一話
冒険者生活の基本は日々の暮しの収入源。
その最も定番なのはダンジョンや迷宮で得る換金率の高い何かとなる。
ただし、それはこの世界で産まれ暮している者の常識。
俺のような、途中参加の異世界人には参考にはなれ、唯一の選択肢とは決められない。
と言うか。
俺の場合はあくまでそれは二番目の選択だな。
なんせ、その二つの環境だと最も欲しい物がゲットできんし。
そんな再考を意識の片隅でしつつ、今日も俺は、自分の活動エリアと決めた場所に入る。
此処は拠点とした自由都市ルビアルテから程近い森林部。確か冒険者ギルドでは[初心者の森]と呼ばれている。その呼び名の通り、新人冒険者しか相手にしない最弱の魔物しか出てこない。極論、冒険者ではない地元民でも対応可能で、都市の庶民の採集場としても機能しているところである。
先日、ようやっと冒険者ランクが一つ上がった俺には物足りない相手しかいない場所。
しかし、それとは別の意味で、たぶん俺の一生で必要となる場所。
おっ、早速発見。
草原から森に入る前から反応はあった。
俺の異世界人チートの一つ。エリアMAPには赤い光点として表示済み。その一つが自分の肉眼でも確認できた。
いやぁ……俺も成長できたねえ。前は自分より魔物の方が索敵範囲広くて、確実に先手取られる感じだったし。
今はゴミ性能でも[隠形]が機能して、最弱の魔物相手なら索敵から隠蔽が効く。ならばこうして、遠くからの先制攻撃も可能になる。
なんていか、この世界の魔物って一体目からのリンク発生率が半端無いから。
単独で仕留めて行ける状況は貴重にして必須ナリよ。
[収納]の境界兼用となるメニューボードを出す。
半透明のホログラムのような四角いガラス板は、仄かな光を灯しつつ俺の前方、上半身の高さへと現れる。そして俺の意思を読んで目的の武器を左手に握らせる。得物は小型の弓だ。
特別な物では無い。都市の武器屋なら何処でも買える原始的な天然素材を組み合わせた複合弓だ。
最初は幾つもの素材を組み合わせた製造技術力の高い武器という印象だったが、実は弓って単一素材の方が製造難易度の高い逸品って扱いだったのな。逆に端材に近い部品で構成できる複合弓は、安くて一定の威力を出せる物として、庶民の味方的な扱いの武器だった。
なんとも、俺の感性じゃ完全に勘違いしていた事実である。
隠形を維持しつつ収納からは矢を右手に。
音を立てないよう弓弦に番え、狙いを定める。
目標は前方の魔物。見た感じ完全に野ウサギなやつ。ただし額から凶悪な、俺の腿くらいは貫通する長さの角を生やしたやつ。正式名称は[ホーンラビット]。
タンドリーチキン風にすると好い食感の肉質な、現在の俺の夕食候補筆頭を譲らぬ存在である。
じゅるり。
矢の鏃は在り来たりな鋼製。刺突性能は鉄より高い。
ファンタジーやゲーム世界の基準では鉄の武器より高価な印象だが、実は鉄よりも安かったり。何でも、このサイズの鍛冶だと鉄の状態を維持する方が面倒なんだと。
そして何より、鉄より硬い分壊れやすい。柔らかい肉に刺さる分には問題無いが、魔物の剛毛や骨程度の負荷でも簡単に割れてしまう。
その維持性の悪さから、顧客の需要は鉄より低いのだと。
これも知って驚く異世界の常識。
まぁ、その部分も俺には都合が良い事もあるが。
付加魔術とは似て異なるチートを意識する。
対象は鏃。意識の内容は……[味付け]。
その詳細は辛味一色。味わえば死ぬと称する恐怖のソースをイメージ。
呪文の要らないチートの効果で、白銀に近い色合いの鋼が微妙に赤く染まった。
鋼は鉄に比べて硬い分、全体に目に見えないような細かいヒビが入りやすい。俺のイメージ通りの辛味成分はそのヒビの中へタップリと染み込み、食用でありつつも猛毒同様の効果を得るのだ。
くくくくっ、眼に入ったら失明の危険性有りな調味料を食らうがいいっ!
弓弦から指が離れ、「ひゅっ」っと小さな飛翔の音を鳴らして矢が飛ぶ。
威力よりも命中性能に特化した複合弓から放たれた矢だ。当然当った。
『きゅあっっっ! ★▲■!!』
魔物にしては可愛い悲鳴がその証拠。
気分は勇ましくでも俺はまだまだ雑魚冒険者。
弓の性能で命中はしたが、当然必殺には程遠い。
が、心配はいらん。
矢は腰と腿の中間に刺さり、どうやっても魔物への致命傷では無い。
しかしその反応は劇的だ。なんせ、傷に塩を塗る以上の激痛が付属する一撃なのだ。
下半身は過剰過ぎる痛みの反応で一瞬にして麻痺し動かない。が、激痛は続く。
狂乱状態になった魔物は攻撃した俺にすら反応できず、ただその場で悶絶するだけ。
それも僅か数秒の出来事で、あっと言う間に力無く倒れてただピクピクと痙攣を始めた。
……なんつーか、絵面は完全に毒殺である。
実態は、ただの調味料なんだがなー……。
自分でやった事ながら、無残の一言しかない悪魔の所業。
自分に引く。射る前までの高揚感など一瞬で吹き飛ぶわ。
と言うか、俺のチートは異世界生活でただ豊かな食生活を願っただけのもんな筈なんだが。
なんとも結果がワイルドに過ぎるというか。
スローライフと言うよりスローターライフな感じと言うか。
やっぱりチートは静かな生活にはアカンもんなんでは?
そんな疑問を思ってしまう、俺だった。
……いや、チートが要らんとまでは言わないけどな。
※ 2019/12/13 冒頭部分を微妙に編集。(内容的な流れに変更無し)