フィニの思い
本日の予定は、昨日の夕食時に約束した七姫とその付き人を伴ってのショッピングだ。
ゆえに、朝には当然の様に宿の前に四頭立ての馬車が横付けされていた。
キャビンは赤い塗料で彩られ宝石が散りばめられている。 これからお姫様が乗ってますとアピールしながら走る事になるのだ。
基本的に装備品の購入は隣国に行くのがおすすめということらしい。 川を渡った西の国は武器や防具類、東の国は魔法関係を主に扱う店が多く集まっているという。
男は、魔法による強化をしてもらう前提で武器防具を買うのつもりだから、先に西の国へ行くのだ。
もちろん、どちらの街にも強化済みの出来合いのものはあるが、ものすごく割高なのだ。
なぜ姫に同行をお願いしたかだが、身分証の無い男は一人では橋を渡れないのだ。どこの国にも属さないため通行証が発行できないという。
ここまで、国内であればエルフの客人でなんとか通っていたが、他国へ入るのには通じず、買い物だけでも不可能に近い。
だが、王族の馬車であれば別だ。 ある意味フリーパスらしい。
男は、この世界での理の範囲で戦うべきだと考えていた。
相手がバンパイアであれば、手段を選ばない殲滅を行う覚悟を持っているが、闘技会となれば話は別だ。
魔法剣士がどれほど強大でも、自分の納得できる戦いをしたいのである。
だから、魔法も教えてもらうし装備も調達する。 時間はあまり無いが使いこなせるように努力も惜しまないだろう。
そして今、装備を探しに西国にある武器商街に来ていた。
この街の客層は男ばかりで、しかも見るからに物騒な連中が多い。 だから、女性は、あきらめて東の国で強化済みを買うか他者に頼むらしい。
そういう場所と言う事で、男は、七姫を馬車で待たせて教えられた武器屋へ向かう。
途中、そんな男だけの世界で見たことのある女性に出会った。 ミーリンが街でからまれた際に助けてくれた女剣士だ。
向こうも気付いたらしく軽く手を振る。 男は、近づいて指輪を渡す。すでに条件反射に近い。
「お嬢さんが一人で大丈夫なんですか?」
「この街で、わたしを女と見て近づくやつはおらんよ。
もし、声をかけてくるやつがいるとしたら、そいつはまっとうに生きて来た者と言えるのだが、残念ながらこれまでは一度もない。つまり、そういうことだ」
女剣士は、おどけるように答える。
「この街に居る男は全員脛に傷持ちかよ。 そして、世間知らずで申し訳ないが、俺はあんたを女性としか見ていない。 あ、下心では無いぞ」
世界の理をほとんど理解していないのは重々承知だが、知って居たとしても男には関係ない。
「貴殿はやさしいな」
「そういう事にしといてくれ」
「装備品の調達かい?」
「そうだよ。 あんたも?」
背中の大剣に目を向けて聞く。
「わたしは、見回りだよ」
「ああ、そりゃそうか、じゃ、呼び止めてすまなかったな」
男は、その答え、王国の者が隣国の見回りをすることを不思議に思ったが、武器商売を隣国にやらせている以上は目を光らせて置く為だろうと想像した。
「かまわんよ、この会話も職務質問の様なものだ」
「ひでぇ」
確かに不法侵入と言えなくもないが、ここはとぼけるしかない。
「ふふ、貴殿と話すと何か新鮮な感じだ」
その時見せた笑顔は、ここまでの会話で得たイメージとは少し違い、やはり可愛らしいものだと男は思った。
「それは良かった。 じゃ行くよ、今日は俺の用事に付き合わせてるんで、あまり待たせられない」
少し照れながら返し、指輪を受け取る。
女剣士は、手を軽く振って去っていった。
少し見送ってから速足で店に向かう。
店では、どういう種類があるか等を調べる。参考になるかは不明だが、知らないよりはいい。 まぁ、社会見学だ。
そして、人間としての形状も機能も同じなのだから当然かもしれないが、特に斬新に思える形状のものは見当たらなかった。
どの様に魔法で色づけるかの方が重要に思えた。
だから、そのために魔法付加を考慮して選択する。 だが、知識の無い者にできるはずも無く、予算に見合うものを店員に選んでもらった。
本当は、七姫達にアドバイスしてもらいたかったところだ。 フィニに出てきてもらう手もあったのだろうが、今日はエルフ村に戻っている。隠れて国境を越えるなんてお願いできない。
次に、東の国へ移動するが、馬車で三時間を要した。
橋が一本づつしか無いのだから、一度本国へ戻ってから改めて東の国の国境を越えるという行ったり来たりの強行軍だ。
本国では、休憩と食事をしており、ずっと馬車に揺られていたわけでも無いが、付き合わせてしまった七姫達へは少し申し訳ないと男は思っていた。
「なんか楽しい」
七姫はそう言う。
「姫は城の外ならどこでも、そう言いますね」
付き人がやれやれと応じる。
「お城も楽しいわよ。 でも、見る機会の少ない方がもっと見てて楽しい」
確かに、移動しているのはずっと街の中、馬車の速度では、景色が様々に変わるし、多くの人々の動きも見られる。
「ところで、今更聞くが、宝石はどこで取れるんだ?」
馬車内で、実は少し退屈してきた男が七姫に聞く。
「宝石? もしかして魔法石のこと? あと、どこでって?」
「ほう。 じゃぁ、魔法石はどこで? 鉱山みたいなとこがあるのかなって」
「山? そこにも落ちてるけど、わざわざ拾いに行く人は少ないのかなぁ」
「落ちてる?」
宝石が落ちてると簡単に言われた事に驚きを感じるのは当然か。
「落ちてる??」
落ちてると普通に言った側は、そこに驚かれた事に驚きを感じるのも当然か。
「……あ、魔法石はどうやって手に入れるのでしょうか?」
男は、一呼吸おいて落ち着いてから、質問を変えた。
「いろんなところ?」
七姫には、うまく伝わらなかった。
「失礼。
魔法石は、人間を含む動物の心臓に付着していますので、食品加工時に取れるものが多いのですが、装備品などに使う大き目の魔法石は、それなりの大きさの獣を狩って手に入れることになります。
そして、その能力によって、魔法にも大きく影響します。
もちろん、死体が朽ち果てた後に残っている場合もありますので、拾い集めている者達もおります」
付き人が割って入って説明を加えてくれた。 察しの良さがすばらしい。 魔法知識が無かった事からの推察だろう。
そして、なぜ知らないのかとは問わない。そういう詮索をしない約束を守っているのだ。
「そういう事か、説明ありがとう。 モンスターを倒せば手に入ると……ん、人間にも?」
「もちろんですが?」
姫様の会話に割って入った以上、会話を続けたくなかったのだろう。追加の質問にはきつめの声になっている。
「ああ、よくわかったよ。 ありがとう」
男も申し訳なさそうに礼を言う。
男は、出現地点でフィニが説明してくれた時に、詰めておけばよかったと後悔するとともに、自分の無知さ無頓着さにがっかりしていた。
先ほど、武器屋で同じ様なものかと安易に納得したが、今、ここが違う世界だという認識をあらためて持ち、見るもの全てに想像力を働かせる必要があることを思い知っていた。
どうやら、いつの間にか勝手にファンタジーの世界感を当てはめていたのだろう。
そして疑問があらためて生じた。 だが、それを口にすべきでないとも考えた。自分の心臓には魔法石など付いていないことを。
「へんなの」
七姫も、あまり深く追求しない。 いずれ話す機会があるかもしれないが、今は重要な内容では無いのだ。
東の国では、七姫に案内だけでなく簡単な解説をしてもらった。
それを参考にして、主に防御系の魔法を各装備に付与した。
ただ、ついでに持ってきた日本刀もお願いしてみたが、魔法付与は不可能と言われた。
魔法石の話を聞いて、たぶん無理だろうと思っていた男だが、確認はしておきたかったのだろう。
馬車に戻ると、男は二人を残してもう一度出かける。
「もう少し待っててくれるか。 申し訳ない」
男は、手で拝むようなしぐさで本当に申し訳なさそうに伝えた。
「ええ~。 なんで?」
七姫は、少しむくれて答える。
「ちょっと用事」
そう答えると、むくれ顔を見なかった様に、さっさと馬車を離れた。
実は、猫人から報告をもらっていた。 召喚の件に拘った訳では無く、何か知ってるかもしれない人物がここに居ると。
情報にあった店らしき建物に入ると、すぐ右のカウンターに男が一人居た。
近づいてカウンター越しに指輪を渡す。 付けたのを見てから言葉を発した。
「すまない、客じゃ無いんだ」
「客じゃ無いなら何の用だ? 俺はてっきり、その変な髪型をなんとかしようとしてきたのかと」
「髪型はほっといてくれ。 あ、違う、あんたが特殊な魔法に詳しいと聞いてきた」
「俺が? 誰に? で、ここは床屋だぞ。 装備屋でさえないのに」
「何屋とかはどうでもいいが…………違うのか?」
「何より、この店は一昨日始めたばかりだ」
「は?」
「もしかして、この場所に先週まであった店のやつかな」
「それだ! 今、どこに居るか知らないか?」
「空いた後に入っただけだからな。 大家にでも聞いてくれ。 向かいの店にいるババァだ」
「ありがとう。 助かった。 今度は散髪に来るよ」
男はそう言って、貨幣を渡し指輪を受け取ってから急いで店を出た。
確かに向かいには建物がある。そして、扉の横で椅子に掛ける猫族の女性が居た。どうみても若い女性だ。
なお、貨幣は、黄色系の宝石を四角や丸の形で、王国のマークが透けて見える様に内部にも加工されたものだ。
「あの人が、ばあさんなのか? そういえば、俺はこの世界に来て老人を見ていない、みんな魔法でか。 三千歳であれだから、なんでもありか」
これも、この世界の理と受け入れて、女性に近づく。 本人では無い可能性はもちろん残っている。
いちおう、こんにちはと挨拶しながら指輪を掌に載せて差し出す。
近づいて行く際に視線が男に向いていたので、客と思ったのか指輪を受け取ってはめてくれた。
「こんにちは、お聞きしたいことがあります」
あらためて挨拶した。
「客……では無い様だね」
「ごめんなさい。 買えるものがあればよかったんだけど、不動産は今は必要ないんだ。
お礼は、とりあえずこれで」
貨幣を五枚ほど渡す。
「ほう、何が聞きたい?」
相場は不明だが、とりあえず会話レベルには足りたらしい。
「そっちのお店の前の借主の居場所って分かります?」
今、出てきた店の方を指しながら聞く。
「悪いが、知らないよ」
「そうですか、名前だけでも教えてもらえたりしません?」
名前のみであれば個人情報だとか関係ないだろうしそもそも法律も無いだろうが、やはり店の信用には関係しそうなので慎重に聞く。
「ダラクシャーナという女性だよ」
あっさりと教えてくれたのは、渡した貨幣が男が想定したより多かったのかもしれない。
とはいえ、その情報を今後どう使うかのプランは男には無いのだが。
「おお、ありがとうございます」
お礼をして指輪を受け取ると、すぐにその場を離れた。
念のため近隣の建物内の者達にも聞き込みをしてみたがまったく新情報が無かった。ただ、名前と女性だという情報は、ほとんどの者が口にしてくれた。 それしか無い事の念押しの様だった。
それ以上手がかりも無いので、急いで馬車に戻る。 姫様を待たせている。
「お待たせして申し訳なかった」
「何してたの?」
七姫は興味津々で聞く。
「貴様の戻って来た方向。 まさか、隷嬢でも見に行ったか」
付き人は問い詰めるような口ぶりだ。
「「れいじょう?」」
七姫と男は同時に単語を口にした。
「あ、いえ、なんでもありません」
付き人がしまったという感じで慌てている。
「教えなさい」
こういう場合、七姫はあきらめないだろう。
「奴隷の事でございます」
「え」
「仕方の無い事です。 本国にはありませんが、他国では事情がいろいろあるのです」
「……そ、そうですか……」
残念そうに答えた七姫は、それ以上は続けなかった。 付き人の苦痛の表情を見て察したのだ。
「ああ、ええと、聞きたいのは俺の要件だよな?
ちょっと個人的な調べ事があって、知ってそうなやつが居るかもしれない店を教えてもらったんだ」
男も、この場の雰囲気は自分が発端だと思ったのか、話の方向を変えた。
「誰に?」
「猫族の情報屋?みたいなやつに。 で、ちょうど近くに来たからついでによった。 決してそっちが本命じゃ無い」
「そうなの。 で、何か分かったの?」
「いや、既に店が入れ替わってて関係無いやつしか居なかった」
「残念だったのね」
「ああ、でも、いずれ時間ができたらまた探すさ」
「わたしの方を優先してもらえて嬉しい」
「そう取るか。 良いけどね」
「ふふ」
嬉しそうに笑う笑顔はこの姫にはとても似合うと男は思った。そしてまた思い出した様に聞く。
「ところで、見た目の年齢を止める方法も聞いていいか?」
「え?」
「ああ、みんなやってるんだなぁって、街をいろいろ見て感じたもので」
「失礼。
一般的には、学校の卒業時に希望者を部屋に集めてまとめて行われる。
そうで無い者は、後日、魔法師に依頼して施してもらう」
また、付き人の出番の様だ。 やらない選択をする者がほとんどいないのが容易に理解できた。
「まとめてかぁ。 なるほど。 ……じゃ、俺って、ちょっと変な奴?」
そう、二十代後の顔は老け顔と言う事になるのだろう。
「貴様は、年齢以外にもいろいろと変だから、わたしの口からはなんとも」
「十分変な奴と思ってるじゃないか」
「わたしは、あなたの見た目嫌いじゃないわよ変わってて」
七姫は、けらけらと笑いながら本心だろう感想を言う。
「ありがとうよ。 あんたは、性格がそうとう変わってそうだがな」
「ええ、ひどぉい」
七姫は、自覚があるのだろうか、怒るわけでも無く嬉しそうに笑い続けた。
男は、見た目で年齢が分かりにくいといろいろと不都合もありそうだと思ったが、それについては、今は聞かないことにした。女性達相手に年齢の話をし難いという単純な理由だが。
フィニは、男に同行する事ができないこともあり、族長への報告のためエルフ村に戻っていた。
「魔法剣士様がお嬢様かもしれません。
合わせて、おそらく妖精王様の存在を知られました」
魔法剣士がバンパイアへ向かう際に男の横で一瞬躊躇したというのは、これなのだ。だが、妖精王とは。
「そういう事か、あれは人間という事だったはずだが、バンパイアを倒せるという事には少し疑念を持っておった。 噂の尾ひれと流して来たが、合点が行った」
「ニャン姉さんによると、今は、お城に滞在され、昼夜問わず巡回に出て居られる様です」
「では、ニャンには、城では無く魔法剣士の動きを追うように伝えてくれ」
「御意」
「それにしても、お主そんなにか?」
「はい。 あの日、世界樹の元で治療を補助した時から、彼の事が脳裏に常にあるのです。
ですが、なぜ、ここまで惹かれるのかわからない……だから、それを確かめさせてください」
「ふむ、まぁ少し早いが所帯を持つのも良い経験かもしれぬ」
「はい。 ですが、このまま傍においていただければ十分と思っております」
「いや、冗談じゃ……ぞ? その惹かれる理由か……う~ん、だが、違う世界の者達が出会えた。それが、ひかれあった結果であれば、確かにそれこそ運命というやつかもしれん。 しかもあやつは人間。
やつがお前の運命に引かれてきたか……その逆か……」
「ありがとうございます。 でも、運命とかそういうのでは無く、一緒に居て好きになったと思いたいです」
「乙女じゃ無いのぉ。 いや、そっちが乙女なのか? 恋愛……というやつか」
「そうなのでしょうか、でも、最近、あの人の言っていた事がわかってきました」
「あやつは、なんと?」
「あ、ええと……すいません、秘密……です」
フィニの顔がみるみる赤く染まる。
「乙女じゃの。 やっぱりわしにはわからんが、まぁ、そういう個人的なのは秘密でも良いのじゃよ」
「ふふ」
「嬉しそうで何よりじゃ。 では、行くがよい。 あれを持って行くのを忘れるなよ」
「はい。 重ね重ね、ありがとうございます」
フィニは、すっと姿を消し、すぐに気配も消えた。
「おそらく運命じゃと思うぞ、じゃが、誰かの、なんらかの、力が加わった……」
族長は遠い目をしてから呟いた。
そして、窓の外に見える大樹、世界樹に目を移してからもう一度呟いた。
「妖精王様、なぜ、今……」




