1話
永遠という時の中、私は旅を続けていた。
もう何年前になるだろう。愛する人を喪って。砂漠の砂を踏みしめた。ザクザクと音が鳴った。アリーシャといった愛する女性は今は何をしているだろう。この灼熱の空ではなく涼しい所の空を飛んでいてくれたらいい。そう思いながらも私は足を進めたのだった--。
「……イェルク。久しぶりだな」
「……ああ。アムンゼン。君か」
黒い髪と瞳、浅黒い肌の背の高い男が声をかけてきた。昔からの友人であるアムンゼンは私と同い年の四十になる。この乾燥した砂漠が広がるイェラース王国は建国されてから二百年を迎えていた。王女であるシャンティラ姫がイェラース国の睡蓮と呼ばれて有名だ。
「イェルク。いや。王弟殿下。今年もアリーシャ様のお墓参りですな?」
「そうだ。アムンゼン。付いて来てくれるか?」
「もちろんですとも。アリーシャ様も殿下がいらっしゃれば。喜ばれましょう」
そうだなと頷く。私は愛するアリーシャ--妻を十五年前に亡くした。彼女との間には二人の娘が生まれていたが。上の娘はアイラ、下の娘はイリヤという。その後、アムンゼンと二人で妻の眠る墓地へと向かうのだった。
アリーシャの好きだった白い姫ユリの花をオアシスの泉の近くで摘んでおいた。三輪程摘んで紐で束ねておく。それをアリーシャの墓前に供える。手を組んで彼女の冥福を祈った。アムンゼンも同じようにする。
「……アリーシャ」
一言だけ彼女の名を囁く。薄い紅色の髪に淡い蒼の瞳の美しい女性だった。明るく朗らかでその場の空気をぱっと華やいだものにさせてくれていた。ああ、君が逝ってからというものの思い出してばかりだ。いつか、私がそちらに逝けたら会えるだろうか。そんなことを考えながら祈りを捧げたのだった。
アムンゼンと共に墓地を出た。久しぶりにアリーシャに会えた。少し安堵したような不思議な気分だ。
「……イェルク。お嬢さん方には会いに行くのだろう」
「ああ。そうするつもりだ」
頷くと私はかつて自分が住んでいた家に向かう。アムンゼンとはそこで別れたのだった。
自分の家に着くと変な気分になる。門を通り過ぎ、植えられた低木を何とはなしに眺めていた。するとぱたぱたと軽い足音が聞こえた。
「……あ。お父様!」
そう言って駈けてきたのは濃い紅色の髪に淡い翠の瞳の若い女性だ。亡き妻であるアリーシャによく似た面差し。彼女は--。
「……イリヤか?」
「ええ。そうよ。お帰りなさい!」
下の娘のイリヤはにっこりと笑って出迎えてくれた。後から若い男も出てくる。確か、イリヤの夫君のはずだ。名をエイブラムといったか。
「お父様。一年ぶりだわ」
「ああ。すまんな」
イリヤとエイブラムは笑いながら家へと私を誘う。中に入ると侍女や家令達が勢揃いで出迎えてくれた。
「……殿下。お帰りなさいませ」
「……ただいま帰った」
家令が言ってきたので返事をした。家令も髪に白いものが混じっている。年を取ったなと思う。それを言うなら私もだが。家令は私が使っていた居室に黙って案内をした。ドアを開けると内装も調度品もそのままにしてある。代わりに掃除がきちんとされているのが見てわかった。私は上に着ていた外套を脱ぐと家令に手渡した。そうして沐浴をしたいと言った。家令は頷いて準備をしに行った。侍女にも指示をするのだろう。そう思いながらふうと息をついたのだった。
「……殿下。準備が整いました」
侍女が知らせに来た。私はカウチから立ち上がると浴室に向かう。ドアを開けると今まで着ていた衣服を脱いだ。そうして沐浴をしたのだった。
浴室を出ると手早く侍女が用意してくれていた布で体の水気を拭いた。髪もざざっと拭くと洗濯してある衣服に着替える。やっとひと心地がついた。居室に戻ると家令が軽食と柑橘系の果物を輪切りにして入れたいわゆる果実水を用意してくれていた。カウチに腰掛けると軽食をつまみながら果実水を飲んだ。
「殿下。陛下からお手紙です」
「……陛下からか。なら、テーブルの上に置いといてくれ」
「わかりました」
家令は頷いて手紙を置く。軽食を完食すると手紙を取って鋏で封を切った。内容に目を通す。
<イェルクへ
元気にしてるか?
私は元気にしているが。お前が奥方を亡くしてもう十五年が経つんだな。早いものだ。
実は我が娘であるシャンティラが嫁ぐ事になった。その前祝いとして宴を開こうと思う。
イェルクにも参加してほしいんだが。それでこうして手紙を書いた。
もちろん、アイラとイリヤ達も来てくれたら歓迎するぞ。
では早めに返事を聞かせてくれたら嬉しい。
アメンハド・イェラース>
最後に陛下--兄上の署名がある。ふうむ。姪のシャンティラ姫も嫁ぐのか。年月が過ぎ去るのは早いものだ。私は返事をどう書こうか考えたのだった。
その後、兄上に返事を送った。簡潔に「宴には参加する。下の娘のイリヤ夫婦と一緒に行く」と書いておいたが。さて、これで良かったのか。けど姪達に会えるのは嬉しくはある。アイラとイリヤはシャンティラ姫といとこ同士という事もあり仲が良い。
(……まあ。シャンティラ姫や甥っ子達とも久しぶりに会うし。楽しみだな)
そう思いながらも口角が上がった。シャンティラ姫や姉姫も大きくなっているだろう。ふふっと笑いながら葡萄酒を口に含んだのだった。