バンパイア対魔法剣士
猫人の食堂からの帰り道、ミーリンは用事があるからと先に宿へと向かった。
「フィニっ」
男はおもむろにフィニを呼んだ。
「はい。
いかがされました?」
フィニは、すぐに右少し後ろに現れて返事を返す。
「占い師の館では外で待ってたけど、どうかしたの? 俺の挙動を見て、あきれてただけじゃないよね?」
「気になりました」
「なにが?」
「内容はわかりませんでしたが、結果がありましたよね?」
「ああ」
「マスターが何か大事なことに関わるのでしたら、私程度の者が傍らに居ては、おじゃまにならないだろうかと……」
「はい~?」
「でも、それでも、見届けたいとも思いました」
「ああ、それでやじうまか……」
やはり族長はよくわかっている。
「やじうま?」
「ああ、今のは気にしないで……で、もし、君の想像の様に俺が何かするべきなら、ぜひ見届けてくれると嬉しい」
「ありがとうございます」
「君の覚悟はこの前聞いたしね……戦いますって」
「はい…………。 わたし頑張ります、少しでもお役に立てるように」
「充てにしてるよ、いや、マジで。 じゃ、その件はここまでにして、ちょっと相談」
「はい?」
「昨日の件、単独猫の襲撃に合わせて他の奴も来たと思うかい?」
「そうですね、あの方の動きが漏れて居たか、同じ依頼を複数が受けたか」
「三チーム以上が偶然そろうとは考えにくいもんね。 窓から襲撃してきた猫と弓もチームと言えないかもだし。 そして違う国……、
俺の想像でだけど、単独猫は第六王妃の依頼で脅し目的、他はそれにわざわざ便乗してきた以上、おそらく暗殺が目的じゃないかなぁ。
だから、後者の方は調べる必要がある。第六王妃の傍らにスパイが居るかもしれないしな。
で、俺が当たる予定の奴で、他国のバックアップがありそうなやつはいる?」
「他国が関係しないのは姫様達の一部だけでしょうから、他は全員となります。 でも、可能性は一回戦の相手くらいしか無いかと」
「なんで?」
「失礼ながら、マスターが二姫様の戦士との対戦で勝てるとは想定しないでしょうから」
「そして自分とこも二回戦は見てないのか、で、俺くらいにしか勝てそうもないとなるのね。 せっかくだから一勝くらいしたいと……たとえ不戦勝でも。
いやぁ、そんな理由で暗殺しないよねぇ……しかも、第六王妃の情報盗んでまでとか……ふむ、やな感じだ。
ちなみに、二姫さんとこって?」
「魔法使いです。 その名前を見て驚きました。 たぶん、魔法使いのくくりでは最強かと」
「魔法剣士から剣士とった感じ?」
「どうでしょう。 人間ですので精霊魔法は無いはずですが……」
「ふむ。 まぁ、前衛の居ない魔法使い、しかも単独なら前衛物理は有利と信じよう」
「そんな理屈があるんです?」
「ええと、漫画とかテレビゲームとか」
「聞いたこと無い言葉です」
「ええと、まぁ相性の問題だよ。 仮想の……」
「今の会話、お役に立てたのでしょうか?」
「もちろんさ、君と話すのは本当に心がときめく」
「何を言って……っ?」
照れた様に答えた言葉が途切れる。 ここまでの雰囲気が嘘のようにその表情は凍り付いていた。
「この気配……寒気?」
同時に、男も厳しい表情で辺りを見回す。
「マ……スター」
震えた声は重要なことを伝えたいのがわかるほど重い。
「どうした? 何が居る?」
「妖精たちが怯えています……こんなおぞましい気配……
恐らく……これがバンパイア」
「吸血鬼? こんなに早く遭遇できるとは……」
「近しい存在なのかもしれませんが、該当する答えを知りません」
「妖精さんたちは存在を知っている、そして敵ってことか。 気配は……あっちか」
「行かないでください。
血臭がします。 誰か襲われていると思われます」
フィニは、腕を掴んで引き戻す様に懇願する。
「じゃ、助けに行かないと」
「バンパイアには、マスターでも勝てません」
「ほう。 それなら、なおさら見てみたい、いや存在が確認したい」
男は、真剣な表情でフィニを説き伏せる。
「わかりました。 でも、見るだけです。 絶対、見つかってはいけません」
フィニは、曖昧な知識であるためだろうか、説得をあきらめた様だ。
男はうなづくと、気配のある方へ向かって駆け出す。
そのまま細い路地を抜けて行く、そして、居た。
「マスター、止まってください」
即座にフィニが制止する。
大柄の何かが見える。女性の腰を片手で掴んで持ち上げ、寄せた首に噛みついて居る。
「まだ、間に合うかも知れないっ」
そう答えて、フィニの必死の制止を無視して飛び出す。
「だめっ、行かないでっ、マスター……」
フィニは、これまで見せたことのない取り乱しで制止の言葉を続けて叫んだ。
だが、その言葉も思いもむなしく男は駆け出していた。
「そこまでだ」
男は、まだ距離がある位置に止まって大声で呼びかける。 フィニの言葉から慎重だけは期したのだ。
声に反応したのか、月光に照らされて振り向いた顔は、確かに禍々しい、だが雑知識としてある吸血鬼よりも狼男が近いかもしれない。
そして、次の瞬間、背中にフィニがもたれてきた。
ぐふっ、と言葉では無く嗚咽に血を混ぜて。
そのまま左にずり落ちて地に伏せる。男は、慌てて左を向く。 倒れたフィニの背中には血が大きく広がっていく。
そして気付く、さっきまで無かったろう地面に落ちている黒い塊に。この物体の飛来をフィニが身を挺して受けたのだ。
「フィニっ」
名を呼び抱きかかえる。顔があがり、瞳がかすかに開く。そして声を絞り出す。
「逃げて……くだ……さ……い」
「わかった、逃げよう」
男は、後悔しつつ、即座に逃げる選択をした時、バンパイアが言った。
「早かったな」
バンパイアのその言葉は、最恐の畏怖を伴った声だった。
男は、その言葉の意味も解らないまま声の方向に振り向いて居た。威圧された空気を受けて、逆に逃げる選択肢を破棄させられた。戦うしか無いと。
だが、バンパイアの言葉は、今、戦闘を選んだ男に向けられたものでは無かった。
狂気に満ちた血色の瞳は、男を見ていない、その先に向けられていたのだ。
男にも、直ぐにその向けられた相手の気配が分かったのか、もう一度振り返る。
圧倒的な自信をまとった騎士が立っていた。男にはそう見えた。
「こいつは、二大怪獣の決戦の間に入っちまったか」
「そちらは……敵では……ありません」
フィニが教えてくれる。 方向的には、黒い塊による攻撃の主と疑えるが、そうでは無いと言うことだ。
「いいから、しゃべるな」
「妖精の……気配……族長クラス……恐らく……魔法剣士……さまです」
「なに?」
しゃべるなと言ったはずが、思わず聞き返した。
「わたしは……もう大丈夫です」
血が出てはいたが、深くは無かった様だ。背中への打撃で息がくるしかったのだろう。息を整えつつ言葉にしていた。
「そうか、礼は後でする。 なんとか生き延びよう」
早々様子見に変更し、逃げるチャンスを探す。
魔法剣士と言われた影が動いた。 瞬間、バンパイアが女性を投げ捨てる。
「逃がさん」
魔法剣士は、女性の低い声で威嚇すると、男の横を走り抜けてバンパイアに向かっていた。
そう、バンパイアは逃げようとしたのだ。
魔法剣士が男の横を抜ける際、小声で何か言った様だったが、男には聞き取れなかった。
赤色だろう鎧の各所は、散りばめられた宝石が光を発し始め、月明かりのみの景色には美しく浮いて見えた。
みるみる加速し既にバンパイアを間合いに捕らえていた。
そして、いつ抜いていたかわからない美しくエメラルドに輝く剣でバンパイアに斬りつける。
応じたバンパイアは、一瞬逃亡の方向に向けた身を翻し、その体格に対して大きすぎる手によって剣を掴んでいた。
「※※%&」
魔法剣士は、すぐさま呪文の様な言葉を呟くと、剣を掴んでいたバンパイアの手が燃え上がる。
ほぼ同時に、魔法剣士の盾が弾き飛ばされた。腕ごと吹き飛び液体をまき散らしつつ落ちる。バンパイアが力任せに放った拳を受けた結果だ。
「※※*&&」
魔法剣士は、気にもしない様に呪文を続けると一気に炎が大きくなる。 そしてあっと言う間にバンパイアの全身を包む。
盾を飛ばした拳は、次に頭部を狙う。だが、届く前に見えない壁があるかの様に弾かれた。火花の様に光が何度も発光する。
拳を引くと同時に剣を掴んだ手の人差し指の爪が伸びる。魔法剣士の眼を狙ったのだろうか、その手前で、先ほどと同様に火花を幾度も散らして弾かれた。
腕の攻撃を弾かれている間も、全身を焼かれ続けるバンパイアだが、ふいに視線は先ほど投げ捨てた女の方に向いた。魔法剣士も、慌てる様にそちらを向く。
しかし、そこに女性の姿は無かった。
同時に、数メートル離れた場所に、男が抱えて着地した。
二人の視線は、驚きの視線を瞬間だけ男に向けてから、双方に向き直った。
既に、魔法剣士は次の手を打ったのか、バンパイアが初めて苦鳴の声をあげた。
その痛みを怒りに変えたのか、腕を振り回す。 だが、その鋭いかぎ爪も魔法剣士に届く前にやはりことごとく光と共に全て弾かれる。
数回振り回したとき、腕は方向を変え、握っている剣に向いた。横から刃に打ち付けられたのは、爪では無く拳。
剣が砕け散るが、魔法剣士は既に柄から手を放していた。
腰の後ろから二刀目を抜いて、剣を砕き振りぬけた腕を下から斬り飛ばした。
返す刃が頭頂に降りる。
が、踵を返す様に振り向き、剣を縦に振る。
固いものがぶつかる音と共に、黒い塊が地に落ちた。
直ぐにバンパイアに向き直った時、そいつは既に屋根の上にあった。片足を地面に残して。
「さすがにお強い、決着はいずれ」
そう言い残して、夜の闇へ消えていった。男に、一瞥を残して。
魔法剣士は、少しだけバンパイアの行く先を見つめてから、抜いていた二刀目を鞘に戻した。鎧の光も徐々に消えていく。
落ちた自分の腕を拾い上げ元の位置に付けると、数秒で手を放し、盾を背中に取り付ける。
黒い塊の飛んで来た方を一瞥してから男の方に歩み寄る。
「その女性は、こちらで保護する。 お前は大丈夫だな」
「は……い……、保護して……くださる……そうです」
フィニが、大丈夫であると返事を返してから翻訳する。
男は、女性を魔法剣士に女性を受け渡すと、すぐにフィニを支えた。
魔法剣士は、女性を抱き上げると、腕にのみまた光がともった。そして、そのまま歩き出した。
男は、声を掛けようとしたが、女性を運ぶのを優先して欲しいためかあきらめた。
「あれはわかるか?」
代わりにフィニに聞く。
「はい、やはり魔法剣士さまかと」
「おお、まさか会えるとは……実は知り合いか?」
「とんでも……ありません。 拝見するのも初めて……です。
まさか……妖精を……あれほど連れて……おられる……とは」
言い終えると。フィニは、崩れるように倒れた。
「フィニっ」
魔法剣士に話を聞きたいとか、それどころではない。
ただ、この時、些事でしかないが、存在の確認と近くに居る事がわかったのは収穫ではあったろう。




