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6. 『奇妙なとどめの一撃』

「つっても、簡単なことじゃねえ。攻撃をかいくぐんのもギリギリだってのに。」


 勝機の(すべ)を見つけたアルトだったがそれでも、小さく限られた条件下にさすがに口を尖らせた。

 固い装甲に覆われた皮膚。その中から切れる箇所を吟味し、斬りつけなければならないというのは至難の業だ。

 牛悪鬼の牙や爪は人間の皮膚なんて容易に抉るだろう。一撃でも喰らえば即死だって免れないというのに。


「とりあえず、顎下の首は斬れっからな。狙うのはそこと。あとは…目ん玉、膝裏、……ケツの穴とかも斬れそうだな。

………………………いや、ケツは汚ねえからやめとくか。目か首を斬りゃ、なんとかなるだろ。」


 ある程度斬れる箇所をピックアップし、狙う部分を明確にする。


「あとはそれを避けながらやれっていうわけなんだが、……………………………ん?」


 牛悪鬼の様子を警戒しながら、どうするか考えていたアルト。


 すると急に、注視していた敵の行動に変化が起こり、目を丸くしてしまう。

 というのも、牛悪鬼は近くの燃えている民家の元へ行き、黒い剛爪を駆使しては家の柱からベリベリと燃えている木材の一端を引きちぎっていて、


「なんだ?お前も武器を作ったつもりか?爪だけで十分だと思うけどな。」


 牛悪鬼の行為にアルトは皮肉じみてそう告げる。けれどもそれは嘘ではない。


 実際、奴の剛爪の威力は凄まじいものだ。それなのに今さら木材の武器を増やしたところで戦局が変わるとはあまり思えない。


「まあ、燃えてるもんを振り回されんのはちょっとめんどくさいけど……でもそれに当たるほど、俺はそこまで鈍くねぇぞ?」


 現に、アルトは牛悪鬼による数々の爪牙の連撃をかろうじてではあるが避けきっている。彼の磨かれた回避術と身のこなしが牛悪鬼に通用することは先の攻防で明らかになってはいるのだが。


「ゴルルゥゥッッ…」


「なんだ?」


 黒き怪物が不快音をあたりに響かせながらアルトを黄色い双眸で睨みつけた。


 そして、


「グルァァっ!」


「…………なっ!」


 突如、牛悪鬼がアルトに向けて燃えゆる木の断片をぶん投げた。黒き怪物の強靭な肩の筋肉によって投擲された木の断片は、炎を纏わせながら猛スピードでアルトの元へと差し迫る。


「当たらねえ…よっ!」


 セリフを吐くと同時にアルトは燃えゆる木を回避する。

 まさか投げてくるとは予想してなかったが、特段驚くほどでもない。躱せばそれまでだ。


 しかし、


「……なにっ⁈」


 躱した、と思った矢先燃える鋭木が再びアルトの元へ差し迫った。牛悪鬼は炎上している民家の柱から再び木を引きちぎっては二つ目を投擲してきていて、


「…ぐっ、つうっ…!」


 顔面に向かって飛んできた燃える柱の鋭利な断片。

 二投目を予期しておらず目前まで燃えゆる柱が飛んでくる。だが、目に入った瞬間無理やり体を捻らし、アルトはその一投をなんとかギリギリで躱しきった。

 燃えゆる木だったため、頰をかすめた際に炎が肌を痛みつける。

 掠れた切れ端から熱い血がツウーッと滴り落ちた。


「まだくるかっ!」


 顔を上げ奴を一見すると、牛悪鬼は次々と燃える柱を片手に掴んでは炎を纏わせた木々の残骸を縦横無尽に投擲してくる。

 大きさは大小様々だが、投げられたものは全て高速でアルトに向かってくるものばかりであり、


「戦法を変えたのか?だが、当たらねえっ!」


 敵の投げつけを見澄ましては冷静に燃えゆる木々を躱していくアルト。

 先ほど掠めたのは不意打ちによる速い一投だったから。

 しっかりと見れば、避けれる散弾だ。横へ斜めへ躱して移動し、牛悪鬼に的を絞らせない。


「グルルルゥゥゥ」


「…自棄になってんのか?どっちにしろ、それじゃ俺を仕留めれねえよっ!」


 むやみやたらに燃えゆる木々を投げつける牛悪鬼。それをアルトは難なく避けるといった戦況が成り立つ。

 そのため投げられた木々たちは至るところに飛び散っていた。豪速で投げられていることも相まって燃える木々が民家の窓を割ったり、まだ燃えていない家に新たな火種を発生させようとしている。


「………」


 待てよ?新たな火種?


「しまっ…⁈」


「きゃああっ!」


 頭の中で懸念が巻き上がると同時にバッと後ろを振り返る。けれども、顔を向けた瞬間と女の子の悲鳴が上がったのは同タイミングだった。


 一旦身を隠すためにミナを隠れさせた小さな家屋。

しかし、その建物へと牛悪鬼の投げた燃える木が偶さかにも襲来してしまい。

 奴が縦横無尽に投げていたのが仇となったか、彼女の隠れている家屋の窓がバリンっと音を立てて粉砕した。

 隠れさせた家屋は動けるスペースが限られているほど小さな建物だ。運が悪ければ、燃えゆる鋭木の直撃もあり得る。


「ミナァッッ!!」


 家屋にいるはずの女の子。彼女の安否を確かめるためにアルトは叫ぶと同時に牛悪鬼から背を向き、決死な表情で駛走した。

 頼むから炎が当たってないでくれと心から切に願いながら。


「グルルゥ…」


 しかし、けれども、さりとて、


 その行為は好手とは言い難い。


 アルトが今、相対していたものは黒き異形の怪物。


 それから背を向けることは常人ならば死を意味する行為であり、


「グルルァァァッ!」


「……何っ⁈ガァッ!!」


 嫌な鳴き声が耳に響いたと思った刹那、凄絶な衝撃がアルトの横腹部に大きく轟く。


 先ほどまで炎上している建物の場にいた牛悪鬼。

けれども、アルトが背を向けた瞬間の隙を見計らって瞬く間に急接近。そのまま彼の鳩尾付近を強靭な拳で殴り上げた。


「…ゴハッ!」


 まともに喰らった怪物の一撃。衝撃で体が空を舞う。と、同時に胃液と血が混ざった液体が口腔から飛び散った。


「ぐっ…!」


 あまりにも凄絶な打撃に空中で一瞬気を失いかける。

 けれども気を振り絞りなんとか耐え、地にぶつかると同時に受け身を取りアルトは落下の衝撃を殺す。


「…ガハッ!ゲホッ!くっそ…」


 腹部から込み上げる物を抑えきれず、胃液と血が止まらず吐き出た。強烈な痛みが腹と肺あたりを苛んで。


「……ぐっ。ゴフッ」


「ゲホ、ゲホ」と咳を出しながら苦痛に顔を歪めた。本当ならばこの強い痛みに嘆きの言葉でも発したい所。


「…………っ!」


 だがアルトは、痛みに耐えながらも片目ながらに牛悪鬼を一瞥し、奴の同向から意識を逸らさない。

彼の脳内では過剰なまでに危機感を募らせている状態だった。


 そしてその危惧の念は当たり前のように当たっていて、


「な、⁈待……てっ!」


 遠く、吹っ飛ばされたとこから見ると、黒き怪物はミナがいる家屋のところで佇んでいた。

 だが、一目家の内を見るや強靭な黒い腕を中へ伸ばし、


「グルルルゥゥゥ…」


「いゃああっ!」


 牛悪鬼は家屋の中に蹲っていた人物を手のひら一つで掴みとる。鋭く黄色い眼光で握る人間を目にやった。


「やめて……食べ…ないで。やだぁぁぁぁ!」


 小さな女の子の怯え声がアルトの耳に突き刺さった。


 ミナは必死に逃れようと抵抗するも、小さな女の子の力では黒き怪物の手から抜け出すことは不可能に等しい。


 牛悪鬼はジュルリとよだれを垂らしては手のひらの中で涙を流す女の子をジッと見ていて、


「やめろぉぉっ、くそがっ!」


 決死の表情で憤慨し、激昂する。腹部に響き渡る激痛など一顧だにせず、アルトはその場から地を蹴り疾走。


「っおらあぁ!」


 こちらに気を向かせるように、アルトは持っていた短刀を牛悪鬼に向けて思いっきり振りかぶり投擲した。

 だが、顔面に向けて投げられた刀は怪物の角にあたるもガキンと甲高い音を立てて弾かれてしまい、


「グルルゥゥ」


 泣き顔のミナを持ち上げながら、牛悪鬼は走り迫るアルトをチラと一瞥する。黒き怪物の黄色い双眸とアルトの瞳が一瞬見合った。

 だが、牛悪鬼は無関心とでも言うようにアルトから目を背け、掴んでいる女の子へ顔を向ける。


 そしてよだれが滴る大口を、あんぐりとかっ開き、


「いや、いやだぁ。お母さん!」


「やめろぉぉぉぉぉっっっっ!」


 人間二人が叫ぶも黒き怪物は口を閉じない。

牛悪鬼の手に掴まれたまだ幼く小さなミナ。それを黒き怪物は鋭利な牙でクシャリと咀嚼する、


 矢先ーーーーーー


「グルルルァァァァッッッッ⁈」


「…⁈」


「グルルルルァァァァァァッッッッ⁈」


「なんだ?」


 突如、牛悪鬼の様子が異様なまでに急変した。


 小さな女の子を噛みつこうとした怪物。けれども唐突に不快な声を叫び出しては、目を血走らせ悶え始めて。


「きゃあっ!」


 ふいに、牛悪鬼が掴んでいたミナを地に落とした。

 それから己の頭を両の手で抱えては、「グルルルァァァァ⁈」と盛大な不協和音を周りに響かせており、


「ミナっ!」


 アルトは牛悪鬼の不可解な行為の隙を見て、地に落とされたミナをその場から救出する。小さな体を素早く抱き抱え、悶える怪物から距離をとった。


「なんだ?どうなってる?何が起こったんだ?」


 ミナと共に牛悪鬼から離れ、安全な場からアルトは怪訝な目を浮かべそう呟く。なぜ、いきなり奴は食す行為をやめた?なぜ、ミナを急に手離した?

 それに、


「…なんで、あんな苦しんでんだ?」


 思わず、アルトは一言そう言葉をこぼす。

 けれども、それも仕方ないというもので彼の瞳には苦痛に苛まれているような牛悪鬼の姿が映し出されていた。

 頭を抱えては苦しげに慟哭を上げ、悶えているかのようにグルングルンと体を回している。しまいには、地に突っ伏し黄色い瞳の瞳孔を極限まで開かせ、ジタバタと豪快に体を捻らせては「グルルァァッ!」と藻掻き叫んでいて。


 奇妙な光景、不可解な状況、急な化物の異変。

 牛悪鬼の暴れ苦しむ様子。

 アルトはわけが分からず、目の前の光景に思わず呆然と目を見開いてしまう。


「…!」


 けれども唖然としたのは一瞬、彼はキイッと鋭い目を向け、


「…今だっ!」


 小さく言葉を放つと同時にアルトはその場から駆けた。先ほど投げ、地に転がっていた短刀をサッと拾い上げる。

 そのまま走っては、頭を抱えて地に突っ伏す牛悪鬼の元へ、


「…暴れてんな、だけど!」


 黒い巨体を地に横たえ、ゴロゴロと激しく暴れ狂っている牛悪鬼。しかし、アルトはその動きをじっと見定め手にする短刀を狙いの箇所に向ける。


「終わりだっ!」


 ザクリッ、と刃が牛悪鬼の首筋に突き立てられた。刺した部分から赤みを帯びた黒い血が勢いよく噴出される。


「グルルルァァァァ!」


 ドバドバと、横たえている奴の首から大量の血が流れ出た。同時に痛みに耐えかねた牛悪鬼がさらに盛大な奇声を上げて悶絶する。


「…おらあっ!」


 牛悪鬼の狂態がさらに激化する前にアルトはとどめの一撃を一閃。突き刺した所から刃を横に薙ぎ払い牛悪鬼の首と身体を断絶させ、


「グルルゥゥ……ルゥゥ、……ゥ」


「はあっ、はあっ……くそ、手間かけやがって」


 牛悪鬼の声音が霞んでいく。生命としての力が廃れ、怪物の動きが静止していく。

 大量の血を流し、首と身体が疎遠となった牛悪鬼。その屍をアルトは見下し、完全に起き上がってくる気配がないことを確認すると、


「はあああぁぁぁぁっっ……」


 思わず地に尻をつき、アルトは天を見上げて長い吐息を漏らす。ドッと疲れが流れ出て「ふうぅ」と大きく嘆息。


 黒い異形の怪物、牛悪鬼との死闘はこれにて終わり、


「熱っちいな…」


 業々と燃えゆる周りの風景。

 重たい目蓋、半開きとなった瞳には、掻き立てられる炎が映る。遠目ながら疲れた眼に熱がじんわりと伝わっていた。









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