魔法剣士の正体と先王の思い
男とエルフ二人は、森の中、歩いて来た道程を走って戻っていた。
「マスター、どうしてあんな無茶を」
フィニが聞く。 一人でバンパイアに立ち向かった事についてだ。
「無茶じゃ無いさ。 彼らが来ただろ?」
男は、早口で答える。
「そうですけど」
「バンパイアの頭上にね。 見えたんだよ」
男は、もったいぶった様に答えを教える。
「あっ、雷魔法の発生源ですね」
「ああ、あれがそうかなと思ってね。 聞いといて良かった。
で、銃を構えて突っ込めば、あの時と同じ戦法だと勝手に思ってくれるだろうとね。闘技会見てる前提の作戦だけど、そもそもその想定だからな。
バンパイアが乗ってきたからすぐに銃はひっこめたけど、タイミングばっちりだったよ。
さすが魔法使い最強」
「ええ、でも、勝てるのでしょうか」
「勝算ありそうだったし、大丈夫でしょ」
「それと、彼らが行かせてくれたのは、なぜでしょうか」
「絶対に間に合わないからだと思うけど、あの感じは罪滅ぼしも入ってるかな、良い人そうだし」
「そうですね」
「それにしても、君たち足早いね。 俺、呪い指輪外してるからけっこう早いはず」
「走るだけでしたら。 でも、かなりぎりぎりです。 本当は前に出て風よけにでもなれれば良いのですが」
「足長いし、体軽そうだし、なるほど美しい。 前で走られたら見とれて転んじゃうよ」
「ジョニー様、あまりフィニをからかわないでやってください」
「りょうかいだ。 でも、俺はあんたも見てますよ。 いい感じだ」
「はぁ」
オーレルは溜息で応じた。
「街も見えてきたし、二人は少しペースを落として後方を警戒しつつ来てくれ。 さすがに追ってきて無いだろうし、待ち伏せも無さそうだけど……、目的は俺、というかたぶん武器だろうから、あっさり見逃すのは、どこかで別なのが来るかと思ってたんだけどなぁ。
でも、俺の読み違えで追手とか出たら逃げて来てね。 絶対食い止めようとかしない様に」
「はい、マスター」
「わかりました。 でも、間に合いませんでしたね」
「ああ、仕方ないさ、行くだけ行ってみるよ」
男は、軽く手を振って合図すると、二人は減速していった。
「ありがとう」
男は、そう小さくつぶやいて走り続けた。
なお、走りながらオーレルと話してわかったのは、以前に七姫がさらわれそうになった時の件とは無関係と言う事。
あの時、族長は付き人に誰も追わせていないと答えていたが、実は別なエルフの者が追跡していたのだ。
そして、王国側にそれとなく報告し、全員捕まったことも。
男は、気になっていたため、ほっとしていた。
しばらくして、男が闘技場に着いた時、既に魔法剣士の不戦勝は決定しており、閉会式的なものも終わったところだった。
本来なら解散されているはずだが、女王からのお言葉があるとのことで、会場に人々は残っていた。
そうだ、女王が決まったのだ。
闘技場の中央には、豪華な式場が用意され、魔法剣士が立っている。
そこから絨毯が観覧席の方に伸び壁をずらして現れた階段と合体していた。
男は、雰囲気的に闘技場の入場口で止まり辺りを見回す。
その時、息を整える様に上下させている肩を軽くたたいたのは族長だ。
「どうした?」
「寝坊した……わけでも無いが、似たようなもんだな。 眠い」
一晩、歩いて走っていたのだ。
「フィニは一緒だったか?」
「ああ、心配するな……いや、あんた、心配するが違うぞ、後でオーレルさんにでも聞いてくれ」
族長のいぶかし気な表情に、誤解を含んだと思ったのだろう。
「ふ~ん」
族長は、いぶかしげのまま返事を返す。
その時、王国の人らしい者が近づいて来た。 ローブ系の格好は事務員と言う感じだろうか。
「ジョニー様、既に優勝は決まりました。あなたは準優勝ということになります」
「ああ。 そうか二位には成れるのか。 十分だ。 教えてくれてありがとう、そして迷惑かけた。申し訳無い」
この者に詫びても意味は無いだろうが、そういう気持ちなのだ。
ふと、式場の方を見ると、魔法剣士が手招きしていた。
「あんまり行きたくねぇなぁ」
「行ってやってくれ」
族長が促す。 男が、二人の関係を知っているのを知って居る。
「りょうかい」
男は、答えてゆっくりと向かう。
「トラブルか?」
魔法剣士が聞く。
「ああ、すまない」
「そうか」
軽いやりとりの後、魔法剣士は男の手を取り高く掲げた。
大きな拍手が起こったのは、皆、男が準優勝である事を認めてくれているのだ。
ここまで闘技会で一番戦った男なのだ。
逆に魔法剣士は一度も戦っていない。
それでも、この結果に誰も意を唱えないのは、実績が裏付けた最強とその実績への感謝なのだ。
「勝ち負けは置いといて、俺はあんたと戦ってみたい」
「そうか、わたしはかまわんぞ。
たが、今のお前では相手にならん。
だから、魔法と妖精の力無しで戦ってくれよう」
「なるほどね。 なら、少しはてこずらせてやれるかな」
この時、魔法剣士は、まだ観覧席にいる第一王妃の方に顔を向けた。
第一王妃が了承するようにうなずく。
「皆さま、しょうしょうお待ちください。二人は戦う様です」
審判が、場内に向けて大声で伝える。
観客からどよめきが響いた。
「少し待て」
魔法剣士は、武器を外して近くに置いた。
「さすが、余裕だな……って、え?」
魔法剣士の体が小さくなり、着けていた鎧はするすると滑り落ちた。
残った兜を取る。
そこには族長に似た少女が立っていた。
いそいそと緩んだ下着の紐を結びなおしているのは、とてもバンパイアを幾度となく倒して来た戦士には見えなかった。
それでも、華奢な体躯であるが、しなやかさが無駄のない筋肉を美しく見せる。
観客がざわつき始めた。 少女の体躯や、軽装備の艶姿に対してでは無い。
「おい、エルフじゃないか?」
「魔法剣士様がエルフだと?」
「偽物か?」
群衆は皆同じように驚き、落胆するかの様に声をあげた。
「皆の者、今は沈まれ。 二人の戦士へ敬意を示せ、闘技会を観覧するお前達ならそうするだろう」
第一王妃が発した言葉に、観客席は静まり、ここからは闘技場に立つ二人に委ねられた。
「さて、この姿に戻るのは久しぶりだが、軽い気もするな。悪くない」
嬉しそうに魔法剣士を脱いだエルフが言う。下着姿まである。
「ええと……」
「どうした、はじめようか」
「いや、ごめんなさい。参りました」
「さっさとかかって来い」
「だって、俺、もう戦意が……」
「がっかりだぞ、腑抜けめ。 色目に負けるなと言ったぞ」
「そう言われても、どれほど魔法で強化されてたのよ。 あ、色目とかいう問題じゃないよ」
「小僧、見くびるな。 この状態で貴様程度に後れを取るわたしではな……」
あっさり、転がされていた。
「痛く無かったか?」
「おや」
エルフは、疑問符を声に出す。
「おや」
男は、胸に充てられた手刀を見て言う。
「大丈夫そうだな。 そして俺の負けのようだ」
「やるな、それでこそ、わたしの見込んだ男よ」
「おいおい」
「この姿でも地に這わされるのは初めてだ」
「隙だらけだったんだけどな」
エルフは仰向けに倒れたまま両手をあげる。
「えっと、おこせと?」
「立てぬ。 動けぬ。 だから、だっこじゃ」
族長っぽいと男は思ったかもしれない。
「しょうがねぇなぁ」
小柄な体をひょいと引き起こす。エルフは、起こされる動作に勢いを付けて男に抱きついた。
「ふふ」
その顔は、子供の様な屈託のない笑顔だった。
「俺は、もっと強くなって、全力のあんたに勝ってやるから、待ってろ」
この時の男の脳裏には、先日の夜、バンパイアと始めて対峙した時の事、救われた事実とその戦う雄姿と圧倒的な強さが思い浮かんでいた。
「ああ、いいだろう。 だが、それは、一緒に来てはくれんという意味か?」
「その件は、しばらく保留でいいか?」
「いくらでも待つと言ったはずだ。 それまで、こうやってくっついてるのも悪くない」
「バンパイア退治に出かけるんじゃ?」
「実は事情が変わった。 しばらくここに留まることにした」
「事情?」
「そのうちわかるだろう」
「そうなのか。 じゃ、一つ教えてくれないか?」
「なんだ?」
「なんで、この闘技会に参加した? 王妃への恩義がどうとか言ってたが」
「王妃への恩義だよ、もうすぐわかる」
「もうすぐ?」
その時、
「皆の者、聞け」
声の方、その声の主、第一王妃が立ち上がっていた。
会場の全員が傾聴する。
そして第一王妃が続ける。
「魔法剣士殿は、王国がエルフ族へとお願いし派遣していただいたお方だ。
バンパイアを倒せる戦士、そう勇者として。
最後は、御覧の様に茶番となってしまったが、これまでの功績は誰もが聞き及んでいることだろう。
バンパイアは、先日、闘技会にも出場していた様に既に王国内にも出現している。
ゆえに、この国に留まっていただき皆を守っていただける様にお願いした」
第一王妃は観客席を見回す。誰も異論を唱えない事を確認してさらに続けた。
「さて、これまで、エルフ族に対してよい感情を持てなかったかも知れないが、彼らには何も落ち度は無い。
無き我らの王は、歴史を勉強しその事に気付かれた。
そして、我ら王族は、少しづつ交流することで仲良くなれた。
だから、今後は、皆もエルフ族を意味もなく疎外するのを辞めて、交流してみて欲しい。
エルフの族長様には、多くの者が治療を施していただき恩を感じていたのでは無いか? それを表に出すだけでもよいのだ。
無き王は、このお願いをするためにこの闘技会を開催したかった。だが志半ばで倒れられた。
わたしの願望で申し訳ないが、実現できる様にお願いしたい。 少しづつでよい」
第一王妃は、また、観客席を見回す。
多くの者が賛同の声を上げる。 不安の顔をする者が少しはいるが、実際、皆不思議に感じていたのかもしれない。
そして第一王妃が続ける。
「あとは、新女王にお願いしよう」
第一王妃は一姫に促す。
一姫はゆっくりと第一王妃と場所を入れ替わる。
「本日、わたくしが女王となりました。
この国と世界が平和でありますよう努力いたします。
エルフ族との友好だけでなく、他国とも友好関係が続くよう努めてまいります。
なお、真の闘技会を、わたくしの主催にてあらためて実施させていただくつもりです。
今回、王女達の後援者も含めほとんどの者が辞退するという結果となってしまいました。
優勝者の魔法剣士殿には申し訳ない言い様ですが、せっかくの催しを台無しにしてしまった。
皆さん、告示を待っていてください」
この後、形式的な儀式が続いた。




