2-1 恋人
その夜は中々寝付けなかった。
だってプロポーズ。
しかもアルバート王太子殿下が庶民の私に。
普通ならありえない状況に、頭の中はえらいことになっていた。
正直に言えば、嬉しさもある。
アルバート殿下の事は、好きになっていたのだから。
でも、王太子妃になれるのかと問われれば、全力で否定する。
だって私は庶民。
よくあるサラリーマン家庭に生まれ育ったのだ。
王太子妃なんて、あまりにも遠すぎて想像すらできない。
そこで、はたと気づいた。
この国は、一夫一妻制なのだろうか?と。
日本人の私は、反射的にそう思っていたが、もしかしたら一夫多妻制なのかもしれない。
だとすれば、しかるべき身分の正妻がいて、私は愛妾に望まれているのかもしれない。
そうであれば、身分の低い私にプロポーズをしたことも頷ける。
でも、愛妾なんて絶対に嫌だ。
日本人の私としては、どうしても不倫のように感じられて、嫌悪感がある。
そんなものになるくらいなら、王城を出て、一人で暮らしていく方がマシだ。
何はともあれ、まずはこの国の結婚制度について確認しよう。
そんなことをグルグルと考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝。
普段よりも早く目覚めてしまった私は、ベッドの上で瞑想していた。
どうにかして心を落ち着けなければ、とてもではないが今日の仕事が出来ないと思ったのだ。
しかしどうしても昨日のアルバート殿下の言葉が頭の中をチラついて、集中できずにいた。
それでも何もしないよりは少しは心が落ち着いてきた。
これなら、とりあえず今日の仕事はいつも通りこなせそうだ。
そうこうしているうちに普段通りの時間になり、アニエスさんがやってきた。
支度を手伝ってもらいながら、それとなく聞いてみることにする。
「失礼ですが、アニエスさんはご結婚は・・・?」
「はい。夫と、七歳になる息子がおります。」
ほぼ毎日この部屋に来ているのに、お子さんまでいるらしいことに驚いた。
「七歳ですか!やっぱりヤンチャですか?」
「ええ。お恥ずかしながら。いつも手を焼いていますわ。」
アニエスさんは苦笑して答えてくれる。
「やっぱり身分が高い方だと、何人も愛妾を持ったりするんでしょうか。」
聞きたかった本題を、思い切って口にしてみる。
「まあ!いいえ。身分にかかわらず、基本的に妻は一人だけですわ。・・・中には愛人を持たれる方もいるようですが、見つかれば妻に離縁されても文句は言えません。」
おおう。
どうやら結婚制度自体は、日本とそう変わらないようだ。
ということは、やはり昨日のプロポーズは、私を正妻にしたいという意味だったのか。
うん、やっぱり断る方向で行こう。
そう自分の中で結論付けて、今日も仕事に励むのだった。
仕事を終えて王城に戻ってくると、偶然アルバート殿下とオリバーさんに会ってしまった。
殿下は私の姿を見つけると、とたんにすごく甘い微笑みを浮かべた。
(お願い、心臓に悪いからその顔はやめてください!)
そんな私の願いは届かず、殿下は笑顔のまま私の方へとやってくる。
「マリナ、今帰りか?」
「はい。殿下はまだお仕事中ですか?」
「ああ。執務室に戻る所だ。」
普通の雑談をしているだけのはずなのだが、妙に殿下との距離が近い気がする。
そっと離れると、同じ分だけ殿下が近づいてくる。
今までは、あくまで知り合いとしての距離だったのに、遠慮が無くなったように感じる。
何だかまわりから視線が刺さってくる気がした。
「あの、殿下。他の方の目もありますから・・・。」
遠回しに離れるようお願いする。
「俺はそなたに惚れている。そなたも俺のことを嫌っていない。ならば遠慮する必要は無いだろう?」
いやいやいや!
遠慮する必要あるでしょ?!
私は自ら進んで敵を作りたくなんてないよ!
「不快に思われる方もいらっしゃるかもしれませんし・・・。」
もう一度お願いする。
「マリナが嫌だと言うなら、そうしよう。二人きりの時であれば問題ないな?」
「え・・・。」
二人きりなら問題ないって、どうしてそうなるの?!
「昨日のお話なら、お断りしたはずです。」
「そうだな。しかし俺は諦めないと言ったぞ。」
うえーん!
話が通じないよぅ。
「・・・自分の部屋に戻ります。」
泣きたい気持ちになりながら、そう伝える。
「そうか。気をつけてな。少しでも会えて、嬉しかったぞ。」
殿下は私の頬をそっと撫でた。
私は自分の顔が熱くなるのを感じながら、急ぎ足で部屋へと戻ったのだった。
何なの、あれ!
反則すぎるでしょう?!
脳内の私は恥ずかしさのあまり転げまわっている。
実際にはアニエスさんもいるので転げまわってはいないが、ソファに座って顔を両手で覆い、項垂れている。
あんな調子の殿下を相手に、今後どうしていけば良いのかと、途方に暮れるのだった。
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