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ドラキュラの陰謀  作者: 安田座


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バンパイアの気配


 闘技会本戦二日目、早速二回戦が行われる。

 しかしながら、初日である昨日は、男の出た一戦目ともう一試合しか無かったため、本戦の本番は今日からと言っても過言では無いかもしれない。

 そして、本日も男は最初の試合となる。

 対戦相手は第二王女が後援する者だ。

 フィニの情報によると、その者は魔法使いであり、しかもその最強クラスだという。


 そして、今、向かい合う男女はこれからの死闘を想像させない。

 男の装備は、先日購入した皮鎧で、昨日の申し訳程度の物よりは数段高級なのだが、今回の参加者の中でも小さめの体格では、やはり見劣りする。その辺を警備する一般兵士と大して変わらないのだ。

 防具に付けた魔法石については、七姫のアドバイスにより、炎と氷系に自動対応する防御魔法と、それぞれに魔力補充するものを複数付けた。

 武器は、腰の短剣は昨日と同じだが、右手に槍、左手に片手剣を持っている。だが、槍はほぼ棒で、かろうじて槍とわかるのは片側にさほど大きくない魔法石の穂先が付いているからだ。片手剣も目立った部分は無いが水を滴らせている。

 対する相手は魔法使いというよりも、我々の世界で言うまさに魔女っ娘という様相だ。

 小柄な体形がまさに少女であり、顔はフードでよく見えないが、ちらりと見えた部分からは美少女であろうと想像できた。 蛇足だが、胸は、その部分の衣装のふくらみからそれなりに大きいものと想像できる。

 その衣装は、桃色と白をメインにしたカラーリングで、手にした杖もそうだが、デザインされた魔法石が美しく並び、とても戦闘用には見えない。

 何よりも、アイドルとでも言う風にファンらしき男達の声援が場内に大きく響いていた。

 だが、その実力は武勇伝が物語になるほどの強さ、魔物討伐時などは雷魔法で瞬殺らしいのだ。

 それでも、この二人、闘技場には異様にマッチしなかった。

「いろんな意味で最強だな」

 対魔法使い戦においては当然ど素人の男は、自分の相手としてそうとうな脅威であると認識している。

 おもむろに魔法使いが下がる。 中央の目印より後ろであればどこに居てもよいルールだ。 昨日は双方近接であったためか、ほぼ中央に位置取っていた。

 魔法使いが止まった。 数秒して開始のドラがなった。

 男は、少しだけ前に出て、槍を地面に突き刺す。避雷針のつもりだ。 そして、そこから少し放して片手剣も刺す。これも側撃避けのつもりだがどちらも想定通りに機能するかは不明だ。 とにかく、雷魔法の先制を防ぐ、または撃たせない。

 七姫によると、ほとんどの魔法は杖や掌を起点に発生させるが、雷のみは相手の頭上に発生源を生み出すらしい。 そうでないと、自爆の可能性があるのだ。

 男の一回戦の勝ち方から、魔法少女は当然遠距離魔法を使う作戦だろうと予想する。 だが、距離があると炎、水、氷は容易に避けられる。 だから、警戒すべきは雷なのだ。

 なお、唯一の禁止事項になるだろうか、魔法だけの制約として極大魔法の分類だけは使用禁止だそうだ。観客を巻き込むからが理由だが、どのみち王族が居る場では使えないだろう。

「さぁ、どう出っえぇる~~~」

 魔法使いに向けて言葉を掛けつつダッシュした瞬間、男は宙に舞っていた。

 雷魔法は避雷針を見せられ念のため封印というところか、発動も多少時間を要するのかもしれない。 炎、氷、水、強風も真空刃も男の速さなら避けられるだろう、ゆえに開幕は竜巻魔法だった。

「ありえねぇ~」

 男は、かなりの高さまで飛ばされて落ちる。

 だが、浮かされる直前、間合いを詰めるべく前方へダッシュしていた慣性と、うまく体をひねって服で風を捕まえ、なるべく魔法使いに近い位置に落ちる。

 足を庇うため、受け身をとりつつわざとほぼ全身を使って地面にたたきつけられる。それでも、七姫達が事前に掛けておいてくれた筋力強化魔法、内蔵保護魔法、物理シールド魔法は、ほぼ消えていた。それでなんとか耐えた。いや、そうゆう戦いを挑むのだ。

 すぐに落ちた勢いを利用して転がりながら距離をさらに詰める。

 魔法使いは、氷魔法や炎魔法を小刻みに男に向けて放つ。

 そのことごとくは、男の鎧の魔法石に封じられた各魔法に対応した防御壁に防がれた。魔力補充用魔法石の光もいくつも見えた。

 それでも、防御魔法のセット数が尽きたのか、炎魔法が男にヒットした時、男は自分の間合いに入っており、蹴り上げながら立上がる。あわせて回復魔法も発動している。

 蹴りあげた足は、水の上を流れる木の葉が障害物を避ける様に、届かないというよりも相手がゆるりと後ろに下がった。

 ゆえに、むなしい蹴りは、不幸中の幸いとでもいう風にスカートを巻き上げ、観客席の男たちを幸せにした。 それでもブーイングの嵐なのは仕方ないだろう。

 魔法使いが、後方にふわりと流れながら、次の魔法を放とうと杖を前に出した瞬間、一気に間合いを詰めて腕を取って下に向ける。

 実際、至近距離での戦闘はしたくないのだろう、風力で吹き飛ばすつもりだったのだ。

「吹き飛ん……じゃぇ~~えぇ?~~~ぐっ」

 逆に、魔法使いは自分自身を上空に吹き飛ばしてしまう。スカートがぶわっと風を巻き込んでパラセイリングの様に。

 男は、浮き上がった魔法使いへ指弾を数発撃ちこむ、光が何度か発光して跳ね返る。 装備の機能か事前にかけたであろう防御魔法は基本なのだ。

 魔法使いは、落ちるダメージを追いたくないのか、浴びる指弾は防御癖で耐えつつゆっくりと下降する。

 だが、男はそのゆっくり落ちて来る体に指弾をマシンガンの様に遠慮無く討ちこむ、防御壁にも限りがあるとの期待を持っての攻撃だ。

 魔法使いもただ落ちる訳では無い、手のひらを下方、男に向ける。素手なのは、杖が男の手にあるからで、浮き上がる際にもぎ取られていたのだ。

 その表情には焦りらしき陰りが見えた。 氷の塊が形成され始めた時、一発が鳩尾に入った。 弾はただの石ころなのだが、受けた位置的に息ができなかったのだろう。 動きが止まり、氷も霧散し、そのま重力に従って落ちてくる。

 男は、杖を投げ捨て、その体を両手で受けとめると、衝撃を逃がす様にすぐさま地面に転がす。

「もう、いいだろ?」

 そう、告げたが通じる訳もないのか、魔法使いは、なんと自らさらに転がり男から離れてから立ち上がる。

 一瞬息を吸ってから、男に向かって走る。速い。

「おお、甘く見て悪かった」

 男は魔法使いの気迫が見えたのか、早々にギブアップを促した事を恥じていた。

 男との間合いが詰まった時、いつの間に手にしていたのかもわからない豪華な短剣の刃が輝くと、魔法使いに半透明な別な人間が重なる。その人間は戦士の様な重装備であり、手には長剣が握られている。

「エレメンタルブレード、契約霊装か」

 見学していた族長が驚きの表情で呟く。

「え、おいっ」

 男には予想外の動きだったのだろう、魔法使いは完全に間合いに入っていた。長剣の間合いに。

「はぁ~っ」

 上段から振り下ろされる剣に力を乗せるかの様に、魔法使いが初めて気合の声を勢いとともに発した。

「やばい、Z1っ、フラッシュブローっ」

 迫る剣に男は拳で挑む、その口から出たのは、ただ速いだけのストレートパンチの技名か。そして、拳の動きは声より先んじている。

 剣と拳がぶつかる軌道にあったことは両人の態勢から想像できたが、視界に残ったのは、刃の部分が霧散した事実だけだった。

「そん……な……」

 空振りとなった柄をそのまま下段に握り、魔法使いは戦意喪失したかの様に動きを止めた。 必殺の一撃だったのだ。

「あの男、何をした?」

 族長他、数人が同様の驚きの言葉を上げていた。

「おい、いくぞっ」

 男は、次の攻撃を考慮してすぐに最小限の距離を取っていた。 だが、魔法使いの姿に活を入れるように大声で叫ぶと、魔法使いに向かう。直前の気迫を呼び起こすように。

 魔法使いは、慌てて柄を手放し両手を前に突き出す。今度も、風魔法で男を吹き飛ばすためだ。 戦闘のリセットには最適だが。

 男は両手の方向にはおらず、既に魔法使いの右に立って居た。

 魔法使いが振り向くより先に右腕を取って足を払ってうつ伏せに倒す。これは倒す事のみが目的でダメージはほとんど無いだろう。

 そのまま右腕を後ろ手にして首を押さえ込む、やはりギブアップを待つつもりだ。

 しかし、倒れた瞬間、魔法使いの体はすぐに炎に包まれた。 自らの炎魔法によるもので、男の狙いを覚ってか、もろともに燃やす捨て身の攻撃だ。 雷を撃って相打ちの選択肢もあるだろうが、それでは闘技会としての意味がない。

 炎であれば、男が放して逃げなければ回復力との我慢比べとなるのだろう。

 炎の勢いに魔法使いのローブが燃える。すると、会場内に勝敗では無く状況の変化に期待する声が上がり始めた。じょじょに布が消失し隠れていた白い布が見え始めると、会場がさらにどよめき始めた。 しかし、裏切る様に下着は燃えず、さらにレオタードである。

「耐火過ぎかよ。さっきスカートめくれたときに見えたのがそれとは……いや、かまわんですけど」

 無駄口を言いつつも、炎に加えその熱と酸素不足は男にはかなり効いていた。魔法使いは風魔法で自分の口元と、炎に酸素供給しているのだ。

「我慢できそうに無いから、ごめんな」

 男は、そう言って首の抑える位置を変えた。少しすると魔法がぱったりと止まった。落ちたのだ。 この男、基本はこの戦い方なのだろう。

 やっと勝負が付いたと思った瞬間、自動発動なのかレオタードに散りばめられたラメの様な輝きから無数の氷の棘が発生した。 十センチほどの棘は触れているものがあれば串刺しだ。

 男は慌てて飛びのき事なきを得るが、魔法使いは、寝返りを打つように仰向けになると、倒れた状態で両掌を男に向けた。

 バーサーカー戦でもあったが意識が無くなった事をトリガーにして発動する棘魔法と回復魔法が設置してあったのだろう。

 炎が見えた瞬間、男は一瞬で近づき両手を掴んで頭上で固定し、鳩尾に掌底を打ってもう一度気を失わせた。

 手のひらの炎がゆらゆらと消える。

「もう、無いよね?」

 男は、掌底を撃った格好のまま、魔法使いの次の動きが無いか観察する。 動けばもう一発撃つのだろう。

 少しして、審判が急いで近づき魔法使いの意識を確認した。

 その間に、男は鎧の下に着ていたシャツを脱いで、あられもない姿の魔法使いにかける。

「あぶね~、ハンデ無しだったら、たぶん勝てなかったかも、ついとっておきまで使っちまった」

 そして、気を利かせてかけてあげたシャツは、ボタン代わりの魔法石に付与された耐火魔法の効果もむなしく燃やされて穴だらけ、微妙な部分があまり見えない様に穴の位置を調整するが思った様に隠れず、微妙にエロくなっただけだった。

「これは……」

 打つ手無しと言う風に天を見上げるあきらめた姿は、傍から見ると激戦を勝利した雄姿に見えたかもしれない。

 審判が男の勝利を宣言した時、第六王妃が立ち上がろうとしてすぐに戻った。ピクリ程度のその動きに気付く者はいなかった。

 そして駆けつけて来た救護の者達は、男の親切をゴミの様につまんで放り投げると、魔法使いを丁寧に担架へと乗せ、回復魔法を掛けつつも急いで運びさった。

 男は、それを見送ると歩いて出口へ向かった。

 今回は七姫は飛び出てこない。 昨日、第六王妃にたっぷり怒られた様だ。


 そして男は、今日は控室へと向かい着替えた。

 次の試合を観戦するためだ。 明日対戦する者を見ておいて損はない。

 着替えて関係者用の観覧席に向かう、七姫達と族長ともここで合流した。

「おめでとう」

 七姫は軽い口調で言う。

「おつかれじゃ」

 族長も普通にねぎらう。

「今日は、何もアピールしなかった。 すまない」

「いや、空気を読んだのじゃろ」

「まぁね。 なんか、俺、悪人だし」

「もしかして手加減したの?」

 七姫が聞く。

「いや、そのつもりは無いんだけど、そう見える部分があったかもな。 だけど、自分の戦い方なんで、あれで逆転されてても悔いは無いさ」

「甘い男じゃ」

「男って、いやらしい」

「え、なんでそうなるの?」

「ところで、あれは何じゃ?」

 相手の剣を霧散させた技についてだ。どうでもいい話を断ち切って気になったであろうことを聞く。

「わたしもよくわからなかった」

 七姫も、何か特別な事が起こったことだけは分かったようだ。

「詳細は秘密だ。 ただ、今、俺が使える唯一のオリジナル魔法ってとこかな。 そしてこの大会では、もう使えない」

「秘密の多い男じゃのぉ」

「それより、明日何着て出よう」

「かなりボロボロだったわね」

「なんか兵隊さん用で余ってるのあったらもらえない?」

「頼める?」

 七姫は付き人に向き直って聞く。

「もちろんです。 サポートはできるかぎりさせていただきます」

「助かるよ」

 男は、疲労の顔で礼を言った。



 しばらくすると、本日の第二戦目の参加者が呼ばれた。

 三姫後援者VS五姫後援者だ。

 三姫後援者は、タイランと呼ばれた。

 身長は190センチはありそうだが、装備は簡易的な皮鎧、武器としては腰にショートソードを挿して居る。剣士なのだろうが、それだけだ。

「あの男、魔力は相当あるぞ」

 族長が補足する。

「装備が飾りに見えるほどの魔法力って思えばいいのか? 剣はサブアームか」

「そんな感じかのぉ。 なんかよろしくない雰囲気は感じるが」

「へ~」

 男には族長の感覚には思うところがあるのかもしれない。

 そして、五姫後援者は、女剣士カテルミアだった。

「あっ、ここで登場か。 だが、今日は肌色部分が無いじゃないか、誰かわからんかったよ」

「お…ぬし…」

「うわぁ」

 七姫は引き気味だ。 そして同じリアクションを付き人も取っている。

「……」

 男はジョークのつもりでなんとなく口にした台詞だが、浴びせられた三人の女性のひんしゅくの視線はとても痛かった。ダメージがまた増えた。

 確かに、重装備の鎧は頭も含めて全身を覆っている。 名前を聞かなければ、あとは背中の大剣くらいしか認識できなかったろう。

「おぬし、知り合いか?」

「まぁ、ほんのちょっとな」

「市中警備の要、王国の狼と言われ犯罪者達には最も恐れられているほどの人物じゃ」

「狼? 強そうだ」

 男は、狼に類する動物がどこかに居るのだろうと余計な事も考えていた。

「いや、単に強いとかよりも正義感かのぉ」

「ああ、確かにそれは俺にも分かる」

「とってもいい人よ」

 七姫は当然知っている。

 そして、試合開始のドラが鳴る。

 両者とも近接武器であるため、ほぼ中央で向かい合う。

 女剣士が両手剣を正眼に構える。

 そして向き合ったままどちらも動かない。

「第三王妃様の剣、タキオン殿は残念でした。 ぜひ、王国一の剣技、手合わせしていただきたかった」

 女剣士が言葉を掛ける。

 本来、第三王妃は親衛隊長のタキオンという剣士を後援するはずであった。 だが、一般には公表されていないが先日暗殺されていた。

「申し訳ないが、その御方の事はよく知らないのですよ。 わたくし程度で申し訳無いが、しばしお相手ください」

 代わりに出てきたはずだが、親衛隊に在籍する者でも無いということか。

「そこに立っている以上、相応しい実力であろうが、わたしを女とあなどらない事だ」

「御忠告感謝いたしますが、わたくしは男女の差など気にしたこともありません」

「なるほど、それほどの自信をお持ちであれば、相手に取って不足無し」

「ありがとうございます。 では、どうぞ」

「抜かないのか?」

 既に両手剣を正眼に構えた女剣士は、始めていいものか迷っただろう。 防御の様子見が必要無ければ、構えも違ったかもしれない。

「ええ、わたしは素手でかまいません」

「了解した。 では、いざ」

 仕切り直したかの様に剣が動き出す。

 女剣士は、筋力強化、速度強化、防御に魔法をかなり振ってあるが、体内部での修復も追いついているのだろう。

「おお、素晴らしい動きだ、ほんとうに美しい。 そして、それだけの動きをする体も、しなやかな筋肉でさぞや美しいでしょうね。 とても気に入りました」

「気持ちの悪い事を言うな。 挑発にしても場をわきまえろ」

 王妃達が賢覧する、すなわち御前試合なのだ。 たとえ聞こえる距離でなくともだ。 実際は魔法で聞こえているらしいが、参加者には知らされていない。

「あなた以外にはとても聞こえないでしょうに」

 女剣士の言葉の内容もただのやりとりの一部なのだろうか、その顔はにやりと笑みを浮かべている。

 女剣士も、問答の無意味な相手として気持ちを切り替えたのかこれまで以上に高速に両手剣を振る。

 剣の重量を体をくるくるとさせてコントロールしていた斬撃が、ふと突きに変わった。必殺に見えたその剣先は相手の胸の前で寸止めされていた。女剣士自身が止めたのだ。

「どうした? 逃げるだけか?」

 剣先は微動だにさせずに問う。

「ああ、そうか、確かに逃げていましたね。 では、これでどうです?」

 タイランは、余裕の顔で剣先を掴み自分の胸に突き刺す。そしてそのまま自らを貫きながらじわりじわりと女騎士に近づく。

 女剣士は剣を抜こうとしている様な動きだが、その動きに焦りが見えた。

 タイランは、そのまま女剣士の両肩を掴む、何度か防御魔法の効果が発現したのか発光を繰り返すが、それが止まると、鎧が一気に引き裂かれた。 当然あらわになる下着と肌に、観客席にどよめきが起こる。

 取り締まられたことのある小悪党達もたくさん混じっているのだろう。 タイランへの声援と女剣士への卑猥な罵声が上がり始めた。

 女剣士は、鎧が割かれた勢いか、その体はよろめきながら背中を見せる様に倒れかかる。

 だが、それは見せかけであり、死角で抜いた短刀で振り返りながらの攻撃に移る。 

 タイランは、読んでいたのか、反射神経か、短刀が有効な向きになる前に腕を掴むと、そのまま後ろ手になる様に引き寄せ、後ろから抱くように拘束した。

 どれほどの腕力なのだろうか、力もそうとうなものだろう女剣士が振り払うことができない。

 それでも、もがこうとする女剣士は、右足のかかとを地面にぶつける。すると、靴先に刃が現れた。 すぐさま足を振り上げようと筋肉が動く、しかし足は地面にあった。 タイランを貫いていたはずの両手剣の刃が足を地面に釘付けにしていた。

 柄は腹にまだある、抜けている刃を折って使ったのだ。同時に、先ほど振り返りざまにふるおうとした短剣が、女剣士の左肩に突き刺さっていた。

 掴まれていた右手は、関節を外されたか折られたか、だらりと垂れている。

 手足の自由を奪った体を抱き、頭を押さえて振り向かせる。この時、あばらのあたりで骨が折れたであろう音が数回なった。 そして、兜を外す。 苦痛をこらえつつ睨みつける女剣士と目を合わせて言う。

「やはり、美しく、しなやかで、そして強い、その血、肉、我慢できようはずが無い」

 女剣士の頭を傾け、動きができなくなった首に、ゆっくりと口を近づける。 ゆっくりと口を開く。

 その時、タイランの視線が男の方に向き、目が合った。 あの夜に遭ったバンパイアと同じ赤光の目で。

 男は、一瞬で飛び出し、タイランの頭を押さえて止めていた。 なぜか観覧席の第六王妃が立ち上がっている。

「あなたは?」

 タイランは、動揺も無く男に聞く。

「何をしようとした?」

「どこの田舎者ですかね、聞いた事の無い言葉です」

「この人を辱めるのはやめろ」

「あなた、うざいですね。 わたしは、この方に降参していただこうと考えております。 女性をあまり痛目付けるのはですね、ものすごく気が引けますので、こういった方法を取っているまでです」

 男女は気にしないと言っていたが、適当に答えていたのだろう。それとも、実際どうでもいいのか。

「いいから、離れろっ」

「もしかして、わたしが弱いものいじめをしているということでしょうか? であれば、この戦士にとっては失礼なのでは?」

「お前とは……明日戦うのだから……離れていてくれ」

 女剣士は男に向けてやっとの言葉を絞りだす。

「ほう、では、明日はわたしとですね。

 まぁいいでしょう。 この試合で終わりでよかったのですが……

 あと、嚙みつきがだめとか言わないですよね? 刃物よりもずっと優しい」

「その物言い……貴様は……いったい……何者だ?」

 満身創痍の女剣士が、自分の身よりも最も気になったのはそこなのだろう。

「あの? 降参されますか?」

 審判が割って入る。

「降参……です」

 女剣士は相手の実力を認めて返答をした。 どのみち男が加勢した以上反則負けとなるのだろう。

 審判がタイランの勝利を告げる。

 タイランは納得したのか女剣士を放すと少し離れた。

 闘技場内にブーイングが大きく響く。

 中途半端に終わった試合と、女剣士への恨み節、そして割り込んだ者へと。

 担架で運ばれる女剣士の意識は既に無く、あわてて出てきたのだろう部下たちが付き添いながら声をかけていた。

 男は、女剣士を見送ると辺りを見回すが、タイランの姿は既になく、後援する第三王女、第三王妃も同じく見当たらなかった。

 そしてすぐに審判の注意を受ける。 言葉はわからないが、内容は容易に想像できたろう。


 男は、観覧席に戻ると付き人に言う。

「さっきお願いした装備、やっぱりいいや。

 あいつが相手なら、自前で準備するよ」

「わかりました。

 念のため準備はしておきます」

「ありがとう、その心遣いに感謝だ」



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