闘技会本戦
今日は、いよいよ闘技会本戦の日。
天気は快晴の気持ちの良い朝だ。 日差しが寂しいのは、男も既に慣れているだろう。
「早く起きなさいよ」
ドレス姿の少女が、ベッドで横になっている男に馬乗りになって顔をはたきながら声を掛けている。
隣の家の幼馴染が起こしに来た……訳では無い。
七姫だ。
「おはよう」
答える男の指には、七姫が勝手に翻訳指輪をはめている。
「行くわよ」
「おい、まだ平気だろう。 たぬき寝入りしてたのは悪かったが、まさか叩き起こされるとおもわなかったぞ」
「もっと叩く?」
七姫の笑顔は、なぜか少しだけ怖く見えた。
「あのぉ」
目線をベッド横に立つ七姫の付き人へ向けて助けを乞う。
「起きていただけると助かります」
付き人は、ものすごく申し訳なさそうに答える。
「しゃあないか……ちょっと降りてくれる?」
「よっし」
七姫は、勝ったと言わんばかりのガッツポーズを取ってからベッドを降りた。
「なんか意味あるのか?」
「無いっ」
七姫は、もう一度ガッツポーズを取って答える。
男は準備を済ませて表に出ると、そのまま止まっている馬車に乗り込む、そして即出発。
馬車は、街の中を数分走り闘技場の関係者用出入口前にあるエントランスに止まる。すぐに案内係だろうか猫族の大男が扉を開けてくれる。 男が降りると入口方向を指し示す。特に言葉はない。
入口の横には休憩用の長椅子があり、そこに族長が座っている。男を待っていたのだろう。
「観客席じゃないのか?」
男は適当な感じで聞く。
「エルフが混ざっていたらまずいやろ」
族長は答えながら立ち上がり男の横に付く。
フードで耳も見えないが、子供とは違う華奢な体のサイズ感で確かにエルフと想定できる。
話ながら闘技場内を進む。
「そうなのか」
未だエルフの事情は把握していない。
「まぁ、念のためじゃよ。
で、一つ頼みがある」
「なんだい?」
「勝った後で良いから、なんかちょっとアピールでもしてみてくれ」
「ああ、いいぞ、俺が出ることに意味があるなら、ついでにいろいろやってみよう。 でも、勝ったらな」
「殊勝なことじゃ」
「アンリリアンもなんかやってくれよ」
一緒に付いて来た七姫にも振る。
「いいわよ。 じゃ、勝ったら駆け寄って抱きついてあげる」
「はぁ? いいのか、そんなことして……まぁ、いいや、好きにしてくれ」
「いちおう目的は果たせたから、あとは見届けるだけだしね。 わたしも何かしておきたい」
「お前の目的、後で教えてくれないか?」
「ええ、そのうち……だと思う」
その時、選手入場の読み上げがあった。 男にもジョニーの部分は聞き取れる。
「どのみち、今はいいや。 じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい。 がんばってね」
七姫は天使の微笑みで見送る。 申し訳無さを隠して。
「わしのためにすまんと思っておるのは、本心じゃぞ。 だから応援しておる」
族長は申し訳無さの欠片も無い事を隠しもせず笑顔で見送る。
「そうかい、行くぜ」
男は、特に控室とかに寄るでも無く直接出ていく。
闘技会の本戦は、予選のサバイバル形式とは違いトーナメント戦であり一回戦の対戦は以下となる。
一般枠(七姫後援者) VS 一般枠
二姫後援者 VS 一般枠
三姫後援者 VS 一般枠
五姫後援者 VS 一般枠
六姫後援者 VS 一般枠
四姫後援者 VS 一般枠
一般枠 VS 一般枠
一姫後援者 VS 一般枠
男は、なんと開幕戦となる。
実は、一姫後援者の対戦を開幕戦とする予定であったが、姫の後援者と当たった一般枠が全員辞退したのだ。
そもそも、宣伝目的であるがゆえ、姫の後援者に万が一勝ってひんしゅく買うより、そして無様に負けるよりも、参加名義のみで由としたのだ。 それでも運良く一般枠に当たれば一回戦は戦わせるつもりであったろう。
その一回戦目は、当然の様に大手の商会が後援している。 男を襲わせたのは彼らなのだろうが特に問題になっていない
フィニの事前調査で、相手は大男でしかもバーサーカーであることは分かっていた。
この世界のバーサーカーとは、獣化する魔法を直接本人の魔法石に掛けることによって肉体を強化するもので、意識がかなり持って行かれるらしい。強化は筋力だけでなく、体毛が伸び剛性があがるため防御力も飛躍的に向上する。
そして、おそらく元になっただろう者の目に男は見覚えがあった。血走っているが、あの時も近いものがあった。 予選で、最後に向かいあった大男だ。
城での夜会時には居なかったが、自分も第一王妃に呼び出されほとんど会場に滞在していないので実際は不明だ。
今、闘技場の中心部で向かい合う。
立っているのは、これから戦う二名のみ。バーサーカーは、おもり役だろう男が連れてきて置いて行った。
審判は場外の定位置に居る。 邪魔にならない様にという配慮だろう。ほぼなんでもありの戦いは結果だけ分かればいいから、決着が付いたと分かってから出てくれば良いのだ。
野良の時に審判が居たのは賭け事だったからだろう。
バーサーカーの装備はほとんど無く上半身裸だ、そこに首輪とイヤリングを付けている。
それ以外の装備は自分の動きで破壊してしまうのだろう。
対する男も軽装で、先日わざわざ購入した装備は温存ということか付けておらず、魔法石を幾つか配した皮鎧と腰の後ろに申し訳程度の短剣、フィニに無理やり付けられた魔法石付きの腕輪、装備と言えるか不明のデジタルの腕時計。
だが、フィニの予想では相手は二回戦を考えていない、この一戦に全力のはずだ。つまり、それでも大丈夫と考えているのだ。
「あの時、倒しとけば良かったなぁ。 今は、デカいゴリラって感じになっちゃって、やっかいそうだ。 まぁ、向こうから見れば俺が猿レベルで楽勝気分かな」
男は、感想を口にするが、たとえ相手が人語を理解できたとしても、男の言葉は理解できなかったろう。
挑発の言葉は理解できなくでも、今にも戦いを始めそうなのはバーサーカーゆえだろうが、意識を残して居るということは狂戦士では無く半狂人と言うべきであろうか。
そして、開始の合図のドラが鳴る。
バーサーカーはその音と同時、条件反射の様に動いた。
いっきに突進し、いきなり力任せに殴ってきた。 その利き腕なのだろう右腕を、男は楽々とかわすと、飛びついてしがみつき、肘の関節を逆にへし折る。当然容赦はない。
魔獣の動きさえスローモーションに見える男には、止まってる様なものだ。
だが、さすがバーサーカーか腕が折れた痛みなど感じもしないのだろう、そのまま左腕のフックがきた。 男は、それをかわし、左腕の下から後方に周り込んでジャンプ、左腕を巻き込みつつ首にとりつき、絞める。 そのまま、時間が経過、意識が落ちたのかバーサーカーはゆっくりと倒れた。
だが、立ち上がる。 右耳のイヤリングが緑色に輝いている、その回復効果はそうとう高いのだろう。
折れた腕の内出血は治っている様だが、垂れた状態は骨はそのままか。 回復魔法は、骨折の時には発動しなかった事から、発動タイミングは、意識が無くなるレベルのダメージということかもしれない。
起き上がったバーサーカーは速度が増したのを素人でも分かるほどに動きが変わった。
そして、ダメージを受けた怒りは倍増して攻撃力が上がるという仕組みで、ついでにだんだん思考力も無くなり、狂戦士ができあがるのだ。
それでも、男はひょうひょうとかわし、今度は左腕を折ると、もう一度首にとりついて絞め落とした。 合わせて左耳のイヤリングを奪っている。
「おや」
バーサーカーの、右耳に残るイヤリングが緑色に輝きバーサーカーは再び立ち上がる。
「なるほど、魔力補充用魔法石もあったか、首輪の内側か」
右のイヤリングは使用済みだから左を奪ったが思惑通りにいかなかったのだ。 そして首輪は分厚い革製だろうか、容易に奪えるものとも思えない。
バーサーカーの目は、いまや血走って真っ赤だ。 完成したのかもしれない。
「さて、どのくらい強くなったか、もっかい行けるかなぁ」
つぶやく男に、バーサーカーが倍増した速度で迫る。 折れた両腕は鞭と化している。
そして、男の二メートルほど前でバーサーカーの突進が急に止まり頭がのけぞる。 さらに左のイヤリングがはじけ飛ぶ。 指弾を眉間とイヤリングにぶつけたのだ。
「ちょっと細工してもらった魔法石指弾だ。 これは使える」
そい言いながらも既に背後に回り込んでいる。
バーサーカーも学習したのだろう、両腕鞭を自分の後頭部の辺りにふるう。
男は、両腕を待っていたかの様にタイミングをずらしてから飛び上がって腕を首に巻きつけるように取りつく。
またしても絞め落としで三度目のダウンだ。 もちろんダウンの数は勝敗に関係無い。
「あら、まだ起き上がると思ったんだが」
バーサーカーは、起きあがらなかった。
男は知らないが、首輪の裏側の魔法石は、魔力補充用が数個と心臓停止時の蘇生用だった。
死者を生き返らせる魔法は無いが、心配停止からの回復魔法はあるのだ。 装備の位置から違うかもしれないが、AEDの様に電気ショックでもするのだろうか。
数秒後審判が駆け寄ってきて、確認後手を上げた。場内が静かになり、試合終了のドラが鳴った。
その時、観覧席では、第一王妃が側近と何か会話を交わしており、その横の方で第六王妃が立ち上がりすぐに座った。
男は、勝利とわかったのか観覧席の方を振り向き拳を向けて言葉を発した。
「王妃王女の皆様方。 俺は第七王女の戦士だ」
すると、退場口から、七姫が駆け寄って来て、抱き付こうとしたが、避けられて勢いあまって転んだ。
男は、何事も無かった様に転がった娘を小脇に抱えると入退場口を出て行った。
この後すぐにブーイングの嵐が巻き起こった。
「おつかれさん」
入退場口を出ると、出迎えた族長が労いの声を掛ける。
「ああ、まぁ一回戦だし、こんなもんだろう。
とりあえず、何もしないのも何だから王妃さん達にアピールしてみたけど、意味あったかなぁ」
「どうだかの。 台詞は知らんが、わしは、良い場だとおもったぞ」
「そか」
「じゃが、相性が良い敵でよかったの」
「ああ。 フィニの回復腕輪が無かったらきつかったかもしれないけどね。 情報と合わせて助かったよ」
首を絞める時に、自分の腕を痛めるほどの力を使っていたのだ。都度、腕輪の回復魔法に助けられたのだった。
「本人に言ってやれ、喜ぶ」
「そうするよ」
男は余裕の表情でひょうひょうと答えると、もがく七姫を抱えたまま族長を伴って闘技場から出て行った。




