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3. 『時間へ干渉し』

「は…?」


 時を、渡る?


 唐突な女神の発言。今までも理解し難いことを語られたわけだが、たった今彼女の放った言葉には一番不可解な印象を受けた。


「何、を言って?どういう…ことだ?」


「あなたには数年前の世界に飛んでもらう」


「待て、待て!話の過程が見えない」


 アルトは動揺をあらわにし、怪訝な表情を女神に向けた。

 けれども、シリエスはそれを気にも留めず泰然とした声音で語り、


「あなたは世界を知らない。強ければ良いってことじゃないの。あなたにはまだ必要なことがある。」


「話の過程が見えないってんだ!」


 アルトは息を荒げて言い放つ。

 世界を知らない?時を渡る?数年前に飛ぶ?

 常識の範疇を超え過ぎた提案だ。確実にアルトの知識としてのキャパシティを超えている。


 まずそもそも、


「そんなこと…」


 そんなことが可能なのか?

 時間遡行とは言うが、それは概念や存在とかそんな程度の話ではない。

 世界の流れに逆らうことであり、時間の(ことわり)に反するものだ。


 とても為せる所業とは思えない。


「……」


「できるか疑ってるの?けれど、その心配はいらないわ。」


 アルトは動揺し周章狼狼な様子。けれどもそれをシリエスは察するや大丈夫だと進言した。

 そして、煌々とした目つきを浮かべ、


「私を誰だと思ってるの?」


「何を…」


「私は女神シリエス。理に関与することなんて造作もない。」


「何…が……、………………っ!」


 彼女が言葉を放った突如、神としての風格さがアルトの前に顕現された。

 女神としての雰囲気にあてられ、思わず言葉に詰まってしまう。

 荘厳さ、威圧感、それらが含まれた女神という名に恥えない神々しさがそこにあった。


 魔帝リュシエルが醸し出した黒々とした踏み潰すかのようなオーラとは違い。

 圧倒的な風格。女神シリエスのこれはとても煌々しく崇められるべき存在としての振舞う姿。


「………」


 口を挟むことさえ憚られるような。

 できるのだとそう思わせるには十分な神聖さだ。人を超越し畏敬さえも感じさせるほどの。


「あ、造作もないってのはちょっと盛ったかも。女神である私は世界の理でもある時間やら空間やらに干渉はできるけど…やっぱりそんなポンポンと使えるものじゃないもの。だから、今回一度きり、でなきゃ世界が崩れちゃうから」


 指を下唇に当てながらシリエスは平然とそう言ってのける。


 常識として、概念として、大きく隔たり離れ過ぎたことを彼女はひとえに軽く告げる。

 あまりに壮大な事柄すぎてアルトは言葉を失った。


「…………、」


 失った…が、アルトには一つの思い当たる節が頭の中に残っていた。

 それは女神シリエスがアルトに告げた言葉。


『魔帝リュシエルを倒すのに諦めるのはまだ早い』


「わけがわかんねぇ。」


「……。んー。人間が理解するにはちょっと飛びすぎた話かしら。」


「ぶっ飛びすぎだ、理屈も原理も何も分かんねえ。……いきなり過ぎる話だ」


「そう、まあそうよね」


「全然わかんねえし、毛ほども理解出来ねえし、まじで頭ん中こんがらがってるし、正直、意味不明だ。わけわかんねぇ」


「寸分も理解してないじゃない、私の話聞いてた?」


「けど」


 そこまで言い、アルトはまっすぐな眼差しを女神に向けた。

 無理解にも程がある、あまりにもわけが分からない建言。信じていいかどうかさえ疑いたくなるレベルの話だ。


 しかし、そんな憂懼を他所にしてでもアルトには執着するものがあり、

 熱情を青い瞳に宿し、彼はおもむろに口を開いた。


「仮に、時間が戻ったとして、奴を…魔帝リュシエルを倒せるのか?」


 少し前にもした同じ問いかけ。だが、今の言葉には熱があった。


 アルトは女神に対し言葉を急かす。その事実を自身の耳で聴き入れるために。


 時間を遡るだろうが、何をしようがそこに魔帝を倒せる手段があるのなら、


 その選択肢を取らないわけにはいかなくて。


「………」


 アルトの問いかける姿をシリエスは艶やかな瞳で少し静観する。そして、「ふう」と嘆息してはゆっくりと口を開くと、


「…可能性はあるのよ。」


「………可能性?」


「あなたとリュシエルが戦った時の魔帝は言わば全盛期。でも時間を戻して、数年前の彼と戦うなら少し話は変わってくる。それなら倒せる可能性があるってことよ。て、言っても今のあなたのまんまじゃ倒せないと思うけど」


「………っ!」


 それを耳にし、アルトは目を見開かせた。


 女神シリエスが言うには魔帝を倒すには程遠い。

けれども、ゼロではないと言う。


「そうか」


 決意を込めた表情を浮かべアルトは一言そうこぼす。

 チャンスがあるというのならそれを掴まないわけにはいかなかった。


 一度絶たれているはずのこの命。使わずして何を生む。


「……いや、そんな戦意に満ちた目をしても………ま、いっか」


 彼の意を決した表情を見て「今のあなたじゃ魔帝に敵わない」とシリエスは言おうとするが、思いとどまり口をつぐんだ。

 それから彼女は少しの憂慮を含ませた微笑を浮かべ、「なるようになるか」と下を向きながら一人呟く。それから眉根を寄せた面持ちでアルトの方へと顔を上げた。


 そして、「自分で言っといてなんだけど」と言葉を足すと、


「けれども、リスクもデメリットもあるの。それを考慮しないわけにはいかない。何かしらの代償を払うことになるわ。世界の(ことわり)に干渉するとはそういうことなの。」


「代償?」


「そう。一つ下の次元のものが時間に語りかけるとなると相応のリスクが伴うのよ。確実にあなたの中の何か一つを失う。」


 憂いさを孕ませた目つきを浮かべ、シリエスはそう告げる。

 その言葉を聞いたアルトは訝しげに目を向けると、


「失うって、何を?足一本とかか?」


「まあ、そうね。そう言うこと。」


 首を傾げたアルトの問いに女神は眼を伏せながら重々しくそう答えた。


 つまりは過去に戻るかわりに何かしらの対価を払わなければならないという事。

 人間程度が世界の理に干渉するというものはそれだけで異常な事態なのだ。簡単には許しはしない。

何かしら代償を払ってそれでようやく赦されるのだ。


 シリエスの案じるような声音。けれどもアルトはそれを聞くも嫌な顔をせず、


「いいさ、一度は死んでいる身なんだ。失くなったら義手でもなんでもつけてやる。命があるだけマシなもんだ。」


 女神が懸念するもリスクは承知の上だとアルトは豪語した。


「あなたにとっては大きな賭けよ。何を失うかわからない。」


 シリエスは不利益が生じることを強くアルトへ言い張った。


 時間を戻すかわりに何かを失うという実状。肝心なのは、何を失うか分からないということだ。

 腕の一本を失うかもしれない、臓腑の一つを失うかもしれない、五感のうちのどれかを失うかもしれない、ともすると人としての感情だって失う可能性も。


「それでもあなたは、もう一度、……戦の地へと向かいますか?」


 シリエスは言葉を選び目の前のアルトへとまっすぐな瞳で提言した。

 女神としての力を駆使し、世界の流れに反駁するのだ。リスクと代償への覚悟が必要であり、生半可な心持ちではなし得ないために。


 けれども、懸念込みの女神の提案にアルトは臆することなかった。命の灯火が尽きたところをもう一度再燃させられるのだ。否定する意思はない。


「…ああ!」


 強い目つきを浮かべ彼は首肯した。迷いはない。迷う必要なんてかけらもない。


「…………そう」


 アルトの力強い眼差し、


 それを見るやシリエスは憂いさを孕ませた表情を浮かべ、


「…ありがとう」


「……?」


 唐突に謝辞を述べた女神。


 それにアルトは思わず怪訝な顔を浮かばせた。

 なぜなら彼女はとても悲観げな面持ちを浮かべてそう告げたのだから。


「…じゃあ、時を渡るわ」


 すると、シリエスは何もなしにそう言葉を告げた。そして彼女はゆくりなくアルトの額にトンッと指を添え、


ーーーーー瞬間、


「……………ガァッ⁈」


 突如、凄絶な震動がアルトの脳内を(つんざ)いた。直接、痛みを打ち込まれているような。頭の中に雷撃でも落ちたかのような感覚。

 眼球の前でバチバチとした光がしたたかに閃光を走らせていた。あまりにも唐突な震撃に四肢の感覚が遠のいていく。

 痛みと、震えと、ブレと、光と、様々なものが一度にアルトを苛んでいっている。

 身体全体の感覚が分からなくなっていく。響き渡る震撃はアルトの意識を飛ばしていき、


「代償の償いとして、一つあなたに付与しておいたから…」


 最後に何か囁かれた気がしたが、まともに聞こえるはずもなく、


ーーーーーーー


 アルトは何年か前の世界へと生還した。



        ・

       

        ・

        

        ・

        

        ・

      

××××××××××××・・・・・・・・・


「…よかったのか?あの言葉で」


「ええ、いいのよ。」


「少し言いそびれたことは無いのか?」


「いいの。本来なら私は関わってはいけない存在。あれで、いいのよ。」


「ふん。お主がそう言うならば別に良いが…しかしシリエス。あの者を送り出したにしては浮かない顔をしているように見えるが?」


「そお?…………ううん。そうね。今、私は少し自分の非力さに口惜しがっているのかもね。」


「女神が己を非力だと申すか」


 フンと嘲笑じみて鼻息を鳴らし、シリエスへ赤い双眸を向ける存在。彼女とは比べるまでもない、その巨大な体躯は見る者全てを恐れ慄かせるだろう。


「竜の双眸は何を映すの?」


 平然とした目つきでシリエスは目の前の存在へと言を投げた。


 何も無い白き空間で、白銀の女神と白き鱗に包まれた古の竜が語り合う。

 それは人間などでは到底はかりきれない、神秘的で幻想的な光景だ。


「私がアルトを飛ばした直後、あなたはここに顕現してきた。あなたは私と彼との会話を見ていたのでしょう?あなたの目にはあの人間がどのように見えた?」


 流麗な美しき声音でシリエスは語りかける。

 女神から艶やかな瞳を向けられた白竜は上下に尖った赤い瞳を浮かばせた。鋭く尖った白角、刺のある白い翼、そして長い首を持ち合わせた存在。膨大な古の飛竜はシリエスの問いに鼻を鳴らし言葉を紡ぐ。


「竜から見れば人間などちっぽけな存在に過ぎん。お主が送り出したあの人間も同様にだ。わしはあれに対して何も思うものはない。」


「そう。」


 白竜の言い分に女神は小さく自虐的な笑みを浮かべた。

 けれども、それを目にした竜はさらに言葉をつけ加える。


「あの人間に授けたのだろう?」


「………」


「わしはそれを良くは思ってはおらぬ。だが、お主がそう思い定めたのならばわしは何も言うまい。」


「私は確かに彼に与えた。でもそれはアルトを苦しめるわ。その苦しみに勝つかどうかは彼次第だけど」


 アルトを危惧するシリエスの言葉。それに対し白竜は食い気味に言い告げる。


「言うたじゃろう…」


 その言葉と同時に白竜は赤い瞳を鋭くすると、


「わしはあれに思うものは何もないと。あれが苦しもうがわしには関係ないことだ。」


「そう…」


「ただ……。あの人間に与えたものは、わしらにとって恨みを滾らせる代物であることは変わりない。それは、承知すべき事項だ」


「わかっているわ」


 白竜は低く鋭く念を込めて言葉を発した。

 シリエスはそれに短く応じ、竜へ眼差しを向ける。


「あなたが…あなたたちがそう思うのは当たり前のこと。私はそれを重々理解している。」


 そこまで言うと、女神シリエスは目前に壮観にも佇む白竜を見据える。それから思い馳せるように気を張る声音で言葉を紡いだ。


「彼が過去に戻り世界がどうなるか、未来がどうなるかは分からない。」


「………」


「けど、私は世界を導くために、彼に希望を託したのよ。」


 シリエスは白竜へ強くそう告げる。その姿は女神としての荘厳さがあふれていて。


「ふん。お主の為すことに異を唱える気はない。わしはただ……古の白き竜として生きるまでだ。」


 シリエスの言を聞いた白竜は最後にそう言い残し、その場から踵を返す。

 もう用はないとこの場から去ろうとし、


「彼に会ったら、助けてあげてね。」


 ふいに、柔らかな声音でシリエスが白竜へとポツリと告げた。彼女は軽く微笑しながらここから去る竜へ憂目を浮かばせていて、


「奴がわしの目にとまる程の存在になったらな」


 シリエスの言に白竜は振り向かずにそれだけ告げる。フンと鼻息を鳴らし、そのまま白き空間から消え去った。


「信じているわ」


 龍が消え、一人白い空間で佇みながら、女神は小さくそう呟いた。


 たった今去った白竜に対してと


 命運を背負ったアルトに向けて。




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