2-14 杖の9
そうして迎えた木曜日。
「私がお妃教育を承りました、エミリーと申します。」
「マリナと申します。よろしくお願い申し上げます。」
互いに淑女の礼で挨拶を交わす。
エミリー先生は五十代くらいのキリっとした女性だった。
ベルナール先生とともに、宮廷マナーがどの程度できているかを確認する。
結果、踊れるダンスのバリエーションはもっと増やす必要があるが、それ以外のマナーについては概ね合格を貰えた。
国内の貴族の知識については、シャルから教わっていたので、ひとまず及第点とのこと。
あとは、この国の歴史や宮廷行事、近隣諸国について勉強していくことになった。
正直、仕事との両立は大変だけど、アルバート殿下の事を思うと頑張れる気がする。
最初は、王太子妃なんて絶対無理だと思っていた。
でも、アルバート殿下が民を守ろうとしていることが分かり、そのサポートをすれば良いのだと分かった今は、できるなら殿下の隣に立ちたいと思う。
だから、お妃教育にも前向きに取り組んだ。
エミリー先生は一見怖そうな印象だったけど、とにかく真面目過ぎる人だったようで、私が意欲的に学ぶ姿勢を見せると、丁寧にわかりやすく教えてくれた。
講義が終わって自室に戻り、一息ついていると、アルバート殿下がやってきた。
「妃教育はどうだった?辛いことは無いか?」
「大丈夫です!エミリー先生も丁寧に教えてくださるし、頑張れそうです!」
笑顔で答えると、殿下も笑顔を返してくれた。
「そうか。エミリーに気に入られたようだな。」
「どういうことですか?」
「エミリーは真面目過ぎるところがあるからな。不真面目な人間を嫌う傾向にあるんだ。だが、マリナには心配無用だったな。」
日本人は基本的に真面目だと言われているから、先生にも好感を持ってもらえたのかもしれない。
「私がお妃教育を受け始めたという噂は広がってますか?」
「まだ広がってはいないが、特に秘密にしているわけではないからな。マリナも十分に気を付けてほしい。」
「わかりました。」
嫌がらせレベルなら、自ら返り討ちにするまで。
それ以上ならエリクさんとディオンさんがいてくれる。
私は強気で頷いた。
殿下が部屋を後にした後、私はシャルに相談したいことがあるから会えないかと手紙を書いた。
すぐに了承の返事をもらえたので、約束の日にロレーヌ公爵家を訪れた。
「今日は時間をもらって、ありがとう。」
「いいえ。マリナからの相談でしたら、いつでも伺いますわ。」
笑顔で出迎えてくれるシャル。
ほんと、天使のようだ。
「それで、今日はどうなさったの?」
出された紅茶を一口飲んで落ち着いたところで、シャルが聞いてきた。
「実はね、私お妃教育を受けさせてもらっているの。」
「まあ!それは素晴らしいですわね!」
「ありがとう。シャルのおかげで、国内の貴族の知識があること、先生にも驚かれたよ。」
「役に立って何よりですわ。」
「でも、私がお妃教育を受ける事に反感を持つ人もきっと出てくるでしょう?どんな嫌がらせがあるか、ある程度予想して、対策を立てておきたいんだ。協力してもらえるかな?」
シャルは私よりも社交界での経験が多いはず。
きっとこれまで色々体験したり見聞きしているだろうと予想したのだ。
「そうですわね・・・。定番の嫌味を言うなどの言葉での攻撃もありますし、わざとドレスを汚したりするものもありますわね。」
令嬢同士のいざこざは、私の想定内のようだ。
「男性貴族ですと、わざと難しい話を持ちかけてくるような嫌がらせもありましたわ。」
なるほど、だから勉強が大事なわけだ。
「とにかく、わずかでも隙を見せるとそれを突かれます。柔和な笑顔で、誰にでも好印象を持たれるようにすることが大事ですわね。そう、先日のお茶会での王妃様のようなイメージですわ。」
そういえば、王妃様は終始笑顔だった。
招待客のご令嬢方に平等に接し、悪く言えるような点は全くなかった。
どうやら、そういう女性を目指すべきらしい。
「なるほど。すごく参考になったわ。ありがとう、シャル。」
「いいえ。私はマリナの事を応援していますから、頑張ってくださいませ!」
「ええ、もちろん!」
シャルに元気づけられた私は気合を入れなおし、家路についたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
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