第9話・ヒーローを失う日常
──今朝の報道。
ウルフィーズの負傷。
ディーモンボーンの行方不明。
二つのニュースは、同時に流された。
同じ事件の『結果』だからだ。
「先を越された!」
ニュース映像が流れる。政府が極秘裏に実行した、ヴィラン撲滅作戦の囮としてオーバーテクノロジー搬送計画を利用したそれに、ヴィランは喰いついた。
しかし!
ヴィランも知っていたのだ。
罠だと!
襲撃したヴィランの目的はオーバーテクノロジーではなく、護衛そのもの!
ヒーローの撃破を狙っていた!
なんということだ!
僕の『理想の形がそこにはもうあった』のだ!
ヒーローを不要とする力がある、第一段階を間近で見たかったが贅沢は言わない。証明はされたのだから。やはり悪党になるほど行動力がある。戦闘能力だけなら、ヒーローに傷を与える程度は可能だと、世論を激震させたことだろう。
ヒーローは絶対的な戦力だった。
悪党は、掃いて捨てる程度の人間だった。
敵うはずがないと、つまりはヒーローの存在が絶対的かつ究極の、恒久の平和の象徴だというのだ、一般的な認識では。
まさか『そんなものがあるわけがない』のにだ。
最高級の映画を鑑賞するように、臨時ニュースの映像を見て漁った。人生でも有数に興奮した瞬間だ。いや、それは今でも続いている!
もっとも最初の瞬間は、輸送トラックの積荷を襲おうとした犯罪者が、こじ開けようと取り付いた瞬間、積荷として隠れていたウルフィーズとディーモンボーンの派手な歓迎を受けている場面からだ。
ヴィラン未満だろう輩は、護衛車両の張った強化弾の弾幕を仲間に押し付けて、突き破り、無事に偏向シールドの透過に成功、見事な蛮勇だがそれまで、ディーモンボーンの槍のような直線的な蹴りに貫かれる。
オーバーテクノロジーで武装しているのは、ほとんどがディープワールドフィッシュの戦闘員だろう。
廉価な量産型の粒子銃であるラスガン、よく整備されている。とにかく大量に存在する武器だが、整備の為にバラすには地球の知識だけでは勘頼りだ。地球産ではないオーバーテクノロジーの原典であるラスガンの大量運用とは余程、腕の良いエンジニアが組織に混じっているのだろう。
激しい撃ちあいの市街戦、いや、撃っているのはディープワールドフィッシュの戦闘員だけだ。遮蔽物から遮蔽物へ移動しながら、短い照射時間でヒーローに傷を付けようと奮闘する。
よく訓練されていた。
生身かつ無改造の人間というにはあまりにも加速が良すぎる。脳からのスパークを直接強化神経線維で編みこんだマッスルバンドが上手く機能しているからだろう。見た目は筋肉を締めあげるバンドでしかないが、思考して補強する簡易アシストスーツと同じ機能を持っている。ヒーローを相手に人間の神経伝達速度では遅すぎる。
目立った武器はどこにもない。
ラスガンとマッスルバンドの二つだけだ。
タキオン粒子で満ちたタキオンゴーグルは普通の商品だ。ヒーローを見極めるには必須ではあるが……。
良いオーバーテクノロジーだが、ヒーローには決定的に打撃力から何まで不足している。
その他のボランティアだかアルバイト組は、派手な大型兵器を持ち出している。歩行砲なんてものが、下手な足を動かしながら人力で弾みを付けられ押し出して来たときは目を疑った。
歩行砲から小型ミサイルの群れが一斉射、黒々とした噴煙を渦巻き、ハンマーのような強力な一撃を叩きつける。相対的に超加速された反射の中では遅い速度だが、それでも音速の数倍では足りない程度の加速と熱量で、偏向シールド付きの護衛車両が一撃でスクラップにされた。
這い出てきた頑健な武装警備員達と残飯漁りのボランティアヴィランらの激しい肉弾戦が急速に遠ざかっていく。
片手に単分子振動斧、片手にピストルを乱射しながら、パワーハウリング装置だろう絶叫を拡大しながら遮二無二突っ込む群れ、群れ、群れ!
原始的すぎる、だがそれが良い!
ヒーローをも恐れない愚劣なブレイバーは、原始時代のまさしく勇者だ。無数の死体を踏み越えれば本物の怪物が生まれる。怪物を倒すのはヒーローではない。そして怪物は必ずしも怪物的思考で戦うわけではない。
全ては相補性の関係にある。
ヒーローとヴィランのように、怪物は勇者を求める。
だが!
決定的に違うぞ!
ディーモンボーンが堅牢な肌に焼け焦げ一つつけずに、ラスガンの粒子ビームを弾き返しながらウルフィーズの盾になる。
輸送トラックの偏向シールドが、プラズマ化するエネルギーを拡散しきれずに装甲に直撃を許している。温められた装甲は白熱し、緊急冷却システムもすぐに飽和するだろう。ラスガンの粒子ビームは充分な高密度を維持しているのだ。偏向シールドを貫通するまでに。
分子結合を強化されたタイヤが一つ、二つと破壊され減速していく輸送トラックに、遅れていたボランティアの最前列が取り付いた。
激しく抵抗するトラックにその手がかかる。
『ブレーキを!』とウルフィーズの指示が聞こえてくるようだ。直後、急停車するトラックの荷台に吸い込まれるよう慣性のままに数人のヴィランが転がる。
そこには──ディーモンボーンが立ち塞がる。
ヴィランは転けたまま両足を確かに踏み、飛ぶように襲いかかった。戦叫びと共に振り下ろされた振動斧の刃が、ディーモンボーンの掌で受け止められる。ディーモンボーンの皮が浅く、裂けた。
だが、握りこむ。
振動斧を捨てる判断は早かったが手遅れだ。
「うぉぉぉっ!」
ディーモンボーンが叫ぶ。それだけのことだが、パワーの桁が違う。音の圧力が付近の窓硝子を圧し割り、至近の戦闘員を昏倒させ、充分な装備のない連中のほとんどは戦闘能力を根刮ぎされてしまう。
音よりも速く動けるのだから、あるいは躱すことも不可能ではなかった。だが……ディーモンボーンの音圧は、気化爆弾のように同時に、広範囲を、全てを押し潰すまでのエネルギーでもって文字通り潰しきった。
ウルフィーズがスカートの中から狼達を放ったとき、無防備な戦闘員は刈り取られるだけの麦穂も同然に噛み砕かれて倒される。
ミシミシと圧壊直前の中の悲鳴。
顎に捕まり引きずり倒される断末魔。
熱線も爆弾も通じない狼の毛並みが風を追い抜く。
多少の玩具など、狼の牙と爪が殻ごと噛み砕く。
圧倒的だ。
ヒーローなのだ、当然だ。
ディープワールドフィッシュの戦闘員も、ディーモンボーンの投擲──適当な残骸やなにか──で遮蔽物諸共撃ち抜かれ、急速に戦闘能力を損失していく。耐震の鉄筋と分厚い圧縮コンクリートを容易く貫通する物を前に、そもそも遮蔽物は視線を切るためのものでしかないのだ。
ヴィランは遠からず駆逐される筈だった。
だが、唐突にそれがあらわれた瞬間だ。
空気が変わった。
カメラマンが空の異変に気がつき、上空に振り向ける。スタジオやテレビにかじりついているだけの人間の耳ではわからないだろう。
あの場所に、あの瞬間に立ち会わなければ。
勇者だけが、それを耳にする。
空気が引き裂かれ焼かれる。
雲が蒸発した。
そして『彼女』は降下する。
四本の足でアスファルトの道路を破壊し土煙と瓦礫を巻き上げ、八つ目のセンサーの頭を細かく揺らしながら直後には磁気浮遊でのチャージ……ヒーロー、ウルフィーズとディーモンボーンへ向けた高い闘争心による突撃を始めたのだ。
巨体がほとんど無音に高速で迫る異様。
現実感のない蜃気楼のような。
カメラのコマ数ではほとんど撮影されず、ただワン・カットのみが奇跡的に、しかしボヤけた瞬間だが残された。ヒーローの本気の戦いと同じ速さの領域にいたということだ。
盾になっていたディーモンボーンが、ウルフィーズをトラックの奥へと投げこむ。
彼女が、巨重の腕を、弾幕で牽制しながら流体金属の槍を突き出していた。それはより細く円錐に瞬間的に圧縮され、一切の予備動作もなくディーモンボーン諸共に輸送トラックの半分以上を消しとばす。
今日、ヒーローは死んだ。
ヒーローは殺されたのだ。