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ドラキュラの陰謀  作者: 安田座


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魔法剣士


 闘技会の試合開始を告げるドラが鳴って数秒後、いやドラの響きはまだ尾を引いていた。

 それにこの世界の者が聞いたことも無いであろう怒号が重なったのだ。

 そして、その両方が聞こえなくなるより早く、タイランの首は地面に転がった。


 男が何をしたのか?

 男は、開始の合図の直後に瞬間移動でもするかの様な速度でタイランに向かう。

 途中、背中に回してあった手がタイランに向いた。 ここで怒号が響く、銃声だ。 同時にタイランが眉間から血を飛ばしながら体勢を崩す。

 タイランがすぐに体勢を立て直したと思った時、既に男は刀を振り切っていた。


「.44オートマグ、骨董品みたいな銃だが、ちゃんと撃てて良かった。 だが、マグナムでも体勢を崩せる程度とはな」

 誰にも分からない言葉で、地面にあるタイランの頭に向けて自慢げにつぶやいたのは、賭けに勝った様な興奮が混ざっていた。

 そして闘技場内は、一瞬静かになっていたが、すぐに騒然となった。

 気付いた審判が駆け寄って来るのが見えた時、男は右手を開いて制止の合図をした。視線は、転がった頭に向けたままだ。

 数秒後、どういうからくりか、タイランの目がゆっくりと開いた。そして、男と目を合わせると口も動いた。 額の穴は塞がっている。

「あなたの勝ちでいい、見逃してくれないでしょうか」

 タイランは負けを認める言葉を発した。 だが、見逃すとは? やはり、彼はバンパイアであり、首が落ちた程度では死なないのだろうか。 そして男には指輪無しではその言葉は理解できない。

「悪いな、命乞いでもしてるのかもしれんが、俺はバンパイアは殺すつもりだ。 あの夜、お前は人間を襲い食おうとしていた。 今後、やらないとは到底思えないからな」

 答えた言葉は相手が分からない。

「殺さないでください。 昨日の女性には謝ります」

「ただ、聞きたいことがある。 せっかくだから今少しだけ生かしておく」

 男が、独り言の様につぶやきながら頭を拾い上げようと手を伸ばした時、タイランの頭に槍が生えた。その様に見えた。 気付くと、離れている体の方にも突き刺さっている。

 男は、槍の刺さった向きから飛んで来た方向を予測して視線を向けた。 観覧席、なんと第一王妃の眼前だ。 男は、その者を知っている。 魔法剣士と呼ばれている者だ。 確かに投擲後の様な体勢で男の方を見ている。

「なんてことするんだ」

 男は、魔法剣士に向けて怒鳴る様に抗議する。

 言葉が通じる訳もないが、魔法剣士は無言で観覧席から飛び降りると、あっと言う間に男の横に立ち、タイランの頭を持ち上げる。

「まさか、参加者に化けていようとは、市中を回っても出会えんはずだ」

 特に躊躇する様子もなく、いつ抜いたか知れぬ短剣を、やめろと呻くタイランの頭に突き刺した。 槍だけでは足らないのか。 その短剣は、ダイヤモンドの様に透明な刀身で、きらきらと光を乱反射している。

「え?」

 男は、もう何が起こったのか分からないという顔で疑問符を漏らす。

「持て」

 魔法剣士は、そう言って男の手を取り短剣の柄を握らせる。

 次に顔全体を覆う仮面を少し上げ現れた美しい唇で男の耳を噛む。そしてひそひそと囁く。

 男は、ここまでなすすべもなく魔法剣士に操られているように見えたが、急にこの世界の言葉を口にした。翻訳指輪はしていない。

「浄化光」

 と。

 すると短剣がまばゆい光を発し、バンパイアの頭は塵となって地面に小さく堆積した。

 魔法剣士は短剣を鞘に戻すと、半歩下がって周りに聞こえないほどの小声で言う。

「妖精王様、ご無沙汰しております。 周囲の目がございますので言葉のみで失礼させていただくことをお許しください」

 内容から、本来お辞儀等なんらかの動作をすべき場面なのだろう。

「妖精王?」

 自分に向けられた身に覚えの無い呼称に戸惑うのも道理だ。しかも、王と付けば尚更だろう。

「君には、わからないかもな。

 中に居られる」

「はい?」

「ところで、わたしのパートナーにならないか?」

「はい~?」

「お前はバンパイアと戦うのに使えそうだ」

「それは今のでなんとなく分かったが、俺にメリットは?」

「相当な報酬。 そして、私にできることであれば何でもしよう」

「どうして、エルフさん達は、そういうことを簡単に言うのか」

「なぜエルフと知っている? ふむ……じゃぁ、お前が死ぬのを若い姿のままで看取ってやるなんてのも……いや、嬉しくもないか」

「俺は、目的があるんだよ。 ちなみに、十分交渉材料になるぞ」

「ほう、どんな目的だ、私が手伝おう…………ん、エルフだぞ?」

「あ、ちょっと待て、それは確かに好条件かもしれない。 エルフは置いといて」

「決まりだな」

「いやいや、まてまて、やっぱり考える時間をくれ」

「時間ならいくらでもやるさ……ただ、お前の寿命が尽きる前に決めてくれ」

 その時、二人に割って入るものが居た。

「お話し中、失礼いたします」

 事態がいまいち理解に及ばない審判だ。 男もそうだが。

「なんだ?」

 魔法剣士が少しだけ不機嫌気味な美声で応じる。

「こちらの男の勝ちでよろしいのでしょうか?」

 そもそも、なぜか魔法剣士に聞く。

「ああ、あいつが負けでいいと言っていただろう。

 だからこそ、私は手を出した」

「確かに、負けを認めておりましたな」

 たぶん、審判には聞こえていない。

「第三王妃、それでよろしいな?

 バンパイアを手引きした件については、後日審問させていただく」

 魔法剣士は、観覧席の第三王妃に向けて言い放つ。

 第三王妃も第三王女も特に反応は無い。聞こえて居ない可能性もあるが。

「勝者ぁ、じょぉにぃ~ぃぃ」

 審判が男の右腕をとって高く掲げ、その名をやけくそ気味に高らかに叫んだ。

「なんか締まらない終わり方だな」

 この場に居るほとんどの者は同じ感想だろう。 そして、思い出した様に試合終了のドラが鳴り、締まらなさを上乗せした。

「ああしないと倒せないのか?」

 男は、さっき自分が言わされた呪文について聞く。

「あれが早いのさ」

「ほう」

「話が途中だったな、返事は?」

 既に、興味が別に移っている魔法剣士は、男の意識を強引に向けさせる。

「だから、時間をくれと。 ただ、今のところ、断る確率が高いと思っておいてくれ」

「意外と慎重なやつだな。 わたしの味見をしたいならいつでも来い、今からでもいいぞ、交渉材料になるならなんでも言ってくれ」

「そういう意味じゃ無いんだが」

「お前は好きだぞ。強い。賢い。顔も好みだ。

 で、味見はしていかんのか?

 子供が見て居るとそうもいかんか」

 言葉を言い切る前に魔法剣士の視線は少し右にずれた。

 その視線の先、男の傍らにフィニが現れた。 闘技場では監視が必要無いから、魔法剣士の方の動きを追ってもらっていたのだ。 なので、必然的に近くに居たのだ。

「わたしは族長から彼に嫁いでも良いと言われています」

「そうなのか?」

 魔法剣士は男に聞く。

「そうなの?」

 男の知らないところで出た話だが、族長ならいろいろ言ってそうだと思ったことだろう。

「こいつは承知しておらん様だな」

「魔法剣士様は、族長にお会いください」

「話をそらしたな」

「とにかく、この話はここまでだ。

 それから、明日は手を抜くなよ。 あと、俺に賢いは言い過ぎだ」

 男は、聞きたい事は山ほど出てきたが。 この場は早く納めたかった。

「ああ、王妃への恩義には必ず答える。

 お前こそ、色目に戦意を奪われるなよ」

 魔法剣士も、さすがにこの場で立ち話はまずいと思ったのだろう。

「どっちがだ」

「聞きたいことがたくさんあるが、それは決勝の後にしよう。

 そして、エルフの娘よ。 一緒に来い」

 魔法剣士は、フィニがそこに居て良い立場で無い事を理解しての助け船だ。

「あ」

 フィニも、辺りを見回し、とんでも無い場所に姿を表していた事にきづいた。

「一緒に行くといい」

 男も、姿を消すよりも魔法剣士と一緒に退場するのが最適と思っただろう。

「わかりました」

 答えると、既に歩き出していた魔法剣士に小走りで追いつき、ともに会場を後にした。

 男は、手をふって二人を見送ると、ふと、観覧席に顔を向けた。

 第六王妃と王女、そしてその側近のみが残っていたが、男がそちらを向いた時、第六王妃が慌てるように観覧席を離れ、他の者も後に続いた。

「第三王妃、王女、まさかバンパイアと繋がっているのか」

 男は、あたふたとした第六王妃達の動きをなんとなく眺めながらつぶやいた。



「久しぶりじゃの」

 魔法剣士達を通路で待っていた族長が声をかけた。言葉は魔法剣士に向けてだ。

「ええ、ご無沙汰しております。 母様はお変わりなきようで何よりです」

 魔法剣士も応じる。

「面は取れないのか?」

「今はだめでございます」

「今は、とな?」

「ええ、今はです」

「そうか。 フィニは、あの男の監視に戻ってくれ、こやつの追跡はもう不要じゃ」

 フィニは、小さく一礼して姿を消した。

「彼女は何です? 若いエルフなど居て良いはずが無い。 いや、居るはずが無い」

 フィニの気配が消えると魔法剣士は族長に問う。

「わからぬ。 なんの前触れも無く、赤子として世界樹の元に居たのだ」

「ほう。 では、神の許しがあったわけでは無いのですね」

「そうじゃ、ゆえに彼女しかおらぬ」

「そうですか……」

 魔法剣士は、残念そうに肩を落としてつぶやく。

「それでも、見守りたいのじゃ」

 族長は優しい母の瞳で語りかけた。

「ええ、そうですね」

 応じた魔法剣士の声は同じく優しかった。

「で、あの男に何をした?」

 族長はスイッチを切り替えた様に雰囲気を変えて聞く。

「会話が通じぬ様でしたので、わたしの妖精を移させていただいた」

「翻訳指輪の代わりのできる妖精? そんな種類聞いたことないが」

「はい。 恐らく他にはいないかと」

「いや、それもどうでもよいのじゃ」

「そうですね。 ところで、妖精王様はいらっしゃるのですか? あの男に存在は感じましたが小さすぎる」

「いや、わしにもわからん」

「どういうことです?」

「じゃからわからん。 それも今はどうでもよい」

「では、久々に会った娘に何か言いたいことでも?」

「あの男の真の目的は自分の世界に還る事じゃ。

 だから、この世界の者とは深く繋がることを避けようとしている。

 できれば引き留めたい」

「自分の世界? で、わたしに頑張れと?」

「いや、お前がちょっかい出さなくてもフィニががんばってくれてるんじゃ。 本人は意識してないじゃろうが」

「わたしも、頑張ります」

「じゃから、そっとしといてくれと」

「本気になってきました」

「勝手にせぇ。 じゃが、数十年ぶりにする会話が、こんな下世話な話とはの、とほほ」

「じゃぁ、もう一つの本題に入ってかまいませんよ。 答えはノーですけど」

「今すぐとはいわぬ。 そう遠くない時間として考えておけ」

「では、やはり、わたしにはあの男が必要ですね」

「できるものならな。 だが、そういう話でも無いのだ」

「さて、どうでしょう。 わざわざ彼を連れて来たとしたら」

「お前はこれっぽっちも関係ないと思うぞ」

「それはどういう意味でございましょう? この世界から居なくなったと思っておりましたが、このタイミングで出会うなど……」

「お前、どれほどに力を付けてきたのやら。 じゃがの、さっきも言ったがフィニが居るのじゃ」

「生まれるはずの無い子、別な世界の者、その出会いを演出したのが妖精王。確かに出来過ぎですね。

 ですが、私とて、長い旅、死闘を繰り返し、いろいろと経験いたしました。

 今も、この世界を変えるために動いております。

 ですので、明日、あの男の四肢を切り落としてでも、我の物にいたしましょう」

「冗談でなくても、そう簡単にいくかの、あやつ、いろいろ策を持っておるぞ」

「母上には、少しは認めていただきたかったのですが、あの男、そこまで……」

「認めておるよ、ずっと前からの」

 族長の目に涙が光る。 何百年ぶりの再会であろうか。

「ただいま戻りました」

 魔法剣士も、面で表情は不明だが、その涙に答えるようにあらためて挨拶を返した。

 族長の望みは再会であったのだ。



 男は、宿に向かって歩いていた。

 馬車を勧められたが断ったのだ。 第三王妃の件で、城がざわついてる様だったのもあるが、考え事をしながら静かな夕闇の町並みを歩きたかったのだ。

 フィニが横に現れた。 呼んでいないのに姿を表すのは珍しい。

「妖精王のこと、知ってたの?」

 男が聞く。

「はい。 ただ、族長にそう聞かされただけで、わたしはお会いした事もありませんので気配を判断できません」

「なるほど。

 でも、妹さん見つかって良かったよね」

 深堀できる話題では無いと判断したのか、話題を変えた。

「はい」

「俺が闘技会に出る目的はこれで達成なのだろうか、そもそも姫さんも出るだけで良いと言ってたし」

「そうなのですね」

「ああ、でも、ここまで来たら勝ってみたいかなぁ」

「わたしに、何かできることはありますか?」

「そうだね。 俺の前を歩いて、美しい姿で心を癒してくれるとか」

 フィニは、スッと男の少し前に出た。

 そして、止まった。 腰の短剣を抜いて構える。

「ん?」

 男が、その意図に疑問を持った時。ゆっくりと誰かが近づいて来た。街灯に照らされて姿が完全に現れた。

「こんばんは」

 知らない者が夜の挨拶をする。 街の住人と思われる容姿の男であるのに、あきらかに違う存在と思える。

「誰だ?」

 フィニの腕を取って自分の後ろに誘導しつつ問う。

「七姫様を拉致して、ある場所に監禁している者でございます」

 知らない者は、特に抑揚もなくたんたんと自己紹介と重要な事を口にした。

「話を聞こうか」

 男は、フィニの腕を放すとそのまま相手に向けて突き出す。その手には拳銃が握られている。

 この世界の者に通じる脅しかは不明であり、試合を見ていたとしてもわからないだろうか。



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