ドラキュラの侵略(後編)
妖精王はこちらの世界へ来て時を置かず、わたしの中に欠片を残し世界へと散って行った。
将来の道しるべと成る為に。
わたしも止まることは許されない、いや、我らはもう止まらないことが決まっているのだ。
もどかしいのは結末は決まっていないことだろうか……。
「どうする?」
眷属となり目を覚ましたヨーレイに問う。
「一つだけお願いがあります。
どうか町をお許しください」
説明を黙って聞いていたヨーレイが初めて口を開いた。
それが容易であるわたしの力を知れば、想像するのも当然だ。
確かに町を消し去る選択肢は持っている、だがそれを選ぶつもりは無い。
しかし、それと引き換えに眷属になるという自己犠牲であれば、わたしが望む眷属では無い。
「なるほど、だが、もう家族には会えないぞ?」
「家族はおりません。
ですが、わたしは町を守るために騎士となりました。
最後にそれを果たせれば、名残とでもいいましょうかそれも無くなります」
そうか、町を存続させることで、ただ気持ちの決着を付けたかったのだ。
しかもわたしがその選択をしないことも悟ったうえでの条件か、小賢しくもたくましい。
「承知した。
君は町を救った英雄となった。将来語られることが無いのが残念だ。
では、すぐにここを離れよう」
少し皮肉を混ぜて答えるのも許してくれるだろう。
そして、自体が大きくなる前に動かないと約束を果たせないかもしれないのは事実だ。
「ありがとうございます。
それと、命を救っていただきありがとうございました」
「律儀だな。
だが、これからは、わたしたちは家族と同じだ。
ゆっくりでいいが、もう少しくだけてくれて構わないからな」
「努力いたします」
「わたしはドラキュラ、この娘はチーさんだ」
「ヨーレイ様、あの……」
少し離れて見ていたチーさんが、ようやく声を発した。タイミングを待っていたのだろう。
「なんでしょう。
チーさん」
「昨日は、……助けてくれてありがとう」
チーさんは、微笑とともにお礼を言った。この感じであれば他者への抵抗感は大丈夫そうだ。
「助けられたのは俺のほうだよ。
君にもお礼を言いたい。
ありがとう」
「どう……いたしまして」
今度は頬を少し染めてうつむき加減での返事だった。
この町を離れてからしばらくして、ある噂を聞いた。
悪魔ドラキュラによって町が襲撃され騎士団が全滅するほどの被害が出たというものだ。
わたしの名については、チーさんが一度やつらの前で口にしていたのを覚えていたのだろう。
それでどうこうということはもちろん無い、勝手に噂に怯えればいい。
なお、これは後の話になるが、この件を利用して傀儡を使ってわたしの名を広げさせることにした。
そう、わたしには眷属以外に傀儡を作ることもできるのだ。
エルフ王の様に大規模な精神支配までとはいかないし能力の上昇は無いが、必要な人数は思い通りにできる。
名を広げる理由は、将来への布石だ。わたしが眠りについてからも恐怖の対象として勝手に浸透してもらう。
それにしても、どうしてこの様な事態に関わることになるのだろうか……。
場所を移動することと費やす時間の長さとともにそういう因果律が大きくなっているのかもしれないが、星の嫌がらせに感じるのは、向こうの神の存在を知るからなのだろう。
それから、チーさんとヨーレイとともに数年ほどまた世界を回った。
道中、仲睦まじい彼らを見ていると、我が娘を巻き込んでしまったことへの迷いを覚える。
彼女の本当の幸せは何だろうか?と。
それでも、星の住人と我が子どちらを選ぶかの答えは決まっている。
それが娘を含めた我ら家族の使命であり、それを拒む者はいないのだ。
そして今、最終目的の地、その日本に来た。とはいえ三度目の来訪だが、今回はこのまま定住する。
ここまでに見た土地の中には、世界樹の育成に見合う場所はいくつかあった。
特に日本という国は最適と言えるだろう、季節があるというのは我が世界に近い、精霊や妖精たちも喜びそうだ。
この国で、二条と出会うこととなるのだが、三百年後のその日までわたしは眠りに就くつもりだ。
我々にも寿命はある。
向こうでは世界の終わりの方が早いだけだ。
そして眠りは延命となる。
とはいえ延命は必要なものではない、ここまでは世界を回ることで必要な時間であったが、これから三百年もすることが無いのだ。
今にでも侵略を始めたいくらいだが、それでは我妻の想いを踏みにじってしまう、それは絶対にしたくない。
チーさんとヨーレイには、了承は得ている。もちろん眷属に拒否は無いが、当初の約束として本人も納得している。
その間、二人には傍らで守護してもらうが、それが可能な範囲で二人で好きにしてもらえればいい。
そのはずだった……。
しかし、
二百五十年が過ぎたころ、地球が牙を剥むいた。
わたしは目を覚ました。それほどの熱だった。
棺に似せた寝床はまだ炎をまとっている。
そして、同様に燃えるチーさんの姿があった。
チーさんは、わたしと目が合うとその場に倒れた。
焼けただれた体を抱きかかえると、すぐに回復処理を施す。
眷属の能力で自力での回復も可能だが、痛みの緩和や苦しむ時間の短縮をするのだ。
わたしを庇ってくれたのか、耐性・強度・回復力が数倍のわたしの体を盾と使ってよかったものを
「……ちぃの……役目ですから」
「黙っていろ。
回復するまでわたしの言葉にも返す必要は無い」
「……あの……ヨーさんが……」
チーさんは、泣きそうな声で訴えようとした。
「ヨーレイ? 彼は?……いや、チーさん今は話すな」
「……いえ、もう大丈夫です」
表情も通常に戻して答える。なんとか動くようになった手で涙を拭う。回復はさすがに速い。
「では、何があった?」
「まぶしい光、大きな音、すごく熱い風、よくわかりません。
でも、ヨーさんが棺とわたしを庇って、でも、いなくなっちゃった」
「何かの攻撃を受けたのか、なぜここに……。
チーさんはここに居なさい。少し外を見てくる」
燃え盛る辺りを見回すと、かろうじて残っていたヨーレイのものであろう指を見つけた。体が形を失って行く中で吹き飛ばされたのだろう。
そしてさらにその凄惨な世界の状況を目の当たりにした。
この国は戦争をしていたのだ。
もちろん恐ろしい兵器があることも聞いていた。
人同士にが争いが起こるのは、あえて本能であることとして理解できる。
しかしこれはだめだ、この様なことができる種族など……。
どうだエルフ王、これが地球人類だ。
この綺麗な星に居て良い訳が無い、滅ぼすに値するだろう?
やはり我らが、いな、優しい我が娘に管理統治させることが最善と確信した。
ああ、すぐにでも侵略をはじめたいくらいだよ。
二条が存在するまでは、それができないのがもどかしいぞ。
周囲の状況から、これ以上は無意味とその場を離れることにした。
すぐにチーさんの元に戻る。
「わたしはね、
友人を殺してまで、この世界を侵略に来たんだ。
それでも迷っていた。この星の人々も命は同じだとね。
わたしが守るべきものは決まっているというのに……」
「しんりゃく?」
「ああ。
我が世界は滅びが決まっていてね。
その前にこちらへ移住する準備をしに来たのさ。
条件に制約があって実行するのはまだ先の話ではあるがね」
「ちーも手伝います」
「この星に生まれた君には申し訳ないがそのつもりだ。
ただ、君はわたしの家族も同然だ。それはこの先も変わらない」
「ありがとうございます。
あの、ちーは今、怒っています。
どうしてヨーさんは消えないといけなかったのでしょうか。
将来敵となるからでしょうか?」
「そうだね、過去から未来まで含めてこの星の者達の総意が因果に影響しているのかもしれないな、わたしたちを排除しようとね」
「ちーにはよくわかりません」
「どんな凶悪な暴力や、たとえ人知の及ばない力に妨げられようと、それを越える我が力をもって目的を果たすまでだよ」
「御意」
わたしは、こんな恐ろしいことのできる悪党が生まれるのは、人が多すぎるからだと悟った。
人口がある程度居れば、当然、善とともに悪もそれなりに生まれてしまう。
そして、人口に比例して悪の数も増えるだろう、その中に悪の中の悪が生まれてしまうのだ。
であれば、ある程度の人数に制限してやればいい。
だから、時が来れば人類のほとんどを抹殺してやろう。
これから、ゆっくりとこの星の中枢を侵略していく。
やることは簡単だ、世界を監視し要となる者にめぼしを付けて傀儡とし、その者たちに世界を崩壊させればいいのだからな。
エルフ王には及ばないが、人心を操るなど造作も無い、この星の者は、魔力耐性もなく、精霊や妖精の加護も無いのだから。運よく妖精王の欠片を有していたとしてもこちらの優位でしかない。
この謀略を止められる者などこの世界には存在しない。無論あちらの世界にもな……。
そして時が来た。
なんの予兆もなく核兵器を一斉に撃たせた。日本のみが残る様にして。二条を送り出すまではそのくらいは仕方がないのだ。
放射能によって使えなくなる土地はいずれ世界樹をばらまけば回復するだろう。時間はたっぷりとある。
そして、”暫定”統治局を作り、アルグの僕となるAIロボットの開発などを進めた。
ここまでは簡単だった。
後は、アルグが門を開けてこちらへ来るだけだ。
だが、巫女の告げた運命にそれは触れられていない。それでもわたしはアルグを信じている。
彼女は必ず星の民を救うことだろう。
……母とは再会できたであろうか……。




