疑惑
魔法剣士の言葉は、ついさっきまでの男の命に関わる話など無かったかの様に、非常事態を感じさせる声音であった。
男の少しにやけていた顔も真顔に変わっていく。
魔法剣士は、続けてその理由を付け加えた。
「第五王妃城が、襲撃された」
「なんだと?」
男は、聞き間違いと思いたいかの様に聞き返す。
「えっ?」
七姫は、当然驚きを隠せない。 言葉の意味をすぐには理解できていなかったのかもしれない。
「どうして……」
フィニは、続ける言葉を失った。
「お行きください」
第六王妃は、冷静に魔法剣士へ願いを返す。
「第六王妃様、近衛隊が間もなくお迎えに到着すると思います。
それまでは、わたしがここを守護いたします」
「では、事態の説明をお願いできますか?」
「はい。
城を襲撃したのは二名。 一人は闘技会登録者で一回戦の不戦敗者、もう一人は不明です。
かなりの強者であった様で、正面から乗り込み近衛含めほぼ全滅にされており、第四城の部隊がかけつけ突入したそうですが、そちらも応答無いそうです。
そして、現在、城内にて、第四王女様と第五王女様が人質とされているとのこと」
「全滅……ですか……」
第六王妃はめまいを起こした様にしゃがみ込む。
「第五王妃様は不在であったため無事、第四王女は、第五王女の元へ訪問されていた様です」
「……要求は何になりますでしょうか?」
第六王妃が聞く。
「まだございません」
連絡に来ている王国兵が補足する。
「そうですか」
「闘技会の日の七姫誘拐の顛末は聞いています。
その際、バンパイアとの戦闘に割って入った者が居た。その者は、霧をあやつるなどバンパイアとは別の者と思われた。
だが、苦戦のバンパイアを救いに出てきたと想定すると、あまり手ゴマはいないとも想定していました。
そして、闘技会不戦敗者は、登録時に確認された情報では、魔法が得意なものでは無かったとのことだ。
つまり、二名がその中の者であるとは断定できないが、少なくとももう一体どこかに潜んでいる。
さらに、それ以上の数であれば、他の城も同様の襲撃の可能性がある。
ゆえに、他の城からの応援は来ない」
魔法剣士は、現状を想定して説明した。
「それで、あんたに依頼か」
魔法剣士は、王国所属では無いのだ。
「バンパイアが関係している可能性もあるからな」
「俺も行く、手伝わせてくれ」
「いや、今回はわたしだけでいい。
気になる事がある。 お前には、それを確認してきて欲しい」
「それは大事な事なのか?」
「わたしにとっては、今もっとも大事な事だ」
「そうか、どこへ行けばいいんだ?」
「エルフの村に族長が居るかを見てきて欲しい」
「なんで?」
「霧の発生など、ハイレベルな妖精の技だ。
可能なのは、わたしの知る中では、母上くらいしか思い当たらない。
だが、あの人がその様な事をするはずが無い」
「なん……だと」
「村に居ると信じているが、確証が欲しいんだ。
もし、先日の霧が母上の仕業なら、今日の件、動きを見せないはずは無い」
「なら、フィニだけでもいいんじゃ?」
「事態が全く掴めてい無い。
それゆえに一人では危険だ」
「まさか、エルフ全体を疑っているのか?」
「そうなるだろう、族長だからな」
「わかった。俺は族長を信じてるからこそ行ってくる。
そしてすぐに戻ってくるよ」
「巻き込んですまないが、よろしく頼む」
「じゃ、もう行くよ。
王妃さん、俺は俺の正義を貫くよ。それが、王国の意図に反するなら、それはたぶん俺の正義の方が間違った時なのだろう、その時にそれを教えて欲しい」
「わかりました、自信があるのですね。
そして、あなたの力、使いどころは近いのかもしれません。 お願いします……」
第六王妃の不安気な顔は、男がもしもその力を見せた時、王国がどう動くのかに対してだ。
「わかっている」
「あの、今言うことでは無いのですけど……」
ずっとだまっていた七姫が小さく手を上げて男に話すことの許可を求めた。
「どうした? お前は、迎えが来たら一緒に行けよ」
男が応える。
「ええ。 話したいのは、わたしがあなたに闘技会へ出てもらった理由です」
「手短に聞こうか」
「占い師に相談したんです。
そしたら、闘技会に参加しなさいと言われました」
「え?」
「だから、理由は無かったんです」
「うん?」
「でも、闘技会に関わる様になって、母が……からんできた。
母は、ずっと生きる目的も希望も無さそうにただ私たちを見ているだけの……そんな母が変わったんです。
闘技会場であなたが出ている時やその後など、近くで見ているお姉さまが驚いていました。
それを聞いた時、闘技会に出る目的がそれだったのだと気付きました」
「なるほど、納得だ。 でも、なぜそれを今?」
「わたしも族長様を信じています。
うまく言えないですけど、そんな小さな個人の幸せを作るきっかけをくれた方です」
「ああ、そうだな。 絶対に居るさ」
「はい」
「じゃ、今度こそ行く……」
「待て、もう一つあった」
出口へ向かおうとした男を魔法剣士が呼び止める。
「なんだよ、急ぎたいのに」
「お前、神に会え。 神に判断してもらい証を立てろ、それなら良いでしょう?」
男に、さっきの話の続きとしての提案である。 そして、第六王妃への提案でもある。
第六王妃が頷く。
「認めてもらえる自信無いなぁ。 前に馬鹿扱いしたの聞かれてそうだし、実際思ってるし」
男は、魔法剣士の言葉を疑っている訳では無いが、神という存在に対する実感が無いのだ。
「では、行ってくれ。 頼む」
「ああ、お任せだ。
フィニっ、行こう」
「はい、マスター」
答えたフィニは、いつもの衣装になり、男の装備を手にして待っていた。
二人は、急いで駆け出して行く。
しばらくして、王妃達を迎えに兵士たちが来ると、魔法剣士は即座に馬を駆った。
二人がエルフの村に着くと、様子がおかしいとフィニが言う。
誰一人も見当たらないのもある。
「これは結界です」
「ほう?」
「恐らく魔力防御を中和するものだと思われます」
「なんで? もしかして、戦いになっているってことか?」
「わかりません。 もしかすると既に……」
「結界が生きてるってことは、とりあえず希望はあるよな?」
「そうですね」
二人は警戒しつつ急いだ。 そして、里の中へ進むにつれ、喧騒が聞こえてきた。
「戦っている? まさか、王国軍が先に動いていた?」
族長が居るかを確認しにきた目的からは、想定できるのはそれくらいだろう。
喧騒の場が近づいたところで見えた。 族長らしき影が見えた。
「族長だ」
二人は、走って近づく。
「何をしにきた?」
オーレルが目の前に現れて制止する。
「姉様」
「何が起こっている?」
男が尋ねる。
「お前たちは、ここから離れなさい。 村は我々でなんとかする」
オーレルが、必死の形相で説得する。
「いや、お前が二人を連れて逃げろ」
そう指示をする声を皆知っている。
「「「族長っ」」」
三人同時だ。
「若い者達は既に逃がした。 お前達も行け。
奴の目的はこの地にある。 逃げた者を追う事はしないだろう」
「奴? 目的?」
男は、疑問符を返す。 事態が全く把握できない。 それでも予想とは違っていることだけは分かっていた。
「知らなくていい。急げ」
族長も、いつにない必死の形相だ。
「逃げる奴はとっとと行け、追いはしない。 面倒が減る」
今度は、男の知らない声が重たく響く。若い女性と思われるが、ただ重く感じるのだ。




