五話
味付けチートで現代食。
着眼点は大当りだったのだが……、盲点が一つ。
やっぱり基本的な料理の段取りが必要だったって部分。
最初は屋台で買った品の味改造で済ましていたが、自炊も始めてみて己のレシピの貧弱さに泣いた。
ホーンラビット肉を焼く。ホーンラビット肉に地元野菜を合わせて炒める。または煮る。……これで終わってしまうからな。
残念ながら米も無いし。麦はあるから麦飯でというチャレンジは……専用鍋を調達せんとなんで面倒臭い。
今のとこ使える調理器具はギルド施設のを借りてやってるんで、あんまり占有できんのですよ。
鳥肉食いたいの精神で馬鹿やった結果は、まぁチート頼みで成功で終われた。
結果的に百体は倒したのだが成果の殆んどは[収納]の中。勿論世間様には収納チートを秘密にしてるので、依頼の分は手持ちで運べる五体を納品し、格上依頼達成の評価と報酬、4000ルテ(時価)をゲット。
で、キッチン道具一式の購入を考えてもいいかなという誘惑に悩む俺となる。
異世界の不思議に、何故か生活面での技術の程度が地球の現代基準スレスレで劣ってる……とかな作為のネタが蔓延してる。
武器や防具は鍛冶屋の腕力に物言わしたトンテンカンな鍛鉄製法なのに、何処の工場でプレスして作った? 的なフライパンとかな。しかもステンレス風味で。
この世界はそのあたりがシビアでした。
まず鍋は銅製が基本。鉄製もあるが、そちらは大きさに関係無しの据え置き型が基本。理由は単純に分厚くて重いから。
鉄鍋がそういった仕様なのは、やっぱ炭や薪の直火で腐食するからだろうなぁ。「鉄は錆びるために存在する」なんてのは地球での話だけど、こっちの世界も酸素にあたる物が存在するって証明なのかね?
鉄は普通に大気に晒してるだけで錆びる。いや大概の金属は錆びる訳だけど、そこは人が利用している物に限定しての話として。
で、直火だとこの錆びる工程が加速する。ただしある範囲錆びると逆にそれが腐食に対するコーティングの層となるから、それを利用するために鉄鍋は分厚くする傾向になる。確かそんな経験則からの形状だったかな。
銅の場合はその反応が鉄よりはマシで、しかも加工の難易度が低いから厚みも薄く小さな片手持ちの鍋もある。
日本基準の手持ち鍋だと銅製の一択。ただし価格は、今回の仕事料がまるまる吹っ飛ぶと。
一応、小さな子供の風呂サイズが最低ラインの鉄鍋が並ぶ中、敢えて手持ちサイズをオーダーしたとしたらと聞いてみたら、そんな粗悪品確定のもん作る鍛冶屋は居ないと怒られた。
単純に原料分安く済むかと思って聞いたんだがなあ、職人の逆鱗ってやつだったらしい。
しかし代替案が無いでもない。
文明的には最も原始的なやつ代表。焼き物の鍋である。
庶民の御家庭ではこっちが主流のようでサイズも色々。ただし利便性と耐久性は聞くなってやつだがな。
まずは強度的に片手持ちは無しだ。なんせ素焼き仕様しか無い。両手で保持するための突起は有るが、素手で持つのは自殺行為。耐熱手段は別に用意するのも必須。
そして、落としたら割れる。絶対。
まぁ、その分値段は安いがな。
現状で買う方向だと、事実上選択肢は無いのかなぁ。
結局のとこ、試験使用って意味もあるからと素焼き鍋を数個買ってく事にした。
さて、ようやっと本題だ。
日本風、照り焼き肉のでっち上げである。
実は既に一度お試し済み。ハイドクロウの肉を直火焼きにしての味変換。
結果は、ちゃんとした味にはなっていた。
なってはいたんだが……、俺の中では「これじゃない」感で満ちていた。
照り焼きはやっぱり、タレの質感が大事だったんだよおぉぉっ。
肉その物にの味だけだと、ちょっと残念感な物で余計に食いたい衝動が加速したんだよぉっ。
と言う事で、タレの偽装が必須になった。
醤油ベースの甘辛ソース。味は無視していいから、とにかく似た食感になりそうな物。
代替え品の案は直ぐに浮かんだ。小麦粉な。トロミをギリ残すくらいな感じの糊状にすればいい。むしろ素の味がほぼ無い分、チートで味付けしてら雑味も消えてくれそうだし。
ただ問題は、そういった粘つく物を作るために鍋の占有性が必須だった事。
金属製なら洗えば済むとこが、素焼きだと多分、使いきったらそのまま処分だろうし。そこらへんの貧乏性……もとい節約の精神で随分と悩んだ俺でした。
器具調達からの準備に手間取った分、試作はあっさりと成功。
いや、小麦粉煮て粘りの調整だけだしね。水足しだけの調整くらいは流石にできる。
食感だけ再現できたら[万色の調味能]を発動。後は焼いた肉にタレを付けて更に焼いてで、今度は納得のいく物になった。
そう、最大の要因はタレが焼けた時のコゲの風味だ。
うむ、これは俺のチートでもちょっと再現は難しい。
本当に盲点だったわぁ……。
調理方法が確立したので、施設のキッチンから自室に移動。
いやコレ、物は違えど焼き肉屋スタイルでないと楽しめそうにないので。
部屋に戻ったらテーブルの上に未使用の素焼き鍋を設置。鍋の中には少し水を入れて、已む無き覚悟でキッチンより拝借した肉焼き網を置く。後はこの網自体を生活魔術で加熱し、タレ付き肉を焼くだけである。
肉は一口大にカット済み。気分は居酒屋の焼き鳥三昧。串が無いので仕方なし。見た感じはモツコロ焼きだが気にしない。
軽く火を通したらタレに付けてまた焼いて~。
ああ、この世界に来てマイ箸は作成済みだ。だって日本人ですもの。
その箸で網の上の肉にコロコロと。満遍なく火を通してやる。肉から染み出した油が下に落ちて「チュン」と爆ぜる音と匂いも堪らん。
……どうしよう。酒が欲しい。
それもビール。キンキンに冷えたやつ。
飯のつもりだったのに、いつの間にか気分は居酒屋モードになっていた。
しかし無情、この世界の酒は果実酒系か蜂蜜酒なんだよなぁ。聞いた感じビール風味のシードルもあるそうだが今は時期じゃなくて品切れ。酒場では保存性優先のワインと、原料の蜂蜜さえあれば時期を無視して作れるミードが活躍中とのこと。しかも常温。
でも頑張れ俺。
発想と工夫は実になるのを知ったのだ。
また鍋を一つ用意する。
常備している飲み水代わりの薄めのワインをご用意。それを鍋半分程に投入し、ここで封印を解こう。魔術の解禁だ。
と一気に中身を凍らせた。微妙に調整が無理とか過剰な威力とかも魔術の対象が小さければ周辺への被害も少ない。
ちょっと室温が一気に冷えた気もするが、焼けた金網が頑張って部屋を暖めてくれてる。うむ、問題無い。
でだ、凍ったワインにさらに常温ワインを追加する。そして撹拌。ぐるーんぐるーんと撹拌。か~く~は~ん。凍った部分が浮いてきたのでちょいと味見。
……うむ……、発泡してないが温度は、まぁいいか。
では[万色の調味能]発動。
イメージは偉大なる七福神の一柱を讃えるやつで。
これまた偉大なる四神の上におわす聖獣も良いし、うっかり太陽神信仰に傾倒しそうなのも良いが、今日はコレだ。
焼いて漬けて焼いて食ってグビィ、「カーーーッ!」。焼いて漬けて焼いて食ってグビィ「くぅーーーっ!」。
……やべぇ、無限ループ。
と、直火は焚いてないが、流石に部屋が煙ってきた。
肉の脂半端無いからなあ。流石は魔物(意味不明)。
空気を入れ替えようと部屋の窓、外の景色とか隔絶しちゃう木製の鎧窓を開けてやる。
すると其処には……え、誰?
窓の向こうの推定不審者も驚いたようで、同時に「あーっ」と短い悲鳴を上げてオチてった。
うん、俺の部屋って三階だしね。外壁にはとっつきやすい出っ張りもあるが、それでもボルダリング状態じゃないと居れない場所だ。
慌てて下を覗きこんだら、幸いか下は芝生の土の地面、たいした怪我もしてなかったらしい。
観察した事で不審者(仮)は同業者である冒険者っぽい事が判った。顔は知らんが、装備でそう解る。
ついで他にも気配が。視線を左右にやると、両隣りの住人でやっぱり同業者が俺の方へと注目していた。更には背後、ドアを隔てた廊下にも多数の気配が?
MAPにて確認したら、……なんだこの周辺の人口密度?
その後。
ギルドの管理人に怒られた。
どうも俺はやっちまったらしい。
日本じゃ普通にあった食い物屋実演商法。強烈に食欲を刺激する、焼き鳥屋あるあるな、アレだ。
もしくは鰻屋あるある、か。
照り焼きタレはこの世界の連中には未知の臭気の筈なのだが、どうやらその部分の感性が共通してる事を証明してしまったらしい。
結局、この後は場所を下の野外に移しての小宴会と化しました。
仕方なくタレと偽ビールは提供した。肉は各自自前でなっ、無けりゃ狩ってこいの精神で。全員、冒険者なんだし。