第一話 「絵」
先日、母が唐突に「お父さんと○○神社に行って来た」と言いました。西日本にある有名な神社です。
「ああ、一泊?」
「ううん、日帰りでもどって来た。絵をおさめて来ただけだから」
「絵?」
「そう、絵。掛け軸。おばあちゃんそろそろ危ないし、早く行っておかないとって」
……かーちゃん、さっきから何言ってんだ。
「絵? って何の絵」
「あれ、あんた知らないの? お仏壇にあった掛け軸。年に一回、おばあちゃんが出してちゃんとおまつりしてたじゃない。ちょっと前まで拝み屋さんに来てもらってたんだけどねえ、色々あってめんどくさくて」
コーヒー片手に茶の間で言われてひっくり返りそうになりました。
「拝み屋? 絵? なにその怪談みたいな話」
「あんたほんとに知らなかったの? ──うちの家系は代々女系で、男の子が生まれなくってねえ。どうもおかしいと思ってたら、通りすがりの拝み屋さんが『この家にある絵のせいだ』って家の人に教えてくれたんだって」
なんかもう、すでに目が点でした。
これ、自分ちのことだよね? 言われた言葉が異世界です。古い農家だと思ってましたが、そんな家系だとは知らなかった。
母から教えられた話によると、何でも昔、ご先祖様が○○神社へお参りに行って、絵をいただいて来たそうな。始めは大事にまつってたけどそのうちめんどくさくなって、ついには絵があったことさえも忘れ果ててしまったらしい。
教えられた家人はあわてて家中をひっくり返し、ほこりまみれの絵を見つけて拝んでもらったんだそうです。以来、その絵は普段はお仏壇の中にしまっておいて、年に一度はお供えをして家長がまつっていたらしい。……そう言われれば、古い掛け軸をおばあちゃんが拝んでいたような……。
ちなみに祖母は一人娘でして、おじいちゃんは親戚筋の婿養子です。問題の絵をきちんとまつり直したせいか、父は何代目かぶりに生まれたこの家の直系の男子です。
でもおばあちゃんは「念のために」と、父に女性の名をつけました。男の子に女の子の名前をつけるのは、丈夫に育つようにと願いを込めたおまじないですね。ハローページに載っている父の名前が女名なので、小さい頃は家の電話に変な電話がしょっちゅう来ました。
「もうおばあちゃんも危ないし、このまままつり続けてもまた忘れちゃうかもしれないでしょ。きっとあんたや○○(弟)も任せられるのは嫌だろうし。だからお返しして来たの」
あっけらかんと母親に告げられ、言葉が出なくなりました。
確かに掛け軸を見たことがあるし、幼い頃に白装束の拝み屋さんが家に来て、床の間で何かを拝んでました。かすかに記憶はありますが、こんな話につながるとは。
そんなことならあの絵をしっかり眺めておけば良かったよ。どんな絵だかも覚えてない……。一番話を知っていそうな祖母もすでに寝たきりでして、意思の疎通はできませんでした。
メモ帳のような文で恐縮ですが、こんな話なら結構あるのでお付き合いいただければ幸いです。
また、ホラー書きのくせに怖がりでして、今もお守りを前に置いてます。自身が怖くならないように語り口は大変軽薄です。
どうぞよろしくお願いします。