来訪者②(第六王妃)
扉から入って来たのは七姫だ。
「準優勝おめでとう、そしてありがとう~……あっ」
大声で賞賛とお礼を叫び、先客に気付いて固まる。
「姫様、こんにちは、ご機嫌麗しゅう」
魔法剣士が棒読みで応じる。
「あ、こんにちは」
七姫は、てへっと返す。
「どうした?」
男は、魔法剣士との深刻な話を覚られないようにか普通を装って聞いた。
「わたしの用はもう済んじゃった」
ただ、最初の言葉を伝えたかったのだ。
「そ、そうか、じゃ、またな」
魔法剣士との会話は、まだ済んでいない。
「でもね、わたしじゃ無い人の用がね。 でも、忙しそうだし……」
七姫は、申し訳なさそうにしぶしぶと歯切れが悪い。
「第六王妃が来られているのか?」
魔法剣士は気配を感じたのだろう。
ゆっくりと扉が開いた。 付き人が入って来て、扉が閉まらないように押さえる。
「こんにちは」
第六王妃はゆっくりと入り、普通に挨拶をした。
「……えっと、こんにちは」
男の脳裏には、先ほどの魔法剣士に聞いた内容が一瞬でよみがえっていた。
「お話があります。 よろしいですか?」
第六王妃は、単刀直入に言う。その七姫よりも幼い姿にも威厳を感じるのは立場ゆえか。 後の言葉は魔法剣士に向けてだ。
「ええ、わたしは帰りましょう」
「その必要はありません、あまり時間はかかりませんので」
「それでは、お言葉に甘えてわたしは待たせていただきます」
立ち上がりかけた魔法剣士は、ソファに座りなおして、既に冷めているお茶を口にした。
「あなた、ちょっとこちらへ来なさい」
第六王妃は、そういうと男を引っ張って奥の扉も自分で開けて入った。
「あ、あの?」
中に居たフィニが驚きを隠せない声をあげる。
「ごめんなさい、少し外してくださいませ」
第六王妃は、言葉通り申し訳なさそうに告げる。
「ちょっと、事務所に戻ってて」
男が促す。
「はい、ますた~」
どのみち相手が王妃ではどうしようも無い。
答えてすぐにフィニは出て行き扉が閉まる。
「フィニちゃん可愛い~」
七姫の声が聞こえた。
実は、フィニは男が用意した服を着ていた。
忍ばない衣装だ。 男が用意したもので、スカートは男自信が作っていた。そして、どことなくメイド服っぽい。
闘技会後、男を見張る必要が無くなったフィニは、男を手伝いたいと言いだした。 男の準備する衣装を着ることを条件に男はそれを承諾したのだ。
第六王妃が男を連れて入ってきたこの部屋は、居間といった感じか、まだ家具類は揃っていないのかテーブルとそれを囲む椅子が数脚置いてあるだけだ。窓は大きくカーテンの隙間から日差しを受け入れる。 さらに奥にキッチンと廊下、幾つかの扉と階段がある。寝室は二階だろうか。
第六王妃は、さっさと椅子に掛けると話を切り出した。
「準優勝、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。 御茶を淹れましょうか?」
男は、対面の椅子に腰掛けながら応じる。
「賭けをしたのを覚えていらっしゃいますか?」
お茶は不要と首を振りながら質問を返す。
「はい、しましたね。
負けたらあんたの頼みを聞く、勝ったら……」
「はい……わたくしをと」
第六王妃は、少しうつむきながら答える。
「いや、別に気にしなくていいぞ、俺、決勝に出てないから賭けは不成立、無効でいい」
「それでは、仕掛けたわたしの恥となります。 ですが、わたくしなどとても要らないでしょうから、準優勝に見合う価値の高いものを言ってくださいませんか?」
「ええと、あえて言うぞ。 何か勘違いしてる様だが、あんたみたいな魅力のある女性を要らないなんて男はいないだろ。もしかして、見た目が若すぎるのを気にしてるのかもしれんが……というより俺みたいな変な奴のものになりたくないと言われた方がよっぽどすっきりする。
じゃなくて、賭けなんて忘れてくれ。 あんたみたいな美人さんは、友人にでもなってくれるだけで十分だ」
「あの?」
「ん?」
「あなたは、あのエルフの娘が好きなのですか?」
「どうした、突然?
答えはイエスだが」
「やはり変な方ですね」
「ああ、そうみたいだな」
「先日、わたしがあなたにお会いしに来たのは、娘を連れて戻るためでしたが、もう一つ理由があったのです」
「もう一つ?」
「エルフの族長を友人と言う人間の男を見たかった、いえ逢ってみたかった」
「エルフと人間の関係は聞いた。 そりゃ、変な奴と言われるのも仕方ないと思ったよ」
「先王が妻をめとった条件を教えて差し上げましょう」
「いや、興味無いです……よ」
男にはすでに話の方向性が全く把握できなくなっていた。
「第一王妃様は、この国でももっとも美しく才女であり魔力が高かったため、城に呼ばれた際に王が一目惚れしたそうです」
第六王妃は男の返事は無視して進める。
「第二王妃様は第一王妃様の友人であり側近でした。
でも、第一王妃様が男児に恵まれなかった時、錯乱した王がただ近くに居た第二王妃様を求めたのです。
第三王妃様は、男子の様な性格であるとの噂のため、第四王妃様は、お家の都合で男子として育てられていた。
第五王妃様は、一族に男子を生んだ姉妹が多かったから。
そして、わたくしは、この様に……」
第六王妃は、ドレスの胸元を開く。
「お、おい……何を?」
「この様に、男子みたいな体だからです」
ドレスでは分からなかった、胸の部分があらわになっていた。
「……な」
男は、やはり状況が全く把握できていないため言葉が出ない。
「わたくしは、義姉が成長を止める魔法を受ける際に誤って巻き込まれてしまったのです」
「か、解除とか、逆に成長させる魔法は無いのか?」
「ありません。 誰も必要としないでしょうし、あったとしても悪意で使われる事を恐れ表に出てこないでしょう」
「たしかに、嫌がらせに最適だな」
「はい。 自ら研究しようにも、そういった噂が出ると困りますので」
「……そうだな」
「この体のせいで、学年が上がるにつれエルフみたいだと忌み嫌われる様になり、ずっと部屋に閉じこもっておりました。
外出する際は、胸のわからない衣装を着ていましたが、嘘の姿はとても苦しかった」
第六王妃は続ける。
「ですが、ある時、お城からお呼びがかかったのです。 そして、王妃になる様にと。
女と言えないこの体で結婚など不可能と思っておりました。
ですが、それが必要なのだと言われたとき、理由を明かされてもなお嬉しかった」
「王は、男子を作るためにいろいろ試してたってことでいいのか?」
「はい、それは王であるがゆえです。 王は第一王妃しか愛しておりませんでしたので。
それでも、皆に優しかった。
わたしはこの小さな体で双子を身ごもり、産めば命の危険がありました。
王は、苦悩の末、大事なお子の命の方をあきらめるとおっしゃってくださったのです。わたしがそれを受け入れないと、それも怒らずにずっと傍で元気づけてくれました」
「いい人だったんだな」
「はい、ありがとうございます。
王と会うのは行事の時のみでしたが、それでも十分だった。
でも、その王が居ない……よりどころを失ってしまった」
「娘さんが居るじゃないか」
「そうですね。たしかにそれにすがって生きていこうと思いました。 それは、母としてです。
女としては、また存在意義を見失った。 そんな世界で、あなたの様な者の事を知った」
「俺?」
「最初は見てみるだけ、会ってみるだけ、そして話してみた。 ちょっかい出してみたくなった。
闘技会では、娘の後援者として応援してみた。 勝つと嬉しかった。 傷付くと辛かった。
次の試合はどうかなと想像する様になった。 賭けをした事を思い出して、恥ずかしくなった。 そして、勝って……欲しかった……」
「それは……」
「わたしには、あなたの人物像が分かるのです……とても、優しくて良い人」
「……えっと」
「どうこうしてくださいと言うのではありません。
いえ、うちの娘の婿になって欲しいのはあります。 がさつな妹では無く、おしとやかな姉の方とは近いうちに引き合わせいたします。 ご希望とあれば両方でも」
「いや、そういうのは本人の意思というか……それに……」
「はい。 エルフのお嬢様ですね。 もちろん、わたしの口をはさめるところではございません」
「そうでもなく」
「では、はっきり言います」
「はい?」
「わたしにあなたを守らせてください」
「は?」
「あなたは、この先、必ず危険視される。
ですが、わたしの元に居てくだされば、わたしが全力でお守りいたします。
だから、代わりにわたしの心のよりどころになってください。 お願いします。 にじょう様」
「そう来たか…………。
悪いが、今はノーとしか言えない。
俺の素性を理解しているということは、俺が元の世界に戻りたいのもわかるよな?」
「はい。 ですが、戻りたくないとも思ってらっしゃる。 エルフのお嬢様の存在が引き留めている」
「全部わかっていての提案か……困ったな。
一ついいか? 賭けに俺が負けていたら何を望むつもりだった?」
「あれは、ちょっかい出してみたくなっただけですから、勢いです」
「そうか、そういうのは好きだぜ」
「では、考えておいてください。 できれば、事態が動く前に」
第六王妃は、照れ隠しのようにドレスを直しながら話を締めた。
「ありがとう。 心からお礼を言うよ。 だけど、俺にはまだ何も見えていない。 だから、頑張るよ」
自分への思いと願いを真剣な表情で語った内容を、今の男には無下にできなかった。
二人が部屋を出ると、来訪者が一人増えていた。 王国兵の様だ。
「ちょっと用事ができた」
魔法剣士が、兜を被った頭を男に向けて告げる。




