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2. 『女神との邂逅』

 目覚めの時というものは意識が覚醒していないものだ。

 まぶたが重く頭の中もはっきりしない。

 朦朧とした意識から解かれないような感覚と気怠さを感じる身体。

 まるでぬるま湯の中にいるとでも言うような感じ。

 やんわりとした暖かさが体に伝わっていて。

 精神と身体が曖昧な状態。


 そんな中、アルトはゆっくりと瞳を開けた。


「ここは?」


 うつろなままで寝こけていた体勢を起こし、床に手のひらをつけながら辺りをキョロキョロと見回す。

 しかし、アルトの視界には眩い光が見えるのみであり。


 目を覚ますと周りは一面、白で覆われた空間だった。


 ぼんやりとした意識が一気に吹き飛ぶ。自分の身がどうなっているのか、今どこにいるのか、この真っ白な空間はなんなのか、何もかも理解できない状況に思わず呆然としてしまう。


「起きた?」


「……⁈」


 すると突如、アルトの後ろから見知らぬ声音が響き渡った。

 一声聞くだけで分かる。とても美しく綺麗な声音だと。


 バッと振り向きアルトは声の主へと顔を向け、


「…………」


「無事に目が覚めたみたいね」


 アルトの視界にいる人物。そのあまりの美しさを体現した姿に思わず言葉を失った。

 雪氷のような白銀の髪をなびかせ、美麗な衣服に身を包んでいる。華奢な身体つきと、透き通るような白い肌を纏わせた女性。

 才色兼備、秀外恵中、十全十美といった言葉を詰め合わせたかのような。

 この世の美しさを兼ね備えたとも言える女性がアルトの目の前に佇んでいて、


「…誰、だ?」


「私はこの世界の神の座に居座るもの。名前はシリエス。安心して、あなたに危害を加えるつもりはないわ。」


 麗かな声音で彼女はアルトへそう告げた。


 なるほど、美しさに圧倒されるのも仕方ない。女神ほどの存在ならば、ただの人間などと比べものにならないのだろう。


「女神シリエスの名において私はあなたをここに呼んだ。」


「……そう、か」


「ギリギリ干渉できた……良かった。」


 ホッと胸を撫で下ろし、女神シリエスは安堵に浸る。

 その言葉はアルトにはどういうことなのか分からないが。


「お前…本当に女神なのか?」


 首を傾げながら第一声にアルトはそのような言葉を告げた。

 それに対し、女神はムッと表情をしかめると、


「ちょっと、礼儀がないのね。まあ、私はそういうのは気にはしないけど。女神の座にいるものとしてはタメ口で話されるのは斬新な感覚だわ。」


「いや、…まあ、」


 威厳とかは感じてはいる。オーラが、雰囲気が、そこらの人間とはかけ離れているために。


 けれども、


「女神ってのも完全なやつじゃないんだなって思って」


「……?どういう意味?」


 アルトは自分の頬にちょんちょんと指を刺した。


 女神はアルトの言葉の意味が分からず、「…?」と怪訝な顔を浮かべながら自分の頬を手で触り。


「…あれ⁈」


「あぁ、やっぱ素で気付いてなかったのか」


 美麗な落ち着きとはうって変わってシリエスはあたふたとしながら顔を赤らめた。

 アルトに指摘され女神である彼女は慌てて頬を拭いさる。何かしらの食べかすが彼女の頬についていたということに気づいて。


「女神ってのも、案外抜けてんのな。」


「……っ‼︎」


 アルトからの嘆息に女神の顔つきが著しく紅潮した。

 とても恥ずかしい様子の真っ赤な顔つきを浮かべている。


 出端、あまりにももったいぶった口ぶりと現実離れした雰囲気で語りかけられたために、アルトは身を引き締めたが。


 いかんせん、今の女神の風貌を見るや、正直気が抜けてしまった。

 存外、女神といえど人とあまり変わらない(たち)らしい。


「抜けてるとは大そうな感想ね!これはちょっとだけ油断しただけよ!私、普段はちゃんとしてるもの!」


「……女神ってのも飯食うんだな。」


「そりゃ、食べるわよ。あ、いや、本当は食べなくてもマシな体質なんだけど。」


 モジモジしながらアルトから目をそらすシリエス。

 そのような仕草には乙女らしさが垣間見える。


「人間達の食べる姿を見てると美味しそうだから、つい…」


「一人で食ってんのか?」


 辺りは何もない真っ白な空間だ。

 見た感じこの場には女神以外に他の者の姿は見当たらないわけであるが。


「えぇ、まあ。」


「さみし…。」


「うるっさいわね!あなた!へらず口がすぎるわよ!」


 プンスカ頬を膨らませ、女神は機嫌をそらす。

 むくれている様子をを見せているがそれに神とやらの貫録さは見当たらない印象を受ける。何というか、子供っぽい。


「……ふんっ!」


 女神は腕を組みながらプイッとそっぽを向いた。


 その様子を見ながら、アルトは「ふーむ」と肩を竦める。

 女神との邂逅とは如何なるものかと思ったが、案外からかい甲斐のある女性だ。


「…………」


 それから、アルトは瞳の色を曇らせる。

 軽口を叩くのを止め、己の状況に思いを馳せた。


 記憶に残っていることを巡らしては哀愁と諦念さを含めた目つきを浮かべる。そして目の前に佇む女神に声音を変えて言葉を紡いだ。


「……俺は、死んだのか」


「ん………」


 低く言葉が呟かれた。


 それに対し、そっぽを向いていた女神はチラリと応じた。そして彼女はアルトのいたたまれない表情を静観する。


「俺は負けたんだよな。魔帝に挑んで敗北したんだな。それで、最後に殺されて……」


「確かにあなたは魔帝リュシエルに負けたわ。」


 目線を落としながらアルトはポツリと呟く。瞳には落胆ともとれる情が現れていた。

 女神であるシリエスはそれを否定はしない。判然とした事実であるがために、シリエスははっきりとそう伝えた。


しかし、


「けれども、あなたはまだ死んではいない。」


「…え?」


次に紡がれた言葉、それにアルトはキョトンとした面持ちを向ける。


「どういうことだ?」


「言ったでしょ?私はあなたをここに呼んだと。」


 アルトの呆然とした問いにシリエスは軽くそう告げた。

 確かにそれは言われた気がするが、けれどもいったいそれが何を意味するのかアルトには見当もつかない。


 いや、そもそもの話。それ以前に


 アルトは眉をひそめチラリと周りを一瞥した。


「ここはどこなんだ?」


 周りを見回すも白き光が視界に入るだけ。他には何もなく、シリエスとアルトの二人しか存在しない空間。死んだ後に来る場か何かと思っていたが、目の前の彼女は自分は死人ではないと言う。


 いや、まずそれ以前に、


「俺の思ってた死後の世界とは違うんだが。」


 アルトはシリエスに対し訝しげにそう告げた。

 死んだら天に召されるような話を聞いたことはあったがこれはそういうことなのだろうか。いや、今自分は死んではいないのだから天に召されたわけではないのか。ならば、ますますこの状況がよくわからない。


「…んと」


 そんなアルトの怪訝な様子を見たシリエス。それに彼女は眉をひそめてはコクリと首を傾げると、


「あなたが死後の世界をどんなふうに想像してたかは知らないけど、」


そこまで言い、シリエスは片腕をひらりと広げた。


「ここはあなたのいた世界と天界との狭間の空間。今は一時的にあなたをここに呼び寄せただけ。」


「……。狭間?」


女神シリエスのこの場の説明に対し、アルトはいまいちピンと来ない反応を浮かべる。


しかし、シリエスは「今はいいわ」と、言葉を紡ぎ、


「場所のことは今はいいの。とにかくあなたは死んではいない。それが分かればいいわ。」


「いや、でも最後の……。俺は魔帝に心臓を貫かれたんじゃなかったのか?」


アルトは目を丸くしながら女神に対しそう告げた。


あの時、あの異次元の存在である魔帝リュシエルと戦い、身体も意識も朦朧としていた中、アルトは魔帝にとどめを刺された筈だ。

記憶にはそんな屈辱的な情景が刻み込まれていて、


「……っ。いや、そういや。」


あることに気付き、アルトは顎に手を添えて暫し黙考する。


死に際の寸前、もう意識も失いかけた直前だ。

その時に何かしらの変事が起こった気がする。


「思い出した?」


「白い光が……急に出てきた気がする」


アルトのポツリとこぼした発言。

それを聞き、女神はニッと笑みを浮かべた。

「うん」と、軽く呟くと、


「あの時、ギリギリ意識はあったみたいね。たいしたものだわ。」


「……?何が起こってたんだ?」


女神は首肯するも、アルトは事の顛末が掴めない。

死にかけた瞬間に現れたあの白い光は何だったのか。


「あなたは魔帝リュシエルに負けて、最後に心臓を剣で貫かれて殺されているとこだった。けれども、それを阻止したのが私。うまくいって良かったわ。」


「……」


「あの時の白い光は私が創生したものよ。あなたを包み、ここに飛ばした。間一髪だったわね。」


「お前が、俺を助けたってことか?」


「そ。」


 アルトの言にシリエスは自身の銀髪をなびかせながら軽く肯定した。


 やはり、というか大方察してはきていたが、あの白い光はこの女神の仕業だったのか。

 魔帝リュシエルでさえ困惑していたほどの現象だ。

 女神ほどの存在が関与していると、そう説明されれば理屈は合う。あの状況で生を長らえることができたのは神が力を駆使したということで。

 アルトは女神であるシリエスに命を救われたのだ。


 けれども、


「…………」


 事の発端を耳にしたアルトはシリエスへ怪訝な表情を向ける。

 あの白い光についての理屈は分かった。それが自身の命を救ったということも。


 しかし、彼はそれを納得できはしなかった。


「何で…」


「…?」


「何で、俺を救ったんだ…」


 アルトは女神の行為に釈然としない様子を向ける。

 それをシリエスは見聞するも、口はとくに挟まない。


「俺は魔帝に負けたんだ。倒す以前に奴には力も何も通じなかった。そんな俺を救って何の意味がある?」


 死に際を救ってくれたことには感謝する。

 けれども、アルトはリュシエルに敗北したのだ。

 仲間の思いを無下にし力も足りず、圧倒的な強さを目の当たりにされ、打ち負かされた。


「でも、あなたは死んではいないわ。」


「……っ!」


 先ほども言われた同じ言葉を女神は告げる。

 それを聞いたアルトは胸の中で不本意で得心できないという気持ちが湧き立った。

 払拭させるように思わず声を荒立て、


「それが……何の意味があるってんだっ!」


 死んでても死んでいなくても負けたことには変わりない。仲間の期待も望みも無駄にしてしまったというのに。


「…俺は、…俺じゃあ、足りなかった」


 憂いの感情を孕ませながらアルトは言葉を小さくこぼした。


「…………」


 その様子をシリエスは黙って静観する。

 しかし、アルトの言を聞き入れ、彼女は気を張る声音で口を出した。


「負けたからって終わりじゃないわ。」


「……………え?」


 シリエスの唐突な発言。それにアルトは呆然と目を見開く。


「機会はある。」


 艶やかで美麗な瞳をこちらに向けられていた。

 たわぶれで言っているわけでないことがよく分かる眼差し。シリエスは本気でそう告げているのだと彼には伝わって、


「…何を言ってる?」


 しかし、アルトにはシリエスの意図が図りかねる。

 どういうことなのか、彼女の考えが呑み込めない。


「魔帝リュシエルを倒すことを諦めるにはまだ早いってことよ。」


「………何?」


 シリエスの言い放った言葉。それに対しアルトはピクリと眉を上げた。


 疑念だらけで理解のし難いことばかりの物言い。

 しかし、彼女が今、告げたことはアルトにとって聞き逃せない言葉であり、


「魔帝を倒せる?」


「…ええ」


「奴を倒せる可能性がまだあるってのか?」


「ええ、ゼロではないわ。」


「でも……どうすりゃ?こんな真っ白な空間からどうやって戻ればいい?いや、そもそも、俺じゃ、奴には…………っ」


 奴には、勝てない…と言いかけ、アルトはその言葉をギリギリ飲み込んだ。

 それを言ったらダメだと思った。紛れもない自分自身が仇敵に負けを認めるのはただの恥だと思ったから。


 しかし、そんな様子を見てシリエスは真っ直ぐな眼差しを向ける。苦悶するアルトに対し憂いさもなく口を開いた。


「そうね。まだ、あなたは魔帝リュシエルを倒せない。」


「……ぐっ」


 慰撫の無い女神からの宣告にアルトは屈辱と悔恨の表情を浮かべる。

 歯噛みし、続けて捨てるように言いこぼす。


「だったら俺はどうすりゃいいんだよ」


「ええ、そうね。だから。」


 そんな彼に対し、シリエスは少しだけ嘆息し軽やかに言葉を告げた。


「あなたはもう一度、世界を見てきなさい。」


「……?」


 シリエスの言葉に無理解を示すアルト。

 けれども、そんな彼の反応を他所にシリエスは淡々とした眼差しを向け、


「そのために、時を渡るわ。」














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