ドラキュラの侵略(中編)
最近思うことがある。
この世界にも神は居るのでは無いかと……。
世界の異物であるわたしを排除したい意思をかすかに感じてしまうのだ。
ただの長寿な運命が因果律に余計に加算されているに過ぎないのだろうが……。
旅の途中、小山の上にある廃城に立ち寄った。到着が朝方であったこともありその日の夜まで滞在することとした。
この廃城、屋根などの木造だった部分は全て朽ちて無くなっている。 そのため残っていたテラスの梁の下で瓦礫に腰かけて周囲の様子を眺めている。
周囲は瓦礫の一部が散らばった草むらで、さほど大きくない木がまばらに立っている。
それでも遠くに見える山々も含めて概ね緑色が心地よい。
「あそこに鳥の巣があるんだ。 頻繁に親が子に食事を与えている」
傍らにやってきたチーさんにわたしの視線の先にあると教える。
「寂しいのですか?」
チーさんが下から顔を覗き込む様に見上げて聞く。
「そうだね。 わたしは寂しがり屋では無いと思っている。でも、どうやら寂しい様だ。
残してきた家族を思い出すとね、そういう感情が湧いてくる。
だからチーさんが居てくれてよかったと思うよ」
「眷属は増やさないのですか?」
「チーさんがが見つけてくれれば作るよ」
「ちーがです?」
「ああ、そうしないとちーさんが寂しいかもしれない。
チーさんが決めた者なら、三人それぞれが想い合えるだろうからね」
「どうすれば見つけられるのでしょうか?」
「運命に任せるといい。
時間はまだたくさんあるのだから」
チーさんは、廃城から見えていた町へ食事の調達に来ていた。
買い物を済まし、帰路につこうとしたとき、背後に近寄る気配を感じた。
「君、可愛いね。俺たちと食事でもしないか?」
近づいた男たちの一人がチーさんに声をかける。
チーさんは無視して振り向きもせずそのまま歩いた。
「無視するなよ、俺は町長の息子なんだぜ」
男たちは素早くチーさんを取り囲んだ。
チーさんは仕方なく歩みを止めた。
チーさんはこの様な場合、抵抗ができない様だ。詳しくは聞いていないがそういうトラウマがあるのは出会いの際の事件からも想像できた。
「君たちは何をしている?」
後方から声をかけてきた別の声は鎧姿の男だった。腰には剣が携えてある。
「やべっ、騎士団だ」
「じゃぁ嬢ちゃんまたな」
男たちは、いそいそとその場を離れていった。
声をかけてくれた男は兜を外しながらチーさんに近づいた。
「君、大丈夫ですか?」
鎧男は優しい声を小声でチーさんに問いかける。
「……だい……じょうぶ……です。
……では……ありがとうございました」
チーさんは小さく会釈してその場を離れた。
「僕は騎士団のヨーレイ、困ったことがあれば訪ねてくるといい」
鎧男は、歩き去るチーさんを追うでもなく、その背に向けて自己紹介をしていた。
数分後、
チーさんは、廃城に戻るべく森の中木々に囲まれた道を進んでいる。 この道、すでに利用する者もいないのだろう、かなり荒れた状態だ。
木々の間を抜けて廃城が見えたところで「ふぅ」と一つため息をついた。
彼女の本来の移動スピードは楽に常人の数倍を出せるだろうが、人気の無い場所であっても常人レベルで行動する様教えられ、そのすべを身に着けていた。
しかし、今はその足取りが徐々に速くなっている。追跡者の気配を感じていたのだ。
速くなったといっても常人の急いでが基準は変わらない。追跡しているのが動物であれば気にするものでは無いが、人間と思われる以上仕方がない。
当然追跡者の速度も上がる。
チーさんは、このまま廃城に向かうべきか迷っていたが、他に方法が思いつかなかった。
そのまま両者の距離は詰まり、チーさんが廃城の崩れかけた門をくぐり敷地に入ったところで男たちはチーさんに襲い掛かった
ドラキュラの居るテラスの影は城の敷地の反対側だ。
チーさんは組み敷かれても抵抗をほとんどしなかった。
その衣服が雑に引き裂かれ、諦めたように瞳を閉じた時。
「お前たち止めないか」
先ほどの男ヨーレイが、チーさんに馬乗りになっていた男の首根っこを押さえ、そのまま引きはがした。
「うわ、なんであんたが」
「やっぱりそういう目的だったか、気になって追ってきて正解だった」
「いや、これはこいつが誘うから……」
「そういう状況にはとても見えない、それに、んっ?」
ヨーレイは視線を前方に向けた。
「何をしているのかね?」
この騒ぎにわたしは気づいてすぐに駆け付けた。
その場の者たち全員、いやチーさん以外が凍り付いた。息さえもできていないだろう。
「ドラキュラ様っ」
チーさんが、申し訳なさそうに名前を呼ぶ。
「下衆な者たちよ。
わたしの連れへの不埒、すぐに去れば無かったことにしよう。
だが、去らなければ、報いを受けていただく」
この様な者たちをあえて消す必要もない、だから言葉通りの意味だ。
どうせすぐにここを離れるのだから。
「申し訳……無い、……この者たちは……すぐに連れて……去ります」
ヨーレイがなんとか応じる。
その言葉の後、空気が緩んだ。
「ぐはっ、はぁはぁ」
「ぷへ~」
他の者たちは呼吸を再開するので精一杯だった。
「お前たち、立て、街に戻るぞ。
それから、詰め所で事情を聞かせてもらうからな」
ヨーレイにせかされながら全員その場を離れて行った。不埒者たちはそれでも口々に捨て台詞を吐きながらであった。
ヨーレイは皆が門を出たのを確認後振り返ってお辞儀をしてから不埒者どもの尻を叩きながら帰って行った。
「ドラキュラ様、申し訳ございません」
チーさんは、体を起こしてから詫びを言う。
「わたしも遅れてすまない。
大丈夫かい?」
自分の上着を脱いでチーさんにかける。
怪我の心配は不要だが、精神的なダメージは色々とあるだろうが、最も大きいのは主へ迷惑をかけたことかもしれない。
「はい、大丈夫です」
「予定通り今夜にもここを離れよう」
「はい」
その日の夜、綺麗な夜空には月も星も輝いてる。
風もそよぐ程度で生き物らの生活音を含めても静けさを感じる。
だからだろうか、迫る悪意の気配がはっきりと伝わってきた。
「チーさんは、ここで少し待っていてくれ。
少し出発が遅かった様だ」
「あの、わたしが参ります……いえ、わかりました」
「遠巻きに囲まれている。
話し合いの状況では既に無いのだろう。
だからわたしが行くよ。 わたしは、この場所をこれ以上荒されたくないのでな」
化け物はわたしだけでいい。
門の正面側は少人数だが戦士系統が居る。他は庶民だな。
「お待ちしております」
「あえて言う、ここを動くな」
念押しをしておく。
「御意」
数時間前、町の騎士団詰め所。
その会議室で、先ほどの不埒者達の尋問が行われていた。
場所が会議室となったのは、一人が町長の息子であり、町長が出席していたからだ。
「あんたも見ただろ? あれは化け物に違いない。
だから、あの娘を助けて上げる必要があるんだ」
町長の息子が声を荒らげながら説明する。既にチーさんを襲った件は、おとがめ無しが決まっている。
「わたしにはその者、好戦的では無くとても紳士に見えました。
しかし、確かに異常なほどの恐怖も覚えました」
ヨーレイが補足する。
「怪しき術を使うとも聞いたぞ、何者かはわからないが、この町にとっての災いとなるんじゃないかね」
町長が一方的な推論を加える。
「おそらく、関わらなければ去るのでは無いでしょうか?」
ヨーレイが意見を加える。
「様子見をしているうちに被害が出るかもしれん。
それに少女を助けるという目的もあるのだ」
「しかし……」
「ヨーレイ殿、君の意見はもういい。
騎士団長も異論は無いのだろ?」
「はい」
騎士団長は躊躇なく答えた。
城跡の周囲を取り囲んでいた者達は、皆が獲物を持っていたが、どれも武器では無く作業用の道具だった。それでも殺傷力という点では武器にさほど劣らないだろう。
それでも、庶民とはいえ百人はいた者たちが、瞬く間に倒されていった。
そして今、門から突入しようとしていた騎士団十人の前に立つ。
「こいつ、やはり化物だったか」
騎士団長が、剣を抜きながら言い放つ。
「君は昼に会ったな」
騎士団長の言葉は流し、やや後方に位置するヨーレイに向けて問う。
「あの少女を解放していただきたい」
ヨーレイが答える。
「大勢の犠牲で一人の少女を救うか……意味がわからんな」
「お前は町も襲うつもりだろう」
騎士団長が剣を正眼に構えなおした。
「なるほど、そういう解釈だったか、ならば犠牲も厭わない君たちの姿勢は評価せんでもない」
「偉そうな物言いを、化物めが。 全員、かかれっ」
騎士団長は、指示を出すと同時に動いた。
「この金属と言うのはやはりやっかいだな。
魔法力を無視する。
だが、それだけだ。
剣技のみで挑む君たちにはそもそも知見さえも無いだろうが、それが無くともわたしも剣の扱いは素人では無いのだよ」
手にしていた騎士団長の剣を地面に捨て、ことごとく体の部位を失い地に横たわる者たちに向けてあっけない終わりを告げる。
戦い、いや虐殺だったろうか、既にどうでもよい事実だ。
それを終え今チーさんの元へ戻ってきた。
「言いつけを守ってくれた褒美だ」
運んできた瀕死の状態のヨーレイを目の前に横たえながら伝える。
そう、チーさんに任せなかった理由の一つ、彼女が彼と対峙した場合、殺すしか選択肢が無かったからだ。
「昼の騎士様……あの……」
「この者だけを生かすわけにもいかないが……、
チーさんは、どうしたい?」
「わた……わたしは……、
……ドラキュラ様、彼を眷属にしてください」
チーさんは、迷いながらそう答えた。迷いは、わたしへの配慮だろう。
「わかった。 では、眷属としたうえで彼にも選択させよう」
結果的にも誘導尋問の様な問答だったが、チーさん自身の結論ありきでもあったろう。
「あの、この人を助けてください。お願いいたします」
「本人次第だよ」
「はい」
チーさんは、ヨーレイの手をとりながら祈るように答えた。




