って逆にベッドに押し倒す

 すぐさま、その華奢な指に指輪を無理やりはめる。 昨日落とされたものでは無く、自前だ。

「ふぅ、ちょっと乱暴にしてすまな……い…………俺と……結婚してくれ……」

 男は、月明かりに照らしだされたその美しい顔に見とれる様に言葉を発していた。

「え?」

 予想外の言葉過ぎて、聞き返す形になったのも、きっと不本意だろう。

「あ、今の無し、あ、ええと……」

 男は、その疑問符に答える訳でもなく、無謀な求婚を即取り消す。

「嫌です」

 エルフも、その取り消しを無視してノーの返答を返す。先にしたかった返事だろう。

「あ、はい、そうですよね」

「それが目的ですか? 言っておきますけど、エルフに人間の家事などできませんし、それにエルフです」

 エルフという種族に何かしらの一般常識的意味がある様だが男には分かるはずも無い、エルフは元の世界に存在しないのだ。

「そうじゃ無かったんだけど、君の顔を見た瞬間、言葉が出た」

「では、無しとは?」

 たんたんと返す言葉は、やはり可愛らしく冷たい。

「ああ、我に返ったというか、俺は人に求婚できる立場では無い事を思い出した」

「やはりわたしをからかうのが目的でしたか。 わたしは、あなたがどういう方とかには、まったく興味ありませんが、人間がエルフに求婚するなど、そもそもありえませんので」

「ありえなく無いだろう。 俺はできるならそうするぞ……でも、ごめん、いいかげんな事して本当にごめん。 で、勝手だけど、ちょっと仕切り直し」

 頭を下げたり手を振ったり妙にコミカルな動きになるほど焦っているのがわかる。

「この状態からでしょうか?」

「どうも見張られてるのが好きじゃ無くて、ちょっとだけ仕返しと思ったんだけどね、メモをどこに置くかは予想通りだし」

「わたしをどうされるのです?」

「どうもしないけど」

「捕縛された以上、覚悟はできております」

「覚悟……って、そんな可愛い顔で言われたら、何かしたくなるじゃないか」

「わたしはエルフです。 人間にとってその様に見えるはずはありません」

「そうだなぁ。 エルフの里では、吊り目で困り顔な娘なんて見なかった気がするから、君が特別なのかも」

「困ってますから……すごく……」

「じゃ、ちょっとだけにしておくよ」

 男は、ゆっくりと顔を寄せた。 まるでキスをするかの様に。

「え………」

 エルフは、拒むかの様に顔を横に向け、手足に力がこもるのがわかる。

「なんちゃって」

 男は、そういって、ベッドを降りて少しだけ距離をとる。

「なん……って?」

「お願いがあるんだ」

 男は、ここまでの不埒が無かったかの様にまじめな表情で言う。

「願い……ですか? この様に恥ずかしめておいて………………あの……本気で求婚を?」

 戸惑いながらも、真意は知りたいのだろう。

「だから、その話は置いておいて、本題を聞いてくれ」

「……わかりました」

 エルフは、ベッドの反対側に警戒しつつ降りてから答えた。 後ろ手に回した手には、きっと何かしらの武器が握られているのだろう。

「今って族長の指示で俺に付いてるだろ?」

「わたしでしたら、そうです」

「俺に雇われてくれないか? 頼み事をもっとお願いしたい」

「お断りします。 ですが、どうしてもということであれば族長にご相談ください」

「まじか……でも本人的には即答でノーか、とほほ」

「我らは、職業として忍びをしているわけではありません。 エルフのそれぞれの者に与えられた役目なのです。 よって、全て族長様が決められます」

「やった。 明日、さっそく会いに行こう。 一緒に来てね」

「あなたの行動も向かう先も、あなたの自由ですから」

 さらに一歩下がるとすっと姿が消えた。

「なんかデートに誘ってOKもらった気分だ。 振られたのも事実だが」

 彼女が消えた方向にある窓からは、月がよく見えた。男は、その月に向かってそうつぶやくと、飛び込むようにベッドに横になった。



 翌日、男はエルフの村に居た。

「嫁になどやら~んっ」

 エルフ族長ポラは、体のサイズからは想像できないほどの大きな声で言い放つ。

 横に立つ重鎮らしき者達数名が長い耳を折りたたむ様に押さえる。

「ええと?」

 男は、たじろぎながら聞き返す。

「ああ、なんとなく並び的に言って見ただけじゃ、それにわしの娘では無いしの」

 確かに彼女の親に嫁にくださいと言いに来た雰囲気はある。

「そうじゃなくて」

「ああ、かまわんよ。 お前の指示にも従うというのでよい、じゃが」

「じゃが?  ああ、また、何かよこせと?」

「にやり」

 族長は表情を言葉にして示す。

「そうだな、お嬢さんを嫁にもらうつもりで、これでどうだ?」

 男は、胸にさしていたボールペンを出した。百均で三本セットクラスのものだ。

 辺りを見回し、近くに落ちていた葉っぱを拾って星形を描く。 機能の説明のためで、もちろん星形には意味があろうはずも無い。

 彼女の評価値では無い、この世界を数日見て、族長の興味を引けると認識した上で出したのだ。 筆記用具は、付けペン、チョークっぽいもの、炭、くらいしか見ていない。

「娘では無いし、嫁も無理じゃが、それでけっこう」

「商談……じゃねぇ、交渉成立だな」

「うむ、フィニもそれでよいな?」

 男の横にただ座っていたエルフに振る。 名前はフィニと言うらしい。

「わたくしは族長の指示に従います。たとえ嫁に行けと言われても」

(嫁もいいんだ)とその場の全員が思っただろう。

「たしかに、そいつが死ぬまでなどあっという間だしな」

 族長が、すかさず食いつく。

「どういう話だよ」

「寿命と言うことじゃが、確かに、今日、明日命を落とす可能性もあるの~」

「そうだな……今のところ、会うやつみんな敵に見えてる始末だ」

「意外と臆病だったのじゃな」

「ああ、この娘も危険に付き合わせる事になるのは、本当に申し訳ない。

 何かあれば責任をとる」

「婿になるか」

「嫁はだめでも婿養子はいいのか。 だけど、ほんとそういう話好きな。 老婆心恐るべし。ちょっと意味が違うが」

「長寿と言うのは、そういうものじゃよ」

「もっともらしく聞こえるが、あんたは根っからって感じがするけどな~。 俺もまだまだ、若輩者だな」

「ちなみに、フィニは、まだ見た目程度しか生きておらん。 いろいろと勉強させてやってくれ。

 それから、本戦はわしも見に行かせてもらう。ああ、闘技会のな」

「期待してくれ、優勝前提だから、フィニさんの協力をお願いしに来たんだし……ん、いろいろ? そして、なんで、念押しした?」

「がんばってくれよ、稼がせていただくのじゃ」

「いいや。 まぁ、そういうことね」

「お役に立てる様、励みます。 それが族長の為であればなおさら」

「お前は、もっと自由にして良いのじゃぞ、この件も好きにしてよかったのじゃ……今はの」

「それは……」

「まぁよい、ではフィニをよろしくの」

「俺がよろしくしてもらうんだよ。 じゃあな」

 男は、要件が済むとフィニを連れエルフの村を後にした。



 帰路を二人で歩いていると分かれ道についた。

 ここを道なりに行けば街、左に行けば男が現れた場所だ。そして左へ。

「主様、そちらは街ではありません」

 フィニは方向間違いを指摘する。真面目なのだ。

「ああ、ちょっと寄り道をするよ」

「はい」

 主に意図があれば問題ない。

 二人は、男が族長と出会った洞窟の辺りを過ぎてさらに歩く。

 男が向かったのは現れた地。そして到着。

「風が気持ちいいなぁ。 空気もうまい」

 男は深呼吸をしてから感想を言う。

「はい」

 それが当たり前の者には他に答えようも無いだろう。

「俺は、ここに現れた」

「ここに、ですか?」

「ああ、違う世界から、突然って感じかな」

「ちがうせかい?」

「ああ、この世界とはってことだけど、君の知らない別な国から来たのとあんまし変わらんかもね」

「わかりたいです」

「ああ、じゃぁ、今度ゆっくり俺の世界の話をしてあげよう」

「少しだけ……楽しみです」

 穏やかな表情での答えは、本心の様に思える。 昨日の事をまったく怒って無さそうなのは、そういう性格なのか、エルフの特性か。 そして、好奇心がありそうなのも同様か。

「うぉ、なんか照れるぞ……」

「えっ? え?」

 フィニは、男の反応に自分が何か失敗したとでも言う風にあわてる。

「よし、この話はここまでだ」

 男としてはせっかくの空気感だったが、今はおしみつつも話を変えるのだった。二人っきりになっていい感じの状況を作るために来たのではない、目的があるのだ。 困ってそうなフィニを助けるのも含むだろう。

「は、はい」

「さてと……念のため、この辺、数か所に石を積んで置いたんだ。 崩れたものが一つも無い。 誰も来てないのかな」

 自分はとっとと移動する事を選んだため、その後に誰か訪れていれば、関係する者がいるかもしれないという重要情報なのだ。

 男は、辺りを見回しながら、うろうろしはじめた。

「なるほど」

「何か気付くことはあるかな?」

「そうですね。 何かがあったのでしょうか、妖精たちがこの辺りだけいません。 あ、これですね」

 フィニは、何かを拾い上げて言う。

「大きな宝石だなぁ……そんなお宝が落ちてるとか、なんかすげぇ」

「この宝石は、ダイノスガリアという凶暴な魔獣のものです」

「魔獣の? もしかして、あのでかいやつの名前か?」

「このあたりでは一番獰猛なモンスターですが、十年に一度くらいしか現れないとか……もしかして主様が倒されたのですか?」

「たぶん、あいつかな。 こっち来てすぐに目の前に現れるから、とりあえず戦った。 でも死体は無いよ」

「体は、宝石を残して土に還ったのかと。 それにしても、よく戦うという選択肢を選べますね」

 死体は、それを好む動物や虫が居て時間とともに処理されるのだろう。

「まぁ、状況が掴めず、夢じゃないかって思ってたのもあるからなぁ」

「それでも、正解だったと思います。 存在が確認された時は、討伐体を組織して対処されるはずですから」

「ありがとう。 気持ちが戦闘モードだったのもあるけど、殺さなくてもよかったかなと後悔していたんだ。

 ちなみに、そいつ以外にも死体に近いものもあったかな。 俺がそっちに埋めた」

 森の方を指さす。 石が積んであるが、これは墓石では無く目印代わりだ。

「そうなのですか……。 後は、特に気になるところはありません。

 ただ、族長にお聞きになったかもしれませんが、ここはバンパイアの建造物です。

 バンパイアがこの国に現れた記録は、数百年前より無いと伝え聞いておりますので、それがどう関係あるかはなんとも言えませんが」

「バンパイアとかも居るんだ」

「はい、他国では、しばしば事件が起こっている様です」

「ちなみに、どんなやつ?」

「ええと、人の血を吸うとか、見た目を変えられるらしいとか、後はただ恐ろしいということくらいしか」

「ほう。 バンパイアだな」

「はい」

「本物、見てみたいものだ」

 自分がここに来た事の関係者という可能性が出てきたのだ。

「無茶はしないでください」

「もちろんさ。 血を吸われたくないからね。 でも、男も襲われるのかな?」

「申し訳ございません、詳細は……でも、なぜ性別を?」

 そういう設定の一つをつい口にしてしまっただけの男には答えようもない。

「あ、存在を聞けただけで十分だよ。 それから、今更だけど、俺に敬語いらないから」

 とんでもない世界に来てしまったとは、その世界の住人相手に言い難い。

「ありがとうございます。 でも、他の話し方を知りません」

「ずっと、そういう仕事を?」

「ずっとと言うほど経っておりませんが、我々は族長付きの家系でございますので……」

「誇りを持ってそうだから、好きなしゃべり方でいいけど、

 せっかくなので、俺の事は、コマンダーでお願いしてもいい? 主様は固く聞こえるし、君の声で名前を呼ばれたらそのたびに照れてしまう……それに指輪が無くても分かる、必要ないかもだけど」

「はい……では、こまんだー? でも、お魚の名前みたいです」

「魚? どんな?」

「あ、ええと……うぅ……」

 ちょっとしまったと言った雰囲気で言葉に詰まる。

「どうした? その反応、なんかめっちゃ気になってきた」

「すいません、顔が変な魚です……ものすごく……」

 ”ものすごく”の部分はかなり小声だった。

「うをっ……まぁ、俺はかまわんが、呼ぶ方が悪口言ってるみたいか……じゃ、マスターで」

「はい、ますたー」

「いいね」

「これは大丈夫だと思います。 ますたー」

 うつむき気味に答えた表情は、微かにほほに赤みがさしていた。

 男は、それに気付くことはなかったが、呼び方が決定と納得したとして次の行動に移る。

「少しだけ、そこで待ってて、いちおう見張りと言う事で」

「はい、ますたー」

 男は、にっこりと笑みを返してから、奥の瓦礫の方に進むと、それを乗り越え、何やらごそごそと手を動かす。

「残ってて良かった」

 そう呟きながら地面に並べたものは、日本刀、拳銃、木刀、などの武器と、腕時計、アクセサリーかなんかの鎖、全て、手足毎巻き込まれた彼らの物品だ。

「銃は古いな、残弾は五発か……どのみち使いたくは無いが」

 慣れた手つきで拳銃のマガジンをいったん外して確認後直ぐに戻す。腰の後ろのズボンの隙間に差し込む。

 日本刀は……と言ってもドスだが、鞘が無いため近くの落ちている枝を集めて、弦で巻いて携帯できるようにした。

「これは、代わりの鞘を作らんと使い勝手に問題ありだな」

 腕時計は、高級品の様だが、金色は本物の金として、あしらわれた宝石類は、もしかするとこの地では小さすぎて価値は無いかもしれない。

「正に嫌味な時計だな、端が綺麗に欠けてるのは、ここで切れたのか……靴は、例え片方だけでも埋めなきゃよかったかな」

 見た目で不備があれば交渉には使えないかもしれない。それでも、使い様はこれから考えればいい。

 一通りの作業を終えると、フィニの元へ戻った。

「君の武器を見せてもらってもいいかい?」

 背中側で腰の帯に差してある短刀を指さして言う。

「どうぞ」

 フィニは、すぐに手に取って差し出す。

「これで相手の剣とかを受けたらどうなるの?」

「硬化魔法の強度次第でどちらかが砕けるかと。

 もし、攻撃を受けることが前提であれば籠手か盾を持つ方がよいと思います」

「なるほど」

「あと、これは戦う為に持っているわけではありません。

 採取や狩猟などの作業用です」

「あ、そういうことね。

 どうも、俺の忍者のイメージでは……」

「忍者……?……あの、今後、戦う必要があるのでしたら、遠慮なくお申し付けを、戦闘用をいただいてまいります」

「わからない。 ただ、危険が少なからずあると思ってる」

「はい、覚悟いたします」

 都度、躊躇なく返す返事に、本当にこの男のために若い命を散らしそうに感じる。

「いや、やっぱ、契約解除でいいかな?

 俺の思ってたのと違った……から……」

「あの、わたし、できます。 戦う訓練も積んできました」

 その言葉をあえて言う意味を考えながら男は答える。

「ええと、じゃ、お願いします」

「はいっ」

 答えた顔と声はとても嬉しそうに見えた。

「それにしても、あっさりと君の事を許可もらえたけど、族長さんは大丈夫なのかな」

「護衛でしょうか? わたし以外に、姉が五人付いておりますので」

「そういう事か……って、美人のSPが五人も……」

 他の者が居ることを、あまり想定して無かった自分を情けなく思いつつ空を見上げた。 男の中の、族長の重要人物度がかなり上がる。

 後ろの美人五人を強調したのはごまかしだ。

 見上げた空には、月が五つある。 とても美しいが、実際は七つあり同時に見えるのは最大五つで、それぞれがばらばらに動くらしく、見え方は毎日違うという。

「まず、お願いしたいのは、この前聞いた中で気になった三人について、もう少し調べて欲しい」

「お任せを」

「じゃ、帰ろうか」

「はい」

 二人は来た道を戻る。今度は街へ向かう。男の帰る場所は今はそこしかない。

「ところで、前を歩いてもらってもいいかな?」

 少し歩いたところで、男は指示を出す。

 フィニは、ささっと軽いステップで前に出た。腰の剣に手が触れる。

「どうかされましたか?」

 フィニは、前に出てから、男が何かを察したのだろうと、厳しめの表情で確認する。

「ああ、いや」

「はい?」

「君の後ろ姿、造形はすばらしいなぁと思って」

 エルフ特有なのか上体が少し小さめのため腰回りが強調され、鍛えているであろう形の良い尻、そこから伸びる長い脚は確かに芸術品だ。

「前は、ええと、小さいですから、すいません」

「いや、前からも素敵だぞ、一目惚れしたくらいだし。 ただ、眺めるならこっちかな」

「……そういうことばかり考えているのですね」

 一瞬、何を言ってるかわからなかった様に間が開いてから返事があった。

「半分くらいはね?」

「では、残りの半分は……どんなことを?」

「さらに聞き返されると思ってなかったけど、ん~と、君の好きな食べ物は何かなとか」

「……」

「君の好きな色は何かなとか」

「……」

「君の好きな花は何かなとか」

「……」

「君の好きな……」

「もういいです……わたしのことばかり……」

 それ以上言われたら困るとでも言うのか、言葉を遮る。

「ああ、そうだよ」

「なぜです?」

 顔は真っ赤で下を向きながら聞き返す。

「俺は、癌という病気でもうあまり長くは生きられないんだ」

「…………あ」

「だから、君を初めて見た時に、思わず漏れた求婚の言葉が不思議だった。

 どうせ終わりの決まった命、残っている皆の為に使おうと決めて、最も危険な仕事についていたんだ。

 で、悪いやつらのアジトをつぶしに行ったとき、もう少しというところで、なぜかこの世界に来ちゃった」

「違うせかい……」

「ああ、だから、そもそも結婚はおろか恋愛もする気が無かったんだ。

 なのに、結婚してくれって言葉が出るなんて……

 だから、そうさせた君のことが気になってしょうがない……いや、ちょっと違うな、たぶんもう大好きなんだよ」

「え?………あの……………」

「ああ、”なぜ”に答えただけだから、あらためて結婚してくれとか、なんか返事くれとか、言ってるわけじゃないよ。

 いや、そうでもないけど、そう解釈してくれ」

 フィニは、少し黙ると、歩を止めてから向きは変えずに答えた。

「答えていただきありがとうございます。

 ですが、わたしは、お答えすることができません。今は、エルフであるからとご理解ください。

 それから、今、このタイミングでお知らせするのは卑怯かもしれませんが、マスターのご病気は完治されていると思います」

「は?」

「世界樹の元でお休みになられた際に……です」

「おいおい、なんてこった……癌まで……癌まで治せるのかよ……はは」

「生後に発症した病であれば…………本件、差し出がましいとは思いますが、族長がお知らせしていない様ですので」

「そういう事か、体のキレがいいとは思っていたが、きれいな空気とか食べ物のせいかと思ってたよ。 バイタルチェックで詳細も見ておけばよかった」

「よかったですね」

「ああ、ありがとう、教えてくれて。

 …………ん、まてよ、それって……」

「お知らせしたのに、他意はありません。 連絡事項ですから」

 そして、また歩き始めた。

「ああ、わかった。 今は、未来が繋がったことを噛みしめておくよ。

 本当にありがとう。 世界樹様には今戻って礼を言いたいところだが、今度あらためて行かせていただこう」

「はい」

「ふぅ、俺は、これでもここに来てずっと不安だったんだよ。 病気のことも含めて……。

 でもね。 こういう落ち着いて話をできる相手が居てくれる事が心から嬉しい。

 だから、これからも、よろしく頼む」

「わたしは落ち着きません」

 そう言うと、数歩前を歩いていたフィニはすっと姿を消した。街への距離が近づいたこともあるのだろう。

「必要があれば、お呼び下さい」

 翻訳指輪の有効範囲なのだろう、声だけが聞こえた。

「もう、いつでも必要さ」

 その言葉に小さく返されたのは、この世界での「ばか」であるが、男には届かなかったろう。



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