3-5 杯の6
そうしてお見合い当日がやってきた。
お見合い自体は、エリィ様と私が、ルーイ様の部屋を訪れる形で行われた。
「いらっしゃい!僕がルーイだよ。うわぁ、おとぎ話のお姫様みたいだね!」
「エリザベスです。」
「よろしく。それから・・・。」
そう言って、ルーイ様が私に目配せしたので、淑女の礼で自己紹介する。
「アルバート殿下の婚約者のマリナ・ロレーヌと申します。お会いできて光栄です。」
「君がアル兄様の婚約者なんだね、よろしく。」
ルーイ様はニコニコと愛想の良い笑顔で迎えてくれた。
「早速遊ぼう!僕のお気に入りの本を見せてあげるよ!」
そう言ってルーイ様が持ってきたのは昆虫図鑑だった。
・・・うん。
男の子だもんね、昆虫好きだよね。
でも女の子には拒否されるんじゃないかなぁ・・・。
と不安に思ったのも束の間。
「ほら見て!こんなに綺麗な蝶々がいるんだって!」
言いながら指し示したのは蝶々の絵が載っているページだった。
「うわぁ、本当に綺麗ね!」
エリィ様も嬉しそうに本を覗き込んでいる。
その様子を見て、私はひとまず胸をなでおろした。
「エリザベス王女は普段は何をして遊ぶの?」
「おままごと!あと、マリナや侍女たちに絵本を読んでもらうのも好き。」
「じゃあ、今日は僕が絵本を読んであげるよ!どれを読もうか?こっちに来て、一緒に選ぼう!」
人懐っこいルーイ様のおかげでエリィ様の緊張も解けたようで、二人で楽しそうに本棚へと向かって行った。
それから私はソファでお茶を飲みつつ、子供たちを見守る形になった。
幼い二人はあっという間に打ち解けて、楽しそうに遊んでいる。
やがて、エリィ様がお腹に手をあてたのに気付いたルーイ様が、おやつに誘う。
「お腹空いてきたね。お菓子食べない?」
「うん!食べる!」
ルーイ様が自然に手を差し出し、何の疑問も持たずにエリィ様がその手を取ったことに驚いた。
知り合ってからそう時間は経っていないのに、もう手をつないでいるのだ。
子供ってすごい。
いや、ルーイ様がすごいのかもしれない。
七歳にしてすでに女性をエスコートするということを分かっている感じがする。
そうして二人で私がいるソファの方に来ると、大きなソファに並んで座って、侍女たちが用意したお菓子やお茶を口にし始めた。
「僕はこの後、剣の稽古があるんだ。王族の嗜みだからって言われてるけど、正直好きじゃないんだよね。痛いし、疲れるし。そんなことより本を読んでいる方がずっと楽しいよ。エリザベス王女は嫌いなことってある?」
そう問われたエリィ様は、さっきまでが嘘のように暗い表情になってしまった。
「エリィ様・・・?」
心配して名前を呼ぶと、まるで独り言のようにエリィ様が話し始めた。
「大人の大きな声が嫌い。大きな声を出す人は、みんな私の事なんて見てない。利用したいだけ。大っ嫌い。」
「ごめん。嫌なことを思い出させちゃったんだね。」
即座にルーイ様が謝った。
私はエリィ様のそばに跪き、その両手を握った。
エリィ様は少し涙ぐんでしまったのをごまかすように笑顔になって言った。
「マリナは大人だけど、好きよ。マリナの声を聴いていると安心する。」
「エリィ様・・・。」
平和な日本で育ってきた私では想像もつかない辛いことがあったのだろう。
まだ四歳だというのに・・・。
そんなエリィ様をきちんと理解できないことが悔しかった。
それでも、好きだと言ってもらえたのだから、せめてそばにいようと、そう思った。
「そうだ!僕に、名誉挽回させて!」
唐突にルーイ様が声を上げた。
「庭園に、すごくきれいな花が咲いてるんだ。案内するよ。」
大きな声が嫌いだと聞いたからだろうか。
ルーイ様の声音がすこし優しいものに変わった気がする。
「お花は好き!マリナも一緒に行こう?」
「はい。」
そうしてみんなで庭園をお散歩することになった。
「うわぁ・・・!本当に綺麗なお花がたくさん!」
エリィ様は楽しそうに色々とりどりの花々を見て回っている。
そんなエリィ様を見て、ルーイ様もホッとしたように笑った。
「ねぇ、マリナはエリザベス王女の事をエリィって呼んでるんだよね?僕もそう呼んじゃダメ?」
そう問われて、エリィ様は少し考える顔になった。
「じゃあ、私もルーイって呼んでいい?」
「もちろん良いよ。これからもよろしくね、エリィ!」
「うん!よろしく、ルーイ。」
こうして、お見合いは大成功で幕を閉じた。
部屋に戻ってから、私は改めてエリィ様に確認した。
「エリィ様。ルーイ様とのご婚約のこと、どう思われますか?」
「ルーイはとても優しかったよ。婚約する事がどういう事なのかは、まだよく分からない。でも、ルーイと一緒にいられるなら婚約しても良いと思う。」
「わかりました。では、アルバート殿下にルーイ様と婚約するとお返事しましょう。」
「うん、お願い。」
その後、諸々の手続きを終えて、小さなカップルが誕生したのだった。
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