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ドラキュラの陰謀  作者: 安田座
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エルフの村


 男がエルフのポラに連れて来られたのは、本人の住む村の様だ。

 一時間ほど山道を歩かされたが、道はそんなに険しくも難しくもなかった。

 土の地面には、馬車なども通るのか轍が少しできてはいたが整備はそれなりにされていて歩きやすく、道程も分かれ道を三度曲がっただけだ。 その分かれ道の一つは、大きな街に行けるとも教えられた。 いずれ、そこへ向かう事になると男も考えただろう。

 村の中は、木造というか丸木の家、ある意味リゾートにありそうなウッドハウスに見えなくも無い。

 地面も道と同じく土で、途中から家屋が増え始め、気付くと、いつの間にか村に入っていた様だ。

 そして、村の中でさえ電信柱も信号機も無い、当然車も走って無いし自転車さえ見て居ない。

 機械どころか金属類がやはり見当たらない。その代わりなのだろうか、宝石の輝きがそこら中に見える。

 ウッドハウスに小さいが点々とたくさんの輝きが見えているのは、釘としても宝石を使っているのだろうか、その状況は想像の外だ。

 魔除けの様に家々の入り口付近にある置物も木彫りに宝石がちりばめられている。

 もちろん、この村が最先端では無いだろうし、元の世界にだって文明を利用しない部族は居た。

 だが、この世界の文明レベルがなんとなく見えてはくる。

 そして、その様な部分などどうでも良くなるほどに、村の民であるエルフ達の美しさはすばらしいと男は考えたことだろう。

 この村は、それなりに大きい様で、家の数が増えてからもしばらく歩いた。途中、ポラが知り合いらしいエルフ達に声を掛けられていたが、男連れをからかわれていそうな事をポラが答える内容から察していた。

 そう、他のエルフの言葉はやはり判らなかった。 指輪の効力は、対になるもしくは同種の指輪をした者だけなのだろうと想定できる。

「ここじゃ」

 ポラが案内してくれた場所は、他の家より少しだけ大きめだが、構造自体は変わらない造りで、広さは六畳二間ほどだ。

「もしかして、あんたの家?」

「ああ、そうじゃ」

「ほんとにいいの?」

「かまわぬ。 今、一人住まいじゃし、気にするな」

 ”気にするな”と男が”気にする”ことを言い放つ。

「そ、そうか」

 どもり気味に答えたのは、返事の内容に拍子抜けしたからで、だからと言ってどうこうしようと考えた訳ではない。

「晩御飯を用意してこよう。 貴様は中で休んでてかまわんぞ」

 鍵など掛かっていないのだろう、ポラは中まで案内せずにどこかへ向かって行った。

「ま、いいか」

 男は、仕方ないなぁという雰囲気を作りつつ中へ入った。

 中は、テーブル、椅子、箪笥、そしてベッドがひとつづつ配置されていた。

 窓には木枠はあるが、ガラスは入っていない。カーテンも無い。丸見えだ。後で聞いたが、魔法で風雨は防いでいるらしい。

 風呂やキッチン、トイレも無い、そのへんはキャンプ場の様に共同なのだろうと想像した。

 男はとりあえず椅子に座りスマホを取り出す。

「圏外……だよね。普段使わない分こういうときに役立って欲しいのにな。 しかし、これじゃ報告もできん。 無駄に捜索されてると思うと申し訳ないなぁ。 そして、あいつら、生きていたならちゃんと罪を償えよ。 俺の心配する事でも無いが……向こうに残った部分の方が多いはずだし」

 ふと、一緒に来た体の部分の持ち主、自分へ敵対していたであろう者達の安否などを口にした。

「帰れるのかな。

 気付いた時、辺りには誰も居なかった。

 召喚とかなら、自分が招かれた意味があるだろう、それを解決すれば帰れるのかもしれない。

 だけど、自然現象だとしたら、現象自体の謎を解かないといけない。

 どっちも望み薄な気がしてきた」

 不安を自然に口にしていると扉が開いた。

「待たせたの」

 ポラは、サラダボールの様な木の器二つとコップを一つ載せたトレイを持っていた。

「おかえり」

 言葉をかえした男を見ながらテーブルに置く。

「あぁ、そのまま座っててよい」

 ポラは、少しテーブルをずらしてベッドに寄せてからベッドに座る。

 男は、椅子をその分ずらしてテーブルで向かい合う。

「召し上がれ」

 そう言いながら、なんと箸を渡す。

 サラダボールの中には、野菜と木の実をご飯に混ぜた様な料理が入っていた。

「肉類はこの村には無いのじゃ、すまぬな」

 言いながらコップに水を注ぐ。 自分のコップは棚から出していた。

「いや十分だ、ありがた過ぎて言葉もない」

「見た目だけじゃなく、中身も変わったやつじゃの」

「でも、いいのか? 俺みたいな得体の知れないやつを村どころか家にまで入れて」

「ああ、かまわぬ。 最初のやりとりでおおよその人物像は掴めた」

「え?」

「伊達に長く生きておらぬのでな」

「長く?」

「もう数えておらぬが、三千年は越えておるかの。 この村でも一番古い」

「さ、三千歳?」

「いや、千を超えるより前に気にしなくなったから実際は知らん。 ああ、人族にはピンとこないであろうな」

「どう見ても俺より年下、十代前半でも信じよう」

「わしは成長が止まるのが早かったのじゃ」

 お世辞と取らないのは自覚があるからだろう。

「ほう」

「さて、もう寝るかの?」

「え、風呂は? 共同のやつとかがあるんじゃ?」

「ここに風呂は無い」

「ここって、この家にじゃなくて、村に無いってこと?」

 どう見てもこの家に風呂は無い。

「作業で汚れたところは水で流す場合もあるが水浴びもここではせん。 人間の街に行けば、しかたがないがの」

「ほう?

 そして、トイレは?」

 どう見てもこの家にトイレは無い。

「ああ、人間は排泄が基本じゃったの」

「基本?」

「急ぐならどっかで隠れてして来い」

「え?」

「あんた達は、どうしてるの?」

 女性に聞く話では無いが疑問の方が強いのだろう。

「わしらには不要じゃ。 では、急を要せぬのであれば、とりあえず行くかの」

「行くって?」

「寝床じゃ」

「ああ、確かにここに二人は無理だよね」

「そういうことでは無いのじゃが」

 そう言いながら、ポラは男の手を引いて外に出る。

 そのまま、村の中を歩くと大きなドーム状の建物に着いた。

 ここまでに見た家と思しき建物とはスケールが全く違う。ドーム球場くらいの大きさだ。 木造とかでなく、葉っぱやツタとか、緑色の植物がたくさん集まってる様に見える。

 中に入ると、観客席があるわけでもなく、中央に大きな木が一本天井まで伸びて天井を支えているだけだった。

 床というより地面は、芝生の様な草で覆われている。

 そして、そこに大勢のエルフがところどころに寝転がっていた。

「もう、皆寝ておる。 静かにせいよ」

「ええと、ここで寝るのね」

「そうじゃ、この村では、皆一緒に寝る。

 寝てる間に世界樹の妖精が、外の汚れだけでなく排泄物や老廃物も体の中から持って行ってくれる。

 だから、トイレも風呂も必要無い。

 疲労も傷も治してくれる」

「便利だな」

 この状況を見せられれば納得するしか無かっただろう。

「こっちへ来るのじゃ」

 ポラが、中央の木の根元まで手を引いて案内する。

 その辺りには、他の者は居なかった。

「族長の寝床だ」

「あんた、族長なの?」

 確かに最年長だと言っていた。

「そうじゃ。 ここに横になれ」

「ああ」

 男は指示されるがままに横になった。

 ポラは寄り添う様に横になると、男を抱く様に腕を首の下から通して体を密着させた。

「え、な、なにを……寝床にあんたは付かないって」

「やはり、人の男は、エルフ相手でも一応そういう想像をするのじゃのう。 まあ、説明してやろう。 人間もな、こうすれば対象にしてくれるのじゃ」

 世界樹の妖精がお世話をしてくれるのだろう。

「信じよう。 でも、もしもトイレに起きたらごめんな」

「すぐに眠りに落ちて、気付けば朝だとおもうぞよ」

「信じるよ。 どのみち疲れたし」

「あと、いろいろ触ってもよいが離れないことじゃ」

「だから、そっちの話はしないでくれ、眠れなくなる」

 三千歳のババァという言葉が浮かぶ場面では無いだろうが、今寄り添う乙女の体はやはり十代のそれである。複雑である。

「三千歳のババァじゃしの。 人間は、面白い……のぉ……」

 自虐なのか、自慢なのか、若者をからかうのはそういう年齢ではあるのだろう。

 そう話していると、二人ともすぐに眠りに落ちていた。

 男は、眠りに落ちる直前、ポラとは反対側に、別な柔らかく温かい感触と心地よい香りを感じた。



「……ど、よろしいのですか?」

「問題無いのじゃ」

 ポラ、もとい族長を含めたエルフ達数人が男の周りを囲んで話をしている。

 大勢居た他のエルフ達は既にドーム内からは居なくなっている。

 声が聞こえたのか男は目覚めた様だ。 だが、すぐに目を開けないのは周囲が少し騒がしいので、様子見だろうか。

「それにしても、族長が人間の男を連れ込むなんて」

「ほほほ、そうじゃの、普通の人間ならエルフのおなごにこうはならんじゃろ」

 ある部分を指さしていた。

「いえ、おそらく……」

 エルフの一人が、あえて正そうとした時。

「ほっとけ、朝は、仕方ないんだよ」

 男は、起きる事にした様だ。 族長の言葉から内容を推察し、さすがに会話を終わらせたくなったと思われる。

「ん? 起きたか。 ……朝は?」

 族長のにやり顔がはまりすぎるのは、年相応では無い証拠だろうか。もちろん意味を理解してだ。

「だから、ほっといてくれ」

 いや、族長は関係なく、たぶん別の……。

「※#$%$」

 男の言葉が通じていないだろう周囲のエルフ達が皆同じ言葉を発した。

 おそらく朝の挨拶だろう。 だから、男も答える。通じないのはお互い様だ。

「あ、おはようございます」

「グッドモーニング」

 なぜか、族長の返事はカタカナ英語で聞こえていた。

「はぁ……しかし、ほんとになんかすっきりしてるぞ……いや、そっちのすっきりじゃねぇ」

 族長達のやりとりへの溜息、この場所で寝た結果についての感想、そして何か言おうとした族長への先のツッコミ。

「さて、朝食にしようと思うが、いかがじゃの?」

「ああ、ぜひお願いする」

 そのまま、族長宅へと戻り、直ぐに朝食が準備された。昨日の夜と同じ一品のみの献立だ。

 ここでは、時節によっては食材が少し変わるが基本的に朝昼晩同じで、神事の時のみ別な物になると説明を受けた。

 男は、誕生日は神事に入るか聞いてみようと思ったが、そもそも桁違いの年齢の者には意味があるのかわからずにやめることにした。


 間もなく朝食を終えると、男は早速出かけることにした。

 美しい自然に囲まれ、美しい人々が住む、この理想の地を離れる事に後ろ髪をひかれながらも、まだまだ事態が呑み込めずに多少の焦りがあるのも事実、とにかく昨日教えてもらった大きめの街、人間の居る場所へ向かいたいのだ。

「わしも連れて行け、いや、逆じゃの、連れて行ってやろう」

 男の気持ちを察したのだろうか、族長が提案をする。

「お、おお、いいのか?」

「任せておけ」

「もしかして、族長って暇なのか?」

「ばかを言え、スーパー忙しいぞ」

「なんだそりゃ」

「事実、わしも用事があるのじゃ。 だから、別に一緒で無くても街へは行く、付いて来たければ好きにすればいい」

「そうか、じゃ、行ってらっしゃい」

「では、お先に失礼じゃ」

 族長は、ちょっと嫌味っぽく答えるとどかどかと歩き出す。

「お~い」

「どうかしたかえ?」

 振り返った顔は、思いっきりのしたり顔だ。

「冗談だ。 連れて行ってください」

 実際、知識ゼロで乗り込むリスクをあえて犯す必要は無い。 頼らせてもらうのが常套だろう。

「うむ」

 同行を改めて許され、男は横に並んで歩いた。

 男は、並び立つとあらためて実感していた。 その同行者の身長は、とても低く、顔もかなり若い、男から見れば子供と言ってもいい、だが、三千歳が真実かは不明だがエルフという妙に偉そうなイメージの種族であること、見ず知らずの男に物おじしない態度、何よりも族長という肩書は、存在感を大きく頼れる者に感じさせているのだ。

 二人は、昨日通った道をそのままただ道なりに戻る様に進む、すれ違う人も無く、そして昨日教えられた分かれ道まで来た。そこを街の方へと曲がった。

 それ以降は、合流してくる道が幾つかありその度に人の姿を見かける数が増えた。

 人々の衣服は昔の西洋風と言った感じだが、不似合いに見える宝石の輝きが目立って見えた。

「ほんとに人が居た」

 この際、恰好はどうでもよく、一見はやはり重い。逆に自分の方が異端であることも承知してなおだろう。

「信じておらんかったのかえ?」

「いや、実感ってやつだ。 一歩前進」

「わしのおかげじゃろ」

「あ、ああ、そうだな」

 特に恩を感じる部分では無いはずだが、適当に合わせて答えていた。



 エルフの村を出てから小一時間ほど歩いたころ、目的地である街の入り口に到着する。

 街へ向かう道中は、エルフの村へ赴いた時と同じ土の道であったが、そのただの道もあらためて周囲を見るとその自然の美しさに感動を覚え、昨日はそんな余裕も無かったのだと男は感じていた。

 そして、急に石畳となり、すぐに街だった。

「おお、ほんとに街だ」

 直近の目的は果たしたが、男には気になる事象が発生していた。 昼に近づいているはずなのに、あまり明るく感じられないのだ。

 腕時計は、今は午後二時を示している。 自動調整が働かないのは仕方がないが確かに昨日から表示は進んでいる。

 昨日、この世界に来た際は、その後の夕食のタイミングから、そこまで明るさは気にしていなかった。

 だが、既に翌日の時間なのだ。

「太陽ってあんなに小さかったかな、ん~白夜……か?」

 なんとなく口にした言葉は、この世界には無いのだろう。

「びゃくや?」

 聞き返された。

「あ、独り言だったが、せっかくだから教えてくれ」

「何をじゃ? びゃくやは初めて聞いたがの」

「ああ。 この世界、時間はあるよな?」

「もちろんじゃ」

「今、何時?」

「はて」

「知らない?」

「いや、だいたいならわかるぞ、そろそろお昼じゃ、次のお日様がもうすぐ出て来る」

「腹時計かよ……え、次?」

 そう笑いながら馬鹿にするように応じる途中で、聞きなれない表現に気付き族長の指さす方に視線を向ける。

「失礼なやつじゃ。 時間はわかる場所に行かないとわからんのじゃ」

「ああ、そういうことね」

 確かに、遠くの山々の景色に太陽の昇りそうな気配が見える。 この世界には太陽が二つあるのか。

「街の広場にあるやつを後で教えてやろう」

「おお、助かる」

「やはり、人間はめんどくさいのぉ。 時間など、大自然と共に暮らしておれば気にせんでもなんとでもなる」

「そうだな」

 納得した言葉は、この世界の文明レベルの低さに対してよりも、憧れに近い感情が籠っていた。

「ほら出るぞ」

 ポラは、いつものことだろう事象を、さぞかしすごいことの様に自慢げに告げた。

「おお~……って、ちっさ」

 釣られて感動しつつも、見えたものは先に空にあって小さく感じた太陽よりもさらに小さかったのだ。 だが、頭上に既に太陽が存在するとはいえ、現れた新たな日差しは、直視できるほどの明るさで少し赤く丸い形もはっきり見える。これは見たことの無い自然として確かに美しいと思えた。

「失礼なやつじゃ。 お日様には感謝しかないじゃろうに」

「あ、ああ、確かにな。 もしかして、これ以上明るくならない?」

「何が言いたいのかわからんが、時期が来れば三つめのも出るから、もう少しは明るくなるかの」

「ふむ」

 昨日は特に確認しなかったが、その時、タイミング的に空にあったのはこの小さいほうの太陽のみだったのだろう。

 男は、元の世界を基準にすると日中も少し薄暗いのだと認識した。

 それでも、気温がそれほど低くないのは、そういう気候と納得しておく。


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