あんたの仕事はドラゴン探しでしょ
「君はタレンさんかな?」
男は、王の亡骸のとなりで怯えているうさぎ族の娘に問いかける。
「いや、来ないで……」
前の部屋の騒動と、この部屋で起こった事実から、男を殺し屋的に思ったのだろう。
ベッドの上をそのまま後ずさりする。
「あ、ええと、助けに来た」
男は、事情を伝えてみる。
「王様?、どちらに?」
王とは、どういう関係か現段階では不明だが、嫌な相手でも殺し屋よりはましなのかもしれない。
「目かな?」
「見えないのでしょうな」
答えたのはZ1だ。 うさぎ族の娘の目は開いているが、その所作から視力が無いのが想像できる。
「タレンさん、聞いてくれ。
クロピとミイハネに頼まれて、あんたを助けに来た」
タレン本人かはまだ未確定だが、兄妹の名前を出す。
「え?」
反応ありだ。
「クロピとミイハネが待っている、一緒に帰ろう」
「二人をご存じなのですか?
あの子たちは大丈夫でしょうか?」
早口で質問を返しつつ手探りをしながら前に這ってくる。
「二人は大丈夫だ、ちゃんと飯も食ってる。
俺は殺し屋だが、あの子たちの味方だ」
タレンの動きが止まる。殺し屋と伝えたのは恐らく関係無さそうだ。
「……では、姉は居なかったとお伝えください」
タレンは、ようやく手に触れた枕を抱き上げ体を隠しながら冷静な口調で告げた。
「ん? ああ、そういう……。
なぁ、ここでの事は無かった事にできないか?
もう、王も死んだ。 それにたぶんこの国の人間は居なくなる。
第七王女がこの国に来ている。 あいつが処分してくれる」
「どういうことでしょうか?」
「辛い思いをしたと思うが、こんなくそみたいな王の為に人生棒に振るなよ。
それに、あの子達はまだ小さい。けっこうしっかりしてるけどな」
そう伝えてから男はタレンの手を握る。
「……わかりました」
承諾の言葉を聞いてから繋いだ手を引いて立たせる。
「こっちを使おうぜ」
豪華なベッドのシーツをサイズ調整してから穴を開けるとタレンの首に掛けた。
「ありがとうございます」
タレンは、お礼を言ってから持っていた枕を置く。
「第七王女が来てるようです」
Z1が報告する。
「確かに外が少し騒がしいな、そして、こっちに衛兵が全く来ない。
フィニには悪かったが、うまく時間稼ぎできたな、七姫をここまで押さえたなら優秀だ」
フィニでは七姫を押さえられないのは想像が付く、そして、あまり早く来られても事を運べなかった。
「それにしても、マスターは容赦なく殺しますね」
Z1が、急に男を評する。
「ほんとはさらに嬉々として殺したいんだがな。
害を受けた者達の痛みを味わわせてやりたいしな、だが本人からすれば死という最も重たい罰を受けるんだ、命の重さに免じてそこは我慢してる。
……似た様な事、フィニに言われたよ、俺は俺を理解していないと……。
確かに怒ると我を忘れるのかもしれんが……、
いや、事実であったとしてもそんなのはどうでもいい。
言葉よりも、あの必死さに、いや、あの顔に、あの瞳には、俺は勝てないよ。
俺の為に言うんだぜ、偽善の人殺しがどの面下げて、あの真摯さに向かい合えばいいんだろ?
だからかもしれない、今日はほんのちょっと機嫌が悪かったかもな」
Z1に答える内容では無かったかもしれないが、何か言葉にしたかったのだ。
タレンは男に手渡された紐でシーツを腰の辺りで結ぶ。
男はその準備を待ってから、タレンの手を引いて部屋を出た。
惨劇の広間に出ると、うさぎ族の娘たちは一人も居なかった。いや、檻の中に居た。おそらく全員。
「あら? 逃げてると思ったが」
「逃げた事がわかったら、何をされるかわからないですし、家にも戻れませんから」
タレンが察して教えてくれた。
「俺の判断は間違って無かった様だ」
そこまで追いつめる悪者だったと勝手に確信する。
男が、そのまま檻の方へ近づいて行くと、一人だけ外に出て来た。そして聞く。
「あの、これは、どういうことでしょうか?」
佇まいが上品だ。 格好は肌色多めだ。
「この状況で信じ難いだろうけど、君達を解放しに来た」
「王も亡くなられたのでしょうか?」
「ああ。
できれば俺を信じて一緒にここを出てくれないか?」
「……」
返事は即答されない。さらわれた者だけでなく、売られた者、借金のカタにされた者など事情が様々なのだろう。
「事情はいろいろあるだろうが、全て第七王女様が解決してくれる。
今、外に来ている」
「どうして、そんな……」
絶望しあきらめきっていたためだろうか、それに唐突過ぎる内容に困惑しているのだろう。
「じゃ、まずは君だけでも来てくれないか?」
「わかり……ました」
「あ、ちょっと待ってね。
そういえば、皆さんは目が見えます?」
「はい、大丈夫です。
さっき、一時的に見えなくなりましたが、今は見えます。
そちらの方は、薬で見えなくされているのでしょう。 皆最初はそうされました」
「そうか、あいつもっかい殺して来たくなった。
ああ、そうだった。 俺はジョニー、君は? 名前で無くてもいいよ」
男は会話をしながら、亡骸を広間の端の一か所に寄せていった。五人まとまったところで手近のベッドからシーツなどを剥いで亡骸に掛けた。さらにソファを移動して檻の方から見えない様にした。
「メリアラです」
「よし、じゃメリアラ、行こうか」
メリアラにもタレンにわたした様な加工したシーツを渡す。
「ありがとう……ございます」
メリアラは、お礼を口にしながら、急に涙を流す。
少し、救われたことを実感したのかもしれない。
「泣いてていいぞ」
男はそう告げると二人の手を引いて歩き出す。
男が広間で作業をしている頃、確かに城の外が騒がしくなっていた。
七姫達が、馬車で城の敷地まで入って来たのだ。
既に、フィニだけを馬車の中に残して七姫を守る様に配置を取っている。フィニは、人間相手には様子見だ。
「王に合わせなさい」
七姫が言う。
「今、王はお休み中ですので、中でしばらくお待ちください」
出迎えた大臣級だろう人間が、困った様に中へ誘導する。
今、王が何をしているか知って居る事もあるだろうが、突然王族が来たとなれば焦りもする。
その時、セリアンにZ1が近づいた。 先に移動してきたのだ。
「俺だ。 この場に、今出られる官僚を集めてもらってくれ。
王に会う前に話があると」
「あ、はい。
姫様っ、ええと」
「セリアン、何?」
先に中へ向かおうとした七姫が振り返る。
城の入口の外、七姫の前に、人間たちが並んで控えていた。
「王は俺が殺した。
誘拐他もろもろの罪でな、で、あんたらも同罪だ。
この人たちを見て、申し開きができるかい?」
男が城から二人を連れて出て来て言う。
すぐに衛兵たちが、剣を構えて男を囲む。ここの衛兵は全員うさぎ族だ。
「は?」
疑問符を返したのは七姫だ。
「ええと、人さらい他もろもろの罪なんだよ」
「あなた達、そうなの? 正直に言いなさい」
七姫は、眼前の者達へ問う。
「本当なら、あんたらの首も落とさせてもらうとこだが、ここは第七王女様に免じて、ちゃんと審議してもらえってことだ。
後、衛兵さん達は剣を納めな、忠心はわからなくも無いが、もうわかってるだろ?」
男が補足する。
衛兵たちは、一人また一人と剣を鞘に納めた。
「で、どうなのです?」
七姫が、あらためて問う。
「姫様、尋問は別途あらためてとしましょう」
セリアンの助言だ。
「はっ、そうね」
この国に来た真の目的がある。
「あなた達は、全員、一旦牢に入れさせていただきます。
申し開きがあるものは、審議官が到着後にしてください」
セリアンが七姫に代わって説明する。
「衛兵さん達、お願いできるかしら」
七姫が、周囲のうさぎ族の衛兵へと指示する。
実際うさぎ族にも共犯が居るかもしれないが、今は時間が無いのだ。
「後、上の大広間に、掴まってる人達と死体が五つあるので、対処をお願いしたい。
メリアラさん、案内と指示をお願いできる?」
「わかりました。 お引き受けします。 皆待っていますので」
「ありがとう」
「タレンさんは一緒に家に帰ろう」
「お願いいたします。 あの……いろいろ申し訳ありません」
男はタレンの返事をもらってから手を引いて馬車へ向かう。
「フィニは連れて行くからね。
ロイとミラナさんは馬車の見張りをお願い。 ロイはできれば休憩優先でね」
「了解しました。 ここで待てばよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな。 姫さん達もすぐには動けんだろうから、ここでいいかな」
「御意」
ロイは返事を返すと先に走って馬車に向かった。
男はタレンの歩みに合わせる様にゆっくりと歩いて向かう。
「待って」
七姫が男を呼び止めた。
「何かな?」
「普通、わたしがこっちじゃない?
あんたは、ちゃんとドラゴン探しの方やりなさいよ、そっちが仕事でしょ」
「急いでたんだよ」
「事の重さはあなたが一番理解してるのでしょう?」
セリアンも攻め手に加わった。
「で、そのどや顔で俺を責めるって事は収穫があったってことかな?」
男も、負けそうになったからでもなく、要点をつく。
「ふふん、もちろんよ」
「教えてくれないか」
「先週、マングローブの森の先にある平地で見かけたって人が居たわ」
「おお、ほんとに居るのか、さすがだお姫様」
「もっと誉めて」
「じゃ、とりあえず、俺はこの人の家に行ってくる。
どのみち、行くのは朝になってからだ」
「ぐぬぬ。 わかったわよ、早く行きなさい」
七姫は、しっしっと手で合図してから、セリアンとともに城の中へ入って行った。
「はいはい、この娘送ったら、今の俺の本当の仕事に行きますよ」
男は、七姫の背中に向けてうそぶく様に返した。




