3-2 杯の4
エリザベス王女様をよく観察していると、クッキーやチョコレートよりも、マドレーヌやフィナンシェのようなしっとりとした焼き菓子を好んで食べているようだった。
お茶に関しても、毎回違う物を出すよう侍女に指示すると、ハーブティーは苦手なのか飲むのに時間がかかり、クセの少ない紅茶だと飲むペースがわずかに早いことが分かった。
特に甘くしたミルクティーは好きなようだ。
食事も共にしたのだが、お魚と野菜は苦手な様子で、わずかに眉間にしわがよっていた。
それでも残さず食べるあたりは、とても利口なのだと思う。
それ以外の時間は、互いに話さずにゆっくりとしたり、私が一方的に絵本を朗読したりしていた。
しかしエリザベス王女様の方は特に嫌がる様子はなかった。
相変わらず無表情のままで、一言も言葉を発することは無かった。
変化があったのは、夜ベッドに入った時だった。
侍女たちが下がり、二人きりになると、エリザベス王女様は私の袖をそっと掴んだのだ。
私はできるだけ優しく微笑み、
「やはり、夜は怖いですね。でも、一人ではありませんから、大丈夫ですよ。」
と声をかけ、そっと手を握った。
エリザベス王女様は私の事を窺うようにしばらく見つめた後、顔を隠すように反対を向いてしまった。
しかし、つないだ手はそのままだったので、拒絶はされていないようだと安心した。
眠りについてしばらくして、隣で人が動く気配がして目が覚めた。
エリザベス王女様が私の肩口に顔をすりよせて、涙を流している。
「・・・ママ・・・」
紡がれた寝言に、胸が締め付けられる。
本来なら、まだまだ親に甘えて守られているはずの年齢だ。
私は少しでも安心させようとエリザベス王女様の頭をゆっくりと撫でたのだった。
翌朝になって目を覚ますと、エリザベス王女様は私にピッタリとくっついて、安らかな顔で眠っていた。
どうやらよく眠れたようだと安心して寝顔を見ていると、少ししてエリザベス王女様も目を覚ました。
そして、私にくっついていることを自覚すると慌てて離れ、
「ごめんなさい・・・。」
と小さな声で謝ってきた。
「どうぞ、お気になさらないでください。私でよろしければ、もっと甘えてくださいませ。」
そう微笑んで声をかけると、戸惑うように視線が動いた。
そして小さな手で私の袖をつかんで
「ありがとう・・・。」
とつぶやいてくれたのだった。
それからはポツリポツリと言葉を発してくれるようになり、徐々に表情も出てくるようになった。
「エリザベス王女様、お好きな色はありますか?」
「・・・緑・・・。私の目と同じ色だから・・・。」
「では、エメラルドグリーンのドレスをご用意しましょう。」
といった具合に、少しずつ好みを聞き出して、居心地が良くなるように頑張った。
正直に言えば、私自身もお妃教育やヒーラーを育てる仕事が立て込んでいて、常に一緒にいることはできなかった。
しかし、そこはエリザベス王女様付となった侍女たちと連携して、密に連絡を取り合ってフォローした。
お仕事の基本、「報告・連絡・相談」が大事なのだ。
もちろん、その様子はアル様にもしっかり報告している。
ある程度打ち解けられたころ、私はこう提案してみた。
「エリザベス王女様。もしお嫌でなければ、エリィ様とお呼びしてもよろしいでしょうか。」
「マリナなら、良いわ。私のママもエリィって呼んでくれてたの。」
「エリィ様。ありがとうございます。お母上様には適わないでしょうけれど、今は私がエリィ様をお守りできるよう努めてまいります。」
「マリナの事は好きよ。一緒にいてくれて、ありがとう。」
だいぶエリィ様の信頼を獲得できたようである。
この信頼を裏切らないように頑張らねばと、私は決意を新たにするのだった。
ありがとうございました。
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