2-11 悪魔
それからさらに一月ほどたち、エマ、アリア、リリィの三人も仕事に慣れてきたようだ。
私はといえば、彼女たちが仕事に慣れるのと比例して、出張が多くなってきた。
自然と私が貴族担当で、三人が平民担当のような図式になりつつある。
「みんな、王立病院の方を任せっきりにしてしまってごめんなさい。何か困っていることは無い?」
「接客業ですから、たまに変なお客様も来ますが、何とかなってますよ。」
仕事終わりに私が皆にあやまると、アリアからそう返事が返ってきた。
「変なお客様って?」
「・・・妙に触ってくるおじさんとか・・・。」
「あー・・・。どうしても出てくるよね、そういう人。困ったものだよ。」
「マリナさんが作ってくれていたカウンセリングシートで、そういう人だと事前に分かったので、何とか無難にやりすごしました。」
「うん。ありがとう。」
接客業である以上、こちらがお客様を選ぶことは難しい。
法に触れるような決定的な何かがないと、断りづらいものだ。
こちらにできるのは、被害を最小限に抑えて、穏便に事を済ませるくらいだ。
「マリナさんこそ、貴族相手は大変じゃないですか?」
リリィは私の事も気遣ってくれた。
「私は宮廷マナーも教わっているから、何とかやってるよ。一部わがままな人もいるけどね・・・。」
私は苦笑して答えた。
貴族の中には、公僕であろうとする健全な貴族と、自分は特権階級なのだと権力を振りかざす人がいる。
前者の人たちには、私を気にいってもらえているようだが、後者の人たちは微妙だ。
何故なら私にとっては平民の人たちも含めて、みんな平等に「お客様」だからだ。
そんな私の態度が、特別扱いを望む人たちにとっては面白くないようである。
「あまりにひどいことがあれば、私からアルバート殿下に相談するから、みんなも何かあったら気軽に話してね。」
「わかりました。ありがとうございます。」
こうして、後片付けをしながらの雑談を終えたのだった。
ちなみに、わがままな貴族たちの中には、ヴァンドーム侯爵様がいた。
そう、あのテンプレ悪役令嬢の父親である。
他のお客様の予約が入っていても、自分を優先させろと言ってきたり、王立病院がとうに終わった夜中に屋敷に来いと言ってきたりする。
「わしは侯爵だぞ!平民風情が口答えするな!お前はわしの言うことを聞け!!」
そう怒鳴られたこともある。
「誠に申し訳ございませんが、私にとっては侯爵様も他のお客様も同じだけ大切な存在です。どちらもないがしろにはできません。」
平身低頭でそう説明するも侯爵様の怒りは収まらず、頭をはたかれたこともある。
「わしはヴァンドーム侯爵だ!わしは偉いんだ!!」
口癖のようにそれを繰り返された。
それでも、私はひたすらに耐えていた。
彼と同じ土俵に立ってはいけないと自分に言い聞かせていた。
この親にしてこの子あり。
まったく、親子そろってやっかいな性格をしているものである。
ある木曜日。
私がいつも通りにマナー講義を受けていると、突然扉が乱暴に開かれた。
「おい!何故昨夜、わしの屋敷に来なかった!!」
なんと、ヴァンドーム侯爵がおしかけてきたのだ。
たしかに昨夜、もう眠ろうかという時間になって、侯爵様から屋敷に来るようにと手紙が届いた。
しかし、そんな時間に外に出るのもエリクさんとディオンさんに迷惑をかけることになるので、丁重にお断りする手紙を送ったのだが。
「わしが来いと言ったら、すぐに来るのが礼儀だろう!わしは侯爵なのだぞ!!」
ノックもせずに部屋に押し入っておきながら、礼儀なんて言葉を口にすることに呆れてしまう。
「こんな講義を受けているほど暇なら、今からでもいい、屋敷に来い!」
そう言って、侯爵様は私の腕を掴んだ。
エリクさんとディオンさんの視線が険しくなる。
「ヴァンドーム侯爵様。申し訳ありませんが、この後は別のお客様の予約が入っておりますので伺えません。」
「他の客だと?!そんなものよりわしが優先されるべきだろう!!」
侯爵様はそう怒鳴りつつ私を部屋の外へと引きずり出す。
すると、思わぬところから声がかかった。
「予約しているのはわしだが、そなたを優先すべきだと言うのか?」
なんと国王陛下が偶然通りがかったのだ。
「へ、陛下?!何故こちらに?」
とたんに侯爵は慌てだした。
「忙しい合間をぬって、やっと予約ができたというのに、何故わしがそなたにそれを譲らねばならんのか、説明してもらおうか。」
陛下の厳しい視線を受けて、侯爵様は固まってしまう。
「い、いえ、その・・・。まさか陛下のことだとは思わず・・・。」
侯爵様はしどろもどろに言い訳を口にする。
「わしだけではない。皆がマリナの技術を必要としているのだ。そなたもルールを守るように。」
「は、はい・・・。」
陛下に教え諭されて、侯爵様はすっかり小さくなってしまった。
陛下も私も忙しく、中々時間がとれず、やっとお互いの予定が合ったのが今日の午後だったのだ。
そんな裏事情も知らず、自分を優先しろと命令してきた侯爵様は、逃げるように帰っていった。
「マリナ、今日の午後を楽しみにしているぞ。ではな。」
それだけ言って、陛下もその場を後にした。
「ありがとうございました。」
私は淑女の礼でそれを見送る。
エリクさんとディオンさんもホッとしたように警備に戻った。
すっかり置いてきぼりになってしまっていたベルナール先生も気を取り直したようで、講義が再開されたのだった。
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