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狐の嫁入り

 涼介は白州に敷かれた茣蓙の上で正座をさせられている咎人(とがびと)のように、砂利道の上で正座をさせられていた。

 行列は何事も無かったかのように、厳かな雰囲気のまま進んで行く。

 涼介の前を通る狐達は、見てはいけないと意識しつつも、興味と好奇心には抗えないようだ。ほぼ全員が、正座をさせられている人間を横目で盗み見て行った。

 幾つもの、好奇の視線が突き刺さる。

 涼介は溜め息に諦めを乗せ、地面を覆う砂利を眺めた。


(ここ……アスファルトだったのに)


 いつの間にか、歩き慣れたアスファルトの道が砂利道になっていた。民家の白壁も無くなり、不揃いな木が塀のように立ち並んでいる。

 涼介が立っていた場所からそのままに、どうやら、(あやかし)の世界に迷い込んでしまったらしい。


(困った。なんとかして帰らなきゃなのに、方法が分からない)


 それよりなにより、武術を(たしな)んでいそうな二匹の狐から、どうやって逃げればいいのだろう。

 涼介の両脇に控えているのは、きっと警護を担当する狐に違いない。(きょ)をついて走り出しても、獣の足の速さでは、すぐに追いつかれてしまうことが目に見えている。


(あぁ〜誰か助けてぇ……)


 心の中で涙ながらに叫ぶ涼介の頭に浮かんだのは、べっ甲縁のメガネをかけて胡散臭い笑みを浮かべる叔父ーー御堂 志生と、黒髪短髪ナイスバディのクール系美女ーー栗原律だった。

 志生は、人ならざる存在が原因となる事柄によって困っている人達と、それに対処する(すべ)を身につけている人達を結びつける仲介業のような仕事をしている。その得意先の一人が、呪術師を名乗る律だ。

 土御門の系列だと言っていたけれど、他にも独自でいろいろと習得しているらしい。だからだろうか、実力は志生の折り紙付き。

 助けてと念を送ればソレを察知してしまうのではと思えるくらいに、性格はちょっとアレなところがあるけれど……涼介も、律の実力には絶大な信頼を寄せていた。


『さて、どうしてやろうか……この人間』

『ひとまず屋敷へ連れ帰り、お戻りになった旦那様の指示を仰ごう』


 二匹の狐は顔を合わせて相談し、結論を出すと涼介を見下ろした。

 イラストで描かれる狐の目は線なのに、実際は猫のように目が大きい。

 涼介に向けられる狐の目は、縦長の瞳孔から放射線状に広がる鮮やかな虹彩が印象的だ。

 狐は目を細め、口角を吊り上げた。


『さぁ、立て人間』

『屋敷の下男としてこき使ってもらうよう、旦那様に進言してくれるわ』

「あらダメよ。私の大事な小間使いなんだから」


 どこからともなく凛とした声が響くと共に、スッと空間が切り裂かれる。

 切り裂かれた隙間から、上品な印象のマットなネイルで彩られた指先が現れた。徐々に伸びてくる手に巻かれているのは、水晶の数珠。カッという効果音が聞こえてきそうな勢いと角度でスラリと長い足が伸び、黒光りするパンプスが地面を踏みつけた。

 ゆったりとした白いニットに、ピッチリと足にフィットしたジーンズのパンツスタイル。黒髪短髪のクール系美女が、ランウェイの中央でポーズを決めるファッションモデルのように佇んでいる。

 涼介の顔には、自然と安堵の笑みが浮かんだ。


「律さん!」

「はぁ〜い涼介♪」


 赤い薔薇のような色をしている紅を引いた唇が、緩やかな弧を描く。切れ長の目をわずかに細め、律は数珠を巻き付けていないほうの手をヒラヒラと振った。

 狐達は突然現れた律に驚き戸惑っていたが、ハッと我に返ると手にしていた長い棒を構え直す。自分から注意が逸れたと判断した涼介は、いつでも立ち上がれるように体の重心を移動させながら、律に言葉を向けた。


「なんで此処に? どうして、此処が分かったんですか!」


 律は顎にソッと人差し指を添え、妖艶な笑みを浮かべる。


「ふふっ、私を誰だと思ってるのよ」

「え? えっと……天才呪術師?」


 合っているのか……? と迷いながら、長年に渡り覚えさせられた肩書きを述べれば「正解♡」と、律は誰もが見惚れるようなウインクをした。


「というわけで、私の大事な下僕を返してもらうわよ」


 小間使いの次は下僕と評され、涼介は律にとっての自分の立ち位置を再認識する。

 普段ならば、なんだよそれ! と噛み付いているところだが、今はスルーしておくことにした。

 どうやって帰ればいいのか手がかりもなにも無かった状態だったのに、棚から牡丹餅、渡りに船と、救世主が登場して救いの手が差し伸べられているのだ。

 律の機嫌を害して、この場に置いてけぼりにされてしまうほうが何倍も何十倍も困る。

 狐達はもう一度、手にする棒を構え直し、威嚇するため唇を捲り上げた。


『ならぬ! この人間を返すわけにはいかん』

『お嬢様の人生に一度きりである大切な花嫁行列を邪魔したのだ。その罪を償わせねば、気が収まらぬ!』

「う〜ん……そこをさ、なんとか収めてほしいのよね」


 武器である棒を向けられているにも関わらず、律は狐達との距離を縮めてくる。

 歩く姿は自然体で、しかも親しみやすそうな雰囲気までかもし出していた。緊張感も、警戒心も感じさせない。

 本当に、ただ普通に歩み寄って来る。親しい友人の元へ歩み寄るときのように。

 そんな律とは反対に、狐達はジリジリと後退して行く。涼介のかなり前に立っていたのに、狐達はあっという間に、再び涼介のすぐ脇に戻って来ていた。狐達からは、最大の警戒心が伺える。

 自信に満ち、臆することも警戒している様子も全く無い律に、獣の本能が忠告をしているのかもしれない。

 この人間に逆らってはダメだと。


「ねぇ。ちょっと、お話ししましょ?」


 歩みを止めた律が、狐達に提案する。

 狐達は、全身の毛を逆立てた。


『話すことなど、なにも無い!』

「あら、賢い種族の狐さんにしては……賢くない返答ね。対話は理解の始まりなのよ」


 律は残念そうに肩を落とす。八の字に歪められた眉と少し尖った唇が、心の底から残念に思っているのだと伝えてきた。

 けれども狐達は、フサリとした触り心地のよさそうな尻尾をピンと立て、警戒心を解かぬままだ。

 律は再び語りかける。


「貴方達の怒りは最もよ。大事なお嬢様の花嫁行列に水を差されたんだもの。当然よね。でも、そこの人間も悪気があったわけじゃないの。ただ、たまたま、偶然、歪みに入り込んでしまっただけなのよ」

「歪み?」


 涼介の問いに、律は頷く。


「人間の世界と妖の世界。画像編集ソフトのレイヤーみたいに、違う世界だけど……重なり合って互いに影響しあっているの」


 だから、違う世界の同じ場所に、突然ポイと放り出されたようになってしまったのか。


「波動とタイミングが合致してしまっただけの、単なる事故よ」


 律の言い分に納得がいかず、だが! と狐達は声を上げる。それを牽制するように、律が一枚の紙を差し出した。


「なにかあったら、ここへどうぞ」


 片方の狐が訝しげな表情を浮かべながら、律から紙を受け取る。紙面を確認し、曇った表情のまま律に視線を戻した。


『これは?』

「貴方達の言い分も、しっかり聞いてくれる男の所在地よ。今は、こんな人間の男の子に構っていないで、大事なお嬢様の行列へお戻りなさい。貴方達も本当は、しっかり見届けたいんじゃないのかしら」

『だから、そういうわけにはいかぬと!』


 食い下がる狐達に向け、律は「頑固ねぇ……」と腰に手を当て、盛大な溜め息を吐く。

 キッと狐達を睨みつけ、ビシッと人差し指を突きつけた。


「そんなカチカチの石頭じゃ、誰とは言わないけど嫌われちゃうわよ!」

『なっ!』


 狐達は面食らっているのか、言葉を失い口をパクパクさせている。

 もう、完全に律のペースだ。この場の主導権を握っているのは、完璧に律だった。


「ほら、アンタはいつまで座ってるつもりなのよ。さっさとコッチに来なさい」

「あ……はい」


 涼介は律に睨まれ、ピンと背筋を伸ばす。狐達の様子を伺いながら遠巻きに移動し、律の背後に小さくなって身を隠した。

 涼介の額に、律は手早くなにかを印す。


「これでよしっと……それじゃ、そろそろ失礼するわ」

『あっ、ま、待て!』

「お邪魔さま〜」


 狐達の静止など気にも留めず、律は水晶の数珠を擦り合わせ、ジャッと鳴らした。

 閃光が走り、涼介は思わず目を閉じる。

 恐るおそる目を開けば、涼介の眼前には、いつもの見慣れた街並みが広がっていた。

 元の、人間の世界に戻ってきたのだ。

 もう大丈夫だと認識し、体中に安堵が広がっていく。安心する気持ちに比例して、足から力が抜けていった。ガクンと膝が崩れ、尻もちをつく。


「ちょっとぉ、大丈夫?」

「あ……ははは、安心したら、気が抜けちゃった」


 涼介は泣き顔とも笑みとも受け取れる、緩みきった表情を律に向けた。

 腕を組んで涼介を見下ろしていた律は、呆れを隠そうともせず嘆息吐く。


「まったく……アンタの体質にも困ったもんね」

「ごめん。来てくれて、ありがとう……でも、なんで俺の居場所が分かったの?」


 カバンにGPSの発信器でも付けられているのだろうか。

 律はプクッと頬を膨らます。


「ちょっとぉ、私を誰だと思ってるのよ」

「天才、呪術師……です」


 そういうこと、と律は満足そうな笑みを浮かべた。


「あ! ちなみに、これ貸しだからね。なんか奢りなさいよ」

「えっ、そんな……!」


 自己収入の無い高校生に(たか)らないでほしい。


「だって〜無料(タダ)でコッチに連れ帰ってあげたんだから、それくらい見返りあってもよくない?」

「俺に提供できるものなんて、労働力くらいしか無いっす」


 連れ帰ってもらったことに、感謝はしている。律が来てくれなければ、本当に今頃どうなっていたことか分からない。

 荷物持ちでも、できることならなんでもしてやろうじゃないか。


「労働力ねぇ……。じゃあ、さっそく付き合ってもらおうかしら」

「さっそく? なに手伝ったらいいの?」

「それは、着いてからの〜お楽しみ!」


 律から晴れやかな笑みを向けられ、涼介には悪寒が走る。


(はてさて……いったい、なにを手伝わされることになるのやら)


 諦めの境地に達している涼介は、なにが起きても驚かないよう、密かに心構えをしておくことにした。  空を見上げれば、涼介が妖の世界へ迷い混む前に比べて、暗い雲よりも青空の比率が増している。それでもまだ、細かな雨が降り続いていた。

 今日は妖の世界で狐の婚礼が何件もある、狐の嫁入り日和なのだろうか。

 新郎新婦の門出を祝うように、空には刷毛(はけ)()いたような虹が、大きく緩やかなアーチを(えが)いていた。




《終》

2話完結にしようと思っていたので、1話分が長めになってしまいました(^_^;)


感想いただけると嬉しいです。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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