神の存在
男は宿の部屋に戻ると、すぐにフィニを呼ぶ。
「フィニ、少し教えてほしいことがあるんだけど、出てきてくれないか?」
フィニは出てこず、返事も無い。 想定はしている、フィニがエルフ村に戻っているのは知っているのだ。
「まだ、戻っていないか」
そう呟いた時、後方から声がした。
「$#@&じょに~$&」
男は、電光石火の速さで振り向きつつ距離を取る。 右手をポケットに入れているのは、指弾用の石ころの準備だ。
そこに立つ姿は、既に見慣れた美しい種族、エルフだ。フィニではないのは、声で分かっている。 そのエルフが右手を差し出すと、その掌には翻訳指輪が乗せられている。
「あ」
男は、そう声を漏らすとすぐに近づいて指輪を受け取って指にはめる。
「ジョニー様、フィニに御用でしょうか?」
エルフが優し気な声で聞く。
「あ、ええと、そうなんだけど、初めましてジョニーです。 よろしく。 今のは、ちょっとごめんなさい」
見慣れた種族とは言え、初対面の相手であるためか面と向かうと美しさに圧倒されて緊張する様だ。
「よろしくお願いします。 こちらこそ、背後に出てしまい驚かせてしまいましたね。申し訳ありません。
わたしは、フィニとともにあなたの監視をしておりますオーレルと申します。
主担当をフィニに任せておりますので、わたしは不在時代行になります」
「ああ、なるほど、丸一日を一人じゃ無理だもんね……って、監視ずっとかよ」
「はい。 それに、あの娘は、わたしが長く居ると怒りますし、交代の時は指輪を貸しておいてくれれば、先ほどの様な失態もございませんでしたのに」
「え、フィニが怒るの?」
「ええ、それはもう可愛く怒りますよ」
優しい笑顔は、男の緊張を察して安心感を与えたのかもしれない。
「俺も見てみたい……でも、なんで怒るのよ」
「さて…………それで、なにか御用でしょうか? わたしで対応可能であれば承ります。 フィニ個人が受けた依頼以外であればですが」
「そうだね。 教えて欲しい事があるんだけど個人的な話では無いから、お願いできるかな?」
「承知いたしました」
「聞きたいのは、エルフと人間の関係。 族長やフィニの言葉の端々には、人間とあまり仲良くなさそうな感じが含まれる時があるんだけど、これまでは触れないでいたんだ。
だけど、今日行った東の国にも西の国にも、そしてこの街にもエルフを一人も見かけなかった。
だから、聞きたいと思ったんだ」
「そうですか。 ……あなたには隠す必要も無いですからお話ししましょう」
オーレルは一呼吸入れてから了解の意思を答えた。
「やはり、何かあるのね。 じゃあ、お願いします」
オーレルによると、
遠い過去に、エルフ王が神の行いの邪魔をした。
その罰として、エルフは子供を作れなくされた。つまり実質滅ぼされた。
その時に、人間が嬉々としてエルフを捕まえて奴隷にしはじめた。 美しい上に妊娠しないのだ。そういう目的に適任過ぎた。
ところが、人間の行いにも激怒した神が、今度は、人間の妊娠を一度だけにし、エルフを嫌いになる呪いを掛けたとか。
そして、エルフは村に閉じこもってしまった。 族長が街に行くのは、街で治療などをして、なんとかつながりを続けているとのこと。
それでも、王族のみは歴史を正しく学び、エルフの事情を知っているからこそ、偏見無く付き合ってくれているそうだ。
なお、獣人がエルフを敬うのは、先の神罰の件より以前に、バンパイアが東の国々を襲った際に、人間は手助けをしなかったが、エルフは大きな犠牲を払いながらも協力して撃退してくれたという事があったらしい。
族長は、もっと詳しく知っているだろうとも付け加えられた。
男は、話を聞き終えると、思った感想を口にした。
「神って馬鹿なのか? そして、人間は愚かすぎる……が、こっちはそんなもんだろうな。
っていうか、神が居るの? 実在ってことよね?」
「はい、そう聞いております」
「なんだと……、あ、待て、それよりも……フィニは? 見た目相応しか生きていないと聞いた」
「お察しの通り、我々の種族ではありません。 フィニは世界樹の元に突然現れた赤子です。 出自は、調べてもわからなかったのです」
「どういうことだ……」
これは、オーレルに向けた問いでは無く自問だ。
「でも、我々にとっては大事な同族に変わりありません」
「ああ、十分理解できるよ。
で、神が居るのって一般常識なのかな? それとも、知ってる者は限定される?」
「王族とエルフのみだと思われますが、噂程度には流れてるかもしれませんね。 実際、見た者がいるかも不明ですし」
「族長のやつ、なぜそれを教えなかった」
「あなたが人間だからではないでしょうか?」
「そりゃそうか……。
ああ、なんてこった。
何にも無い世界と思ったのに、何でも在りじゃねぇか……」
「何にも無い?」
「あ、すまない、言葉のあやです。
で、もう一つ。 エルフ王って?」
「昔、居られました」
「神に殺された?」
「そうかもしれませんが、真相は不明です」
「なるほど」
「あの、お願いがあります」
「ああ、さっきの件、フィニには言うなって事だよね」
「はい、本人が知らないことですので」
「でも、怒るとこ見たいなぁ。 いや、泣きそうか……ものすごく」
「はい」
子供を見守る母親の様な笑顔は、彼らの繋がりをいっそう表していた。
「今日は、ありがとう。 ものすごく参考になった。
また、機会があれば、お話しましょう」
「お役に立ててよかった。
フィニに怒られない程度であればですが……では……」
そう答えると、男から指輪を受け取ってから姿を消した。
一人になってから、男は考える。
「神か……
一つの答えが見えた気がする。
誰も見たことないってのが、どうも引っかかる……はたして今も存在して居るのか?
オーレルさんの話が全て本当なら、遺伝子レベルで細工したり、潜在意識を書き換えたりとかを全人類レベルでできるって事だろ、確かに神だ……なら、居ると信じよう。
だが、さらにわからん事になってきた。
闘技会とかバンパイア討伐とかどうでも良くて、神を探す、いや会うのが俺のやる事なんじゃ……。
族長に、これを踏まえた上で話を聞かないとだが、闘技会に出るのが族長の手伝いになるのなら、それは変わらないか……
手がかりが出てくるまでは、出来ることを進めよう」
占い師の元での約束だ、それに闘技会参加も七姫との約束、無下にできる男ではない。
「だが、戻る必要あるのかな……俺、この世界の方が……」
しばらくすると、フィニが戻った様だ。
「ただいま戻りました」
とだけ声が聞こえた。
「フィニ、明日の対戦相手の事、分かってる事あったら教えてくれないか、ちょっとお茶でも飲みながら」
調査を依頼してあったのだから、報告を聞く必要がある。
だが、男は、ただその顔が見たいのだ。 声を聞いた瞬間、衝動とでも言うほどに。




